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超解像ライブイメージングによるクリステ動態の観察

株式会社同仁化学研究所 野口 克也

 ミトコンドリアは主にエネルギー産生を行っている細胞内小器官であり、ヘムの合成やアポトーシスに関与していることも知られている。ミトコンドリアは外膜と内膜を持ち、内膜はマトリックスへ陥入し、クリステと呼ばれるひだ折り構造となっている。内膜には呼吸鎖複合体や ATP 合成酵素があり、ミトコンドリアはクリステによって内膜の表面積を増加させることによりエネルギー産生効率を向上させている。以上のことから、クリステの形態はミトコンドリアのエネルギー生産能力と密接に関連している。
 ショウジョウバエの間接飛翔筋組織のミトコンドリア超微細構造を電子線トモグラフィーにより三次元構造を解析した結果、野生型の個体は老化するにつれ、グローバルなクリステの空胞化及び崩壊が観察され、ミトコンドリア DNA(mtDNA)に変異・欠損が多い個体では、タマネギのような形状のクリステを多く持っていることが報告されている(図 11)。このことから老化や mtDNA の変異・欠損とクリステの形態との関係が示唆される。加えて、タマネギ状のクリステを免疫電子顕微鏡法で分析した結果、ATP 合成酵素は外周の膜には存在せず、中心部にのみ存在することがわかり、ATP 合成酵素の局在とクリステの形態が互いに影響していることが考えられる。このタマネギ状のクリステを持つミトコンドリアは cytochrome c oxidase 活性を有しているためか、ユビキチンプロテアソーム系やマイトファジーによる品質チェック機構から免れており、結果として不良なミトコンドリアが蓄積している可能性がある。


 上記のように、老化や mtDNA の変異・欠損によるクリステの形態変化がミトコンドリアの機能へ影響を及ぼすことが分かりつつある。しかし、クリステの幅は数十 nm 程度であるため光学顕微鏡では観察できない。電子顕微鏡では生きた細胞を取り扱うことができないことから、超解像イメージング技術を用いた生細胞のクリステ観察に注目が集まっている。
 Wang らはミトコンドリア内膜のみ選択的に染色し、STED 光でも退色しにくい蛍光プローブ(MitoPB Yellow)を用いて生きた細胞のクリステ動態の観察(超解像イメージング(STED 法))に成功した 2)。 MitoPB Yellow は超耐光性骨格 C-Naphox を有し、ミトコンドリアへ集積するためのトリフェニルホスホニウム基及び滞留性を向上させるためのエポキシ基が付加された構造である。 MitoPB Yellow と類似した骨格を持つ蛍光色素(図 2)を用い、溶媒効果を確認した結果、MitoPB Yellow は疎水性環境下で強い蛍光を発することから、疎水性であるミトコンドリア膜で蛍光性となることが推測された。さらにミトコンドリア外膜及び内膜を Halo-tag 技術で染色し、 MitoPB Yellow と多重染色すると、内膜と局在が一致した。上記のことから MitoPB Yellow はミトコンドリア内膜のみに選択的に局在していることが証明された。既存のミトコンドリア染色色素(MitoTracker Green など)は染色後に細胞を固定すると色素が漏出し、蛍光強度が固定前と比べ約 30%程度に低下するが、MitoPB Yellow はエポキシ基の効果によりミトコンドリア内膜で共有結合するため約 70%以上の蛍光強度を保っていた。このような性能を持つ MitoPB Yellow を開発したことにより、クリステ動態を超解像イメージングで観察可能となった。 mtDNA 複製阻害薬 2',3'-dideoxycytidine を HeLa 細胞に 5 日間処理した後、 MitoPB Yellow で染色した結果、クリステの形態がラメラ構造から同心円状に変化した様子を生きた細胞で観察できた。これは mtDNA に変異・欠損があるショウジョウバエ間接飛翔筋組織で電子線トモグラフィーにより観察された結果と類似している。 MitoPB Yellow と超解像イメージング技術により、生きた細胞でクリステの動態観察が可能となったことから電子顕微鏡で得られなかった知見が今後得られると期待される。

 

[参考文献]

  • 1) Y.-F. Jiang, et al., Sci. Rep., 2017, 7: 45474.

    2) C. Wang, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 2019, 116(32), 15817-15822.

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