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バイオフィルムを知る―レジオネラバイオフィルムの評価―

Let's learn about biofilms ―Evaluation of Legionella biofilm―

 

古畑 勝則
麻布大学
生命・環境科学部
教授

Abstract
 As a preventive measure against Legionella disease, which is a respiratory infection, it is important to take measures against the source of infection. To date, the effectiveness of bactericidal agents, etc. against Legionella pneumophila, which is the causative agent of Legionellosis, has been evaluated via an experimental system in which floating cells come into contact with a chemical agent. However, an evaluation system in an attached state has been anticipated when hypothesizing L. pneumophila's “home”. Therefore, a basic examination was experimentally conducted based on the conditions the biofilm of this bacteria are known to form. In other words, L. pneumophila was allowed to form a biofilm by changing the strain, the material of the carrier, and the reaction temperature in order to compare the amount of biofilm formation by the CV method (crystal violet method). As a result, the optimum conditions for biofilm formation of L. pneumophila were considered to be the use one serogroup strain which is allowed to stand for 7 days on a carrier of silicon and processed at 30℃. Furthermore, upon confirming the reaction state, using the Biofilm Viability Assay Kit via the WST method (water-soluble tetrazolium salt method), which was newly developed as an evaluation method after bactericide treatment, it was believed that it could be used to measure the MBEC (minimum biofilm eradication concentration), due to the fact that the WST method enabled the cell activity of L. pneumophila.

1. はじめに

 バイオフィルムの発生は特殊な現象のように考えられるが、それは我々人間の視点であり、この現象を微生物生態学的に微生物の視点でとらえると、ごく自然な現象であって、バイオフィルムは “微生物のすみか”ともいえる。身近な環境において、分野、領域を問わず、水分が存在する場所ではバイオフィルムが発生すると考えてほぼ間違いない。
 本稿では、一般的なバイオフィルムについて概説し、さらにレジオネラによるバイオフィルムの評価方法についても言及した。

2. 実は身近なバイオフィルム

 近年、環境衛生や食品などの製造分野において「バイオフィルム」という言葉を見聞きする機会が多くなった。一方、医学や医療の分野では古くからバイオフィルム感染症として知られていたが、易感染者の増大により難治感染症としてクローズアップされている 1)。また、バイオフィルムは、製紙工業や衛生工学などの特定の分野ではスライムと称され、さらに一般にはヌメリ、ヌルヌルなどと言われている。
 製紙業界でのスライム(バイオフィルム)の発生は古くから大きな課題となっていた。1966 年(昭和 41 年)には上谷と長谷川によって「製紙工場におけるスライムとスライムコントロール剤について」と題する論文がすでに発表されている 2)。この論文の冒頭には、「今日、製紙工場において発生する障害として、第一にスライムを挙げなければならないほど重要な問題となっている。」という記述があり、この分野では半世紀以上も前からすでにスライムの発生が問題視されていたのである。
 一方、住環境においても特に湿度が高い浴室や洗面所、台所等の水周りではピンク色を呈するヌルヌルしたバイオフィルムが以前から問題視されていた 3)。人々の生活水準の向上にともない、アメニティー、すなわち「快適性」という概念が広まり、限られた居住空間でできるだけ気持ちよく、清潔に生活したいとの意識が高まってきた。こうした居住者の意識変化を反映して居住環境で発生したバイオフィルムの外観や感触から不快感を生じ、設計・施工者を相手に訴訟問題にまで発展した事例もある。

3. バイオフィルムの正体

 バイオフィルムは、細菌をはじめ、真菌、藻類、原生動物など多種多様な微生物から構成される高次構造体であることが知られている 4)図 1 に示した通り、バイオフィルムは、「細胞外多糖類マトリックス内に閉じこめられた細菌のミクロコロニーが点在し、その間を水が比較的自由に動ける water channels を含む密度の低いポリマーマトリックスが埋めている」というバイオフィルムの三次元構造が明らかにされている 5)
 微生物はバイオフィルムを形成することによって、好ましい生育環境に滞留し、お互い情報交換しながら自らの役割を果たしつつ、様々な外的攻撃から身を守っている。例えば、バイオフィルムを形成した緑膿菌では、抗生物質に対する耐性が浮遊細胞に比べて数百倍も上昇し、薬剤治療を困難にしている 6)

