機能性リポソームの医薬応用
Pharmaceutical Application of Functional Liposomes





奥 直人

(Naoto OKU)
静岡県立大学 薬学部
Summary
   Liposomal application as carriers of drugs, gene, and various biomaterials has been widely investigated. Liposomalization of many drugs was revealed to reduce the side ffect and to enhance the efficacy of the drugs. Since liposomes are an assembly of amphiphilic biomolecules, i.e., phospholipids, they are essentially non-toxic, biodegradable, and of quite low antigenicity. Furthermore, they may possess various functions associated with biomembranes, such as selective permeability, fusion, special interactions with serum proteins or with cells, and so on. In here, preparation and characterization of such functional liposomes are presented, namely, thermosensitive liposomes for delivering macromolecules, pH-sensitive liposomes for cytosolic delivery of the encapsulated materials, and reticuloendothelial system (RES) -avoiding liposomes for passive targeting to tumor tissues. The actual usefulness of RES-avoiding liposomes modified with a uronic acid derivative, palmityl-D-glucuronide, for tumor imaging and therapy was demonstrated. Liposomal trafficking in living animals, which is important in the use of liposomes as drug carriers, and which was determined by the recently developed method by use of positron emission tomography was also mentioned.

キーワード:リポソーム、機能性リポソーム、長期血中滞留性リポソーム、温度感受性リポソーム、pH感受性リポソーム、癌治療、癌診断、癌転移

1.はじめに

 我々の体を形成する個々の細胞は生体膜で仕切られている。生体膜はリン脂質、コレステロール、タンパク質、糖脂質などからなっており、細胞が外界から環境を守る障壁として、また外界との物資や情報のやりとりの場として重要である。生体膜の障壁としての働きは、主にリン脂質により構成される脂質二重層が担っている。この生体膜の主要成分であるリン脂質を水溶液中に懸濁すると、リン脂質の極性基が水分子により水和し、非極性基(リン脂質の脂肪酸部位)が内側に集中した生体膜と同じ様な脂質二重層の膜構造が形成される。ここで膜構造が安定に存在するためには、膜の端ができない様な構造となる必要がある。このため水溶液中に懸濁されたリン脂質は、ちょうど風船のように端のない閉鎖小胞を形成することになる。これがリポソームである。よってリポソームは生体膜と同じ二重層構造の脂質膜に隔離された内水相を有することになる。
リポソームは、生体膜のモデルとして多くの研究に用いられてきたが、一方で、細胞類似の構造をもつ毒性のない薬剤カプセルとして薬物送達システム(drug delivery system, DDS)へ応用されてきた。また、遺伝子やアンチセンスのキャリアとして遺伝子工学の分野でも用いられている。ところで薬剤のカプセル化は、薬剤の生体内分布を変化させ、標的器官への到達性を改善し、薬物の副作用の軽減や徐放化を可能とする。リポソームを用いる利点としては毒性や抗原性が低いことのほか、用いるリン脂質が生体成分であるために生体内で代謝されることがあげられる。またリポソームは大きさや脂質組成を容易に調節でき、水溶性薬物、脂溶性薬物、高分子等多くのものが封入可能であり、糖質、抗体、レクチンなどによる表面修飾も容易である。さらにリポソームが基本的には生体膜モデルであるということに起因して、生体膜の持つ多くの機能をリポソームに付与することも可能と考えられる。具体的にはリポソーム膜の透過性を制御することにより薬物を徐放化したり、組織特異的な薬物放出を起こさせることも可能である。また、膜融合性や、特定の細胞への接着制御などの機能をリポソームに付与することにより、目的にあった薬剤カプセルを構築できる。本稿ではリポソームが生体膜のモデルであるという観点に立ち、生体膜の有するこれらの種々の機能を模倣したリポソーム、すなわち機能性リポソームを構築し、DDSへ応用しようという筆者らの研究を中心に、これまでの機能性リポソームの開発と応用について述べさせていただく。

