トップページ > ドージンニュース > Vol.175 > Review 1:小胞体ストレス応答とゴルジ体ストレス応答

小胞体ストレス応答とゴルジ体ストレス応答

ER stress response and Golgi stress response

 

吉田 秀郎
兵庫県立大学
大学院生命理学研究科
教授
佐々木 桂奈江
兵庫県立大学
大学院生命理学研究科
助教

Abstract
 The endoplasmic reticulum (ER) and the Golgi apparatus are organelles where secretory and membrane proteins are correctly folded and post-translationally modified, respectively. When cells increase synthesis of secretory and membrane proteins, the capacity of the ER and the Golgi becomes insufficient (ER stress and Golgi stress), resulting in stress-induced cell death. To cope with these stresses, eukaryotic cells activate the homeostatic mechanisms called the ER stress response as well as the Golgi stress response, and increase the capacity of these organelles. In this review article, we described basics of the ER stress response and the Golgi stress response.

1. はじめに

 細胞の中には小胞体やゴルジ体など様々な細胞小器官が存在するが、同じ細胞種であればどの細胞でもそれぞれの細胞小器官の存在量はほぼ一定である。細胞が分裂して細胞小器官の量が半分に減っても、やがて細胞小器官の量も 2 倍に増えて、量が一定になるように調節されているように見える。細胞分裂によって細胞から小胞体がなくなってしまったり、細胞がゴルジ体だらけになってしまうことはない。細胞に眼がついているわけでもないのに、どうやって調節しているのか、とても不思議である。一方、抗体産生細胞などのようにタンパク質の分泌が盛んな細胞では、分泌タンパク質の合成と加工を行う小胞体やゴルジ体が著しく発達している。細胞小器官の量は、細胞の需要に応じて厳密に調節されているように見える。そう考えれば、細胞が分裂しても細胞小器官の量が一定に保たれることも説明が付く。このような細胞小器官の量的調節機構は細胞が自律的に機能するために必須の機能であり、細胞生物学の根本的な命題の一つであるが、長い間核の量的調節機構(細胞周期)の研究以外は、ほとんど顧みられることがなかった 1)。本総説では、小胞体及びゴルジ体の量的調節機構である小胞体ストレス応答、ゴルジ体ストレス応答について概説する。

2. 小胞体ストレス応答

 森和俊博士(京都大学)は、小胞体の量的調節機構である小胞体ストレス応答の研究に果敢に挑戦し、その分子機構を明らかにした 2, 3)。哺乳類の小胞体ストレス応答には ATF6 経路と IRE1 経路、PERK 経路という 3 つの応答経路が存在し、それぞれ異なる小胞体の機能を制御している(図 1)。それぞれの応答経路は、 @小胞体の機能が不足していること(小胞体ストレス)を感知するセンサー、 Aセンサーによって活性化される転写因子、 B転写因子が結合するエンハンサー配列、 C転写が誘導される標的遺伝子の 4 つからなっている。 ATF6 経路は、小胞体でのタンパク質フォールディング能力を増強する経路である。センサー分子の pATF6(P)は、通常は小胞体膜上に存在している。フォールディング能力が不足してフォールディングが完了していない異常タンパク質が小胞体に蓄積すると(小胞体ストレス状態)、 pATF6(P)は小胞輸送によってゴルジ体へ輸送され、ゴルジ体に存在する 2 つのプロテアーゼ(S1P とS2P)によって切断されて生じる転写因子 pATF6(N)がエンハンサー配列 ERSE に結合することで、小胞体シャペロン遺伝子の転写を誘導する。IRE1 経路は、小胞体に蓄積した異常タンパク質を分解する機構(小胞体関連分解(ERAD))を増強する経路である。小胞体膜上に存在するセンサー分子 IRE1 は平常時には単量体であるが、異常タンパク質を感知すると多量体化して活性化し、XBP1 の前駆体 mRNA を細胞質でスプライシングすることによって成熟型 mRNA ヘと変換する。この成熟型 mRNA から翻訳された転写因子 pXBP1(S)がエンハンサー配列 UPRE に結合することによって ERAD 因子遺伝子の転写を誘導する。 PERK 経路は、一時的な翻訳抑制を行うとともに、翻訳関連因子や細胞死の誘導を行う経路である。センサーである PERK は小胞体膜上に存在し、IRE1 とよく似た機構によって活性化する。活性化した PERK は翻訳開始因子である eIF2 の α サブユニットをリン酸化することで翻訳を一時的に抑制し、それ以上小胞体ストレスが悪化しないようにしている。その間に ATF6 経路や IRE1 経路によって小胞体内の異常タンパク質が処理されればよいが、依然として異常タンパク質が蓄積しているときには PERK 経路によって転写因子 ATF4 の翻訳が誘導され、ATF4 がエンハンサー配列 AARE に結合することで細胞死を誘導する転写因子 CHOP の発現が誘導される。

