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栄養と代謝からみた健康長寿

Optimum Nutrition and Metabolism for Healthy Longevity in Ultra Super-Aged Society

山内 敏正
東京大学
大学院医学系研究科
糖尿病・代謝内科
教授

Abstract
 During the past half century, the morbidity of diabetes has been explosively increasing by more than 35 fold. This increase is thought to be due to a pandemic of obesity by the environmental factors, such as sedentary life-style and HF diet.
Sedentary life-style and HF diet result in visceral fat accumulation and dysregulation of adipokines, leading to ectopic fat accumulation, inflammation and insulin resistance in liver and muscle. Adiponectin Receptor Activators like exercise could have beneficial effects on healthy longevity and obesity-linked diseases, such as type2 DM, Metabolic syndrome, CVD, Cancer, NASH, Nephropathy, Alzheimer's disease etc.

 国民健康・栄養調査の概要によれば、 BMI(body mass index:[体重(kg)]/[身長(m)]2 )が 25kg/m2 以上の肥満の割合は男性で約 3 割、女性で約 2 割であり、 BMI が 30kg/m2 以上の割合は 3%程度と少ない。米国では BMI が 30kg/m2 以上の割合が 35%であるのと比較して、著しく低い割合である。一方でわが国の 2 型糖尿病の有病率は欧米と同程度であり、日本人は軽度の肥満でも生活習慣病を発症しやすく、内臓脂肪蓄積をしやすいことが原因と考えられる。わが国では人口がピークを迎えた 2010 年頃に向けて 60 年の間に、2 型糖尿病患者数は、30 倍以上に増加している。 これはわが国では過栄養と運動不足の環境により肥満が増加し、2 型糖尿病を急増させたと考えられている。一方、総人口が減少に転じても尚、糖尿病患者数は増え続け、最新の 2016 年の統計で約 1000 万人に達したと推計されている。これは、65 歳以上の人口が増え続けていることと関連している可能性も考えられる。 2018 年、わが国の高齢化率は 28.1%に達し、超・超高齢社会に突入している。サルコペニアやフレイル、認知症などの問題が増大し、内臓脂肪は益々蓄積し易くなっている。本稿では、人生 100 年時代の健康長寿実現に向けて、栄養と代謝も含めて、メタボリックシンドロームや肥満症、サルコペニア肥満について概説する。

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1. メタボリックシンドロームの診断

 複数の心血管疾患の危険因子・代謝異常が集積し心血管疾患の発症リスクが高まる病態がマルチプルリスク症候群であり、1999 年に WHO がメタボリックシンドロームと呼ぶことを提唱した。わが国では、2000 年に日本肥満学会から肥満症の概念が提唱され、2005 年にメタボリックシンドロームの診断基準が日本内科学会等 8 学会による合同診断基準検討委員会により作成された 1)。メタボリックシンドロームは、内臓脂肪蓄積によって生じる種々のリスクファクターや代謝異常を、減量によって包括的に改善させ、心血管疾患の発症を予防するという疾患概念である。
 わが国においては、内臓脂肪蓄積のスクリーニング項目であるウエスト周囲長を必須項目とし、高血糖、脂質異常、高血圧の 3 項目のうち 2 項目以上あれば、メタボリックシンドロームと診断する 1)。2008 年から、この診断基準を用いて、特定健康診査・特定保健指導が実施されている。わが国のメタボリックシンドローム診断に用いられる内臓脂肪蓄積の基準は、臍レベルのウエスト周囲長で男性 85cm 以上、女性 90cm 以上と定めている。これは、内臓脂肪面積が 100cm2 以上で健康障害を一つ以上保有することから、100cm2 に相当するウエスト周囲長を検討し設定された。一方、国際糖尿病連合によるメタボリックシンドローム診断基準は、2009 年にウエスト周囲長を必須項目としない基準に変更されている。

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2. メタボリックシンドロームに対する生活習慣への介入の効果

