浜松医科大学光量子医学研究センター
櫻井 孝司
浜松医科大学・21世紀COEプログラム
「メディカルホトニクス」の活動として掲載
星座は冬季の方が良く見えるという印象がある。理由は大気温度が低く、霧などの影響が少ないからだろう。加えて、新月のとき街灯から離れた場所がよい。通常の微弱光観察ではノイズや背景光を下げる事が鉄則であり、対象の明るさは調整できない。一方、ライブセル蛍光イメージングで整えるべき測定条件は2種類ある。1つは星観察と同じく背景光の抑制であり、もう一方は蛍光信号の増大である。連載第4回において、S/N比向上が高コントラスト像の取得につながるとした。今回は信号量の変化幅、すなわちダイナミックレンジ(dynamic range, Dレンジ)を拡げる方法に焦点をあわせる。イメージング例として細胞内Caイオン濃度測定を取り上げながら、より良い応答を得るこつについて解説 する。
細胞内Ca信号の生理機能への重要な役割は多くの総説による1)。Ca濃度に依存してスペクトル変化するプローブを用いて細胞をライブステイニングすることで、細胞内におけるCaイオンのダイナミクスが解る(Fig.1) 2)。Ca感受性蛍光色素3),*1, 2)はCaキレータと蛍光団(fluorophores)から成る。例えばFura2では2-(5-carboxy-2-oxazolyl)benzofuranとBAPTA(O,O'-Bis(2-aminophenyl)ethyleneglycol-N,N,N',N'-tetraacetic acid, tetraacetoxymethyl ester)から、Fluo4は2,7-Difluoro-6-hydroxy-3-oxo-9-phenylxantheneとBAPTAから成る。キレータの化学構造によってCa親和性が決まる。Caとの結合によって特定波長におけるピーク値の強度が変動する。ピーク域の蛍光強度を測ることでCa2+濃度や分布が判り、時間経過から分子や細胞内信号の動態が見える。Ca応答から投薬効果や細胞内信号解析が解る。測定系はライブステイニング(live staining)、照明系(illumination)、撮像系(detection)、制御解析系(control & analysis)の4要素から成り(Fig.2)、そのままイメージング操作の4ステップ4)である。
リアルタイムイメージングは4大性能といわれる3次元空間(XYZ)の分解能、速度(T)、S/N比、波長(wavelength,λ)が向上すれば、より微小な応答を早く綺麗に画像化できる。また、次の4つを加えた全8性能が重要である。
座標(coordinate)
記録期間(recording period)
刺激法(stimulation)
光毒性(phototoxicity)
では多点測定における座標が安定し、測定数を容易に増やすことができる。
では長期にわたる変化が連続的に追えるようになる。
では投薬や電気刺激などの適用範囲がひろがれば、試験の回数や効率が増す。
は細胞の励起光量が下がれば、細胞への光毒性を抑えることができ、これまで抑制されて見えなかった応答
まで検出することもできる。細胞の活性が維持できれば記録時間
もさらにのびる。以上にあげた8性能は定量性や再現性だけでな
く、細胞の応答性とも関係がある。
Ca用プローブは波長特性、親和性、細胞膜透過性、Dレンジの4点に留意して選択する*1, 2)。用いる細胞との相性もあるので複数種を比較するほうがよい。
波長特性:紫外励起用と可視域用の2種類があり、現有している光源、細胞への光毒性、自家蛍光(autofluorescence)、空間分解能など考慮する。可視域プローブの方がバランスがよい。励起と蛍光検出様式には1波長励起1波長蛍光検出、2波長励起1波長蛍光検出、1波長励起2波長蛍光検出がある。検出速度とS/N比にあわせて選ぶ。
Kd値(親和性):蛍光強度が50%となるときのCa
2+濃度である。Kd値が低いものは高親和性、高いものは低親和性となる。細胞のCa2+濃度変化量に応じて使い分ける。通常は数百nMぐらいのKd値を一次選択に用い、細胞応答が予想外に大きければ μMレンジのプローブを検討する。
細胞膜透過性:水溶性色素は細胞膜非透過性であり、脂溶性は細胞膜透過性である。色素が細胞膜を透過した後、細胞内に滞留するためには両方の性質を有している必要がある。水溶性色素におけるカルボン酸基をアセトキシメチルエステル化(acetoxymethyl ester, AM)したAM体は細胞膜を透過した後で、非透過型となるため、細胞質領域にとどまり、色素量は序々に濃縮される。脱AM体となった色素の細胞外への漏出を防ぐためにデキストラン(dextran)を結合して分子量を高くしたものもある。色素を負荷したら、1時間以内に測定するのが望ましい。
