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キレート試薬としてのフルオロン型キサンテン系色素の合成と吸光光度分析への応用

Synthesis of the fluorone-type xanthene dyes as a chelating reagent and application to spectrophotometric analysis

藤田 芳一
大阪薬科大学名誉教授
大阪信愛女学院
サエラ薬局
グラムール美容専門学校

Abstract
 We synthesized 2, 6, 7 -trihydroxy xanthene-3-one type (fluorone type) xanthene dyes having excellent properties as a chelating reagent, and developed novel spectrophotometric methods of various metal ions, pharmaceuticals, biogenic constituents by incorporating analytical creativity such as the ternary complex formation reaction and/or the competitive complexation reaction in surfactant micellar media. Further developed methods were applied to a variety of real samples. In addition, some reaction mechanisms in employed analytical conditions were clarified by determined the binding parameters, thermodynamic parameters and so on. I introduce the outline in the present review.

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1. はじめに

 分析化学は、医薬品分析、環境分析、食品分析、臨床分析等あらゆる分野に汎用されている必要不可欠な基盤技術のひとつであり、この分析化学の発展には分析機器の発展に代表されるハード面での進歩、分析試薬とその利用法の開発に代表されるソフト面での進展がその両輪である。一方、光分析法の代表である吸光光度法は、簡便、迅速、再現性に優れた方法として金属あるいは非金属、さらには医薬品,生体成分などの分析に汎用されるなど、応用範囲は極めて広いが、その反面、目的によっては感度、選択性においてやや不十分な場合があり、その他の機器分析の著しい進歩発展により、新しい反応原理の探索や新しい有機試薬の開発も含め、その活用面における新しい可能性を開拓しようとする研究は近年余り活発には行われていないのが現状である。
 しかしながら、吸光光度法は、測定値をモル吸光係数 (ε)で一義的に説明できる、安価な機器を用いて簡易な操作で信頼しうるデータが比較的高感度に得られるなどの特徴を有し、ハード面では、(1) 吸光度 0.001 を再現性よく測定できる分光光度計が開発されたこと、ソフト面では、(2)高次錯体生成反応などの新しい方法の開発利用が可能なこと、(3)高感度、高選択的な新規有機試薬の開発利用が可能なこと、また、(4)フローインジェクション法(FIA)や自動分析に適用されやすい、(5)測定結果を目視で確認できる、(6)化学平衡論的に考察しやすい、(7)干渉に対して対処しやすい、 (8)スペシエーション分析が可能であるなど、極めて多様な特長を有する優れた分析法であることには変わりない1-3 。さらに、最近、臨床化学分野などでは、反応容器とセルを兼ね多数のウェルを備え、多数検体を同時に吸光度測定できるマイクロプレート計測法 4,5 やナノテクノロジーを活用した分離・計測技術であるマイクロチップ計測法 6-9 が著しく発展してきている。さらに、簡便性、迅速性、経済性などの面で優れたスポットテスト、試験紙法などの目視分析 10,11も数多く登場しており、吸光光度法の守備範囲も広がっている。

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2.吸光光度法の感度と有機試薬

    

 吸光光度法の感度 ε は、 Braude の経験則 12) ε =κ Pa( κ:1020 程度の定数、P:遷移確率、a:呈色化学種の吸収断面積)より、 a P に依存する。従って、高感度分析法を設定するためには、この a を可能な限り大きくするか、P の遷移確率が高い π−π*遷移を起こしやすい有機試薬を利用することが極めて有効である。 a を大きくするソフト面での一つの方策として、三元錯体(三成分錯体)1313-17の利用、すなわち金属イオン、錯生成剤並びに有機試薬の三者による錯体を生成させる反応系の利用が非常に有利であることが推察される。三元錯体としては、一般に混合配位子錯体、混合金属錯体、混合原子価錯体、イオン会合錯体などに分類されるが、このうち化学分析に広く利用されているのは、混合配位子錯体並びにイオン会合錯体である。
 有機試薬は、一般にはキレート試薬とイオン会合試薬に二大別 118-24されるが、高感度有機試薬の条件としては、キノイド構造を形成できる高度に発達した π 電子系(発色団)を持ち、その有効面積が大きく、五・六員環キレートを形成できる位置に塩基性官能基(錯生成基)及び電子供与性基(助色団)を持つなどのほか、高次錯体が生成し易いなどの特徴を有するキサンテン系、トリフェニルメタン系、アゾ系、アントラキノン系、アリザリン系、チアジン系、クマリン系、ポルフィリン系などの色素が汎用されている。