2.水溶液中での脂質集合体

 まず、水溶液中に懸濁されたリン脂質が、集合体を形成してリポソームとなることについて、もう少し細かく述べる。リン脂質や、界面活性剤のような非極性基(疎水性基)と極性基(親水性基)の両方を分子内に有する両親媒性の物質を水溶液に懸濁すると、極性基は外界の水と水和し、水構造になじまない非極性基は疎水性相互作用によって集合する構造体を形成する。多くの界面活性剤は、低濃度では単分子で水に溶解するが、一定の濃度以上でミセルを形成することはよく知られていると思う。これは界面活性剤分子では、疎水性基に比べ親水性基が相対的に大きく円錐型をしているためである(図1)。このように両親媒性の水溶液中での構造は、その極性基と非極性基のバランスにより決定される。疎水性基と親水性基のバランスが釣り合って、分子がシリンダー状となる脂質を水和すれば、脂質は自ずと二分子膜を構成する。これは熱力学的にもっとも安定な形態である。生体膜を形成する多くのリン脂質はこの分類にはいるため、水溶液中では脂質二重層を形成する。特にDDSで多用されるホスファチジルコリン(レシチンと通称されている)は典型的な二重層形成脂質である。
ここに適量の中性脂質(トリグリセリドやコレステロールエステル)が存在すれば、中性脂質を内側に含み、外側をリン脂質が覆う形で脂肪乳剤が形成される。ところで油汚れを落とすときに石鹸を使うと、石鹸が油の周りにくっついて油滴を水の中に分散させることが知られている。油滴のコアの周りに両親媒性の石鹸がとりまいた構造と脂肪乳剤の構造とは、概念的には同じと考えられる。この構造はまた、血清中のリボタンパク質にも類似している。この様にして中性脂質とリン脂質より得られる脂肪乳剤はリピドマイクロスフェア、リピドナノスフェアなどと称されており、脂溶性薬物のキャリアとしてDDSに用いることが可能である。実際にリピドマイクロスフェアは1988年よりステロイドやプロスタグランジンなどの脂溶性薬剤のキャリアとして一般に用いられている。
図2にリポソームと脂肪乳剤の模式図を示した。現在用いられているリピドマイクロスフェアは大豆油と卵黄ホスファチジルコリン(レシチン)を原料とする直径200nm程度のものであるが、中性脂質とリン脂質の割合を変えることで理論的には数十nmの小さなものも調製できる。現在臨床に用いられている脂肪乳剤は比較的“柔らかい”構造のため、血液中ですぐに消失すると考えられている。これに比べ臨床で用いられているリポソームは“硬い”構造を有しており、リポソームの形で薬剤を運搬することが知られている。

3.機能性リポソーム

 さて、リポソームを薬剤キャリアとして用いる場合には、血管内に投与することが最も多いと考えられる。そこでリポソームを薬剤キャリアとして用いるための基礎研究として、これまでに種々の脂質組成を有するリポソーム、あるいはサイズの異なるリポソームを用いて、体内動態や安定性などに関して研究が進められてきた。その結果、リポソーム化により得られる薬剤の血中滞留性の上昇や、組織分布の変化からリポソームの有効性が示されてきた。しかしながらリポソームをDDSに応用する際に、標的組織へのリポソームの送達性の改善や、その組織での効率的な薬物放出、細胞質への薬物送達など、まだまだ不十分な点が多い。特にリポソームは生体成分由来ではあるが、生体にとってはやはり異物として認識されるために、マクロファージ系の細胞に捕獲されやすく、結果として肝臓などに集まりやすいという問題点がある。この点に関しても、後述するような機能性リポソームの開発により、徐々に改善されている。
先に述べたように、リポソームは生体膜モデルであり、生体膜に多くの膜タンパク質や糖脂質などが存在するように、種々の表面修飾が可能である。このことはリポソームを用いることにより、実際に細胞膜で起こる現象を再現できる可能性を示している。例えば、いま述べたマクロファージによる認識についても、生体内の細胞は認識を回避する能力を有しているので、その能力を模倣すれば長期間血中内を循環するリポソームを調製できると考えられる。また、生体膜で見られる組織特異的な接着性や、融合性、膜透過性の制御などを行うことも可能であろう。そこで、より積極的に生体膜の有するこれらの機能をリポソームに適切に付与することにより、標的組織への薬物送達性、組織での薬物放出や細胞内の部位特異的な薬物送達性を得ようとする試みが行われてきた。

