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近赤外蛍光色素を用いた内在的エクソソームのラベル化技術

株式会社同仁化学研究所 下村 隆

 エクソソームは細胞から放出される 150 nm 以下の細胞外小胞である。発見された当初は細胞内の不要物として考えられてきたが、研究により細胞間のコミュニケーションツールとして働くことが明らかとなってきている。具体的には、エクソソームの中には mRNA や miRNA 、タンパク質などが含まれており、細胞間を行き来し、別の細胞へ内包する物質を送達している。最近、がん細胞から放出されるエクソソームが、がんの悪性化や転移に深くかかわっていることが報告されており、がんの早期診断用のバイオマーカーとしてのエクソソーム研究が進められている 1)
 エクソソームが細胞や組織に対して、どのように相互作用しているかを確認する手段としてイメージング技術が有用である。特に蛍光顕微鏡を用いると、一細胞レベルでのエクソソームの相互作用をリアルタイムでモニターすることができる。エクソソームの膜構造は細胞膜と似ていることから、脂溶性の蛍光性膜染色色素がエクソソームの染色剤として使用されている。蛍光性膜染色色素はエクソソームの脂質二重膜に色素骨格の長鎖アルキル鎖を挿入し、強い蛍光を発するものが汎用される。市販品として、PKH67(λex/em = 490/502 nm),PKH26(λex/em = 551/567 nm),DiR(λex/em = 750/780 nm)などがあり、500-800 nm という広範囲での蛍光観察が可能である。これにより、複数のエクソソームを任意の色素の組み合わせで染色し、多色でのエクソソームの取り込みイメージングすることが可能である。また、近赤外光は生体透過性が高く、組織の深い所にも到達することから、近赤外領域の蛍光性膜染色蛍光色素は in vivo イメージングに利用される。
 蛍光性膜染色色素によるエクソソーム染色の方法は、先ず生体サンプルからエクソソームを精製し、色素と混合して染色後、過剰の色素を除去する(図 1- I ,外在的エクソソームの染色)。染色には、抗体によるラベル化、色素の共有結合や受動拡散の方法があり、過剰な色素の除去には超遠心法やゲル濾過法が用いられる。これらは多くの文献で実施報告されているが、染色操作によりエクソソーム本来の構造と性質が異なることが懸念されている。 Monopoli らは、染色操作によるエクソソームへの影響を低減する為に、細胞を蛍光色素で染色し、その細胞から放出されるエクソソームを得る方法(図 1 - U ,内在的エクソソームの染色)を開発した 2)
 本手法は、効率的に細胞内に取り込まれる性能を有する近赤外蛍光色素(NIR-AZA、(λex/em = 686/716 nm))を使用し、細胞から分泌されるエクソソームを染色するものである(内在的エクソソームの染色)。具体的には、FBS 含有 RPMI 培地で KellCis83 細胞を培養し、5 μmol/L の NIR-AZA を含む RPMI 培地で染色したのち、無血清 RPMI 培地中でエクソソームを分泌させる。次に上清を回収し、超遠心法によりエクソソーム画分を得た後、染色されたエクソソームと未染色のエクソソームを原子間力顕微鏡、フローサイトメトリー、NTA(ナノ粒子トラッキング分析)及びウェスタンブロットにより比較評価している。特に NTA 分析の結果では、エクソソーム粒子のサイズ分布が染色-未染色間でほぼ一致しており、内在的ラベル化がエクソソーム本来の特性を変化させないこと、また染色能においても外在的ラベル化に比べ内在的ラベル化が優位であると報告している。
 今回紹介した技術は、免疫染色、結合試薬の利用など、既存のエクソソーム染色法に対し、簡便かつエクソソーム本来の特性を維持できるという利点があるが、エクソソームを直接染色できないのは課題であろう。現在、エクソソームの研究は、免疫、神経、癌、内分泌など幅広い研究領域で注目をあびているが、技術的に未開発な部分が多くある。エクソソーム研究を発展させる更なる新技術開発が望まれる。

[参考文献]

  • 1) L. M. Shen, et al., ACS Appl. Nano Mater., 2018, 1, 2438-2448.

    2) M. P. Monopoli, et al, Chem. Commun., 2018, 54, 7219

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