 キサンテン系色素は、図 1 に示すような基本骨格をとるが、本色素群は、(1)キノイド構造(キノノイド型)を形成できる高度に発達した π 電子系を有し、発色団としての有効面積が大きいためモル吸光係数(ε)が大きい、(2)ベンゼン環が酸素で架橋されているため、酸素自身のもつ共有電子対によって、 HOMO エネルギーを増大させるとともに、構造中の C=O などが LUMO エネルギーを減少させ、結果として HOMO-LUMO ギャップが小さくなり、吸収極大波長が長波長にシフトする、(3)高い水溶性である、(4)合成が比較的容易である、(5)生体毒性が少ない、などの優れた特性を持つほか、酸性色素のフルオレセイン誘導体や塩基性色素であるローダミン誘導体に代表されるように、蛍光性を示すものが多く、吸光・蛍光両面からの追跡が可能で、分析化学分野で汎用されているのは勿論のこと、さらにその可能性の拡大を求めて、蛍光イメージング分野 2526、医療分野、環境・エネルギー分野などの様々な分野において応用・発展が展開されている非常に興味深い化合物である。
 筆者らもキサンテン系、トリフェニルメタン系、アゾ系、アミン系などの有機試薬の利用と分析化学的創案により多くの物質の測定法を開発してきたが、本総説において、これらのうち、筆者らが長年携わってきたキサンテン系、特にフルオロン型キサンテン系色素の吸光光度分析への利用について紹介する。

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3.フルオロン型キサンテン系色素の合成

3-1.フルオレセインの合成とキレート試薬としてのフルオロン型キサンテン系色素

 キサンテン系色素の合成は、 1871 年 Bayer 27による無水フタル酸とレゾルシノールに塩化亜鉛を加えて溶融縮合して得られたフルオレセインの合成が基礎となり、それ以来、極めて多数の誘導体が創出されている(図 2)。

 一般に、分子骨格中に O、N、S などを持つ有機試薬は、それらの非共有電子対を使って金属イオンと配位結合をつくることができるが、特に五・六員環キレートを形成しやすいような分子構造のときはエントロピー増大などのキレート効果によって極めて安定な錯体を形成する。このキレート錯体は、金属イオンと環構造を形成する配位原子によって(O,O)配位、(O,N)配位、(N,N)配位、(O,S)配位、(N,S)配位、(S,S)配位の 6 つのタイプに分けられ、金属イオンの選択性はこれらの 6 つのタイプで異なってくるが、(O,O)配位のキレート試薬は、ほとんどすべての金属イオンと反応し、(O,N)配位の試薬も同様の傾向がある。
 一方、フルオレセインは、その構造上、イオン会合試薬になり得るが、キレート試薬とはいえない。キサンテン系色素にキレート試薬としての機能を持たせるためには、キサンテン環を(O,O)配位のカテコール型(ジオール型)にするのが最も合理的な方法であり、この目的のためには、次の二つのタイプの色素の設計が考えられる。一つは、図 3 のようなピロガロールレッド(PR)に代表される 4,5,6- トリヒドロキシキサンテン-3- オン型( T 型)ともう一つはフェニルフルオロン(PF)で代表される 2,6,7- トリヒドロキシキサンテン -3- オン型( U 型、以下フルオロン型とす る)である。筆者らも T 型及び U 型の両方を使用しているが、 U 型は T 型に比べ、吸収極大波長が短波長にシフトするが、蛍光性を有している、塩基性下で安定である、 ε が大きい、合成が比較的容易などの長所があり、有機試薬としての優位性を認めている。本フルオロン型キサンテン系色素も多くの研究者によって合成利用されているが、筆者らは、これまでほとんど利用報告がなかったフルオレセインの 2,7 位にヒドロキシ基を導入した o- カルボキシフェニルフルオロン(OCPF、当初は、 Palatý ら 2829の命名に従って、 o- ヒドロキシヒドロキノンフタレイン、 QnPh あるいは QP としていたが、フルオロン型キサンテン系色素の統一名称として OCPF とした)に着目し、分析化学的利用に着手した。次いで、 OCPF 以外のフルオロン型キサンテン系色素を系統的に合成し、それらを種々の物質の分析に応用した。

