小社が立地する熊本県の生命科学研究最前線を、熊本大学の若手研究者が連載(8回)でお届けします。
体の形を決める遺伝子・細胞・環境の相互作用
Interplay of genes, cells, and environment during morphogenesis

進藤 麻子
大阪大学大学院
理学研究科生物科学専攻
教授
* 編集部注
進藤麻子先生は 2024年3月まで
熊本大学・発生医学研究所に在籍されていました。
Abstract Morphogenesis is a process involving collective cell movements to form tissues and organs during development. Although this process is driven autonomously by gene expression, there may also be non-autonomous mechanisms triggered and regulated by environmental factors. In this article, I introduce key intracellular molecules, such as cytoskeleton, cell adhesion molecules, and extracellular matrix, which act as the actual molecules executing changes in the shapes of tissues and organs. While these molecules are regulated by gene expression, we recently found that external nutrients can serve as their regulators using Xenopus laevis as a model. I will discuss the potential targets of environmental factors during morphogenesis, with a focus on the non-autonomous regulation of cell behavior.
1. はじめに
動物の発生は受精をきっかけに連続して起こる遺伝子発現によって自律的に進行すると理解されている。自律的に進行する発生過程には、細胞が集団となって動き、各組織や器官の最終形を組み上げていく自己組織化も含まれる。この際、各細胞を動かす細胞骨格、隣接細胞同士を密着させる細胞接着、細胞移動の足場となる細胞外マトリックス(Extracellular matrix: ECM)が適切な場所に適切な量で局在する必要がある。これら細胞内外の分子の挙動は胚の体内でも共焦点顕微鏡などを用いて精細に捉えられ、細胞集団の自律的・自発的な運動を実行する分子の制御機構も明らかにされてきている。
一方で、温度やpH、重力、光、栄養などの環境の因子が発生現象に重要であることはよく知られており、環境が正常な胚発生にどう関わるかは古くから検証されてきた。「最適な」環境が発生に必要であることは明白であり、現在の研究現場で使用されるモデル動物の飼育温度、胚を育てるための培養液の組成とpH は厳密に調整されて実験が行われている。ところが最近、そのような環境が条件によっては組織や器官を形づくる分子と細胞に指令をだし、発生過程を変化させることが見えてきている。環境によって制御されるということは非自律的な現象ということになり、発生とは環境に応じてそのプロセスを柔軟に変化または調整する、想定以上に融通のきく過程のようである。本稿では、環境がどのように発生を制御しうるのか、特に細胞集団の運動を支えるメカニズムとそれを改変する栄養環境に着目して紹介する。
2.細胞を動かす分子と形態形成: 細胞骨格,細胞接着,ECM
動物胚では卵割期が終わり、原腸形成期に入ると外胚葉・中胚葉・内胚葉の細胞はそれぞれ集団となってダイナミックな動きを示し、体の基本形を作り出す。特に中胚葉は胚の表面から胚体内部に潜り込むように移動しながら脊索や体節などの背側の体軸組織を形成する。この時、細胞骨格や細胞接着は時間的、空間的に精密に制御され、各細胞を正しい方向に動かし、組織の最終形を正しく作ることに貢献する。
筆者は過去に、両生類モデル動物であるアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の胚を用いた研究で、背側の正中線の脊索が形成される際、細胞骨格アクチンとモータータンパク質ミオシンが作る複合体・アクトミオシンが胚の短軸(前後軸と垂直の軸)に沿って配向する細胞膜直下に局在することを報告した(図1A: 組織,緑の線)。アクトミオシンは細胞内に収縮力を発生し、前後軸に垂直に配向する細胞辺を短縮する(図1A: 細胞)。この短縮により隣接細胞が牽引され、細胞集団が胚の長軸上に細長く並ぶことで背骨のような細長い組織・脊索の形が出来上がる1)。脊索の位置や細胞集団運動については引用文献1)も参考されたい。
