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光線力学療法で発生する一重項酸素の視覚化のための蛍光プローブ Si-DMA の開発

Development of Si-DMA as the Fluorescence Probe to Visualize Singlet Oxygen during Photodynamic Therapy

金 水縁
大阪大学産業科学研究所
励起分子化学分野
特任助教
藤塚 守
大阪大学産業科学研究所
励起分子化学分野
大阪大学大学院工学研究科
准教授
真嶋 哲朗
大阪大学産業科学研究所
励起分子化学分野
大阪大学大学院工学研究科
教授

Abstract
 Photodynamic therapy (PDT) is a therapeutic treatment using light and photosensitizer, which generates cytotoxic substances by light irradiation. Singlet oxygen (1O2), a reactive oxygen species generated by photosensitizer in thet riplet excited state, plays a key role in cytotoxicity of PDT. Thus, understanding the behavior of intracellular 1O2 is important in order to elucidate molecular mechanism and improve therapeutic efficacy of PDT. In this review, how to develop a fluorescence probe for visualization of intracellular 1O2 during PDT is illustrated with a brief introduction of photoinduced electron transfer (PET).

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1. はじめに

 光線力学療法(Photodynamic therapy、PDT)は、光励起によって活性酸素種を生成する薬物(=光増感剤)を投与し、がんのような体内の有害組織および感染症、皮膚病などの疾病を治療する方法である(図 1)。光を利用する様々な治療法に比べ、酸素存在下で励起状態の光増感剤が生成する活性酸素種が、患部を構成する細胞の細胞死をもたらすという治療機構が PDT の特徴である 1)。光増感剤として、一重項酸素(Singlet oxygen、1O2 )を生成する有機化合物(例、ポルフィリン誘導体など、図 2)や酸素ラジカルを生成する無機材料(例、TiO2などの半導体、励起に紫外光が必要である場合が多く、主に光殺菌に使用)などが使われている。

 PDTは、治療機構によってタイプTとUに分類される。その定義は、研究分野によって多少異なるが 23)、一般的に、光増感剤によって最初に生成される活性酸素種が酸素ラジカルか 1O2 かによって、前者がタイプ T、後者がタイプ U と呼ばれる。また、生体分子ラジカルが生成される場合もあり、タイプ T に分類される。 現在、FDA(アメリカ食品医薬品局)によって検証されている Photofrin(Porfimer sodium)、5- アミノレブリン酸(5-ALA、図 2c)などの薬物の多くは、ポルフィリン誘導体が光増感剤として働いている。したがって、医療現場では活性酸素種が 1O2 であるタイプ U に基づいた PDT が主流である。

 我々は、タイプ U の治療機構において最も重要な役割を果たす 1O2 に注目した。 1O2 とは、名前の通り一重項状態のスピンを有する励起状態の酸素分子であり、周辺分子の酸化反応を誘起することができる(図 3a3)。スーパーオキシド(O2 ・−)、ヒドロキシラジカル(OH)のような酸素ラジカルが電子移動反応によって発生するのに対し、1O2 は三重項励起状態の光増感剤と三重項基底状態の酸素分子間のエネルギー移動(三重項−三重項エネルギー移動反応、Triplet-triplet energy transfer、TTET)から発生する(図 3b)。一方、活性酸素種間の連鎖反応(Haber-Weiss 反応、H2O2+O2 ・−1O2OH+ OH)によって 1O2 が発生する可能性もある。しかし、様々な生体分子が混みあっている細胞内環境で、このような活性酸素種間の二次反応を介して発生する 1O2 は極めて少量であると考えられる。

 1O2 は水中で短い寿命(約 3 μs)を持ち、Einstein 式、< x2>= 2Dt(xDt はそれぞれ物質の拡散距離、拡散係数、拡散する物質の寿命)から、数百 nm 程度まで拡散することが予想される 4)。さらに、Linker 教授らは、溶媒による1O2 の失活速度が速いほど、拡散による自然減衰よりも、1O2 が周辺分子との酸化反応を起こす確率が増加することを明らかにした 5)。つまり、1O2 が急速に失活する水中(kd= 3.2 × 105s − 1)では、Einstein 式で計算した最大拡散距離(1O2 の寿命分布を考慮し、約 100 〜 300 nm)よりはるかに近くに存在する生体分子(数十 nm の範囲)のみ1O2 と酸化反応が起こることを示唆する。よって、光増感剤の初期位置が PDT の細胞死過程において最も重要であると考えられる(表 16)


