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生細胞中の脂肪滴動態モニタリングを可能とする新規脂肪滴検出蛍光色素

株式会社同仁化学研究所 立中 佑希

 脂肪滴は、トリグリセリドやステロールエステルなどの中性脂肪が、リン脂質一重膜で取り囲まれた構造をしており、脂肪細胞だけでなくバクテリアから哺乳動物細胞まで、ほとんどの細胞に見られる。脂肪滴の役割は、単純に過剰な脂質の貯蔵庫と考えられてきたが、現在では膜形成、リポタンパク質形成や細胞内シグナル伝達といった重要な役割を果たすオルガネラでもあると認識されている。 近年、脂肪滴とオートファジー(リポファジー)、細胞老化との関連性も示唆されており、脂肪滴の形成、成長、融合、分解などの機構の解明が待ち望まれている。筆者らは、低分子蛍光色素を用いて脂肪滴と他のオルガネラとの形態学的および動的相互作用を簡便に検出できる技術の開発を進めてきた。 本稿では、新たに開発した低分子蛍光色素を用いた脂肪滴動態のモニタリングについて紹介する 1

 脂肪滴の様々な機能を解析するためには、蛍光顕微鏡によるマルチカラー解析が不可欠である。 従来、生細胞中の脂肪滴動態を観察するために、Nile Red や BODIPY 493/503 といった蛍光色素が使用されてきた。 しかし、 Nile Red の励起波長はソルバトクロミズムによって 450 nm から 560 nm に大幅にシフトするため、 B 励起(470 - 490 nm)および G 励起(520 - 550 nm)フィルターでのマルチカラー解析は難しい。 また、これらの色素は細胞内でのバックグラウンド蛍光が高いといった課題があり、解析の妨げになる。ここで報告する蛍光色素 Lipi-BlueLipi-Green および Lipi-Red(以下、 Lipi シリーズ)は、脂肪滴に対して特異的であり、染色された細胞の蛍光バックグラウンドは極めて低い。 また、 Lipi シリーズの蛍光特性は、蛍光顕微鏡の一般的なフィルターセットに対応しており、マルチカラー解析に有用である。さらに、 Lipi-BlueLipi-Green は細胞内滞留性にも優れており、 48 時間の長時間培養においてもイメージング可能である。

 我々は、 Lipiシリーズのこれら優れた性質を利用して、脂肪滴動態のモニタリングを試みた。 Lipi-BlueLipi-Green を用いて時間差で染色した結果(Time-lag staining)、培養前後で新たに生じた脂肪滴を判別することができた。 また、KB(HeLa 汚染株)細胞を Lipi-BlueLipi-Green でそれぞれ別々に染色し、トリプシン処理で細胞を剥離後 48 時間共培養した結果、同一細胞内に Lipi-BlueLipi-Green で染色された脂肪滴が観察された(図 1)。 これは、 Collot らの報告と合致している 2。一部の細胞で繊維状の長い突起が確認され、Tunneling nanotubes を経由した細胞間の脂肪滴輸送が示唆された 3。 一方で、 HepG2(ヒト肝癌由来)細胞を用いて同様の実験を行うと細胞間の脂肪滴輸送は観察されなかった(図 2)。 特定の条件の下、脂肪滴の細胞間移動は細胞の生存やコミュニケーションのための重要な機構である可能性がある。
 脂肪滴形成を理解することは、肥満、脂肪肝、糖尿病といった病態の解明に重要であり、このメカニズムが明らかになれば、診断、治療、創薬に役立つであろう。本ツールを用いた詳細な脂肪滴動態の観察により、今後の新たな研究展開が期待される。


[参考文献]

  • 1) Y. Tatenaka, H. Kato, M. Ishiyama, K. Sasamoto, M. Shiga, H. Nishitoh and Y. Ueno, “Monitoring lipid droplet dynamics in living cells by using fluorescent probes”, Biochemistry (in press).
  • 2) M. Collot, T. K. Fam, P. Ashokkumar, O. Faklaris, T. Galli, L. Danglot and A. S. Klymchenko, “Ultrabright and fluorogenic probes for multicolor imaging and tracking of lipid droplets in cells and tissues”, J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 5401-5411.
  • 3) K. Astanina, M. Koch, C. Jungst, A. Zumbusch and A. Kiemer, “Lipid droplets as a novel cargo of tunneling nanotubes in endothelial cells”, Scientific Reports, 2015, 5, 11453.
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