アクトミオシンが細胞内の一部に方向性をもって局在するのは非古典的Wnt経路である平面内細胞極性(Planar cell polarity: PCP)経路によって制御されているためである。PCP経路が阻害されると脊索は細くならず、その後の神経管閉鎖も阻害され、二分脊椎症の原因となることも知られる。脊索のような単純な形態の組織であっても、一つ一つの細胞内では精密な制御が行われ、隣接細胞と協調しながら細胞集団が正しく動いて作られている2, 3)。
上述のようなPCP経路による細胞骨格動態の制御は、一旦PCP経路の構成分子が発現すると自律的に進行する。アクトミオシンは一定のリズムでオシレーションしながら細胞辺を短縮し、向かいあう隣接細胞のアクトミオシンはそれと交互のリズムでオシレーションして同じ細胞辺を協力して短縮する(図1B)。細胞内の一部に局在するアクトミオシンが、隣接細胞と接する面という局所のコミュニケーションによって全体の形を作り上げており、その基盤には自律的かつ組織特異的な遺伝子発現があることがわかる良い例である。

3.器官の形態形成を制御する外来の栄養
では、そのような自律的かつ局所的な組織形態形成運動が個体の「環境」から制御されることはありうるだろうか。筆者らは最近、両生類モデルを用いて、個体が体外から取り入れる栄養が特定の器官の形態形成に重要であることを見出した4)。アフリカツメガエル(Xenopus laevis)は上述の脊索研究で用いられたように、発生生物学分野で長らく活躍している両生類モデル動物である。この動物は主に初期胚の研究に用いられ、原腸形成前の背腹軸の決定機構やオーガナイザー因子の探索と発見など、発生生物学の発展の歴史に大いに貢献してきた。ところが、初期発生の研究と比較して、発生後期に生じる器官(臓器)形成の研究にアフリカツメガエルを使用することは比較的新しい。筆者らは、アフリカツメガエルの幼生(オタマジャクシ)は、哺乳類の出生前に相当する器官形成期から泳ぎ出し、同時に餌を食べはじめ、食べながら体を作りつづけることの重要性を改めて認識する発見をした。すなわち、アフリカツメガエルの幼生では、餌を食べることが特定の器官の形態形成を開始、進行させるために必須であることを見出した(図2)4)。
その研究では甲状腺の形態形成に着目していた。甲状腺は濾胞と呼ばれる球形で内部に単一の腔をもつ組織の集合体である(図2,右上)。この多腔構造は甲状腺ホルモンを産生し、貯蔵するために必須であり、下垂体から刺激を受けてホルモンを分泌する際もこの腔から分泌される。発生過程においては、甲状腺ホルモンが一部の器官を除いて多くの器官形成に必須であること、両生類ではカエルに変態するために必須であることが知られているが、甲状腺の濾胞構造がどのように形成されるのか、甲状腺自身の形態形成機構についてはほとんどが不明なままであった。筆者らは、幼生が栄養を摂取すると甲状腺の濾胞形成が開始・進行し、摂取しない場合(給餌しない場合)は甲状腺の濾胞形成は停滞することを見出した。さらに、給餌しない状態を経てもひとたび餌を食べ始めると正常な濾胞形成を開始することも発見した(図2)。このことは、体外から取り入れる栄養が甲状腺の形態形成を開始するスイッチを押していることを意味する。
甲状腺の研究を開始した当初、器官の形態形成も初期胚と同様に自律的に進行すると信じていた筆者は甲状腺濾胞が出来上がるのをひたすら待っていたが、餌を与えていなかったためいくら待っても甲状腺の濾胞ができあがらず、免疫抗体染色を行っても見つからなかった。いきなり研究が停滞する中、ふとエサをあげてみると甲状腺濾胞が見つかり、それが器官の形態形成における栄養の重要性に気づいた経緯である。なお、餌を与えなくても異常を検出できないほどオタマジャクシは元気に泳いでおり、体内の発生が止まっていることに気がつくまでそれなりの時間を要した。このことは、器官の形態形成の進み具合が個体の活動の活発さと必ずしも相関しないことも示している。つまり、栄養を源とするエネルギーが足りず、「元気がない」ため甲状腺の発生が止まっているのではなく、栄養が足りない状態では甲状腺の発生を積極的に進行させないシステムがある可能性が高いと考えた。
研究を進めると、摂食後に形成される甲状腺濾胞形成には消化管ホルモンである Glucose-dependent insulinotropic polypeptide(GIP)が必要であること、糖代謝が重要であること、マウス胚の正常な甲状腺形成にもGIP受容体が必要であることなどがわかった。さらに最近、細胞極性や細胞接着分子の局在など、初期胚の形態形成で着目される現象を甲状腺で見てみたところ、多腔構造を作る多細胞は単一の腔を作る過程とは異なる動態を示すことなどもわかってきた4)。引き続き、初期胚では自律的に進む形態形成運動が、甲状腺では外来の栄養に依存してどのように進むのか、細胞骨格の役割にも着目しつつ検証中である。

4.細胞運動を操作する栄養
