はじめに
アデノシン三リン酸 (ATP) は解糖系およびミトコンドリアにおける TCA 回路、電子伝達系でつくられ、細胞が生きていくためのエネルギー源として重要です。通常、細胞の ATP 産生が低下すると、分解物であるアデノシン二リン酸 (ADP) から ATP を再合成し、細胞内の ATP 濃度が保たれています。ATP 産生の代謝が破綻すると、ADP から ATP を再合成できなくなりますが、細胞内の ATP は ADP へと変換が進むため、ADP/ATP ratio が上昇します。 ADP/ATP ratio の変化は、アポトーシスやオートファジー等の分野だけでなく、エネルギー代謝の分野との関連も明 らかにされており、細胞活性を判断する指標の一つとして用いられています。 ADP/ATP Ratio Assay Kit-Luminescence は、細胞内の ADP と ATP の比率を測定することができるキットです。 培養細胞内 ATP をホタル・ルシフェラーゼ発光法で検出し、その後、酵素を用いて細胞内の ADP を ATP に変換し、 同様の発光原理で検出することにより、細胞内の ADP/ATP ratio を測定することができます。
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図 1 ADP/ATP ratio の変化 |
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図 2 ADP/ATP Ratio Assay Kit-Luminescence の測定原理 |
キット内容
ATP Enzyme Solution (青キャップ) | 20 μl x 1 |
ATP Substrate | x 1 |
Assay Buffer | 11 ml x 1 |
ADP Enzyme Solution (緑キャップ) | 25 μl x 1 |
ADP Substrate (赤キャップ) | x 1 |
ADP Dilution Buffer (透明キャップ) | 250 μl x 1 |
保存条件
0-5 ℃で保存して下さい。
必要なもの (キット以外)
- マイクロプレートリーダー ( 発光測定に対応しているもの )
- 96 穴白色マイクロプレート
- 20-200 µl のマルチチャンネルピペット
- 100-1000 µl、20-200 µl、2-20 µl マイクロピペット
- 1.5 ml マイクロチューブ -コニカルチューブ
使用上のご注意
- キットの中の試薬は、室温に戻してからご使用下さい。
- 輸送中の振動等により、内容物がアシストチューブ壁面やキャップ裏面に付着している場合がありますので、内容物を底面に落とした後に開封して下さい。
- 正確な測定値を得るために、1 つの測定試料につき複数 (n=3 以上) のウェルを使用下さい。
- 細胞種や培養条件によって最適な細胞数が異なります。初めて実験する際は、段階希釈した細胞をプレートに播種し、目的の実験と同様の条件で培養後、本キットにて評価して下さい。得られた発光強度を用いて検量線 (X 軸:細胞数、Y 軸:発光強度 ) を作成し直線性があり、ADP/ATP ratio が一定となる細胞数範囲内で測定を行って下さい。
- 96穴マイクロプレートを用いる場合の細胞数は、浮遊細胞(Jurkat細胞):10,000-15,000 cells/well、付着細胞(HeLa 細胞):4,000-5,000 cells/well を推奨しております。
- 本キットはガラス製容器およびアルミ製シールキャップを使用しております。取扱いに際しては、保護手袋を着用して下さい。
溶液調製
ATP working solution の調製
- ATP Substrate のバイアル瓶に Assay Buffer を 1 ml 加える ※ ATP Substrate のバイアル瓶の中は減圧になっております。開封する際に中身を飛び出る可能性がありますので、ゆっくりゴム栓を開けてください。
- Assay Buffer を加えたバイアル瓶にゴム栓をして転倒混和し全て Assay Buffer の容器に戻す。
- ATP Enzyme Solution 20 µl を Assay Buffer の容器に加え転倒混和する。
- ATP Enzyme Solution の内容物がアシストチューブ壁面やキャップ裏面に付着している場合がありますので、使用前に振り落としてからご使用ください。
- ATP working solution 調製後は冷凍保存 (-20 ℃) して下さい (30 日間安定 )。
ADP Substrate working solution の調製
ADP Substrate のアシストチューブに超純水 280 µl を加え、溶解する。
- ADP Substrate の内容物が極少量のため、目視で確認することはできません。ピペッティングやボルテックスを使用し、溶解してください。
- ADP Substrate working solution 調製後は冷蔵保存 (0-5 ℃) して下さい (30 日間安定)。
ADP Enzyme working solution の調製
1.5 ml マイクロチューブに ADP Enzyme Solution 25 µl と Dilution Buffer 225 µl を加え、混和する。
- ADP Enzyme Solution の内容物がアシストチューブ壁面やキャップ裏面に付着している場合がありますので、使用前に振り落としてからご使用ください。
- ADP Enzyme working solution 調製後は冷蔵保存 (0-5 ℃) して下さい (30 日間安定)。
操作
1. 測定サンプルの調製
< 浮遊細胞 >
- 細胞を薬剤含む培地に懸濁させ、ディッシュに播種する。
- コントロールとして薬剤を含まない培地に懸濁させた細胞も用意する。
- インキュベーター (37℃、5%CO2 存在下) で培養する。