 津下らは特定保健指導の対象者のうち積極支援を 6 か月間受けた 3,480 人について、1 年後の体重減少と健康障害や代謝異常の改善の関係を検討した。1〜 3%の減量でも HbA1c、肝機能、脂質では改善がみられ、3 〜 5%の減量により、さらに血圧、空腹時血糖値、尿酸値においても有意に改善を示した 2)。これらの結果から、肥満症において 3%の体重減少でも包括的に健康障害や代謝異常の改善が得られることが明らかとなった。
 一方で米国においては、メタボリックシンドロームの 5,145 人を対象としたランダム化比較研究 Look AHEAD において、生活習慣介入による減量により、期待された心血管疾患発症抑制効果は明らかではなかったが、心血管リスクが包括的に改善することが報告されている。試験開始後 1 年以内に体重が 10%以上減少した患者においては、体重の変化が 2%未満であった患者に比べ、心血管疾患の発症率が 21%低く、積極的な生活習慣介入による 10%を超える大幅な減量の達成が、心血管疾患イベントの抑制に関与する可能性が示唆された。

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3. 肥満症の診断

 肥満症は、肥満に伴う個々の健康障害を、減量することによって改善する疾患概念であり、2000 年から日本肥満学会が提唱した。肥満症は、肥満に伴う心血管疾患を含めてより多くの健康障害を念頭においていることから、メタボリックシンドロームより広い概念と考えられる。肥満の判定基準として、BMI を用いて、BMI が 25kg/m2 以上を肥満とする。肥満と判定されたもののうち、@肥満に起因ないし関連し、減量を要する健康障害を有するもの、または A健康障害を伴いやすい高リスク肥満として、ウエスト周囲長によるスクリーニングで内臓脂肪蓄積を疑われ、腹部 CT 検査によって確定診断された内臓脂肪型肥満、のいずれかの条件を満たす場合に、わが国における肥満症と診断する。肥満に起因ないし関連し、減量を要する健康障害として、診断に必須なものは 11 疾患が挙げられる 3)
 肥満症診療ガイドライン 2016 においては、BMI が 35 以上の肥満を高度肥満と判定し、肥満に起因あるいは関連する健康障害を併せ持つ場合に、高度肥満症と診断する。また治療指針においても肥満症、高度肥満症で区別をしている。

4. 肥満が代謝異常を引き起こすメカニズム

 脂肪組織は、エネルギーの貯蔵庫であると同時にアディポカインと呼ばれる生理活性物質を分泌する内分泌臓器である。肥満者の脂肪組織においては、酸化ストレスが高まり炎症性サイトカインが産生され、免疫細胞の浸潤が認められ、糖代謝異常をひきおこす。また、脂肪組織以外に蓄積する異所性脂肪は、肝臓・骨格筋においてインスリン抵抗性を引き起こし、膵 β 細胞においてインスリン分泌障害の病態と関連する。
 脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンは、肥満にともない産生が低下し、糖代謝異常、炎症をひきおこす 4)。アディポネクチン受容体活性化低分子化合物アディポロンは、アディポネクチン受容体を介してマウスにおいて糖代謝を改善し、寿命も延伸させる。アディポロンは、メタボリックシンドロームや 2 型糖尿病、糖尿病性腎臓病(DKD)、さらに心筋梗塞や脳梗塞、がんなどにも効果が期待され、開発を進めている 5)図 1)。
 肥満において、腸内細菌が変化して、腸管バリア機能、腸管内分泌細胞からのインクレチン分泌を変えることが明らかとなってきており、新たな病態の解明と治療法の開発が期待される。肥満および代謝疾患において、クリステンセネラセ菌やビフィズス菌やアッカーマンシア菌が減少し、腸内細菌の多様性が低下していることが報告されている。腸内細菌により食物繊維が分解されて産生される短鎖脂肪酸が、エネルギー消費を亢進させ、食欲抑制ホルモンを増加させることが報告されている 6)
 中枢神経系による食欲の亢進と抑制に関わる制御について、脳内報酬系が肥満と関連することが明らかとなってきている。また中枢神経や代謝に関連する臓器などにおいて代謝に重要な分子の日内変動が認められる 7)。これら代謝に重要な分子の発現レベルの日内変動を考慮した肥満しにくい栄養摂取や運動の生活への取り入れ方について研究が進んでいる。8 人の検討にて、栄養摂取の時間を朝 9 時から午後 3 時までの 6 時間とした場合、同じカロリーを摂取してもインスリン抵抗性が改善することが報告されている。