4.高分子放出型温度感受性リポソーム

 ここでは我々が開発した機能性リポソームについて述べる。まずはじめに膜透過性の制御を利用した組織特異的な薬物放出を目指したものを紹介する。リポソームからの薬物の効率的な放出を目的に、飽和脂質(脂質の非極性基を形成する脂肪酸鎖がパルミチン酸やステアリン酸のような飽和脂肪酸からなる脂質)を利用した温度感受性リポソームが開発されている。これは標的部位の加温により、そこを通るリポソーム膜脂質の相転移を起こし薬物を効率的に放出するものである(図3)。飽和脂質は低温で脂肪酸鎖が全てトランスで並んだ、流動性のないゲル状態の膜を形成することが知られている。ゲル状態の膜をもつリポソームを、一定温度(相転移温度)以上に加温すると、リン脂質分子が膜面方向に自由に動ける液晶状態となる。我々の細胞を構成する生体膜では、リン脂質分子が不飽和脂肪酸を含むために、通常は流動性に富む液晶状態の膜となっている。飽和脂質で見られるこのゲル−液晶の変化が相転移と呼ばれるもので、この際に膜透過性が高まることが知られている。この相転移時に膜上にゲル−液晶の界面が形成され膜透過性が高まるわけであるが、ここでリポソーム内圧が高くなる条件では高分子も透過するようになることが見出されている1)。そこで、この性質を利用して加温により高分子を効率よく放出するリポソームが調製できる。まず、薬物モデルとして高分子であるデキストランを用い検討を行ったところ、リポソーム内圧を高張化することで緩衝液中、血清中で加温することにより、効率的なデキストランの放出が見られた。図4にはその一例を示した。現在このテクニックを用いてサイトカイン(細胞が作るタンパク性の生理活性物質、インターフェロンやインターロイキンなどが含まれる)の一種である腫瘍懐死因子(TNF、がん組織の懐死を起こすことで見出されたサイトカイン)の局所放出を検討中である。

5.低pH融合性リポソーム

 第2の機能性リポソームは、封入薬物を効率よく細胞質に導入するためのpH感受性リポソームである。pH感受性リポソームは細胞に取り込まれたリポソームが、弱酸性のエンドソームで膜融合を起こすように設計したものである。リポソームは通常エンドサイトーシスによって細胞に取り込まれるが、この過程でリポソームは形質膜からエンドソームを経てリソソームに運ばれる。エンドソーム内のpHは弱酸性であるため、低pHで膜融合性を示すリポソームはエンドソーム膜と融合し、内封物を細胞質に放出することが期待できる(図5)。これまでの知見から、リポソームの融合には膜同士のコンタクトと膜表面の脱水和が重要と考えられることから、膜脂質の多くが酸性リン脂質よりなることを考慮し、弱酸性条件下でポリカチオンとなるポリマーを合成し、リポソーム表面の修飾を行った。実際にこのリポソームは弱酸性下でのみ、他のリポソームに融合することが見出された2)
 ところで、これまで遺伝子導入にはウイルスベクターあるいはカチオニックリポソームが用いられてきたが、前者は安全性に問題があり、後者はインビボへの応用に問題がある。実際にカチオニックリポソームの体内動態を調べたところ、RESへの高い取り込みが観察された。図6には後述するポジトロンCT(PET)を用いたリポソームの体内動態の解析により明らかとなったカチオニックリポソームの肝臓への集積性を示した。この原因としてカチオニックリポソームにオプソニン(異物に結合する血清タンパク質で、マクロファージ系の細胞に異物認識を促すと考えられている)が結合しやすいことが考えられる。そこで、種々の荷電を有するリポソームに、血清タンパク質がどの程度つきやすいかを調べた。結果は図7に示すように正荷電を有するリポソームに、最も血清タンパク質が結合しやすいことがわかった3)。さて、低pH融合性リポソームはカチオニックリポソームとは異なり、細胞内に取り込まれてからエンドソーム膜と融合して内容物を放出することが考えられるため、新しい遺伝子キャリアとなる可能性があり、現在、実際に遺伝子キャリアとなり得るかどうかについて検討している。

