Topics of Chemistry

簡便かつ多検体処理可能なシスチン取り込み測定技術の開発

株式会社同仁化学研究所 髙橋 政孝、濵砂 柊人

 

 シスチン・グルタミン酸トランスポーター(xCT)は、主に細胞外液のシスチンと細胞内のグルタミン酸を1 対1 で交換輸送するアミノ酸トランスポーターである1)。xCTを介して取り込まれたシスチンは、抗酸化物質であるグルタチオンの原料として利用され、細胞内の酸化ストレス応答に重要な働きをしている。一部のがんにおいては、活発な代謝による活性酸素の産生に対応するため、細胞内グルタチオンが高く、xCTも高発現している2)。例えば、がん幹細胞ではマーカー分子であるCD44タンパク質が細胞膜上のxCTを安定化し、シスチン取り込み能力を高め、転移能や薬剤耐性の発揮、悪性化に寄与していることが報告されている3)。このような細胞に対し、xCT阻害剤を用いると、細胞内で過酸化脂質が蓄積し、鉄依存性の細胞死であるフェロトーシスを引き起こすことが知られている。そのため、xCT阻害剤は新たながん治療薬として期待されている。
 本稿では、小社が開発した簡便かつ多検体処理を可能とした細胞のシスチン取り込み能力測定法(本技術4))について紹介する。
 既存のシスチン取り込み能力測定技術としては、RI標識シスチンの取り込み(RI法)、メタボローム解析法、グルタミン酸定量法がある。RI法は、RI標識シスチンを細胞に取り込ませ、洗浄し溶解後、シンチレーションカクテルと混合して、RI測定を行う方法である。一般的な方法で定量性が高いが、RI取り扱いや施設などの規制がある。メタボローム解析法は、薬剤などで処理した細胞を溶解し、LC-MSにより代謝物を検出する方法である。様々な代謝物をまとめて測定できるが、膨大なデータ解析と費用が高額であることがデメリットである。グルタミン酸定量法は、シスチン取り込みと1対1で放出されるグルタミン酸を細胞上清で測定することで、シスチン取り込み能力を間接的に評価する技術である。プレートアッセイに対応しており、簡便な技術であるが、グルタミン酸はxCT 以外からも排出されるため正確性に欠ける。それぞれの利点と課題を表1 にまとめた。

 上述の通り、それぞれの手法には課題がある。我々はこれらの課題を克服するべく、安全かつ簡便に細胞内シスチン取り込み能力を測定する技術を開発した。

本技術は以下の特長を有している。
 ・RIを用いない簡便な蛍光測定法
 ・多検体処理可能なプレートアッセイ

 本技術では、図1 の通り、2段階で細胞のシスチン取り込み能力を蛍光測定する。まず、細胞にシスチンアナログ(CA)であるセレノシスチンをxCT経由で取り込ませ、その後セレノシスチン特異的に反応する蛍光色素FOdAと反応させ、生成されるフルオレセインの蛍光強度からシスチン取り込み能力を測定することができる。

 本技術の実験例を紹介する。xCT阻害剤として知られているスルファサラジン又はエラスチンを添加したHeLa細胞を用いて測定を行った。結果、xCT阻害剤を処理すると、蛍光強度が顕著に低下し、阻害剤の効果を測定することが可能であった(図2)。他にも、xCTノックアウトや薬剤処理によるxCT発現誘導によるxCT活性の変化を測定しており、セレノシスチンはシスチンと同様にxCTを介し細胞内へ取り込まれており、細胞ごとのxCT活性や阻害剤の効果を確認する用途で用いることができることが確認された。また、本技術はRI法との相関が得られている(data not shown)。

 今回開発した技術は、既存の手法と比べ安全かつ簡便に細胞のシスチン取り込み能力を測定できる。また、プレートリーダー測定も可能なことから多検体処理にも適している。がん細胞の代謝変化や酸化ストレスの解析、また抗がん剤のスクリーニングなど、本技術ががん研究の一助となることを期待している。

【参考文献】

  1. S. Bannai, J. Biol. Chem., 1986, 261(5), 2256-2263.
  2. P. Koppula et al., Protein Cell, 2021, 12(8), 599-620.
  3. O. Nagano et al., Oncogene, 2013, (32), 5191-5198.
  4. T. Shimomura et al., ACS Sens., 2021, 6(6), 2125-2128.

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