Dレンジ:静止時と応答時における蛍光強度の変化幅である。相対的に大きいもの(Fluo 4)と小さいもの(Fluo 3)があり(Fig.3)、測定目的に応じて使い分ける。2種類のCaプローブを同時に用いるときはDレンジが近くて波長クロストークが小さいもの同士(例えばFluo 3とFura red)を組み合わせるとよい。Calcium Green-1はFluoシリーズに比べて静止時において明るく(Dレンジは低い)、静止時に細胞形態をとる用途にむく。
色素の細胞への導入や移行様式について細胞内の濃度と分布に留意して述べる5, 6)。
細胞内濃度:AM体は細胞膜を透過するときエステラーゼにより、脱AM体となって細胞質に移行・集積する。集積の度合は添加したプローブ濃度、導入時間、温度に依存する。数 μM濃度を細胞外溶液として添加し、室温で20分ほど負荷すると、細胞質での濃度は細胞外の約50倍程度になる。筆者の予備実験によると、応答Dレンジをあげるには細胞内濃度は50μM程度が適切であった。Caプローブ濃度が高くなりoverloadとなると、光毒性増大が原因のためか、初期応答におけるピーク値は低下した。負荷する濃度が低すぎると、蛍光強度が弱くなり、ノイズ成分が相対的に増える。
細胞内分布:色素のロード条件によって分布がかわる。細胞外から細胞質に移って脱AM体となった色素は次のいずれかとなる:1)そのまま留まる、2)外側へリークする、3)オルガネラに再分配される。細胞内における局在様式は色素の極性に依存し、疎水性の高い色素は核やオルガネラへ再分配されやすい。Fluoシリーズは核へ移行しやすい傾向がある。色素がオルガネラに不正に移行した場合、Caダイナミクスは細胞質領域と異なる挙動になる場合が多いので、再分配は背景光上昇の原因になる。したがって細胞質領域におけるCa変動だけを見たい場合は再分配の抑制に留意する。分布は親水性だけでなく標本との相性に左右されることもある。急性の脳スライスではFura 2が良好とされ、Fluo 3は非特異的な吸着が多い。ロードの初期手順における色素溶解の作業も注意を要する。溶解が不十分だと、残留した色素塊が細胞膜に吸着して測定精度を落とす。
ライブステイニングした細胞に励起光を照射して蛍光分子を励起する。光照射の方式は見たい領域・範囲・S/N比など測定の目的に応じて、落射・共焦点・全反射法などから選ぶ。これら照明法の特長をごく簡単に説明する。
比較的広い範囲を均一に見ることができる(Fig.4a)。核や細胞質を見たい場合に有効である。光源はランプを用いるので広い帯域を用いることができる。紫外領域を用いる場合は光源やフィルターの選択に注意が必要である。さらに自家蛍光の発生やDNAへの吸収の問題があるので、できることなら可視光を光源として用いた方がよい。Caイメージングにおいて静止時で細胞質や核が明るい細胞は状態が好ましくない場合が多い。
細胞における濃度分布を落射法よりも高S/N比で三次元測定したい場合に向く。光走査法においてシングルビーム法とマルチビーム法に大別される。前者はガルバノミラーによる走査であり、任意の範囲(ROI)走査や分光が特長である(Fig.5) *3)。後者は回転ディスクによる高速走査や低光毒性が特徴である(Fig.6)。マルチビーム法では光エネルギーを分散することができ、褪色が有意に遅延する7)。可視域レーザー光を用いるためCaプローブはFluo 3, Fluo 4, Rhod 2などが適用できる。
ガラスと水の界面付近(細胞膜近傍)におけるダイナミクスを分子レベルで測定できる。細胞内へのCaイオン流入、細胞膜近傍に存在するシグナル変化がわかる。光源としてレーザー式とランプ式*3)がある(Fig.4b)。前者は汎用法であり、後者は明るさが暗いが均一な照明ができる。
6.細胞を選ぶ
6.1 主観か客観か