- 培養した細胞をコニカルチューブに回収し、10 µl ずつ 96 穴白色マイクロプレートに加える。
- 正確な測定値を得るために、1 つの測定試料につき複数 (n=3 以上) のウェルをご使用下さい。
< 付着細胞 >
- 細胞を 100 µl ずつ 96 穴白色マイクロプレートに播種する。
- 正確な測定値を得るために、1 つの測定試料につき複数 (n=3 以上) のウェルをご使用下さい。
- インキュベーター (37℃、5%CO2 存在下) で一晩培養する。
- 培養後のプレートに薬剤を添加し、さらにインキュベーター (37℃、5%CO2 存在下) で培養する。
- コントロールとして薬剤を添加していないウェルも用意する。
- 細胞を剝がさないように注意しながら、ウェル中の培地を除去する。
2. 測定
- 細胞が播種されているプレートに、ATP working solution を 90 µl ずつ各ウェルに入れ、プレートシェイカ―等で2分間振盪して下さい。
- 気泡は発光値に影響しますので、電動ピペットをご使用の際は気泡が生じにくいリバースピペットモードのご使用をお勧めします。
- 光によって発光シグナルが不安定になりますので、光が差し込む場所で振盪する際は、アルミホイル等で遮光して下さい。
- ATP working solution を添加したプレートを 25℃ に設定したプレートリーダーの中に入れ、10 分間インキュベーションする。
- プレートリーダーで温度設定ができない場合は、遮光し 25℃ のインキュベーターもしくは 25℃ 付近の室温で 10 分間インキュベーションしてください。
- 上記のインキュベーションは細胞から効率よく ATP と ADP を抽出し、発光シグナルを安定させるために必要です。
- 発光量 (Data 1) を測定する。
- 表 1 に従い、ADP working solution を調製し、添加する直前の発光量 (Data 2) を測定する。
- ADP working solution は保存することができないため、用時調製して下さい。
- ADP working solution 調製中も、発光量はわずかに低下していきます。Data 2 は、ADP を測定する前のバックグラウンドとして測定し、正確な ADP を算出するために必要です。
表 1 ADP working solution の調製例 2 samples
(6 wells)8 samples
(24 wells)16 samples
(48 wells)24 samples
(72 wells)32 samples
(96 wells)ADP Substrate
working solution15 μl 60 μl 120 μl 180 μl 240 μl ADP Enzyme
working solution15 μl 60 μl 120 μl 180 μl 240 μl - 測定後、直ちに ADP working solution を 5 µl ずつ各ウェルに入れ、プレートシェイカ―等で 2 分間振盪して下さい。
- 光によって発光シグナルが不安定になりますので、光が差し込む場所で振盪する際は、アルミホイル等で遮光して下さい。
- ADP working solution を添加したプレートを 25℃ に設定したプレートリーダーの中に入れ、8 分間インキュベーションする。
- プレートリーダーで温度設定ができない場合は、遮光し 25℃ のインキュベーターもしくは 25℃ 付近の室温で 8 分間インキュベーションしてください。
- 上記のインキュベーションは細胞内の ADP を ATP に変換し、発光シグナルを安定させるために必要です。
- 発光量 (Data 3) を測定する。
- 測定した発光量 (Data 1 - Data 3) より ratio 値を算出する
ADP/ATP ratio = (Data 3 - Data 2)/Data 1
図 3 プレートレイアウト例 (n=3)
図 4 測定手順の概略図
実験例
アポトーシス誘導による ADP/ATP の変化の観察
1. 測定サンプルの調製
- Jurkat 細胞を 1.5 × 106 cells/ml になるように Staurosporine (5 µmol/l) を含む RPMI 培地 (10% FBS を含む ) で懸濁させ、ディッシュに播種した。コントロールとして RPMI 培地 (10% FBS を含む ) のみのサンプルも用意した。
- インキュベーター (37℃、5%CO2 存在下) で 5 時間培養し、コニカルチューブに回収した。
2. 測定
- 上記の測定用サンプルを 10 µl (15,000 cells/well) ずつ、96 穴白色マイクロプレートに加えた。
- ATP working solution 90 µl を各ウェルに加えた。
- 96 穴白色マイクロプレートをプレートリーダーで 2 分間振盪した。
- プレートをプレートリーダー (25℃) で 10 分間インキュベーションした。
- 発光量 (Data 1) を測定した。
- ADP working solution を調製し、添加する直前の発光量 (Data 2) を測定した。
- 測定後、直ちに ADP working solution を 5 µl ずつ各ウェルに入れた。
- ADP working solution を添加したプレートを 25℃ に設定したプレートリーダーの中に入れ、8 分間インキュベーションした。
- 発光量 (Data 3) を測定した。
- 測定した発光量 (Data 1 - Data 3) より ratio 値を算出した。
図 5 Staurosporine を用いたアポトーシス誘導による ADP/ATP の変化
アポトーシスを誘導するスタウロスポリンを添加することによって ADP/ATP が増加することを確認した。
よくある質問/参考文献
A552: ADP/ATP Ratio Assay Kit-Luminescence
Revised May., 12, 2023