 しかしながら、数十〜数百 nm 程度拡散して減衰する 1O2 が、周辺の生体分子に対してどのような化学反応を誘起し、約 20 μm に達する細胞全体に変化を及ぼすのかについてはまだ解明されていない。特に、1O2 が誘起する初期の生体分子の酸化反応を解明するためには、細胞内 1O2 の生成および拡散を実時間視覚化する技術が必要不可欠である。

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2. 1O2 の検出方法

 最も直接的に 1O2 の動的挙動を観測する方法は、1O2 の時間分解リン光測定である(図 3c7)。しかし、近赤外光領域である 1270 nm 付近で 1O2 のリン光を観測するためには、高価な高感度赤外光領域検出器が必要である。さらに、水中 1O2 リン光の強度は非常に弱いため、その生成を 2 次元像として観測する際、リン光強度を増幅する工夫をしなければならない。例えば、リン光寿命が長くなる重水の培養条件で、5 秒の露光時間および 1 細胞レベルで 1O2 生成を視覚化した報告例がある8)。しかし、重水で得られた結果に基づいて生体現象を解明することは困難である。また、細胞内での 1O2 の挙動を理解するためには、0.1 s 以下で、かつ小器官レベルの時空間分解能での 1O2 の視覚化が必要である。

  より簡便に 1O2 を検出するため、1O2 と選択的に反応する化合物を使用する方法がある(図 4)。 1O2 は、Schenck-ene 反応、付加環化反応などの独特な酸化反応を誘起するため、アントラセン(図 5a)、ベンゾフラン(図 5 b)などが 1O2 を選択的に捕捉する化合物として知られている。これらの芳香族分子の吸光度および蛍光強度は、1O2 との反応によって減少し(図 4a)、その変化量から 1O2 生成量を準定量的に測定することが可能である。また、1O2 との反応によってラジカル種になる化合物(2,2,6,6-tetramethylpiperidine、TEMP、図 5c)を使用し、電子スピン共鳴法(Electron spin resonance、ESR)を用いて検出する方法もある。

 

 

 1999 年、蛍光色素と消光剤を組み合わせた 1O2 蛍光プローブが東大薬学研究科の長野教授らによって提案された(図 5d 9)。蛍光色素としてフルオレセイン、消光剤としてアントラセン誘導体を用い、緑色光でフルオレセインを選択的に光励起すると、アントラセン部位からフルオレセインへの電子移動が起こり、蛍光が消光される。従来の有機分子プローブと比べて進歩した点は、1O2 の検出によって蛍光強度が減少するのではなく、蛍光強度の増加が達成できたことである(図 4b)。このような蛍光オン型のプローブの場合、より少量のターゲット物質の検出が可能である。次章でこの蛍光プローブの駆動原理となる光誘起電子移動について簡単に紹介する。 

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3.光誘起電子移動 (Photoinduced electron transfer、PET)

 PET とは、光励起によって誘起される電子移動反応である 10)。光励起の対象となる発色団を光励起すると、一つの電子が高いエネルギーの分子軌動に遷移した励起状態になる。そこで発色団は、分子間のエネルギー準位との関係により電子アクセプター(一電子酸化剤)になることもあり(図 6a)、また、電子ドナー(一電子還元剤)になることもある(図 6b)。PET が起こる反応速度は、マーカス理論に従い、電子移動反応の自由エネルギー変化(ΔG)に大きく依存する。 PET のΔG は Rehm-Weller 式、ΔGED/DEA/AE0,0 EcED/DEA/AE0,0Ec はそれぞれドナーの酸化電位、アクセプターの還元電位、励起される発色団の励起状態のエネルギー、クーロンエネルギー)から計算でき、電子ドナーと電子アクセプターの酸化還元電位の差、周辺溶媒の極性、電子ドナーとアクセプターとの間の距離などが PET の反応速度を決める重要な因子である。
 蛍光プローブのオンオフ比を大きくするため、オン状態の蛍光量子収率(Фfl)を最大に、または、オフ状態の Фfl を最小にすることが必要である。そこで、Фflkfl /(kflknr)(kflknr はそれぞれ輻射遷移(蛍光)速度、無輻射遷移速度)から考えてみると、一般的な蛍光色素の蛍光寿命(τfl= 1/ (kflknr))である数ナノ秒よりも高速な無輻射失活過程である分子内 PET が起こると、より暗いオフ状態のプローブを設計できる。
DMAX の場合(図 5d)、蛍光色素を緑色光で励起すると、電子アクセプター性の高いフルオレセインの一重項励起状態が生成し、アントラセンの HOMO(Highest occupied molecular orbital)からフルオレセインの HOMO に分子内 PET が起こる(図 6a)。したがって、フルオレセインの一重項励起状態は蛍光発光によって失活されず、アントラセンからの電子移動による電荷分離状態の生成により高速に失活する 11)。一方、アントラセンが 1O2 と反応しエンドペルオキシドを生成すると、その電子ドナー性が低下し、一重項励起状態のフルオレセインへの電子移動が起こらない。そのため、1O2 が存在する際、DMAX の Фfl が約 0.02 から 0.81 に増加すると説明されている 9)