6.RES回避リポソーム

 第3の機能性リポソームは長期間血中に滞留するものである。リポソームを血液中に投与した場合、最終的にはマクロファージなどの免疫系の細胞に認識され排除される。そのためこれらマクロファージ様細胞が多く存在する肝臓、脾臓(これを細網内皮系あるいは網内系と称する、英語ではreticuloendothelial systems(RES)と称されるので、本稿ではRESと略す)などにリポソームは捕獲される。RESの捕獲が回避できれば血中滞留性が上昇し、標的組織へのリポソームのターゲティングが可能となる。
ところで癌組織では血管の透過性が亢進しており、また血管外に漏出した物質を回収するリンパ系が未発達であるため、担癌動物においては長期血中滞留性リポソームは腫瘍に著しく集積する(図8)
この集積の仕方は、リポソームを抗体などで修飾し積極的に標的組織に送り込むアクティブターゲティングに対して、血中滞留性を増したために結果として標的組織に集積するようになるため、パッシブターゲティングと称されている。長期血中滞留性リポソームがパッシブターゲティングにより癌組織に集積することは、このリポソームが癌診断、癌治療に有効に働くことを示唆している。
リポソームの血中半減期はサイズの小さいリポソームのほうが大きいリポソームよりも長く、硬い膜を持ったリポソームは柔らかい膜を持ったリポソームよりも長いことが知られている。そのため血液中でリポソームを安定化するためにコレステロールの添加や、飽和脂質またはスフィンゴミエリンを用いたリポソームの調製が行われてきた。一方で、より積極的にリポソームの血中滞留性を延長する目的で、リポソームを赤血球膜などに似せる試みがなされてきた。赤血球などが長期間、血中に滞留するためには、その表面にあるグリコフォリンなどのシアル酸を含む糖タンパク質や糖脂質の役割が大きいと考えられる。実際にシアル酸を含む糖脂質の一種であるGM1ガングリオシドでリポソームを修飾すると、従来までにない長い血中半減期を示すことが明らかになり4)、これがRES回避リポソームの端緒となった。
筆者らはシアル酸と同様にカルボキシル基を有し生体成分でもあるグルクロン酸を用いてリポソームを修飾し、長期血中滞留性のRES回避リポソームができるかどうかについて検討した。まずグルクロン酸の1位にパルミチル基を導入し(palmitylglucuronide、PGlcUA)リポソームを修飾した5)。リポソームはジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC):コレステロールのモル比1:1に、PGlcUAあるいはコントロールとしてジパルミトイルホスファチジルグリセロール(DPPG)を加えたものを用いた。サイズは粒径が100nm前後のものが血中半減期が比較的長いことが知られているため、サイジング(ポリカーボネートフィルターを通すことによりリポソームサイズを一定にすること)により平均粒径を100〜150nmとして用いた。PGlcUAリポソームはマウスおよびラットで高い血中滞留性を示し、S180を移植した担癌マウスを用いた実験では長期血中滞留性を反映して腫瘍に著しく集積した。図9に正常及び担癌マウスにリポソームを静脈内投与してから12時間後のリポソームに内封したイヌリンの分布を示した6)。図からわかるように両リポソームともRES組織である肝臓、脾臓に集積する傾向が見られるものの、RESの主要組織である肝臓への集積は、PGlcUAリポソームの方がコントロールのDPPGリポソームよりも明らかに少ない傾向にあった。
1990年代になってポリエチレングリコール(PEG)修飾によってもRESを回避し、リポソームの血中滞留性を上昇させることが報告され、現在では、PEG修飾リポソームが、機能性リポソームとしては初めての薬剤キャリアとして米国でカポジ肉腫の治療薬に使用されている。PEGの作用はリポソーム表面の親水性を増して、リポソームが異物として認識されるのを防いでいるためと考えられている。

