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細胞内グルコースの動態可視化

株式会社同仁化学研究所 村井 雅樹

 近年、グルコースは糖代謝の指標のみならず、がん研究においても細胞内代謝の指標の一つとして研究されている。グルコースは細胞内で代謝され、エネルギー源を作り出す。食事等により血中の糖の量が増えると、すい臓の β 細胞で作られるインスリンの分泌が増え、臓器は必要量のグルコースを取込む。取り込まれたグルコースはエネルギー代謝や細胞増殖に使用される。グルコースは極性が高いためグルコーストランスポーターを介して細胞内に取り込まれる。一方で、グルコースの細胞内への取込みが阻害されると、高血圧、脂質異常などさまざまな合併症を誘発する。また、高血糖状態では、細胞内グルコース濃度の上昇に伴い、ポリオール経路の代謝が亢進し、NADPH が過剰に消費され、還元型グルタチオン(GSH)が減少し、酸化ストレスが増加し損傷が促進する。このように、細胞内へのグルコースの取込みは生体の恒常性維持において必要不可欠である。以上より、細胞内へのグルコースの取込みを確認することは、細胞内代謝経路の変化をモニタリングするために重要である。
 
 本稿では、オルガネラ選択的に細胞内グルコースの動態を高い時空間分解能で検出でき、バイオイメージングの有効なツールとなる新規緑色蛍光タンパク質型グルコースセンサーを紹介する。

 北口らは 3 種の新規緑色蛍光タンパク質型グルコースセンサー「Green Glifon」を開発し、生細胞内グルコース動態の可視化に成功した 1)。Green Glifon は緑色蛍光タンパク質 Citrine を元に設計され、グルコース添加により蛍光強度が 7 倍に上昇した。さらにこのセンサーは細胞質のみならず、細胞内オルガネラの細胞膜、核、ミトコンドリアへの局在化シグナルを導入することで、各オルガネラへのグルコースの取込みを可視化することができた。Green Glifon は Citrine の間に、最適化されたリンカー領域で結合されたグルコース結合ドメイン配列(MgIB)を組み込んだ構造となっており、グルコースを取り込むとリンカー領域の構造が変化し蛍光を発する(図 1)。また、約 7 倍という高い S/N 比はタンパク質同士を連結するリンカー領域の長さとアミノ酸配列の最適化により可能となった。さらには、グルコース結合ドメインへ変異を導入し、グルコースとの反応性が異なる 3 種の異性体を開発することで、8 μmol/L-15 mmol/L までの幅広いレンジで定量することを可能としている。Green Glifon を HeLa 細胞(ヒト子宮頸がん細胞)にトランスフェクションし、細胞培養培地に 3-25 mmol/L までのグルコースを添加するとグルコースの濃度に応じて蛍光強度の変化が観察され、細胞内グルコースの動態を可視化できた。また、興味深いことに各オルガネラの局在化シグナルを導入した Green Glifon を遺伝子導入し発現させた細胞を観察した結果、細胞質や核へはグルコースが取り込まれるが、ミトコンドリアへはグルコースが取り込まれないことが明らかとなった。さらに、このセンサーは生きている線虫体内でも発現することから、in vivo イメージングへの適用が可能である。また FRET タイプと異なり、1 つの波長で検出できるため、マルチカラーイメージング技術への応用も可能である。今後、Green Glifon を利用することで、グルコース代謝を制御する分子基盤、生体内のエネルギー機構、その機構の破綻による病態の解明への貢献が期待される。

 なお、グルコースを定量する方法としては、小社の Glucose Assay Kit-WST を使用することができる。また、グルコースと合わせて乳酸を測定することで、細胞内代謝測定の正確性をさらに向上させることができる。小社の Glucose Assay Kit-WST は安定な水溶性ホルマザンを生成する WST-8 を基質に用い、操作方法、前処理に必要なコンポーネントを最適化したキットであり、96 穴マイクロプレートに対応しているため多検体測定が可能となっ ている。

[参考文献]

  • 1) A. Kitaguchi, et al., Anal. Chem., 2019, 91, 4821-4830.
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