 水之江ら 7)は、黄色ブドウ球菌のバイオフィルムから細胞外マトリクス(ECM)タンパク質を単離・同定した。ECM には、多糖体や DNA、タンパク質などが含まれていることは知られていたが、彼らのセリンプロテアーゼ(Esp)を用いた解析によって、約 130 種類のタンパク質が存在することが明らかにされ、その 64%が細胞質タンパクであり、12%が分泌タンパク質、6%が膜タンパク質であった 8)

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4. バイオフィルムの形成過程

 身近な環境におけるバイオフィルムの形成は、ある種の細菌が浴室の床や台所のシンクなどの担体に付着することから始まり、付着した細菌は汚れや洗剤などを栄養源に高温、多湿の条件下で短時間に増殖し、粘液物質を産生しつつさらに成熟していくものと考えられている 9)。微生物の側に視点を移してみれば、「付着」は微生物の生活様式の一つであり、担体への付着に続くバイオフィルムの形成は微生物にとって大変安定した状態であり、彼らの生き残りに関して重要な意味を持っている。
 一見、清浄にみえる物質表面でも多少の有機物や無機物が付着しており、いわゆるコンディショニングフィルムを形成している。このコンディショニングフィルムは、微生物にとって濃縮された栄養源であるばかりでなく、表面の物理化学的性質を変化させている。こうした物質表面に細菌が付着するためには、まず鞭毛や線毛を介して物質表面に可逆的付着状態と呼ばれるように緩く付着する。この状態は、浮遊状態と付着状態の中間の状態であり、一部の細胞は再び浮遊状態へと移行するが、ある細胞はバイオフィルム形成の前段階である不可逆的付着状態へと移行し、初期付着が完了する。その後、付着細胞の増殖や細胞外ポリマー (EPS: Extracellular polymeric substances) の産生によりバイオフィルムはキノコ状構造物の集合体へと成熟していく。EPS は菌体同士を互いに結びつけ、物質表面との付着を強固にし、バイオフィルムの構造を維持する働きを担っている。バイオフィルム内部には EPS がみられない細長い空洞が観察されており、水路のような構造によりバイオフィルム内部の物質循環に寄与していると考えられている 10)図 2)。

 こうしたバイオフィルムの一連の形成過程において、常にそれを阻止する脱離作用が働いており、バイオフィルムの構造、組成、機能は変化し続けている。バイオフィルムからの脱離には、外部環境からの力による「受動的脱離」と、運動性の活性化や EPSの分解による「能動的脱離」がある。脱離によりバイオフィルムが新しい環境へと移動して新しいバイオフィルムの形成基盤となる 10)