7.ポジトロンCT(PET)を用いたリポソームの体内動態の解析

 リポソームを薬剤キャリアとして用いるためには、リポソームの生体内動態を知ることが必要である。これまでの解析には、放射標識したリポソームを動物に投与し、一定時間後に各組織の放射活性を測定する方法などが用いられてきた。しかしながらこの方法は侵襲的であり、真の動態を評価することはできない。我々はポジトロンCT(PET)を用いてリポソームの生体内動態をリアルタイムで非侵襲的に測定する系を開発した(図10)。これにより現在、詳細なリポソームの体内動態の解析を進めている。まずこれまでに知られているRES回避リポソーム(長期血中滞留性リポソーム)、すなわちGM1、PGlcUA、PEGでそれぞれ修飾したリポソームの担癌マウスにおける体内動態を調べた。その結果PGlcUAおよびPEGリポソームは、投与初期から腫瘍に集積すること、3種のリポソームとも血中滞留性の良いことなどが明らかになった7)
次にRES回避リポソームの体内動態に及ぼすサイズの効果について検討した。それぞれ100nm、200nm、300nm、400nmの大きさのPGlcUAリポソームを調製し、担癌マウスに投与した。その結果、RES組織への集積が、200nm以下の小さなリポソームと300nm以上の大きなリポソームで異なることが観察された8)。小さなリポソームは投与のごく初期に肝臓に集積し、その後、徐々に肝臓の集積が減少する。これは血流量の減少のみではなく、おそらくごく初期には高い血中滞留性を反映して、肝臓の組織間にリポソームが漏出し、血流量の低下と共に再び肝臓から血流に漏出するためと考えられる。
一方、大きなリポソームは時間と共に肝臓に集積する(図11)。脾臓においては、それぞれのリポソームは時間とともに集積するが集積の差は200nm以下の小さなリポソームと300nm以上の大きなリポソームで異なることが示された。一方、癌組織への集積は100nmの小さなリポソームで顕著であること、この集積は徐々に起こることが明らかとなった。このことは、肝臓や脾臓におけるシヌソイドの間隙より、腫瘍組織における血管内皮細胞の間隙の方がより小さいことを反映しているのかもしれない。すなわち肝臓や脾臓におけるシヌソイドの間隙は、ある程度の均一な大きさになっているのに反して、腫瘍においては間隙の大きさは極めて不均一であり、より小さなものがより多く存在していると考えると説明がつく。リポソームの体内動態を非侵襲的リアルタイムに解析できるようになったことは、今後のDDS研究に大きなプラスになると考えている。

8.リポソームの癌診断への応用

 次にRES回避リポソームが癌組織に集積しやすいことを利用して、癌診断に用いる試みを行ったので、それについて述べる。PGlcUAリポソームに、γ-イメージング剤(放射線の一種であるガンマ線を放出する核種、あるいはその核種を含む化合物で、生体内投与後に外からガンマ線を検出することで、核種の存在場所を知り、診断を行うために用いられる)であるテクネチウム99m-DTPAを内封し、担癌マウスを用いてリポソームの臓器分布と腫瘍組織のγ-カメラによるイメージングを行なった9)。PGlcUAリポソームを用いた場合の方がDPPGリポソームの場合に比べより鮮明な腫瘍部の画像を与えた。図12には8時間後のイメージを示した。放射線イメージングにおいては、イメージング剤が腫瘍に集積すること、腫瘍以外の組織に集積しないこと、適当な時間の後に消失することなどが望ましい。腫瘍への集積に関してはPGlcUAリポソームで高い値が得られたが、両リポソームとも遊離のイメージング剤と比べるとはるかに高く集積していた。これらの結果は腫瘍イメージング剤のキャリアとしてリポソームが有望であることを示唆している。
癌転移の診断において、核磁気共鳴イメージング(MRI)も有効な手段である。そこでMRIの陽性造影剤であるガドリニウム(Gd)でRES回避リポソームに修飾し、MR造影剤の開発を試みた。Gdリポソームは癌組織に集積し、その陽性造影を可能にした。