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4.ケイ素ローダミン-アントラセンダイアドを用いた細胞内 1O2 蛍光プローブの分子設計

 1O2 の検出のために使われるこれらの化合物(図 5)は、細胞実験の用途で開発されているものではないため、細胞透過性を有しない、または、細胞内で非特定な場所を染色することが知られている。したがって、我々は PDT 中で発生する 1O2 を細胞内で視覚化できる蛍光プローブの開発に着手した。その分子設計において、自己蛍光を発生しない遠赤色〜近赤外光で励起可能な色素、優れた細胞透過性を有する分子構造、1O2 と選択的に反応する捕捉部位の導入の 3 点を考慮した。

 生体イメージングにおいて青〜緑色の励起光が問題視されている理由は、細胞の内因性発色団(例、ポルフィリン、フラビン、一部のアミノ酸など)からの自己蛍光を誘起するためである。自己蛍光が強すぎる場合、蛍光プローブからの信号との区別が困難である。よって、細胞小器官レベルで 1O2 生成の視覚化を実現するためには、内因性発色団からの自己蛍光が抑制される赤色〜近赤外領域に吸収帯をもつ蛍光プローブを利用することが必要である。赤色〜近赤外光を吸収および発光する有機蛍光色素として Cy5、Cy7、テキサスレッド、ローダミン 800、Aza-BODIPY などが使用されている。さらに、Фfl の大きい(kfl が大きい、knr が小さい)蛍光色素をプローブに用いると、より高い発光性のオン状態のプローブが設計できる。一方、系間交差を経て自ら活性酸素種を発生する蛍光色素や、自己酸化や光退色しやすい蛍光色素は、活性酸素種の蛍光プローブの発色団として相応しくない。
 我々は、色素の光安定性、光学的特性、色素分子の大きさ(一般的に、π 電子共役系が大きくなるほど吸収帯が長波長シフトするが、細胞透過性と水溶性が低下する)などの要素を考慮し、ケイ素ローダミン(SiR)を選んだ。SiRとは、ローダミン色素の酸素がジメチルシランに置換されたローダミン誘導体を総称し(図 7a)、超高分解顕微鏡法、in vivo イメージングなどの蛍光色素としてよく使われている 12。Si の低い LUMO(Lowest unoccupied molecular orbital)エネルギー準位により、類似の化学構造を有するテトラメチルローダミンに比べて約 100 nm 長波長シフトした吸収帯を示す(表 2)。さらに、ローダミン系の色素は + 1 の正味電荷と適度の脂溶性を持っているため、細胞内のミトコンドリアを選択的に染色できるといった利点がある。

 

 アントラセン誘導体が 1O2 を選択的に捕捉することを利用し、SiR にアントリルフェニレン(An)が結合された SiR-An を合成した(図 7a13)。その吸収スペクトルから、SiR と An が結合していることを確認し(図 7b)、そのФfl はケイ素ローダミン誘導体 Si-Me より約 6 倍低い 0.05 であった(表 2)。ただし、SiR-An の Фfl = 0.05 は、分子内 PET が数ピコ秒〜数十ピコ秒の時間帯で起こることから予想される Фfl < 0.01 に比較して大きい。そこで、アントラセンと SiR の間に本当に PET が起こるかについて、レーザーフラッシュフォトリシスおよびパルスラジオリシスを用いて確認した。これら過度吸収分光法は、パルスレーザーあるいは電子線パルスを試料に照射し、生成される様々な過渡種の吸収スペクトルを時間分解測定する方法である。 SiR-An において、SiR の選択的光励起によって分子内 PET が起こるならば、 SiR の一重項励起状態(1SiR*)生成とほぼ同時に、SiR と An のラジカルイオン対(電荷分離状態)の過渡吸収が観測できると予想される。

