Review

エクソソーム研究の現在地: ブームは過ぎ去ったのか?

Where Exosome Research Stands: Has the Boom Run Its Course?

Jiewen Zheng

吉岡 祐亮
東京医科大学
医学総合研究所
分子細胞治療研究部門
講師

Abstract  This article asks where the “exosome boom,” reported to have begun after 2010, now stands. The boom has persisted while changing shape. One notable shift is ISEV’s consolidation of terminology through the MISEVseries: calling everything “exosome” without reflection is now discouraged, and extracellular vesicles(EVs) are adopted as the basic term. Building on this housekeeping, the article revisits the boom through numbers - publication output and journal indicators - and through likely “exits” into practice, namely diagnostics, therapeutics, and research tools. Taken together, these perspectives outline the boom’s trajectory and pinpoint the field’s current position.

1.はじめに

 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」
 中学や高校で一度は耳にしたことがあるこの一節は、どんなに勢いのあるものも、やがては衰えていくという「盛者必衰」の道理を示している。この “盛者必衰” の理は、研究の世界にも当てはまる。あるテーマが突如脚光を浴び、関連論文が次々と発表されるが、数年もすれば熱は冷め、関心は別の分野へと移っていく。とはいえ、それは単なる衰退ではなく、むしろ、その分野が一定の成熟を迎えた証とも言える。筆者は5年ほど前、このDOJIN NEWS(No.176)でエクソソーム研究について執筆する機会を得た 1)。そこで、エクソソームをアイドルになぞらえて解説し、「研究トレンドの移り変わりは激しく、エクソソーム研究のブームがいつまで続くかは分からない」と締めくくった。今回、ありがたいことに再び執筆の機会を得たことで、その “答え合わせ” をする場を与えられたとも言える。本稿では、エクソソーム研究のブームがその後どうなったのか、現在の立ち位置を確認してみたい。

2.エクソソーム研究改めEV研究へ

 「はじめに」では、あえて「エクソソーム」という言葉を使った。実は前回の執筆時も、「EV(extracellular vesicle)」と表記するべきかどうか、悩んだ記憶がある(もちろん、EVはエクソソームの別名ではなく、エクソソームを含む細胞外小胞の総称であることは理解していた)。英語論文の世界ではすでに「EV」ないし「EVs」という表現が一般的になっていたし、自身の研究においても当然のように使っていた。それでもあえて「エクソソーム」と記したのは、DOJIN NEWSという媒体の性格を考慮してのことだった。耳馴染みがあり、広く知られていたのはやはり「エクソソーム」の方であり、その言葉のほうが読者に伝わりやすいと感じたからだ。とはいえ、いま改めて当時の文章を見返すと、やや曖昧な表現だったようにも感じる。国際細胞外小胞学会(ISEV)は、2011年の設立以降、EV研究の再現性と用語の統一を主導してきた国際学会である。MISEVシリーズの第3版にあたるMISEV2023は、2014年(第1版)と2018年(第2版)を踏まえ、EV研究の記載法や用語選択、報告すべき最低限情報を整理したガイドライン(推奨事項)だ 2)-4)。法的・制度的な拘束力はないものの、国際的なコンセンサス文書として広く参照されている。近年は、このガイドラインの影響もあって、EVという用語の使い方や定義について、より厳密で透明性の高い記述が期待されるようになった。以上を踏まえ、本稿では表記を「EV」に統一する。根拠は、MISEV2023が示す記載原則と、国際的な用語標準化の流れにある。以下では、「EV」が指す範囲とその使い方を、あらためて整理しておきたい。