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5. 支持固体(担体)の材質とバイオフィルム形成

 バイオフィルム形成に関する細胞レベルあるいは遺伝子レベルでのメカニズムについては、かなり理解が進んできたが、支持固体の材質と細胞の初期付着やバイオフィルム形成との関係については不明な点が多い。
 松村の解説 11)では、一般的に微生物細胞表面は負に帯電した親水性の表面で覆われていると考えられていることから、正電荷に帯電した表面ではバイオフィルムが形成されやすいと記述されている。しかし、微生物細胞の初期付着に影響を及ぼす表面特性には、表面電荷や表面の親水性・疎水性だけではなく、表面粗さ、表面硬さ、表面張力、表面自由エネルギーなどが関与している可能性を指摘している。
 藤澤らは、台所排水口から分離した菌株を用いて、ステンレス、アクリル、塩化ビニル、ポリエチレン、シリコン、ガラスの 6 種類の担体を対象に、バイオフィルム形成量を ATP 値で比較した 12)。バイオフィルム形成量は供試菌株によって異なったが、Klebsiella pneumoniae が最も多く、担体別ではガラス、ステンレス、シリコンの順に多かったが、三者に大差はなかった。
 Piao らは、レジオネラ属菌 51 株について、ガラス、ポリスチレン、ポリプロピレンを用いて 25℃、37℃、42℃の温度条件でバイオフィルムの形成状況を比較している 13)。その結果、ガラスとポリスチレンでは、25℃よりも 37℃か 42℃の方が 2 倍から 7 倍多かった。また、ポリプロピレンでは、37℃や 42℃よりも 25℃の方が 2 倍から 16 倍多かった。
 森川 14)は、細胞が担体に付着する力は、疎水結合やイオン結合、水素結合、分子間力結合などの複合作用であると考えた。すなわち、細胞表層の構造や極性などが異なる細菌の種類ごとにバイオフィルムを形成しやすい担体の材質が異なると予想した。ところが、実験の結果、予想に反して細菌種を越えてシリコンやポリウレタン、あるいはポリエチレンやポリプロピレンで高いバイオフィルム形成が確認された。実験に使用した樹脂シートのゼータ電位や接触角を測定したが、バイオフィルムを形成しやすいこれらの材質に共通する物理化学的特性は認められず、細胞表層と支持固体表面との相互作用は解明されていない。

6. 細菌の情報伝達機構(クオラムセンシング)

 細菌にとって、環境変化に呼応した遺伝子発現の調整は、自らの生き残りを左右する重要な現象である。環境中における栄養素の欠乏、温度変化、急激な pH 変動などへ適応することは必須である。細菌は環境の変化、特に自身の存在環境における密度を的確に感知し、その濃度変化に応じて遺伝子の発現を巧妙に制御していることがわかってきた。近年、Autoinducer と呼ばれる細菌が産生するホルモン様物質(シグナル物質)を介しての情報伝達機構、クオラムセンシング(Quorum-sensing、QS)が注目されている。この “quorum” とは、会議などの成立に必要な定足数の意味であり、生体内などで細菌が自らの数が優位な状況になったということを感知し、病原因子などの発現を一斉に開始するシステムとして理解することができる 15)図 3 16)。

 細菌の種類によって産生されるシグナル物質の構造は様々であり、グラム陰性菌ではアシル化ホモセリンラクトン(AHL)や AI-2 をはじめとする S-アデノシルメチオニン(SAM)誘導体が知られている。また、グラム陽性菌ではペプチドが、放線菌では A ファクターなどがシグナル物質として同定されている 15)図 4)。

 バイオフィルム中では細胞が密集していることから、代謝産物や分泌物だけではなく、シグナル物質も高濃度に蓄積すると考えられる。バイオフィルムはしばしば精巧な立体構造を示すが、その構造決定にも QS の関与が示唆されている。このように、バイオフィルム形成と細胞間コミュニケーションの間には重要な関連性が認められるが、その影響は培地などの実験条件によって大きく異なる。また、多くの細菌は細胞間コミュニケーションを欠いていてもバイオフィルムを形成することが知られており、両者の関連性についてはまだまだ解明されていない点も多い。