9.リポソーム癌治療への応用

 以前よりリポソーム化制癌剤を癌治療に用いる多くの試みがなされてきた10)。とくにRES回避リポソームは癌組織に有効に集積するため、その効果が期待される。実際に80nmの径を持つ“硬い”組成のリポソームに制癌剤であるダウノルビシンを封入したもの、またPEG修飾リポソームにアドリアマイシンを封入したものが、NeXstar社、Liposome Technology社からそれぞれ米国で市販され、カポジ肉腫の治療に用いられている。我々もPGlcUAリポソームに、代表的制癌剤であるアドリアマイシン(ADM)を内封し、Meth A肉腫を移植したマウスに尾静脈投与し、その治療効果を検討した11)。ADMは広い抗腫瘍スペクトルを有し臨床的に汎用されている制癌剤のひとつであるが、心毒性という大きな副作用があるため安全で効果的な投与方法の改善が望まれている。腫瘍移植後、リポソームADMを2回投与したところ、ADM内封PGlcUAリポソームが最も効果的に腫瘍増殖を抑制した。遊離のADMは腫瘍の増殖を抑えるのに有効であるが、LD50値に近い量を投与しているために2回目の投与後全てのマウスが死亡した。リポソーム化ADMでは2回投与後でも、すぐに死亡するマウスがいなかった。このことはリポソーム化により急性毒性のような副作用が軽減できることを示している。次に4回投与による完全治癒の検討をADM内封PGlcUAリポソームを用いて行った。結果は図13に示したがADM内封PGluUAリポソーム4回投与により顕著な腫瘍抑制効果を示し、40%のマウスが完全治癒した。完全治癒したマウスは180日間の観察で、再び癌部位が増殖する様子は見られなかった。
 ADMで見られたようなRES回避リポソームの作用は制癌剤としてビンクリスチンを用いた場合にも得られており12)、このRES回避リポソームの臨床応用が期待される。またリポソーム化を前提とし、5-フルオロウラシルの脂溶性プラドラッグ(加水分解等により薬剤をリリースするように設計した化合物)を開発し、その抗癌活性についても検討を行った13)。この場合もリポソーム化による薬理作用の増強が見られた。

10.リポソームの癌光化学治療への応用

 癌の光化学療法(photodynamic therapy; PDT)が近年注目を集めている。これは生体に光増感剤を投与後、レーザー光を照射した部位のみで薬剤が活性化を受けるため、副作用が少ないという点で非常に有用である。しかし、PDTに適用されている光増感剤の腫瘍集積性は非常に低いのが現状である。そこでDDSの観点からこの問題の改善を考え、RES回避リポソームを応用することを試みた。光増感剤としては長波長側に吸収を持ち、第二世代のPDT薬剤として期待されているベンゾポルフィリン誘導体(BPD-MA)を用いた。担癌マウスを用いて抗腫瘍効果の検討を行った結果、RES回避リポソーム投与群は、対照群と比較して高い抗腫瘍効果を示した。図14に治療例を示した。