3.今こそ理解するEVの定義と呼び方

 名前は最小の広告だ。アイドルでもバンドでも、グループ名の由来や意味がたびたび取り上げられるのは、名付けが未来の方向を決めるからだ。ときに改名ひとつで風向きが変わることもある。研究も同じで、遺伝子名のエピソードを見れば、ネーミングの重みはすぐ分かる。では、EVの呼び方と表記を、いまの基準であるMISEV2023に合わせて整理してみよう。
 EVは、細胞から細胞外へ放出される自己複製不可能な膜小胞の総称である。含まれるのは、起源が実証されたときにexosomeと呼ぶエンドソーム由来の小胞、細胞膜由来でectosomeと呼ぶ小胞(従来“microvesicle”と総称されることが多かったが、MISEV2023では混乱を招くため非推奨となった)、そしてプログラム細胞死に伴って放出されるapoptotic bodyなどである。当時は読みやすさを優先して「エクソソーム」と総称していた場面もあったが、いまは定義上の区別を意識しておきたい。 起源の厳密な識別が難しい場面が多いため、まずは総称としての「EV」を基本とし、必要に応じてサイズ・起源・分子標識などの操作的修飾語で限定する。例えば、サイズについてはsmall/largeのような便宜的表現を用いる場合でも、固定語“sEV”の常用は避け、必ず測定法としきい値やサイズレンジを添える(例:「EV(NTA 推定: モード粒径120nm)」「EV(NTA 推定:50–150nm に富む)」のように書く)。起源であればplasma membrane-derived EV(=ectosome)のように記し、エンドソーム由来を実証できる場合に限ってexosomeを使う。分子標識ならCD63+/CD81+ EVやTSG101+ EVのように、カテゴリの異なる複数指標を並べて、解釈を支える。分離法で限定する表現も実務的で、SEC-EV、density-gradient EV、immunocapture EVといった書き方ができる。ただし方法名= 純度保証ではないことは明記しておきたい。さらに、細胞種や条件を添えるならplatelet EV、tumor-cell-derived EV、hypoxic EVのように、由来や状態を素直に書くとよい。要は、EVという表記に“ 手がかりを足す” ことだ。無理のない範囲で、測定法+閾値/ レンジ、由来、主要マーカー、分離法、条件などを添える。これだけで、読者が同じ像を思い描きやすくなる。もちろん、方法名やマーカーは純度の保証そのものではない。それでも、情報を付加する姿勢が再現性と比較可能性を底上げする、これがMISEV2023の狙いである。ちなみに、MISEV2023は、EVより一段広い概念としてEP(extracellular particles)を置いている。EPは大きく、膜で包まれた粒子=vesicular EPと、膜を持たない粒子= non-vesicular EP(NVEP)に分かれる。ここで言うEVは「細胞が自ら分泌した膜小胞」を指し、vesicular EPの中でも自然由来の小胞にあたる。一方、細胞膜を機械的に処理して得たcell-derived vesiclesや、合成脂質から作るsynthetic vesiclesのような人工小胞は、vesicular EPに属するがEVには含めない。NVEPには、リポ蛋白やタンパク質複合体、Asymmetric Flow Field-Flow Fractionationなどの分画で報告されてきた“exomere”のような非小胞性粒子が入る。 ISEVはこの整理により、しばしば議論の的だったexomereを、EVではなくNVEPに位置づけた。
 EV界隈の景色は、某アイドルの“ 姉妹グループ” が増える過程に少し似ている。最初は「エクソソーム」というメインユニットがセンターに立っていたが、やがてEV、ectosome、NVEPといったサブユニットが増え、呼び名も役割も細分化された。姉妹グループが増えてファンが分散するのと同じく、呼称の増殖は熱気の分散に見える。また、追いかける側の負荷も上がり、一部のコアな層しか残らず、ライト層は薄くなっていく現象が見えるかもしれない。だがサイエンスはショービジネスとは違うだろう。分散は人気取りの終わりではなく、定義の解像度を上げるための必然である。MISEV2023によるEVの定義細分化は、ブーム終焉を意味しているのではなく、ここからさらに、新規参入者を迷わせないためのガイド役となるだろう。