 まず Si-Me を用い、SiR 部位の一重項励起状態(1Si-Me*)およびラジカルイオン(Si-Me・−、Si-Me・+)の過渡吸収スペクトルを測定した(図 8a14)。次に SiR-An のフェムト秒レーザーフラッシュフォトリシスにおいて、レーザー照射後 1Si-Me* のみが観測され、分子内 PET が起こらないことを示す(図 8b)。一方、SiR- ジメチルアントラセンダイアド(5. Si-DMA 参考)の場合、1Si-Me* とラジカルアニオン(Si-Me・−)が同時に観測され、PET による電荷分離状態(SiR・− と An・+、注:後者は SiR の基底状態の吸収スペクトルと同じ波長領域に吸収を持つため、明確に観測できない)が生成することがわかった(図 8c14,15)

 これらの実験を通して、次のような SiR-An の特性および 1O2 蛍光プローブの開発への課題点が明らかになった。
1.Si-Me に比べて SiR-An のФfl が約 6 倍以上減少した。これは、SiR とフェニレンの間の自由回転によって、励起エネルギーが蛍光ではなく、熱として溶媒分子に発散したからである(無輻射遷移)。

2.SiR-An においては、SiR と An の間での PET が起こらない。これは、(1) 1SiR* の還元電位と An の酸化電位の関係から、PET の−ΔG が十分に大きくない、(2) SiR とアントラセン基との間にフェニレン基が存在するため、ドナー(SiR)とアクセプター(アントラセン基)との距離が長くなり、PET が輻射遷移(蛍光)より遅いことに起因すると考えられる。すなわち、PET を活用した蛍光プローブを分子設計するには、蛍光色素と消光剤が直接結合している分子構造が好ましい。

3. SiR-An は、細胞のミトコンドリアに集積される(図 913)。つまり、SiR-An と同程度の分子の大きさと脂溶性を持ちながら、カチオン性の SiR 色素を利用した蛍光プローブを開発すれば、 PDT において重要なターゲットであるミトコンドリアで発生する 1O2 を検出できると予想される。

4.SiR-An は、1O2 との反応速度が非常に遅く、反応による蛍光増加が確認できなかった。これは、分子内 PET が起こらない、かつ、求電子剤の 1O2 が SiR-An のアントラセン基と容易に反応しないことを示唆する。したがって、1O2 との反応性を高めるためには、アントラセンの 9, 10 位に電子供与基を導入し、電子密度を増加させることが必要である。

 

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5.Si-DMA による細胞内1O2 の視覚化

 SiR-An の結果に基づいて、9,10- ジメチルアントラセンと SiR を直接結合した Si-DMA の開発に成功した(図 10a15)1O2 が存在しない環境では Si-DMA の Фfl は約 0.01 であり、Si-Me(表 2)の Фfl より約 32 倍減少した(図 10a)。一方、1O2 が生成されると、Si-DMA の蛍光強度が最大 18 倍増加することを確認した(図 10b)。したがって、アントラセンの 9,10 位に電子供与基であるメチル基を導入することによって 1O2 との反応性が増加することが示唆された。
 そこで、Si-Me に比較し、Si-DMA の Фfl の約 32 倍の減少が PET に起因するのかを確認するために、Фfl の溶媒依存性の検討と過渡吸収測定(図 8c)を行った。その結果、溶媒の誘電率が小さくなるほど Si-DMA の Фfl が大きくなることを確認し、PET の電子移動速度が溶媒の誘電率に反比例する特徴と一致した。また、Si-DMA の 650 nm フェムト秒レーザーフラッシュフォトリシスにおいて(図 8c)、1SiR* 1Si-Me*)とともに SiR・−(Si-Me・−)の生成が観測された。よって、Si-DMA は分子内 PET によって蛍光消光されることを示す 14)。PET に関して、Si-DMA と SiR-An との差異は、Si-DMA の場合、(1)電子ドナーとアクセプターとの間の距離が近く、(2) 9,10-ジメチルアントラセン(Eox= 1.05 V vs. SCE)がアントラセン(Eox= 1.19 V vs. SCE)より酸化されやすいので、 PET の−ΔG が十分に大きく、PET速度が速くなり、電荷分離状態が高効率で生成することに起因すると考えられる。