細胞の選択基準は何か?形態・明るさ・強度分布などが目安となるが、細胞ごとに表現が違っていて、一定の基準など無い。それでも応答が良いと予見できる、高期待値な細胞は存在する。熟練者は経験則に基づく基準があるらしく一目見るだけで期待値が判るという。一方でランダムに選んで実験の結果次第ということも聞く。実際、静止時の画像がどんなに美しくても投薬などにより反応が良好とは限らない。全ての細胞が一様に反応する場合もあるし、一部だけのこともある(Fig.3&4参照)。測定を繰返すにしたがって徐々に独自の判断基準ができるようになればしめたものである。最低限これだけはという鉄則が1つある。それはできるだけ「素早く候補を決めること」である。色素ロードや光照射を開始した時点から細胞の状態は急速に悪化しはじめるので、じっくり選ぶメリットはあまりない。
細胞への光照射量はできるだけ抑えたい。ところが、実際は測定開始まで長時間光照射してしまう。測定前に必ずピントを合わせる必要があり、これが最も時間を要する。投薬など刺激の回数に限度があるのも問題である。苦労して調整した大切なサンプルはできるだけ効率的に用いたい。刺激回数を増やすためにパフィングピペット、光刺激、電気刺激などの適用を試行してほしい。投薬法に制限がある場合は、一度で記録される細胞数を増やすしかない。倍率が低くても、十分に明るい対物レンズがあるので(例:SFluor 4x, NA=0.2, Nikon)、これらを活用する手もある。
2波長の光で色素を励起し、蛍光強度の比(ratio)の演算による解析法8)には2つのメリットがある。
測定条件の差がキャンセルできる
励起光パワー、蛍光色素濃度などがキャンセルされる。それぞれの褪色速度が同程度ならベースラインが一定になる。
数値があがる
Fura 2による2波長励起1波長検出が有名である。Ca濃度に依存して、340 nm蛍光強度は上がり、380 nmは下げるので両者の比をとれば数値があがる。Indo では1波長で励起し、2波長蛍光で比を演算する。青色を励起光としたとき、Calcium Green-1はCa濃度に依存して緑蛍光強度があがり、他方Fura-redは赤蛍光がCa濃度に依存して下がる。2種類の色素で標識してレシオ法を適用する方法もある(Fig. 7)。
レシオ法には1回の測定時間を要するという欠点がある。2波長を同時に追跡できない場合は早い動きを呈す標本への適用は不向きである。1波長励起2波長蛍光検出であれば、分割光学系を用いる方法がある。この場合の短所は光量のロスであるので、暗い対象を追跡する場合は不向きとなる。
8.1 時間軸
時間方向に対する輝度変化からROIのタイムコースを求める。3次元(XYZ)とあわせると4次元解析になり、細胞質と核、または異なる細胞間での信号伝播が解析できる。速度を上げると記録枚数が増えてしまうという欠点がある。OSやメモリの仕様により、一度では2Gまでしか取得できない場合がある。このような場合は取得するHDDに直接書き込む、関心領域を狭めるなど工夫する。
Z軸(3次元):Z軸方向に対する輝度変化(フォーカスの画像)から3次元構築する。ピエゾドライブによるフォーカス変位と画像取込みの同期により、最速で毎秒10立体以上を取得できる*4)。筋細胞や線虫など動きの大きな標本の信号をとらえることができる。
蛍光スペクトル特性の違いから複数の信号を分離する。フィルタによる簡易法、グレーティングによるスペクトル法がある。フィルタによる簡易法では分割光学系を用た検出がある。スペクトル法では10 nmのスペクトルピーク差があれば分離できるとされる。そのためFluo 4とGFPの分離・同時イメージングもできる(Fig. 8)。1種のレーザー励起だけで複数の信号を区別することができる。
ピント位置の自動補正によっても、記録時間、記録座標などのDレンジが拡張する。ピントの補正は、これまで手動によるものだったが常時正確にとはいかない。カバーガラスと水の界面で発生する部分反射光の利用を原理とした焦点維持システムを適用するとよい。カバーガラス越しで対物レンズ先端と標本の距離が一定の距離で保たれ、任意に定めたピント位置を半自動的にリアルタイムで維持できる。熱膨張や衝撃等で、ピントが一瞬ずれても即座に復帰する。このようにピントを高度に維持することは、多くの奏功がある。1つはピント位置のナビゲーションができているので、ピント位置の見失いから開放されることである。2番目は投薬直後における初期応答の見逃しがなくなったことである。3つめは手動によるピント補正が減ったので、手間を他の作業に割り当てることできるようになったことである。ピント維持技術はライブセルイメージング技術における定量性や再現性を安定させる効果があり、必須な技術となるであろう。