4.数値から見るEV研究

 「ミリオンセラー」。かつてはCDが100万枚売れればメガヒットとされ、それを連発するアーティストがブームをつくった。つまり、数字はブームを測るわかりやすい指標のひとつだ。ここでは、EV研究の数字から、その動向を確かめていく。
 研究分野の動向を可視化するには、まず論文数が分かりやすい。1980年から2024年までのEVおよびエクソソーム関連の論文(総説を含む)をPubMedで同義語を含めて(OR条件で)検索し、年次推移を図にした(検索語・条件は図キャプションに記載)(図1)。図が示すように、2010年前後から立ち上がりが急になり、2020年には2010年比で約10倍に達している。2020年代に入ってからは急伸よりも高止まりに近いが、件数は高水準を維持している。なお、世界的に論文数は年々増加する傾向にあるため、対照として がん領域でも同様に“Cancer” OR“Tumor”で検索し、2010年から2020年の増加率を概算したところ、2倍には満たなかった。この比較からも、EV関連の伸びが際立っていたことがうかがえる(ただし、がん領域は母集団が大きく、用語も多岐にわたるため、検索語の選択に依存する点には留意したい)。ただし、論文数はあくまで「どれだけ研究が出たか」を示す指標にすぎない。どれだけ響いたかを見にいくなら、別の物差しが要る。
 研究のインパクトを測るのは、正直むずかしい。一般には、影響力の大きいジャーナルに掲載された研究は注目を集めやすいと受け止められる(いわゆる“ ネームバリュー” の効果だ)。これを数値で近似するものとして、インパクトファクター(JIF)やSCImago Journal Rank(SJR)などの雑誌指標がある。もちろん、JIFやSJRはジャーナル全体の指標であって、個々の論文の価値そのものではない。分野差や引用の偏りもある。その前提を踏まえ、EV研究がどの程度の存在感を持ってきたかを雑誌指標で概観する。総合誌の数字だけでは分野の盛り上がりを判断しにくいため、ここでは専門誌に焦点を当てたい。2011年創刊の Journal of Extracellular Vesicles(JEV)、その姉妹誌で2021年創刊の Journal of Extracellular Biology(JEB)、そして2020年創刊の Extracellular Vesicles and Circulating Nucleic Acids(EVCNA)の指標を手がかりにする。JEVにJIFが初めて付与されたのは2018年で11.000だった(図1)。ピークは2020年の25.841で、この上振れには MISEV2018の大量被引用が大きく寄与したと見てよい。実際、JIF 2020の分子となる「2020年に2018・2019年掲載論文が受けた被引用」は合計2,765件で、そのうちMISEV2018が1,061件(約4割)を占める。結果として2020年のJIFを力強く押し上げた。以後は水準が落ち着き、JIFはおおむね15前後で安定しており、基礎的な引用密度は依然として高い。なお、MISEV2023は2024年初頭の掲載なので、その影響が本格的に表れるのはJIF 2025(= 2025年の被引用/2023–2024年掲載)である。MISEV2023がJIFをどの程度影響を与えるかは、EV研究のブームを占う指標のひとつになるだろう。JEVの姉妹誌であるJEBは、まだJIFが付与されていない。ただ、雑誌の勢いをざっくり見るCiteScore(直近4年の“1 本あたり”平均被引用数)は4.1が付いている。CiteScoreに馴染みがない読者のために比較すると、JEVは25.9 = 関連カテゴリ(例:Cell Biologyなど)で最上位帯(Q1)。一方でJEBの4.1は「真ん中より少し上」(おおむねQ2)くらいの位置づけとなる。言い換えれば、JEVだけでは拾いきれない論文の受け皿をJEBが広げている。しかも平均を超える水準は確保しており、EV研究の“ 層の厚さ” が数字にも表れている。そして、EVCNAには今年初めてJIFが付与され、4.8であった。また、CiteScoreは5.9で、位置づけとしては「真ん中より上」であろう。つまり、EV専門誌の受け皿は厚くなっており、トップ級のJEVに加え、JEBやEVCNAが“ 中の上” ~ “ 上位にかかる” 帯を支え、平均を超える水準の論文が継続的に出ている。そもそもこの5年で新しい専門誌が2誌(EVCNA 2020、JEB 2021)も創刊されたこと自体、投稿先の幅が広がり、EV研究の勢いが続いていることを示している。
 さらに、EV研究の勢いを測るために、ガイドラインであるMISEVシリーズに関する数字を確認しておきたい。いわば、この分野の“ センター” に近い存在だ。センターの数字を見れば、全体の現在地がおおよそ掴める。まずはMISEVシリーズの引用件数、ついで著者数と参加国の広がりを押さえる。現時点(2025年9月9日)で、MISEV2014: 2,556件、MISEV2018: 8,182件、MISEV2023: 1,649件となり(いずれも Web of Science[All Databases])、まず目を引くのは 2018版の強さで、刊行からの年数で割っても年あたり1,100件超のペースになる。2023版は掲載から約1年半しか経っていないが、年換算で約1,000件超えに相当し、立ち上がりは2018版に肩を並べる水準に乗っている。しかも、初期は引用の“ 掲載遅延”(引用した論文の刊行が追いつかない)が出やすいため、ここからもう一段、伸びが乗る余地は大きい。また、MISEVの執筆および刊行に関与した著者の数もEV研究の拡大を示す指標の一つになるだろう。2014年版は当時のISEV理事会メンバー中心の15名で執筆されたが、2018年版は382名へ一気に拡大。最新の2023年版はドラフト作成に74名が関わり、その後の著者確認サーベイを経て、最終的な共同著者は1,051名に達した。これら1,051名は少なくとも53カ国にまたがり、国際的なガイドラインに相応しいものとなった。ちなみに、著者を国別で見てみると、日本は第11位の29名、対してトップの米国は約10倍の276名が名を連ねる(図2)。日本のこの数字は研究規模を思えば控えめで、この開きは国際合意の場での“ 声量” の差を映しているように思える。日本発のEV研究の声を、もう少し大きくしていきたい。話は脱線したが、このスケールの拡大は、単発のブームではなく、EV研究が分野として定着したこと示している。
 さて、数字でEV研究の動向を見てきたが、10年以上前に、某アーティストがこんなことを言っていたのを覚えている。「某バンドが売ったのはCD、某アイドルグループが売ったのは握手券。いったいどうやってCDを売ったらいいのだろう」。研究分野でも、論文数やJIFの数値は目に見えて分かりやすい一方、あくまで目安にすぎないのかもしれない。時代が変われば“ 売り方” は変わる。それでも音楽を含むパフォーマンスの核は、聴く・観る人の心を動かせたかだ。研究も同じで、物差しや流通は変わっても、価値は、社会にどんな変化をもたらしたかにある。ただし、そこへ至る道は一本ではない。今日の私たちの生活に直結する成果もあれば、遠回りに見える基礎が十年後に役立つこともある。だからこそ、数は入口として丁寧に見つつ、次は研究の出口に目を向けたい。