7. バイオフィルムの解析・評価

7.1 バイオフィルムの構造解析

 バイオフィルムはさまざまな機能を有した構造体であり、環境によって多様な生態を示すことがわかってきた。こうした発見はバイオフィルムの解析技術の発展に伴うものであり、バイオフィルム解析技術の開発・改良は非常に重要である 14)
 バイオフィルムは微細な構造をもった複合体であり、その構造を知るために走査型電子顕微鏡を用いた観察が古くから行われてきた。しかし、こうした方法では生きた状態のバイオフィルムを観察することができなかったため、近年、これに代わり共焦点レーザー走査型電子顕微鏡を用いた解析手法が広く利用されるようになった。この方法を用いることにより、バイオフィルムが環境条件などに応じて、マッシュルーム状の立体構造になることやバイオフィルム内部に水路状の構造空洞が存在することなどが明らかになった 5)図 1)。
 さらに、蛍光タンパク質を用いた共焦点レーザー走査型電子顕微鏡による解析が盛んに行われるようになり、バイオフィルムが付着、成熟、脱離のサイクルをもつことなどが明らかにされ、バイオフィルムの形成過程の経時的解析が進んだ(図 2)。ここで重要な役割を果たしたのがフローセル法である 17)。フローセル法は、次に示すようなマイクロプレート法のように多条件を比較する場合には適さないが、バイオフィルムの立体構造について経時的な解析を行うには優れた手法であった。
 さらに近年では、反射顕微鏡法を基礎とした Continuous-optimizing confocal reflection microscopy(COCRM)が開発され 18)、物体からの反射光をシグナルとして利用する点が特徴であり、菌体の形質転換や染色を行わずに 3 次元構造を可視化することができ、そのバイオマス量を定量することも可能になった 9)

7.2 バイオフィルムの定量解析

 マイクロプレートを用いてバイオフィルムを実験的に生成させ、染色法( CV 法)によりバイオフィルム形成量を定量的に評価する方法は、以前から広く行われてきた 17)。この方法は比較的手技が簡単であり、様々な条件を同時に比較しやすい反面、バイオフィルムの形成段階で経時的に検討するには適さず、また純粋な分離株を用いた測定法であった。
 一方、近年、多検体のバイオフィルムを効率よく作成し、抗菌薬や消毒薬の作用を評価できるマイクロプレート法を応用したデバイスが開発され、カルガリー・バイオフィルムデバイス法といわれる 19)。この方法は、ペグと呼ばれる突起物があるマイクロプレートの蓋を利用し、このペグにバイオフィルムを生成させてから、次にこのペグを供試物質に入れて反応させ、その効果を判定するものである 17)図 5)。こうした方法により細菌が付着した状態での抗菌活性等を測定することが可能になり、「最小バイオフィルム除去濃度、MBEC」として定量的に評価することもできる。この方法を利用して薬剤感受性試験での抗菌活性を測定した報告もみられる 20, 21)。また、ペグの材質を変えてバイオフィルムを生成させ、CV 法により供試菌の付着特性を検討することも容易である。さらに、蓋から取外した個々のペグについて走査型電子顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡によりバイオフィルム構造の解析もできる 22)。いずれも 96 穴のプレート内で実験できることから、培地や薬剤等の条件を変えて経時的にバイオフィルム構造の観察や菌数の定量が可能である。

7.3 レジオネラ属菌の実験的バイオフィルム形成条件

 近年、浴槽水などを原因として呼吸器系の日和見感染症であるレジオネラ症の発生が各地で報告され、4 類感染症である本感染症の報告件数は年間 1,500 件を超えており、患者数は毎年増加傾向である 23)
 レジオネラ属菌は、元来、土壌中に生息しているといわれ、これらが人工的な水環境に侵入し、そこで増殖したレジオネラ属菌がヒトへ飛沫核感染(空気感染)すると考えられている 24)。こうしたレジオネラ症の感染経路から、その感染源となる水環境の消毒が重要であると考えられている。しかし、浴槽水等の消毒だけでは一時的なものに過ぎず、根本的な対策にはならない。そこで、“レジオネラ属菌のすみか”となるバイオフィルムを除去することがレジオネラ症対策として必須である 25)
 これまで Legionella pneumophila に対する殺菌剤等の効果を評価するには、細胞を浮遊させた状態での接触による実験系が用いられており 26)、付着状態での評価系は確立されていなかった。そこで、L. pneumophila を担体に付着させたままの状態で殺菌効果を評価することを最終目的として、歯科領域などの研究で用いられている Calgary Biofilm Device 19)を用いた MBEC (最小バイオフィルム除去濃度)assay に着目し、本菌のバイオフィルムを形成させるための条件について基礎的検討を行った 27)。また、薬剤処理後の評価方法として、従来は生菌数の測定や電子顕微鏡による付着状態の比較であったが、今回は、鞄ッ仁化学研究所によって開発された WST 法 28, 29)による Biofilm Viability Assay Kit を使用し、その反応状態を確認した。

