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活性イオウ分子種による tRNA のチオメチル化修飾と生理機能

株式会社同仁化学研究所 立中 佑希

 DNA のエピジェネティクス修飾やタンパク質の翻訳後修飾のように、RNA にも様々な化学修飾が存在する。特に、トランスファー RNA(tRNA)はタンパク質翻訳を仲介する中心的な小分子 RNA である。近年、分析技術の発展により tRNA に多彩な転写後修飾が存在することが明らかになってきている。しかし、哺乳動物では未知の化学修飾が多く、修飾の高次機能や生理意義に未だ不明な点が多い。特に、イオウを含む修飾はアンチコドンループに多く存在していることから、イオウ修飾がタンパク質翻訳における新たな制御機構として注目されている。一方で、高い求核性と強力な抗酸化能を有している活性イオウ分子種(reactive sulfur species:RSS)が生体内で様々な生理機能を担っており、レドックスシグナル伝達を制御していると考えられている1。本トピックスでは、このような活性イオウ分子種による tRNA チオメチル化修飾と機能について紹介する2
 チオメチル化修飾は、イオウ原子およびメチル基によって構成される tRNA の転写後修飾である。哺乳動物細胞では 2 種類のチオメチル化修飾、ms2t6A(2-methylthio-N6-threonylcarbamoyladenosine)および ms2i6A(2-methylthio-N6-isopentenyladenosine)が知られている。
 CDKAL1(Cdk5 regulatory subunit associated protein1-like-1)は、細胞質の tRNALys(UUU)の 37 位アデノシンをチオメチル化し、ms2t6A を与えるチオメチル化修飾酵素であるが、その反応機構の詳細は不明であった。今回、魏らは活性イオウ分子種であるシステインパースルフィド(CysSSH)に着目し、CDKAL1 による tRNA チオメチル化修飾における CysSSH の潜在的な役割とその生理的意義を明らかにしている。
 細胞内の CysSSH 産生は、CBS(cystathionine β-synthase)や CTH(cystathionine γ-lyase)などの合成酵素により調節されているが、 tRNA チオメチル化修飾レベルがこれらの酵素や CysSSH によって有意に変動することが明らかとなっている。ちなみに、細胞内 CysSSH 量の変動は、サルフェン硫黄選択的蛍光プローブ SSP4 を用いたイメージングにより解析している。一方で、硫化水素やシステインでは tRNA チオメチル化修飾レベルに変化が見られなかったことから、活性イオウ分子種である CysSSH が tRNA チオメチル化修飾の調節に選択的に関与することが示唆されている(図1)。

 さらに、CDKAL1 のシステイン残基に CysSSH の活性イオウ原子が転移することが、安定同位体化したシステインパースルフィド(CysS34SH)を用いた質量分析から明らかとなっており、CDKAL のチオメチル化修飾反応には、CysSSH から CDKAL1 のシステイン残基に転移したイオウ原子が関与していることが示されている。
 tRNA のチオメチル化修飾は、コドン-アンチコドンの安定化に寄与しており、正確で効率的なタンパク質翻訳に必要とされている。CDCAL1 遺伝子に存在する 1 塩基多型変異が 2 型糖尿病と相関することが明らかにされているが、これは膵β細胞においてプロインスリンの翻訳障害が生じ、インスリン分泌が低下するためだと考えられている。今回の報告では、細胞内 CysSSH による tRNA のチオメチル化修飾がインスリン生合成を介した糖代謝に大きく寄与することが示されている。
 近年、活性イオウ分子種のさまざまな生体内機能が明らかとなっている。今回 tRNA 修飾における活性イオウ分子種の直接的な関与が示されたことによって、今後さらなる活性イオウ研究への展開が期待できるものと考えられる。

 

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[参考文献]

1) T. Ida, T. Sawa, H. Ihara, Y. Tsuchiya, Y. Watanabe, Y. Kumagai, M. Suematsu, H. Motohashi, S. Fujii, T. Matsunaga, M. Yamamoto, K. Ono, N. O. Devarie-Baez, M. Xian, J. M. Fukuto and T. Akaike, “Reactive cysteine persulfides and S- polythiolation regulate oxidative stress and redox signaling”, Proc. Natl. Acad. Sci. U S A, 2014, 111, 21.

2) N. Takahashi, F. Y. Wei, S. Watanabe, M. Hirayama, Y. Ohuchi, A. Fujimura, T. Kaitsuka, I. Ishii, T. Sawa, H. Nakayama, T. Akaike and K. Tomizawa, “Reactive sulfur species regulate tRNA methylthiolation and contribute to insulin secretion”, Nucleic Acids Res., 2016, 44, 17.

 

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