図1 EV研究に関する論文数とJEVのJIF推移

PubMedでEV関連論文を年次集計(1980–2024)。検索語:exosomes OR exosome OR “extracellular vesicles” OR “extracellular vesicle”(OR条件、総説を含む)。併せてJournal of Extracellular VesiclesのJIF(Journal Citation Reports掲載値)を表示。データ取得:2025年9月。

図2 MISEV2023の著者数 : 国別ランキング

10名以上の国を多い順に表示。集計は一次所属機関の国による。J. A. Welsh et al., J. Extracell. Vesicles, 2024, 13(2), e12416のTable 1 を図化。

5.EV研究の向かう先は?

 グループに所属してブームに乗れているうちはいい。だが、卒業して看板を外し、ソロになってからも第一線に立ち続けられるかが実力だ。EV研究も同じで、論文数やJIF で“ 盛り” は示せたが、ここから問われるのは社会実装、つまり診断・治療・研究ツールとしてラボの外で通用するかどうかである。ブームを越えて何が残るのか、EV研究の「出口」を見ていく。
 実は、「数字で見るEV研究」のもう一つは産業のサイズだ。BCC Research社の推計から、EVに関連する診断・治療・研究ツールの世界市場を図にまとめた(図3)。2026年・2028年の数値は、いずれも発表年から5年後を見据えた予測で、2023年時点の2028年予測は約13億米ドル(約2,000億円)となり、ここ数年は市場規模の拡大が続く見込みだ。つまり、EV研究のブームが商業的な期待へ確かに接続しつつある。伸びが見込まれる背景には、EV研究の成果が医療に応用しやすい性質がある。たとえば、リキッドバイオプシー(液体生検)におけるバイオマーカー源として、ドラッグデリバリーや生体由来製剤の治療手段として、そして既存のEVの分離・測定系やGood Manufacturing Practice(GMP; 医薬品の製造品質管理基準)・Chemistry, Manufacturing and Controls(CMC; 化学・製造・管理)といった製造・品質管理の枠組みと結びつけやすい点が挙げられる。市場規模はブームそのものの指標ではないが、EV研究が今どの「出口」に向けて前進しているかを映す補助線になる。それでは、実際の出口の状況を手短に確認しておきたい。まずは診断分野から確認しよう。
 診断(バイオマーカー)では、実用に近い例がすでに出ている。尿中EVを解析するExoDx Prostat は、米国のベンチャー企業Exosome Diagnostics社(現・Bio-Techneグループ)が開発した 5), 6)。前立腺生検の実施判断を補助する非侵襲の検査として提供され、2019年には FDAのBreakthrough Device指定も受けている。ここから見えるのは、“ 使える場面” が特定されればEV診断は動き出せるということだ。とはいえ、EV診断の臨床実装は道半ばだ。EVを用いた診断・バイオマーカー研究はPubMedで約1 万報超(総説除く)に達する一方、診断を主目的とする臨床試験の登録は数百件規模にとどまる。さらに、現時点で薬事承認(IVD)まで到達したEV診断薬は主要当局でまだ確認できていない。要するに、研究の厚みに対して、前向き検証と規制到達とのあいだに段差が残る。次に、創薬の現場での進み具合を見ておきたい。診断に比べると、創薬は投与量・バイオディストリビューション・製造(GMP/CMC)という実装の壁が一段と高い。このため、Phase 3をクリアし主要当局で承認に到達したEV製剤は、現時点では確認できない。それでも、治療を目的とした臨床試験は欧米中を中心に40~60件が走っており、ここから“ 決定打” が生まれる余地は十分ある。代表例として注目された改変型EVのexoSTINGは、米国のCodiak BioSciences社が開発した、腫瘍局所でのSTING活性化を狙うアプローチだったが 7), 8)、臨床試験の途中で商業化に至らず失敗に終わった。一方、MSC由来の“ 善玉EV” をそのまま投与する路線は前に進んでおり 9)、Direct Biologics社のExoFloは急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を対象にPhase3が進行中だ 10)。承認という出口にはまだ届いていないものの、実装の有力候補として先頭を走る。総じて、診断は「使える場面」で動き出したが、標準医療として根づくには、検体・測定・判定の技術標準を固め、規制承認に至るまでの道のりがまだ要る。創薬は二つの走路が並走しており、改変型(薬物搭載など)は現時点で出口に届いた決定例はなく(たとえばexoSTING)、天然型(MSC由来など)は規制面で壁が一段低いぶん、実装にやや近い位置にいる。もっとも、いずれも承認には未到達で、ブームの熱を持続へ変える鍵は、診断では標準化、創薬では投与量・バイオディストリビューション・GMP/CMCの詰めにある。
 ミリオンももちろんすごい。だが、その先に「この場面ならこの曲」と多くの人が思い浮かべる曲を生み出せるか、それが確かな出口かもしれない。EVも同じで、診断が標準医療として根づき、創薬が承認に届き、多くの患者に届いて臨床を変えたとき、その出口は確かになる。

