Whole-Organに適用可能な酵素活性3Dマッピング技術の開発
株式会社同仁化学研究所 野口 克也
酵素は生体機能の調節において重要な役割を担っており、その異常はさまざまな疾患に関与することが知られている。たとえばアポトーシス時のカスパーゼ3活性や細胞老化時のSA-β-Gal活性など、酵素活性を測定・可視化することは病理生理学的プロセスの理解を深めるうえで極めて有用である。近年、酵素活性を測定するために多様な蛍光プローブが開発され、広く利用されている。
細胞レベルでの酵素活性イメージングは比較的容易である一方、組織レベルでは厚みが増すにつれて蛍光シグナルが減衰し、観察が困難になる。この課題を克服するために二光子顕微鏡法や近赤外蛍光プローブが開発されてきたが、特殊な装置を要するため一般の研究室では導入が難しい。また、組織透明化試薬も検討されているが、透明化過程の脱脂処理などで蛍光プローブが洗い流されてしまうという問題が残る。
そこでYiらは、ペプチダーゼ活性の高解像度3Dマッピングを可能とするプローブを設計し、このプローブと透明化技術を組み合わせることで、全臓器(whole-organ)レベルでのペプチダーゼ活性3Dマッピングに成功した1)。Yiらはペプチダーゼの代表例としてアミノペプチダーゼN(APN)を選択した。APNはペプチドの加水分解に関与し、消化、細胞シグナル伝達、免疫応答など幅広い生理機能を担ううえ、血管新生やがん細胞の浸潤・転移を調節することでがん進行にも関与すると報告されている2)。
組織透明化処理でもプローブが洗い流されないよう、APN活性に応じて周辺タンパク質と共有結合を形成するプローブを設計した。具体的には2-または4-フルオロメチルアニリンを導入し、活性依存的に共有結合を形成する部位として利用した。この共有結合部位は、APNとの反応でフルオロメチルアニリンを生成し、続いてフッ化物脱離反応を経て高反応性中間体アザキノンメチドを生成する。生成した中間体が近傍タンパク質と共有結合することで、酵素活性がある周辺にプローブが残存する。この設計思想に基づき、アルキン基を有する4種類のプローブを合成した。アルキン基を導入することで、アジド基を持つ蛍光色素とのクリック反応により可視化が可能となる。
合成したプローブをAPNを高発現するHT1080細胞に適用し、アジド-BODIPYとクリック反応させたところ、ANA-oプローブが最も強い蛍光シグナルを示した。阻害剤(50μmol/lPhebestin)存在下ではシグナルが大幅に減少し、特異性が確認された。その他のプローブでは膜透過性や非特異反応に課題が残った。
続いてマウス腎臓組織切片にANA-oを適用したところ、ANA-o由来のシグナルが観察され、APN免疫染色の結果と一致した。あらかじめAPN 阻害剤を処理した組織ではシグナルが大幅に抑制され、ANA-oがAPN活性依存的に共有結合していることが示された。

さらに、クリック反応でBODIPYを結合したANA-o-BODIPYを合成し、その特異性と透明化処理耐性を確認したうえでマウスへ静脈投与した。固定後に脱脂・透明化処理を行い、ライトシート蛍光顕微鏡で3D観察した結果、皮質および外髄質に強い蛍光シグナルが観察され、腎臓全体の立体的なAPN 活性分布を取得できた。さらにAPN阻害剤(Phebestin, Actinonin)を用いたところ、阻害剤ごとに空間的に異なる抑制パターンが確認され、各阻害剤の吸収・代謝・組織透過性の差異を反映している可能性が示唆された。

以上より、酵素反応特異的に近傍で共有結合するプローブと組織透明化処理を組み合わせることで、従来困難であった全臓器レベルの酵素活性イメージングが可能となることが示された。プローブ設計を変更すればAPN以外の酵素にも適用可能であり、複数酵素活性を同時に多色イメージングできる汎用性の高い技術と考えられる。本技術により空間的解析が可能となることで、阻害剤評価など創薬開発や疾患研究への応用が期待される。
【参考文献】
- Bo Yi et al., “Imaging Heterogeneous Patterns of Aminopeptidase N Activity in Hierarchical Tissue Structures Through High-Resolution Whole- Organ 3D Mapping”, Angew. Chem. Int. Ed., 2025, 64, e202504668.
- M. Wickström, R. Larsson, P. Nygren, J. Gullbo, “Aminopeptidase N (CD13) as a target for cancer chemotherapy”, Cancer Sci., 2011, 102(3), 501-508.