 
 

3-2.OCPF の合成

 Lieberman 30の方法に従って、まず、硫酸存在下、無水酢酸と 1,4- ベンゾキノンを 30 〜 50℃で反応させ、 1,2,4- ベンゼントリオールトリアセテート(Tri-Ace)を得る31。次に得られた Tri-Ace と無水フタル酸を無水塩化亜鉛(または硫酸、べンゼンスルホン酸)存在下、加熱縮合反応させた後、反応物を 5% 水酸化ナトリウム液で溶解し、濾液に 30% 酢酸を加え pH 4.0 付近に調整した。本液を数週間程度、冷暗所に静置し、沈殿した粗 OCPF を濾取した。続いて、メタノール/エタノール/水より、精製 OCPF を得た(図 4)。

    

[1H-NMR(DMSO-d6, 300 MHz):δ 9.65(s, 1 H), 8.95(s, 1H), 8. 18 (d, 1H, J = 7.7 Hz), 7.82(t, 1 H, J = 7.2 Hz), 7.73(t, 1 H, J = 7.2 Hz), 7.42(d, 1H, J = 7.8 Hz), 6.65(s, 2H), 6.00(s, 2H)]
[HRMS(FAB) calcd for C20H13O7 : 365.0661, Found : 365.0659]
IUPAC 名:2’ 3’ 6’ 7’ -tetrahydroxyspiro[isobenzofuran-1(3H),9’ - [9H]-xanthen]-3-one

    

3-3.OCPFの結晶構造

 キサンテン系色素は、化学プローブとして極めて有用な機能性色素であるが、その構造的知見は、分光学的手法によるものがほとんどで、 X 線構造解析による分子立体構造の決定は極めて少ない。これは、本色素群の合成における縮合条件によっては副生成物が生じやすい、構造的に互変異性体が存在しやすいなどのため、精製及び結晶化が困難であることが原因となっている。筆者らは最近、 OCPF の結晶化に成功した32ので、その結晶構造を図 5 (上)に示す。その結果、 OCPF は推測通り、先に報告した o- スルホフェニルフルオロン(SPF)33及びフルオレセインナトリウム34と同様に平面構造であるキサンテン環とベンゼン環が単結合した二平面構造を有しており、二平面の角度は 69.22(5)°であった。また、キサンテン環に結合している 4 つの C-O 距離は全て等価であり、全て OH 基であることが確認できた。また、 COOH 基の C-O、C=O 距離は区別できず、解離して COO- 型となっており、図 5(下)のような構造であることが推定された。

   
    

3-4.SPFの合成

 Sano35の方法に従って、 3-2 の操作で得た Tri-Ace と o- ベンズアルデヒドスルホン酸ナトリウムをメタンスルホン酸存在下、エタノール中、還流させながら加熱縮合反応させた後、反応物を 5%水酸化ナトリウム液で溶解し、濾液に 30%酢酸を加え弱酸性に液性調整した。本液を 1 週間程度、冷暗所に静置し、沈殿した粗 SPF を濾取した。続いて、メタノール/水より、精製 SPF を得た(図 6)。
[1H-NMR(DMSO-d6, 300 MHz) : 10.2(br, s, 1 H), 8.03(dd, 1 H, J = 8.0, 1.2 Hz), 7.68(td, 1H, J =7.6, 1.2 Hz), 7.60(td, 1H, J =7.6, 1.4 Hz), 7.28(s, 2H), 7.23(dd, 1H, J =7.6, 1.1Hz), 6.65(s,2H)]。
[HRMS(FAB) calcd for C19H13O7S:401.0331, Found : 401.0345]
IUPAC 名:[2-(2, 6, 7 - trihydroxy-3-oxo-3H-xanthen-9-yl)benzenesulphonic acid]