図3 EVの診断・治療・研究ツールの世界市場

EV関連市場は拡大基調にあり、2028年に13億米ドル(約2,000億円)と予測。グラフはBCC Researchによる調査結果を基に作成。

6.おわりに

 本稿は、具体的なサイエンスの話よりも、EV研究を取り巻く現状とブームの行方を描くことに重心を置いた。サイエンスの細部は、ブームが長く続いたぶん優れた総説が十分に揃っている。そちらを読んでほしい。
 その一方で、ブームの陰で気になる現実もある。美容クリニックなどの自由診療で見かける“EV点滴” や“エクソソーム療法”の類だ。現時点で承認されたEV製剤はない。由来は何か、どう作られ、何がどれだけ含まれ、どんな臨床データに支えられているのかなど、肝心な情報が見えない提供も少なくない。承認区分、由来と製法、品質・安全性の根拠、無菌管理、説明と同意。最低限このあたりが開示されていなければ、看板と中身がずれている可能性を疑うべきだ。日本細胞外小胞学会をはじめ、関連学会がこうした動きに対する注意喚起の声明や見解を公表している 11)
 出口は医療分野に限られない。健康食品や化粧品、素材の領域などでも、EVおよびEV様粒子の活用は着実に広がっている。例えば、スキンケアでは配合素材としての処方設計やバリア機能を意識した届け方の研究が進み、食品では植物由来の微粒子を使った成分の安定化や風味保持の工夫が試みられている。分野ごとに表示や規制のルールは異なるが、出自・製法・含有を正しく示し、過度な期待を煽らないことを守れば、健全な実装に近づく。EV研究のブームを支えるのは、縦の深化と分野横断の広がり、この両輪だ。アイドル・ポップからロック、ヒップホップ、レゲエ、クラシックまで、ジャンルをまたいで鳴らせる。EVはそんなマルチプレイヤーだ。
 本稿冒頭の問いへの答えは、こうだ。ブームは続いている。ただし成熟は部分的で、基盤は整いつつあるが、社会実装という出口までにはもう一歩が要る。とはいえ、出口のかたちは複数見え始め、そのぶんブームは当分冷めそうにない。いつか、EVが究極のアイドルとなることを楽しみにしている。



[ 著者プロフィール ]
氏名 吉岡 祐亮(Yusuke Yoshioka)
所属 東京医科大学 医学総合研究所 分子細胞治療研究部門
〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-7-1
Tel:03-3342-6111(内線 67136)
Fax:03-6302-0265
出身学校 早稲田大学
学位 博士(理学)
専門分野 分子腫瘍学、分子生理学
現在の研究テーマ EVが関与する病態メカニズムの解明、EVを用いたバイオマーカーおよび治療薬の開発、EV研究の再現性・安定性向上に向けた測定・分離法の標準化と品質評価の研究など

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