7.3.1 供試材料

1)菌株:温泉浴槽水由来 L. pneumophila 血清群 1 群および 3 群の各 1 株

2)増菌培地:BCYEα 液体培地(鞄研生物医学研究所)

3)ペグ付き蓋:Nunc-TSP、No. 445497

4)マイクロプレート:96F Without Lid Si Microwell Plate、No. 269787、Thermo Fisher Scientific・Nunc A/S

5)活性測定試薬:Biofilm Viability Assay Kit(B603)(鞄ッ仁化学研究所)

7.3.2 実験方法

1) バイオフィルム形成実験 両菌株を BCYEα 液体培地で 37℃、5 日間培養後、マイクロプレートの各穴に 200 μl ずつ分注した。これにペグ付き蓋をして 30℃で 3 日間付着させた。なお、この時のペグは半分が本来のポリスチレン、半分はシリコン加工したものを使用した(鞄ッ仁化学研究所)。その後、新しい BCYEα 液体培地にペグ付き蓋を移動させて 30℃あるいは 37℃で 7 日間静置した。

2) バイオフィルム産生量の測定(Crystal violet: CV 法)常法によりバイオフィルムを 0.5%クリスタルバイオレット液で染色し、滅菌蒸留水で 2 回リンスしてから 95%エタノールで色素を溶出させ、波長 570 nm で OD 値を測定した。

3) 微生物活性の測定(Water-soluble tetrazolium salt: WST 法) L. pneumophila 血清群 1 群の培養菌液を希釈して 2 枚のマイクロプレートに 200 μl ずつ分注した。次に、仕様書に準拠して調製した試薬を 20 μl ずつ添加した。これらを 30℃と 37℃にそれぞれ放置し、2、4、6、8、24 および 48 時間後に波長 450 nm でOD 値を測定した。

7.3.3 成績および考察

1)バイオフィルム形成量の比較( n = 12)
@菌株:
シリコン加工の担体に 30℃で形成させた場合、1 群は 2.043 ± 0.336 であったが、3 群は 0.417 ± 0.155 と低く、約 5 倍の差があった(図 6)。このことは、 1 群と 3 群では増殖速度に差があり、前者の方が増殖速度が速いため BF 産生量に反映したものと考えられた。

A担体:
1 群を 30℃でポリスチレンとシリコンに形成させた場合、前者では 1.458 ± 0.183 であったが、後者では 2.043 ± 0.336 と後者の方が良好であった(図 6)。この差を検討するために、両担体の表面を走査型電子顕微鏡で確認したところ、シリコンの方がスムースな表面であった。また、元素分析の結果では、ポリスチレンは炭素のみであったのに対し、シリコンは炭素(45.7 Mass%)、酸素(24.1 Mass%)、シリカ(11.3 Mass%) などの複合であり、こうした相違が担体への付着に影響したものと考えられた。

B培養温度:
1 群をシリコン加工で実験した場合、37℃では 0.999 ± 0.501 であったが、30℃では 2.043 ± 0.336 と約 2 倍の吸光度であった。通常の L. pneumophila の検査では、培養温度を 37℃に設定して行うが、自然環境では 30℃前後で生息していることが多く、こうした温度に対する感受性が BF 産生量の増加に関係したものと推察された。