▲ページのトップへ

3. ゴルジ体ストレス応答

 吉田秀郎博士(兵庫県立大学)は、森和俊博士の研究室から独立する際に、世界に先駆けてゴルジ体の量的調節機構であるゴルジ体ストレス応答の研究を開始し、現在は佐々木桂奈江博士(兵庫県立大学)とともに解析を進めている。ゴルジ体ストレス応答にも複数の応答経路が存在し、ゴルジ体の異なる機能を増強している 4)図 2)。

TFE3 経路はゴルジ体の一般的な機能を増強する経路であり、その標的遺伝子にはゴルジ体の構造タンパク質である GCP60 や小胞輸送に関与する GM130、Giantin などが含まれる。これらの標的遺伝子の転写を制御するエンハンサー配列は GASE(Golgi stress response element)と呼ばれ、そのコンセンサス配列は ACGTGGC である 5)。 TFE3 経路を制御する転写因子には bHLH-ZIP 型転写因子である TFE3 6)と MLX 7)がある。平常時には TFE3 はリン酸化されて細胞質に留められているが、ゴルジ体ストレス時(ゴルジ体の一般的な機能が不足した時)には脱リン酸化されて核へ移行し、GASE に結合することで標的遺伝子の転写を誘導する。 MLX は GASE に競合的に結合することで、TFE3 の機能を抑制する転写抑制因子だと考えられている。
 プロテオグリカン経路は、プロテオグリカン型の糖鎖修飾能力を増強する応答経路である。プロテオグリカンは軟骨の潤滑を担う分子であるが、その機能にはプロテオグリカン型の糖鎖修飾がきわめて重要である。標的遺伝子にはプロテオグリカンの糖鎖修飾酵素や硫酸化酵素などの遺伝子が多く含まれている。これらの標的遺伝子のプロモーター上に存在するエンハンサー配列 PGSE(proteoglycan-type Golgi stress response element)が転写誘導を制御していることがわかっているが 8)、センサー分子や転写因子はまだ未知である。軟骨細胞などプロテオグリカンを産生する細胞では、プロテオグリカン経路が活性化されることで、プロテオグリカン型糖鎖修飾能力を増強していると考えられる。
 ムチン経路は、ムチン型の糖鎖修飾能力を増強する応答経路である。ムチンは多量のムチン型糖鎖修飾を受けており、これらの糖鎖が粘膜を形成することに重要である。標的遺伝子はムチン型糖鎖修飾酵素群の遺伝子であり、エンハンサー配列 MGSE(mucin-type Golgi stress response element)が同定されている 9)。センサーと転写因子は未同定である。
 コレステロール経路は、小胞体からゴルジ体へのコレステロールの輸送能力を増強する応答経路である 10 。標的遺伝子として OSBP2 は同定されているが、その他の制御因子は同定されていない。
 上記の応答経路以外にも、他の研究者からいくつかの応答経路が報告されている。 Jan Reiling 博士(MIT)は、CREB3 経路を同定した。膜貫通型センサーである CREB3 が活性化されると CREB3 が切断され、膜から遊離した CREB3 が転写因子として働いて ARF4 遺伝子の転写を誘導し、結果としてアポトーシスを誘導する 11) 。宮田信吾博士(近畿大学)が同定した HSP47 経路は、逆にゴルジ体ストレスによるアポトーシスを抑制する経路である 12)

▲ページのトップへ

5. おわりに

 以上、小胞体ストレス応答とゴルジ体ストレス応答について概説した。今後小胞体ストレス応答については、その分子機構の詳細な解析が進むとともに、個体における小胞体ストレス応答の生理的役割の解析が進んでいくものと考えられる。ゴルジ体ストレス応答に関しては、未同定の制御因子群を網羅的に同定するとともに、これらの応答経路のノックアウトマウスの表現型を解析することによって、ゴルジ体ストレス応答の全体像を明らかにしていくことが肝要と考えている。

▲ページのトップへ

[ 著者プロフィール ]
氏名 佐々木 桂奈江(SASAKI Kanae)
所属 兵庫県立大学大学院生命理学研究科
〒678-1297 兵庫県赤穂郡上郡町 3-2-1
出身学校 名古屋大学大学院生命農学研究科
学位 博士(農学)
専門分野 細胞生物学、細胞小器官、ストレス応答
現在の研究テーマ ゴルジ体ストレス応答
氏名 吉田 秀郎(YOSHIDA Hiderou)
所属 兵庫県立大学大学院生命理学研究科
〒678-1297 兵庫県赤穂郡上郡町 3-2-1
出身学校 京都大学大学院理学研究科
学位 博士(理学)
専門分野 細胞生物学、細胞小器官、ストレス応答
現在の研究テーマ ゴルジ体ストレス応答

 

    
ページの上部へ戻る