甲状腺の濾胞形成と栄養の関係のように、発生における栄養の役割は興味深いところでありながら、形態形成を担う細胞運動に対して栄養がどのような制御を行なっているのかについては未だ不明な点が多い。細胞生物学分野では、個々の栄養素が細胞骨格や細胞接着分子を制御することが長らく知られている。例えば、膵臓のβ細胞ではグルコースが細胞骨格アクチンを制御してインスリンの分泌を促す5)。免疫細胞のT細胞では、糖代謝で誘導されたアクチンの再構築が細胞の遊走を刺激すること6),7)、細胞運動におけるアクチンや微小管の動態が脂肪酸で制御されることなども知られる8)。さらには乳癌細胞ではアミノ酸飢餓によって誘導されることが知られるmTORC1 が細胞運動の基質にもなるECMの分解を促進することも報告されている9)。これらのことは、個々の栄養素が細胞運動を担う細胞骨格とECM を制御していることを示しており、栄養に制御される胚発生でもこのようなことが生じている可能性は十分に考えられる。
上述の栄養が細胞内外の分子を制御するケースとは逆の、細胞骨格・細胞接着分子・ECMが細胞内の代謝を調整することもわかってきている。興味深いことに、これには環境からの「力」がかかわることも示唆されている。これらも培養細胞の研究であるが、細胞同士を接着する分子、E-cadherinに細胞外から物理的な力がかかると、グルコースの細胞内取り込みが促進することが報告されている10)。また、培養細胞の基質を柔らかくすると解糖系の酵素の活性が抑えられ、結果糖代謝が低下することも報告されている11),12)。これらの反応には細胞骨格アクチンが関わることも見出されており13)、細胞外からの力や、基質の硬さといった物理的な環境がアクチンを介して細胞内代謝を変化させる、というメカノバイオロジーの観点からも栄養は注目されている14)。今後、発生過程において細胞を動かすために必須の細胞骨格・細胞接着・ECM制御に栄養がどう関わるか、前述したアフリカツメガエルの甲状腺形態形成でもその解明を目指し、研究を進めている。
5.栄養以外の環境因子と形態形成
両生類や魚類は薄い卵膜で囲まれた状態で外界にさらされながら発生する。特に、水環境の温度やpH、バクテリア、塩濃度など、水質の影響を直接受けるはずであり、それらは実験室内では厳密に整えられて発生学の研究は行われている。一方で、pHがどこまで上がると胚発生が異常を示すのか、示したとしてなぜそうなるのかはよく知られていない。細胞生物学や分子生物学では、細胞や分子周囲のpHがカドヘリンやクローディンといった上皮系の細胞接着分子の接着力を変化させることが知られる。ある研究では、pH4から8までの環境で、クローディン2の接着力を定量化したところ、中性>酸性>アルカリ性の順に接着力が高かったと報告している15)。また、カドヘリン分子のダイマー形成がpHによって変化することも知られる16),17)。癌細胞ではpHを低下させると細胞接着が弱まり、浸潤能が高まるとされている18)。個体や細胞のpH調整機能を考えると、個体環境のpHと、細胞周囲のpH、細胞内のpHは一致しないことには注意が必要であるが、古典的な発生生物学の研究で胚から体表組織の細胞を解離するためにアルカリ溶液が使用されたことを考えると、環境pHが組織の形態形成に与える影響や、それに対する防御機構は今後の興味深い研究対象である。
6.おわりに
栄養は個体の全ての生命活動を支えるエネルギー源であり、「動物胚の発生に栄養が必要である」ということは至極当然で何ら驚きではないように聞こえる。しかしながら、最近注目されている発生における栄養の役割は、そのようなあらゆる生命活動に共通の土台であるだけではなく、特定の栄養素や代謝が特定の組織・器官の細胞運動を制御する、という具合に機能することもありうる。これはつまり、胚が十分な栄養を得られない場合、発生を一時的に停滞させて栄養状態の改善を待つといった対応が可能になることも意味し、ある範囲の環境変動であれば対応できる頑強な発生を支えるシステムの1つであることも考えられる。今後、環境の温度やpH、バクテリアに関しても、「発生のために整えられるべき環境」に留まらない、形態形成や細胞運動を制御する「機能」が発見されれば、今後の発生生物学、形態形成学の新たな展開が期待される。
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[ 著者プロフィール ] | |
氏名 | 進藤 麻子( Asako SHINDO) |
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所属 |
大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻 〒560-0043 大阪府豊中市待兼山町1-1 TEL:06-6850-5808 |
出身学校 | 総合研究大学院大学 |
学位 | 博士(理学) |
専門分野 | 発生生物学、形態形成 |
現在の研究テーマ | 環境が制御する形態形成 |