5. 肥満症の代謝異常を改善させる方法

 肥満症に対して、食事療法、運動療法および認知行動療法を実施する。BMI が 25kg/m2 以上、35kg/m2 未満の肥満症において、1 日の標準体重あたり 25 kcal 以下を摂取カロリーとして、3 〜 6 か月で 3%以上の減量を目標とする 3)。BMI が 35kg/m2 以上の高度肥満症では、1 日の標準体重あたり 20 〜 25 kcal 以下を摂取カロリーとして、5 〜 10%の減量を目標とする。運動療法は、心疾患や整形外科的疾患の合併症などを考慮して、自転車こぎなどの有酸素運動とスクワットなどのレジスタンス運動を組み合わせて実施する。食行動について、食行動質問表やグラフ化体重日記により、課題を認識し食行動を改善することが可能となる。

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6. 高度肥満症に対する薬物療法と外科手術

 高度肥満症患者はわが国に 60 万人いると推定され、患者のニーズに応えて、高度肥満症に対する外科手術が安全に行われる環境づくりが必要である。高度肥満症では、食事・運動療法、認知行動療法に加え、薬物療法や外科療法も選択肢となる。薬物療法について、わが国ではマジンドールが、BMI が 35kg/m2 以上の高度肥満症に保険適用があるが、使用は 3 か月までに限られており、高血圧やうつ病などの副作用に十分に注意が必要である。国際的により有効性が高くかつ安全性も高いと考えられる肥満症治療薬が開発・臨床使用されている。わが国では GLP-1 受容体作動薬のリラグルチドが 1 日 0.9mg を最大用量として糖尿病に適用があるが、米国では 1 日 3.0mg の製剤が抗肥満薬として認可されている。3,731 人への投与において、平均 8%の体重減少が認められたことが報告されている。リパーゼ阻害薬のセチリスタット、食欲抑制の作用をもつ 5-HT2c 受容体作動薬のロルカセリン、交感神経刺激薬 phentermine と抗てんかん topiramate の合剤、オピオイド阻害薬 naltrexone と抗うつ薬 bupropion の合剤などが米国において認可されている。
 6 か月以上の内科治療に抵抗性の高度肥満症に対する外科手術について腹腔鏡下スリーブ状胃切除術が保険適用となり、認定医療機関で実施可能となっている。腹腔鏡下スリーブ状胃切除術は、糖尿病、高血圧症、脂質異常症ならびに閉塞性睡眠時無呼吸症候群のうち、いずれかの健康障害を有する BMI が 35kg/m2 以上の高度肥満症に保険適用がある。日本の多施設共同研究において、スリーブ手術や胃バイパス術により、有意な体重減少と糖尿病などの代謝疾患が改善することが報告されている 8)。欧米において、スリーブ状胃切除術、胃バイパス術、胃バンディング術などが実施され、生命予後が改善することが明らかとなっている 9)。高度肥満症に対する外科手術は内科的治療と比較して、体重は 1 年後において有意に減量できており、徐々に再増加するものの体重減少を維持でき、糖尿病や高血圧症や変形性膝関節症が改善する。米国糖尿病学会の 2017 年のガイドラインにおいて、欧米人は BMI が 30 以上、アジア人は BMI が 27.5 以上の肥満に基準が引き下げられている。
 高度肥満症に対する外科治療において、内科、外科、精神科、麻酔科などの医師に加え、看護師や栄養士などメディカルスタッフが共同したチーム医療が不可欠である。術前に合併症の把握や、食事療法のアドヒアランスなどを確認し、周術期の安全を確保する。高度肥満症外科手術の術前など速やかな減量が必要な場合には、超低エネルギー食を検討する。術後のフォローアップにおいて、体重の減少や食事療法のアドヒアランスを確認し、欠乏する鉄やビタミンやカルシウムなどの栄養素について補充する。

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7. 肥満に伴う糖代謝異常や糖尿病の治療

 肥満はインスリン抵抗性を介して 2 型糖尿病を発症させるリスクとなる。肥満は、糖尿病の発症と病態の進展、さらに合併症の発症と進展を増悪させる因子である。肥満を伴う耐糖能異常者に対して、体重減少を目標とした強力な生活習慣介入を行うことで、糖尿病の発症リスクを半減できることが、複数のランダム化比較試験で示されている。また、アジア、オセアニアの 27 件のコホート研究のメタアナリシスにおいて、BMI が 2 低下することにより糖尿病発症リスクは 27%低下すると報告している。かかりつけ医による 12 か月の強力な食事療法により平均 10kg の体重を減量すると、46%の症例で糖尿病治療薬が不要になることが明らかとなり、費用についても検討されている 10)
 肥満に合併する糖尿病について、内服薬の選択が重要である。GLP-1 受容体作動薬は、食欲抑制作用があり、体重の低下が期待でき、高リスク患者における心血管イベント等の抑制作用についても報告がある。SGLT2 阻害薬は、尿糖排泄促進により血糖値を改善するため、体重の減少が期待でき、高リスク患者における心不全などの心血管イベントの抑制作用や腎保護効果について明らかとなってきている。