 次に細胞を使用した実験を行い、約 100 nM 以下の濃度で Si-DMA を 30 分間インキュベーションすると、ミトコンドリアに集積されることを確認した(図 1115)Si-DMA を用いてミトコンドリアで生じる 1O2 を視覚化するためには、その内部に 1O2 を生成できる光増感剤を導入することが必要である。我々は、市販の PDT 薬剤である 5-ALA を使用した。 5-ALA はヘムの前駆体であり、がん細胞内では特異的にノンヘムポルフィリン(PpIX)をミトコンドリアに蓄積させる効能がある(図 2c)。本実験では、HeLa 細胞に 5-ALA を加え 3 時間インキュベーションし、ミトコンドリアに PpIX を生合成させた後、20 〜 100 nM Si-DMA を加え 30 分間インキュベーションした。そこで、赤色レーザー(λex = 640 nm)を用いて PpIX と Si-DMA を同時に励起した結果、約 20 秒以内に Si-DMA の蛍光が初期値の約 2 倍に増加した(図 12a 15)
 一方、他の細胞内器官(ライソソーム)に局在化した TMPyP4 の光増感作用によって生成した 1O2図 12b)、ミトコンドリア内に存在する光増感タンパク質(KillerRed)が生成した酸素ラジカル(図 12c)、または、細胞の酸化バースト過程で生成された酸素ラジカルによっては、ミトコンドリア内の Si-DMA の蛍光増加は観測されなかった。これらの実験結果から、1O2 の細胞内拡散距離は、理論通り数十〜数百 nm に過ぎないこと、また、酸素ラジカルの二次反応(Haber-Weiss 反応など)による 1O2 の生成量は無視できる程度(=細胞死に影響しない程度)であることがわかった。このような結果は過去文献の報告とも一致し 6, 16)Si-DMA が PDT 中に発生する 1O2 を視覚化できる蛍光プローブであることを立証した。なお、本研究で開発された Si-DMA は国内外特許出願を経て19)、2016 年 2 月末から世界中で販売開始されている(同仁化学研究所および米国法人 Dojindo Molecular Technologies, Inc.、Si-DMA for Mitochondrial Singlet Oxygen Imaging)。

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6.おわりに

 以上のように、細胞内 1O2 の視覚化のために必要な蛍光プローブ Si-DMA を開発し、過渡吸収分光法などを用いてその性質を調べた。PET の原理を基盤とした蛍光プローブは、分子内 PET の速度を最速にすることによって最も暗いオフ状態を設計でき、103 倍以上のオンオフ比を達成することができる。ただし、溶液中で得られたオンオフ比が細胞内では大幅に低下する場合が多く、蛍光プローブの細胞中の使用において、十分注意しなければならない。これは、溶液中とは異なる細胞内の様々な環境要因(誘電率、極性、粘度、分子クラウディングなど)が PET 過程に影響を与えたためであると考えられる。
 したがって、細胞内での高いオンオフ比を示す蛍光プローブを開発するためには、蛍光共鳴エネルギー移動(Förster resonance energy transfer、FRET)、凝 集 誘 起 発 光 特 性(Aggregation induced emission enhancement、AIEE) 18)、近赤外光励起が可能なアップコンバージョンナノ粒子および二光子吸収発光体などの様々な光化学的な原理をプローブの分子設計に採用することが必要である。また、1 細胞内での 1O2 生成を観測するため、発光プローブのみならず、1O2 との反応による色変化(=吸収スペクトル変化)19)、ラマン散乱スペクトル変化の測定、または、プラズモン効果を利用した 1O2 リン光強度の増幅20)も検討されている。今後、さらなる 1O2 高感度定量検出法の進展により、PDT において生成する 1O2 の視覚化を実現し、より効果的な治療の確立が望まれる。

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著者プロフィール
氏名 金 水縁(Sooyeon Kim)
所属 大阪大学産業科学研究所 励起分子化学分野 特任助教
連絡先 〒567-0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘 8-1
TEL: 06-6879-8496 FAX: 06-6879-8499
E-mail : kimsooyeon45@sanken.osaka-u.ac.jp
出身学校 大阪大学工学研究科
学位 博士(工学)
専門分野 光化学、光生物学
 
氏名 藤塚 守(Mamoru Fujitsuka)
所属 大阪大学産業科学研究所 励起分子化学分野
大阪大学大学院工学研究科 准教授
連絡先 〒567-0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘 8-1
TEL: 06-6879-8496 FAX: 06-6879-8499
E-mail : fuji@sanken.oaska-u.ac.jp
出身学校 京都大学工学研究科
学位 博士(工学)
専門分野 光化学、放射線化学
 
氏名 真嶋 哲朗(Tetsuro Majima)
所属 大阪大学産業科学研究所 励起分子化学分野
大阪大学大学院工学研究科 教授
連絡先 〒567-0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘 8-1
TEL: 06-6879-8495 FAX: 06-6879-8499
E-mail : majima@sanken.oaska-u.ac.jp
出身学校 大阪大学工学研究科
学位 博士(工学)
専門分野 光化学、放射線化学

 

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