Topics of Chemistry

植物細胞における膨張顕微鏡法の適用

株式会社同仁化学研究所 立中 佑希

 現在、光学顕微鏡業界の発展は目覚ましく、それに伴い解像度限界を超える超解像イメージング技術は、細胞生物学の研究に革命をもたらしてきた。しかし、これらの技術は、特殊な装置を必要とするため高価であり、その利用と普及には制約があった。2015年にChenらが提唱した膨張顕微鏡法(ExM)1)は、試料をゲルマトリックス内で物理的に膨張させることで、従来の共焦点顕微鏡を用いても超解像イメージングを可能にする革新的な手法であり、イメージング技術の新たな可能性が期待されている。もともと動物細胞と組織用に開発されたExMだが、植物細胞の微細構造を観察するための手法としての応用が求められている。しかし、植物細胞特有の堅固な細胞壁や高い自家蛍光による影響は、ExM の適用において大きな障壁となっていた2)。本稿では、この課題を解決した一例として植物細胞への膨張顕微鏡法(PlantEx)の適用可能性について紹介する3)
 Galleiらの研究チームは、シロイヌナズナの根をモデルとして、4倍の解像度向上を実現するExMを植物細胞に適用するために最適化された手法「PlantEx」を開発した。まず、シロイヌナズナの苗を免疫標識(アンカー基でプライミング)し、ハイドロゲル溶液で処理後、植物試料の膨張を容易にするため、セルラーゼやペクチナーゼといった細胞壁分解酵素を用いて細胞壁の物理的な強度を低下させる処理を施す。次に、プロテイナーゼKを使用し、細胞内のタンパク質を部分的に分解することで、細胞内構造の均一な膨張を促進する。最後に、これら2段階の処理をした植物試料をポリアクリルアミドゲルに包埋し、等方的に膨潤させることで物理的に拡大し、従来の光学顕微鏡で高解像度の観察を可能とした。これにより、障壁となっていた細胞壁の問題を克服し、ExMの適用が可能となった。さらに、PlantExの有効性を検証するため、複数の抗体で免疫標識したシロイヌナズナの根組織にPlantExを試みた。従来の手法では、COPI小胞とゴルジ体が近接しているため(トランスゴルジネットワーク)、二つのシグナルはオーバーラップしがちであったが、PlantEx処理後のイメージング解析では、COPI小胞がゴルジ体から小胞体へ向かって局在する様子が明確に観察された。従来の手法では識別できなかった個々の線維の配向や密度の変化が明確になり、植物細胞の内部構造に関する新たな知見が得られた。
 本稿では、シロイヌナズナの根を用いたPlantExMの適用例を示したが、他の植物種への適用についてはさらなる研究が必要である。植物ごとに細胞壁の構造や組成が異なるため、酵素処理の条件やプロトコルの最適化が求められる。また、膨張後の植物試料の形状変化や蛍光シグナルの保持率など技術的な課題も残されており、自家蛍光の影響を最小限に抑えるための工夫や前処理方法の検討が重要である。本研究は、膨張顕微鏡法を植物細胞に適用するための革新的なアプローチを示しており、植物科学研究における超解像イメージング技術の新たな可能性を切り開いた。ExM技術の普及とさらなる改良により、植物細胞の微細構造解析が進展し、植物生物学の理解がより深まることが期待される。

図1 PlantExの概略図
図1 PlantExの概略図 3)

【参考文献】

  1. F. Chen et al., “Expansion microscopy”, Science, 2015, 347(6221), 543-548.
  2. S. Chakraborty, “Super-califragilisticexpialidocious-resolution microscopy: How expansion microscopy can be applied to plants”, The Plant Cell, 2025, 37(2).
  3. M. Gallei et al., “Super-resolution expansion microscopy in plant roots”, The Plant Cell, 2024, https://doi.org/10.1093/plcell/koaf006.

Fig.1 was reprinted from Referenced 3).
Copyright © M. Gallei et al. licensed under CC BY 4.0.


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