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ミトコンドリア代謝と解糖系を介した抹茶によるがん幹細胞の増殖阻害

株式会社同仁化学研究所 小松 恭佳

 日本人における死亡原因の第 1 位は「がん」である。多くのがんは、外科手術や化学療法、放射線療法を用いて治療されるが、がんが進行した段階では、治療抵抗性のために治療が困難となり完治が難しくなる。また、多くの場合、がんが再発、転移してしまうことが大きな問題となっている。この腫瘍の再発、転移を媒介しているものとしてがん幹細胞の存在が挙げられており、近年ではがん幹細胞を標的とした治療法の検討が増えてきている。最近の研究において、日本の緑茶に含まれる成分の抗がん活性が調査され、その有効性が検証されているが、その中でも、緑茶の主要成分の 1 つであるエピガロカテキンガレート (EGCG) は、がん幹細胞の機能を抑制することが報告されている 1。また、健康補助食品として使用されている天然化合物の「抹茶」も同様に、抗がん活性を有している可能性があるが、その潜在的な分子メカニズムはほとんど知られていない。
 本稿では、ヒト乳がん由来細胞である MCF-7 細胞をモデルに、 M. P. Lisanti らが明らかにした、 matcha green tea (MGT) によるがん幹細胞の細胞代謝阻害について紹介する 2
 彼らは、がん幹細胞への薬剤効果を評価する Sphere Formation Assay によって、MCF-7 細胞を 0.2 mg/ml の MGT で処理すると細胞の増殖能が 50% 阻害されることを確認している(図 1)。

 がん幹細胞の増殖は、ミトコンドリアの代謝に大きく依存していることが知られていることから、この結果は、 MGTがミトコンドリア代謝を抑制する可能性を示唆している。さらに、 Seahorse XF Analyzer を用いた酸素消費率 (OCR) および解糖活性の指標である細胞外酸性化速度 (ECAR) の測定結果から、 MGT 処理した MCF-7 細胞は、ミトコンドリア呼吸の減少によって ATP 産生が低下し、さらに解糖能が抑制されていることが明らかとなった(図 2)。

 これらの結果は、 MGT が細胞内代謝経路のうち、酸化的リン酸化および解糖系を阻害することを示しており、がん幹細胞の増殖が停止することに一致する結果となっている。一方で、 MCF-7 細胞が MGT に暴露されると、ペントースリン酸経路が活性化される結果が得られている。これは、 MGT が抗酸化剤として作用するだけでなく、抗酸化物質の補因子である NADPH の産生を誘導することを示唆している。その他、 MGT による阻害を受ける代謝経路として mTOR 経路が挙げられている。これは、ラパマイシンのような化学物質の代わりに、 天然化合物である MGT が mTOR の阻害剤として利用できる可能性があることを提起している。
 これらの結果より、 MGT はミトコンドリア代謝および解糖系を含む細胞内代謝の抑制を介することにより、がん幹細胞の増殖を阻害する作用を有しているといえる(図 3)。本研究が更に進むことにより、 MGT が、腫瘍の再発および転移を予防する、抗がん療法の 1 つとなることが期待される。

[参考文献]

1) H. Fujiki, E. Sueoka, A. Rawangkan and M. Suganuma, “Human cancer stem cells are a target for cancer prevention using (-)-epigallocatechin gallate”, J. Cancer Res. Clin. Oncol., 2017, 143, 2401-2412.

2) G. Bonuccelli, F. Sotgia and M. P. Lisanti, “Matcha green tea (MGT) inhibits the propagation of cancer stem cells (CSCs), by targeting mitochondrial metabolism glycolysis and multiple cell signaling pathways”, Aging, 2018, 10, 1867-1883.

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