Column

新型コロナウイルスと細胞老化

株式会社同仁化学研究所 髙橋 政孝

 

 2019年の冬に中国の武漢市で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が発見されてから、コロナウイルスは次々に変異し、その猛威は収まるところを知らない。コロナウイルスの恐ろしい点は、ウイルス感染そのものよりも、感染によりサイトカインが大量に放出され(サイトカインストーム)、免疫機能が暴走し重症化することで、血栓症や肺疾患など様々な病気を併発することである1)。さらに、最近の研究では老化細胞とSARS-CoV-2の関係性にも注目が集まっている。本稿では、老化の側面からSARS-CoV-2に対する治療戦略にまで視野を広げ紹介していきたい。
 老化細胞とは文字通り、細胞が老化を起こし細胞周期が止まった状態の細胞を指し、細胞のがん化を防ぐための一つの機構であると長年考えられてきた。一方で、老化細胞によってがん化が促されるという報告もあり、細胞老化の二面性が明らかになってきている。Leeらは他のウイルス同様、SARS-CoV-2も感染細胞のストレス応答として細胞老化が誘発されることを示した1)。これは、老化細胞の炎症性因子として知られるSASP(Senescence-associated secretory phenotype)がSARS-CoV-2感染による炎症反応を増幅させ、サイトカインストームや多臓器不全のリスクが高まるのではないかとの仮定による。実際にCamellらのグループが、SARS-CoV-2に感染させた老齢のマウスに老化細胞除去薬(senolytic drug)であるフィセチンを投与すると、死亡率が50%減少したことに加え、血清および組織中の炎症性タンパク質の発現が減少し、免疫応答が改善されるという結果が得られた2)。これらの研究は、老化細胞除去薬が健康寿命の増進だけでなく、SARS-CoV-2感染に対しても有効だとする報告であり、パンデミック下の我々には希望を与えるものである。
 この様な研究の後押しもあり、近年、老化細胞除去薬の研究はますます注目を集めている。その中でも、AmorらはCAR-T(chimeric antigen receptorT)細胞を使った新たな老化細胞除去法を報告した。彼らは、まず多くの老化細胞表面に発現、かつ正常細胞には発現しないタンパク質を探索し、その結果、uPAR(urokinase-type plasminogen activator receptor)を発見した。次に、uPARに対するCAR-T細胞を作製し、これを肝線維症モデルマウスへ投与した結果、投与しない場合と比べ、細胞老化マーカーであるSA-β-galの減少と肝線維化の抑制が認められ、目立った毒性も見られず肝機能が向上した。この結果から、senolytic CAR-T細胞は老化細胞除去が可能であり、肝線維化に対しても有効であることを示した3)。その他にも、順天堂大学の南野らは、GPNMB(glycoprotein nonmetastatic melanoma protein B)が老人斑治療薬の分子標的であることを同定し、これは老化細胞に多く発現する膜貫通ドメインを持つ分子であることを特定した。また、彼らはこのGPNMB陽性遺伝子の減少が老化を抑制することを示し、これはGPNMBを標的としたワクチン接種も老化防止治療の戦略となる可能性を示している4)
 SARS-CoV-2の猛威はしばらく続きそうではあるが、ワクチンや治療薬の開発や研究は進んでいる。今回紹介した老化細胞除去薬については、健康増進だけでなく、治療薬としても次々に最新の研究がなされ新しい発見がもたらされている。このパンデミック終結に向かって、研究の発展に益々の期待がよせられる。

【参考文献】

  1. S. Lee et al., Nature, 2021, 599, 283-289.
  2. C. D. Camell et al., Science, 2021, 373, eabe4832.
  3. C. Amor et al., Nature, 2020, 583, 127-132.
  4. M. Suda et al., Nat Aging, 2021, 1, 1117-1126.

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