 以上の結果から、L. pneumophila のバイオフィルム形成には、血清群 1 群株を用い、シリコンの担体で 30℃、7 日間静置することが最適条件と考えられた。この条件でペグに形成した本菌のバイオフィルムを CV 法と走査型電子顕微鏡により確認したところ、図 7 のように良好な付着状態であり、今後の殺菌剤等の評価実験に十分に利用できるものであった。

2)微生物活性(n = 16)
 図 8 に示したように、1010 CFU/well の菌量で比較すると、 30℃では 6 時間後で最高の 1.825 ± 0.031 に達し、その後、OD 値は徐々に減少した。一方、37℃では、8 時間後で最高の 2.227 ± 0.095 となり、30℃の場合よりわずかに高い吸光度であった。このように、 L. pneumophila の細胞活性を WST 法で評価することが可能であり、 MBEC の測定に利用することができると判断した。なお、これらの結果から、今後の OD 値の測定は 37℃で 6 時間後と 24 時間後の 2 回実施することを基本とした。

 

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8. バイオフィルムの形成防止・除去

 現状、バイオフィルムの発生防止のポイントは、以下の 3 点である 30)。一つは、細菌の担体への付着防止である。バイオフィルムの形成は、細菌が担体に付着することからスタートするため、これを防止することは理にかなっている。しかし、細菌の付着は担体の表面構造のみならず、細菌と担体との物理化学的相互関係などによって起こるため、細菌の活動を停止し、付着を阻止することは簡単ではない。二つ目は、付着は容認したとして、増殖させないことである。細菌がコンディショニングフィルムに付着しただけではバイオフィルムは形成されないが、増殖してマイクロコロニーを形成することで進展する。そこで、細菌の増殖を抑制するために、担体表面の水分を残さない超撥水の発想や、担体に抗菌性を持たせる 31)等の策があるが、なかなか完璧なものはない。そして三つ目は、バイオフィルムが成熟し、認識される前の段階で物理的に除去することである 31)。まさに清掃である。清掃後に殺菌剤等を使用して次のマイクロコロニーの形成をできるだけ遅らせることが現状での得策であろう。
 2018 年 3 月に発行された日経サイエンスにおいて、「バイオフィルムを退治する、 The War on Slime」と題する記事が掲載されている 32)。この記事は、ニューヨーク州立大学の Sauer 教授が書かれたものであり、彼女は、ビンガムトン・バイオフィルム研究センターで副所長を務め、長年にわたりバイオフィルムの形成や脱離、抗菌薬耐性のメカニズムについて研究している。内容は、いかにしてバイオフィルムを攻略するか、その戦術についてまとめられたものである。彼女は最後に「何より重要な問題は、バイオフィルムがみな同じではない点だ」と指摘し、バイオフィルム対策の重要性と、これを完全に制御することの難しさに言及している。

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8.1 クオラムセンシングによるバイオフィルムの形成抑制

 トピックスとして、池田と諸星により紹介されている Quorum-sensing 制御に基づくバイオフィルム形成抑制についてふれる 33)。 QS は既述したとおり、細胞間情報伝達機構であるが、これがバイオフィルムの形成に関与していることが明らかにされてきた。そこで、この QS を制御することによりバイオフィルムの形成を抑制しようという新しい手法の開発である。彼らは、QS のシグナル物質の 1 種であるアシル化ホモセリンラクトン(AHL)分解酵素によるバイオフィルムの形成阻害や AHL 構造類似体によるバイオフィルムの形成阻害について検討している 33)
 また、久保と五十嵐の解説 34)では、細菌の細胞間シグナル伝達を介したバイオフィルム形成を阻害する安価で実用的な物質を利用した新規バイオフィルム形成抑制・剥離剤(バイオフィルムコントロール剤: BFC 剤)を開発し(表 1) 、RO 膜のバイオファウリングの抑制について検討している。この BFC 剤は、 QS を阻害してバイオフィルムの形成を抑制する物質と界面活性剤を主としたバイオフィルムの剥離に有効な物質の複合剤である。その作用機序は図 9 に示した。たとえば、これを RO 膜に用いるとバイオファウリングを抑制し(図 10)、膜モジュールの洗浄や交換頻度を抑えることができたとしている 34)