11.接着機能を有するリポソームを用いた癌転移研究

 癌の撲滅には転移を抑制することが重要である。癌転移は、原発巣から血管内へ侵入した癌細胞が標的組織の血管内皮細胞へ接着、浸潤し、増殖するという一連の過程で成立する。図15に癌転移機構を模式的に示した。そのうち転移性癌細胞が標的組織に接着・浸潤する過程は、転移巣形成の第一段階であり、その重要性から細胞接着分子を中心に詳細な解析がなされてきた。我々は生体内における実際の癌細胞と標的組織との相互作用を解析する目的で、ポジトロン標識した転移性癌細胞を実験動物の静脈内に投与し、血行性転移を生体内で再現する解析系を開発した14)
ところで、転移性癌細胞の標的組織への初期接着には、今述べたように細胞接着分子が関与するが、リポソームをこれらの接着分子やそのリガンドで修飾すれば、接着性を有する機能性リポソームを構築できる可能性がある。そこでまず、転移性癌細胞の初期接着に関与すると考えられている接着分子セレクチンに着目し、そのリガンドであるシアリルルイスXをリポソーム化した。このリポソームは、標的組織表面に存在するセレクチン分子や、それに類する接着分子に結合し、転移性癌細胞の標的組織への接着を抑制するかもしれないと考えた。実際にリポソーム化シアリルルイスXは癌の標的組織集積を抑えること、さらに癌転移のそのものも抑制することを見出した15)
転移性癌細胞の標的組織、特に浸潤過程に於いてその接着が重要となる標的組織の細胞外マトリックスへの接着には、接着分子のインテグリンファミリーが関与していると考えられている。そこである種のインテグリンの結合サイトであるArg-Gly-Asp(RGD)配列を含む関連ペプチドは、癌の標的組織集積に影響する可能性が考えられる。もともとこの配列は細胞外マトリックス成分の一つであるフィブロネクチンに存在し、インテグリン(VLA5)の結合サイトとして発見されたものである。RGD関連ペプチドは癌の標的組織集積にあまり影響を与えないが、癌転移は抑制することが示され、これは浸潤を抑制しているためと考えられた。さらにRGD関連ペプチドをリポソーム化し、インテグリ結合機能を有するリポソームを調製し、癌転移に与える影響を検討した。リポソーム化RGD関連ペプチドは効率的に転移を抑制し、接着機能をもつ機能性リポソームの新たな有用性が示唆された16)図16にはリポソーム化RGD関連ペプチドによる癌転移抑制の一例を示した。

12.おわりに

 リポソーム化製剤は抗真菌剤、抗癌剤など着実に実用化が行われている。これまでリポソーム化薬物の欠点であったRESへの取り込みが回避できるようになったことで、その有用性はますます広がった。癌治療への応用としてはADM、ダウノルビシンをはじめ多くの制癌剤でリポソームに封入することによる抗腫瘍効果、延命効果の増強が報告されてきた。また制癌剤は一般に強い副作用を示すが、リポソーム化により毒性が軽減され、高い薬用量を連続投与できるため、結果として高い抗腫瘍効果が期待できる。癌に集積したRES回避リポソームから、効率よく制癌剤を流出させる試みもなされている。リポソームの生体膜モデルとしての利点を生かし、融合性や接着性などの種々の機能を持ったリポソームを調製することにより、目的にあった薬剤キャリアや遺伝子キャリアを構築できると考えられる。リポソームが、DDS分野においてさらに発展し、人類の福祉に貢献することを期待している。


参考文献

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参考図書
1) 「リポソーム」野島庄七、砂本順三、井上圭三編集、南江堂 (1988)
2) 「ライフサイエンスにおけるリポソーム」寺田弘、吉村哲郎編集、シュプリンガー・フェアラーク東京`(1992)
3) 「リポソームの作成と実験法」奥直人[化学と生物実験ライン 27]廣川書店(1994)

プロフィール
氏名:奥 直人(Naoto OKU) 44歳
所属:静岡県立大学薬学部 助教授
〒422 静岡市谷田52-1
Tel: 054-264-5701 Fax: 054-264-5705
学位:東京大学大学院薬学系研究科修了、薬学博士
受賞:平成7年度日本薬学会奨励賞受賞
現在の研究テーマ:
リポソームの薬物送達システムへの応用
転移性癌細胞の初期動態のインビボ解析
著書:「リポソームの作成と実験法」廣川書店 他
趣味:仕事の合間のパソコンゲーム