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ER-ThT を用いた小胞体ストレス下におけるタンパク質凝集体の検出

株式会社同仁化学研究所 末永 元輝

 小胞体(endoplasmic reticulum, ER)は、タンパク質が正しく機能するようにフォールディングや翻訳後修飾を行う重要なオルガネラである。小胞体の機能に障害が起きると、タンパク質が正常にフォールディングせず、不良タンパク質が凝集体として蓄積していき、小胞体ストレスが誘導される。これに対し細胞は小胞体ストレス応答を起こすことで細胞へのダメージを防いでいるが、過度なストレスによって防御機構が破綻すると細胞がアポトーシスを起こし、細胞の脱落や組織の機能不全が起きるなど、様々な障害が起きる。小胞体ストレスは糖尿病、神経変性疾患、代謝性疾患、がんなどの多くの疾患との関連が報告 1)-4されており、その要因となるタンパク質凝集体の解析は疾患との関連を明らかにするうえで重要である。本稿では、Verwilst らが開発した、小胞体内のタンパク質凝集体を観察できる蛍光プローブ、ER-thioflavin T(ER-ThT)について紹介する 5)
 Thioflavin T(ThT)は、従来よりアルツハイマー病やプリオン病などに共通してみられるアミロイド線維の検出に用いられてきたプローブであり、アミロイド線維あるいはタンパク質凝集体と結合することにより非常に強い蛍光を発する。Verwilst らは、ThT の構造をタンパク質凝集体のセンサーとし、そこに小胞体特異的な Eeyarestatin Tの構造の一部を組み合わせ、ER-ThT を合成した(図 1)。

この ER-ThT を用い、Dithiothreitol(DTT)添加により変性させたリゾチームや BSA といったタンパク質に反応させたところ、時間依存的、濃度依存的に ER-ThT の強い蛍光を示したことから、ER-ThT がタンパク質凝集体に特異的な蛍光プローブであることが示されている。また、DTT 処理したHela 細胞が ER-ThT によって蛍光染色されること、さらに小胞体ストレス誘導剤(Thapsigargin)を処理した Hela 細胞においても ER-ThTにより蛍光染色されていることが確認されている。また、小胞体を染色する ER-Tracker と局在が一致しており、小胞体内のタンパク質凝集体に特異的な ER-ThT による蛍光染色が確認されている。これらの結果に加えて、Thapsigargin で処理した HeLa 細胞に小胞体ストレス応答を抑制する薬剤(TUDCA,TMAO,PBA)で処理したところ、ER-ThT による蛍光を示さなかった。これらの結果から、ER-ThT が小胞体内で蓄積したタンパク質凝集体に特異的に結合し、可視化できることが示唆された(図 2)。

 タンパク質の異常構造に起因する疾患は数多くあるが、凝集体を検出すること、及び凝集を抑制する薬剤を見つけることは、これらの疾患の診断、治療において重要である。本稿で紹介した ER-ThT は、生細胞の小胞体内で起きているタンパク質凝集体を検出でき、さらには、化学シャペロンなどの小胞体ストレス応答を抑制する薬剤のスクリーニングにも有用なツールである。小胞体をはじめとした細胞小器官の機能解析は未解明な点も多く、これらの研究を発展させる更なる新技術開発が望まれる。

 

[参考文献]

  • 1) S. E. Thomas et al., “Diabetes as a disease of endoplasmic reticulum stress”, Metab. Res. Rev., 2010, 26, 611.

    2) C. Hetz et al., “ER stress and the unfolded protein response in neurodegeneration”, Nat. Rev. Neurol., 2017, 13, 477.

    3) N. Kawasaki et al., “Obesity-induced endoplasmic reticulum stress causes chronic inflammation in adipose tissue”, Sci. Rep., 2012, 2, 799.

    4) C. Han et al., “New Insights into the Role of Endoplasmic Reticulum Stress in Breast Cancer Metastasis”, J. Breast Cancer, 2018, 21, 354.

    5) P. Verwilst et al., “Revealing Protein Aggregates under Thapsigargin-Induced ER Stress Using an ER-Targeted Thioflavin”, ACS Sens., 2019, 11, 2858.

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