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8. 肥満症に関する臨床研究

 日本肥満学会において二つの臨床研究が進行している。メタボリックシンドローム・肥満症の病態の解明、治療法の開発とともに科学的根拠の構築が期待される。肥満症に対する効果的な治療戦略と健康障害の改善に資する治療戦略と健康障害の改善に資する減量数値目標を見出すための介入研究(研究代表者:千葉大学大学院医学研究院教授 横手幸太郎先生)において、肥満症に対する減量治療を通して、健康障害を改善するための具体的数値目標を見出すことを目的として、IoT や ICT の有用性の検証も目指している。
 電子診療録直結型情報収集システムを活用した肥満症に関する大規模包括的データベース研究(研究代表者:神戸大学大学院医学研究科教授 小川渉先生)において、認定肥満症専門病院の電子カルテに肥満症診療情報を記載するテンプレートを装備し、基本的情報、肥満症診断基準に必要な 11 の健康障害、そのほかの肥満関連の健康障害、治療に関する情報について大規模なデータベースを構築することで、肥満に合併する健康障害の実態の把握や治療法のエビデンスの創出につながることが期待される。

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9. 人生 100 年時代における貯“筋”の重要性と栄養摂取の考え方

 65 歳以上になるとサルコペニアのリスクが高まることから、タンパク質ならびに総カロリーを個々人に応じて、適切に摂取した上で、レジスタンス運動も取り入れていく必要がある。二重標識水法によって正確にエネルギー消費が測定された結果、従来考えられていたよりもカロリー摂取を増やした方が良いケースが多いことも明らかになってきた。わが国は 2018 年に超・超高齢社会に突入したことより、サルコペニア対策が急務であり、年齢も含めた個々人毎の目標体重の導入が必要と考えられる。サルコペニアはフレイル、骨粗鬆症、認知症などのリスクも高める為、代謝異常のみならず、転倒防止、ひいては寝たきり予防にも最重要と考えられる。人生 100 年時代においては貯“筋”が重要で、サルコペニアが多くの病態と関連する分子メカニズムとしてマイオカインの同定も含め、明日の医療・医学が切り拓かれ、飛躍的に発展していくことが期待される。

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おわりに

 2015 年 10 月に日本肥満学会とアジア・オセアニア肥満学会が同時開催され、参加 11 か国が調印し、治療すべき肥満としての肥満症を、国際的な概念として提唱する名古屋宣言が採択された。2018 年 10 月に日本医学会連合の中に 23 学会が結集した領域横断的肥満症ワーキンググループ(春日雅人ワーキンググループ長)が設置され、討議の結果、第 39 回日本肥満学会と合同して「神戸宣言 2018」を発出された。日本医学会連合に加盟する内科系学会に加え、外科系学会・小児科学会・産婦人科学会・整形外科学会・精神神経系学会などが連携して、領域横断的に肥満症に対応することが必要と考えられた。肥満症の治療としては、減量が重要であり、個々人に最も適した治療法を選択することが望まれる。また、個々人の努力だけでなく健康的な栄養摂取が選択しやすい環境、運動に適した街づくりなど環境や、サルコペニア肥満の改善に取り組む社会が求められている。

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[ 著者プロフィール ]
氏名 山内 敏正
所属 東京大学大学院医学系研究科
糖尿病・代謝内科
〒 113-8655
東京都文京区本郷 7-3-1
Tel:03 - 5800 - 9587
出身学校 東京大学医学部医学科
学位 博士(医学)
専門分野 代謝・栄養病態学
現在の研究テーマ 2 型糖尿病の遺伝因子の同定、メタボリックメモリー本態解明に向けたエピゲノム解析、超・超高齢社会における健康長寿薬開発への挑戦、2 型糖尿病の合併症抑制に向けた治療戦略の確立、他
    
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