今回はCaイメージングにおける細胞応答や測定性能向上のために留意すべきポイントを紹介した。従来の蛍光イメージングでは“より早く”“より細かく”“より明るく”撮ることに留意されていたが、“より拡く”“より確実に”、しかも“よりやさしく”撮ることが求められるようになってきている。星座の撮影ではベストショットにつながる測定環境は偶然に訪れる。他方で夜景なら人為的に施せる改善の余地がある。イメージング技術の向上によって、細胞の撮影はかなり身近で手軽になりつつある。これは細胞イメージングを低侵襲で行う新たなステージの到来を意味し、これまで見たこともないような高次機能を録る機会遭遇となるであろう。次回はワイドレンジタイムラプス法についてGFPイメージングを例にして紹介する。
謝辞
本原稿執筆において潟jコンとオリンパス鰍謔閭fータ提供と助言をいただいた。
参考文献
1) M. J. Berridge, Annu. Rev. Physiol., 2005, 67, 1.
2) 細胞内カルシウム実験プロトコール(工藤佳久編), 羊土社, 1996
3) R. Y. Tsien, Methods Cell Biol., 1989, 30, 127.
4) 櫻井孝司, 寺川進, 実験医学バイオイメージングがわかる(高松哲郎編), p22, 羊土社, 2005.
5) Y. Kudo, 日本薬理学雑誌, 1993, 102, 313.
6) T. Kawanishi, 日本薬理学雑誌, 1998, 112, 89.
7) E. Wang, C. M. Babbey and K. W. Dunn, J. Microsc., 2005, 218, 148.
8) R. B. Silver, Methods Cell Biol., 2003, 72, 369.
*2) http://www.invitrogen.com/
*3) Cell Imaging Press, June, Nov (2005) 潟jコンインステック
品名 | 容量 | 本体価格(¥) | メーカーコード |
Fura 2 | 1mg | 24,200 | F014 |
Fura 2-AM | 1mg | 28,800 | F015 |
Fura 2-AM special packaging | 50 μg×8 | 18,200 | F025 |
Fura 2-AM solution | 1ml | 38,800 | F016 |
特長:
1) 錯体形成により励起波長がシフトする(λex = 380 nm → 340 nm)ことからratiometryが可能。
2) ratiometryにより、プローブ濃度や励起光強度、試料の厚みの影響が避けられる。
Solutionは、Fura 2-AMのDMSO溶液(1 mmol/l)です。
品名 | 容量 | 本体価格(¥) | メーカーコード |
Fluo 3 | 1mg | 25,000 | F019 |
Fluo 3-AM | 1mg | 33,400 | F023 |
Fluo 3-AM special packaging | 50 μg×8 | 23,800 | F026 |
特長:
1) 可視光励起であるため、紫外光照射による細胞損傷の影響が少ない。
2) Arレーザー(488 nm)を励起光源として利用可能。
品名 | 容量 | 本体価格(¥) | メーカーコード |
Fluo 4-AM | 1 mg | 39,000 | F311 |
Fluo 4-AM special packaging | 50 μg×8 | 29,000 | F312 |
特長:
1) Arレーザー励起(488 nm)による蛍光強度がFluo 3の約2倍である。
2) Fluo 3と同様に共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)やフローサイトメーターなどのレーザー励起機器が利用可能。
品名 | 容量 | 本体価格(¥) | メーカーコード |
Calcium Kit - Fluo 3 | 2000 assays | 65,000 | CS21 |
特長:
1) probenecidや界面活性剤を組み込んであり、任意に濃度設定が可能である。
2) ハイスループットスクリーニングに用いられる各種蛍光プレートリーダーで測定可能である。
3) 96穴マイクロプレート、384穴マイクロプレートの両方に対応している。
AM体は、カルボキシル基をAM化することにより脂溶性を高めたもので、細胞膜を容易に透過します。そのため、細胞懸濁液に混ぜるだけで細胞内にCaプローブを導入できます。