 

8.2 Legionella pneumophila のバイオフィルム対策における電解次亜塩素酸水による 1 例

 前述のように、Calgary Biofilm Device を用いて実験的にレジオネラ症の原因菌である L. pneumophila のバイオフィルムを形成させることができた。そこで、この実験系により本菌のバイオフィルムに対する電解次亜塩素酸水の形成阻害と不活化について検討した 35)

8.2.1 供試材料

 電解次亜塩素酸水(以下、電解次亜水、日本ヘルシーシステム協会)および市販の微酸性電解水(微酸研)を用い、対照として次亜塩素酸ナトリウム溶液(以下、次亜水、富士フイルム和光純薬)を使用した。

8.2.2 実験方法

1)バイオフィルム形成阻害試験 
 温泉浴槽水由来 L. pneumophila 1 群のバイオフィルム形成途中において、供試消毒剤と 30 分間接触させたのち、バイオフィルム形成量を CV 法により測定した。

2) バイオフィルム不活化試験
 バイオフィルム形成後に供試消毒剤と 60 分間接触させたのち、WST 法により微生物活性を測定した。

8.2.3 成績

1)バイオフィルム形成阻害(n = 24)
 各 OD 値は、電解次亜水(13.2 mg/l)が 0.145 ± 0.064、次亜水(11.8 mg/l)が 0.150 ± 0.065、微酸性電解水(10.1 mg/l)が 0.451 ± 0.375 の順であった。なお、無処理(対照)の OD 値は、2.579 ± 0.429 であった。

2)バイオフィルムにおける不活化(n = 24)
 各 OD 値は、電解次亜水(11.4 mg/l)が 0.563 ± 0.158、微酸性電解水(10.3 mg/l)が 0.590 ± 0.129、次亜水(12.0 mg/l)が 0.631 ± 0.215 の順であった。なお、無処理(対照)の OD 値は、0.708 ± 0.253 であった。
 このように、電解次亜水は L. pneumophila のバイオフィルムに対して形成阻害および不活化に有用であると考えられた。

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9. おわりに

 2019 年 2 月から新しいレジオネラ症の診断薬「リボテスト レジオネラ」が市販され、保険点数も付与された。今後、レジオネラ症の届出件数はさらに増加するものと予想される。また、これに伴い、現場でのレジオネラ属菌対策が一層求められることになる。そこで重要なことは、従来の水環境に浮遊するレジオネラ属菌だけを殺菌・消毒するのでは不十分であり、その「すみか」となるバイオフィルム対策が必須となる。
 概して、バイオフィルムの発生防止に対する特効薬はない。既述したとおり、バイオフィルムはライフサイクルによって形成されるため、少しでもこの形成を先送りするための努力が必要である。相手が様々な微生物の集合体であるだけにバイオフィルムの発生を制御することは容易ではなく、微生物と人間との永遠の課題かもしれない。
 なお、本稿の内容は、第 46 回建築物環境衛生管理全国大会のシンポジウムでの講演内容に加筆したものである。また、内容の一部は、すでに日本防菌防黴学会第 45 回年次大会(東京)および第 35 回日本環境感染学会総会・学術集会(神奈川)において発表した。

 

[ 著者プロフィール ]
氏名 古畑 勝則 (FURUHATA Katsunori)
所属 麻布大学 生命・環境科学部
〒252-5201 神奈川県相模原市中央区淵野辺 1-17-71
Tel : 042-754-6215
Fax : 042-754-6215
出身学校 筑波大学大学院修士課程環境科学研究科
学位 博士(獣医学)
専門分野 環境微生物学、微生物生態学、微生物制御学
現在の研究テーマ バイオフィルムやレジオネラに関する研究

 

    
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