 

3-5.OCPFの結晶構造

 ジメチルスルホキシド(DMSO): エタノール(1 : 1)の混液中で再結晶したところ、X 線回折に耐えうる赤色針状結晶として得た。得られた赤色針状結晶の ORTEP 図を図 7 に示すが、 SPF は、キサンテン環とベンゼン環が 1.492 (2) Å の単結合で結合した二平面構造で、その平面間の角度は 81.08 (4)°とほぼ直行していた。キサンテン環は 2 位、 3 位、 6 位、 7 位に 4 つの OH 基を有し、 C2-O2, C3-O3、C6-O6、C7-O7 の結合距離はそれぞれ、1.355(2)、1.332(2)、1.334(2)、1.348(2) Å で、 3 つの OH 基にそれぞれ DMSO が水素結合を形成していた。 X 線回折の結果から、 SPF は、ベンゼンスルホン酸からのプロトン供与により、キサンテン骨格が共鳴構造となっていることが示唆され、フェノールスルホンフタレイン36と同様、ラクトン環を形成しないイオン化したスルホ基を持つ双性イオン型であることが証明された。

3-6.その他のフルオロン型キサンテン系色素の合成

 OCPF 及び SPF 以外に合成した主なフルオロン型キサンテン系色素を図 8表 1 に示す。オルト位(X 位)にカルボキシ基を有する3’,4’,5’,6’ - テトラフルオロ -o- カルボキシフェニルフルオロン(TF.CPF)、3’,4’,5’,6’ - テトラクロロ -o- カルボキシフェニルフルオロン(TCl.CPF)、3’,4’,5’,6’-テトラブロモ -o- カルボキシフェニルフルオロン(TBr.CPF)は、 OCPF と同様、該当するテトラハロゲン化無水フタル酸と Tri-Ace を加熱縮合反応させることにより得ることができた。 4,5- ジブロモ -o- カルボキシフェニルフルオロン(DBr.CPF)は、 OCPF を氷酢酸下、臭素との反応により目的の色素を得た。その他のフルオロン型キサンテン系色素の m- カルボキシフェニルフルオロン(MCPF)、 p- カルボキシフェニルフルオロン(PCPF)、フェニルフルオロン(PF)、サリチルフルオロン(SF)、 o- ブロモフェニルフルオロン(OBPF)、バニリルフルオロン(VF)などは、SPF と同様、Sano の方法により得ることができた。

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4.フルオロン型キサンテン系色素の吸光光度分析への応用

4-1.測定反応系の設計

 合成したフルオロン型キサンテン系色素を三元錯体生成反応に用い、さらに界面活性剤により形成されるミセルに取り込ませ水相内で行わせれば、(1)高次錯体生成に伴う高感度化と呈色錯体の安定化、(2)選択性の向上、(3)ミセル界面への濃縮効果による感度の上昇と安定性の増大、(4)ミセル内に生成錯体が取り込まれることによる錯体生成反応の加速、(5)水溶性呈色錯体の生成に基づく溶媒抽出操作が不要となることによる定量操作の簡略化と再現性の向上、(6)呈色錯体の水溶液中での沈殿の防止、などの効果が期待でき極めて有効であると考えられる1。また、フルオロン型キサンテン系色素と金属イオンとの間の呈色錯体生成反応液中に、その金属イオンと錯生成能を有する非金属、有機化合物のような被分析物質を共存させることにより、競合的錯生成反応を起こさせ、その結果としての呈色錯体の退色、すなわち吸光度の減少を利用する分析法の考案も、高次金属錯体生成反応系においては、極めて有効と考えられる。

4-2.無機化合物の吸光光度分析

 有機試薬を用いた金属イオンの吸光光度分析の歴史は古く、今まで多くの分析法 37-40が報告されているが、 1970 年代より、陽イオン性界面活性剤の第四級アンモニウム塩ミセル界面下に、有機試薬、金属イオン及び第四級アンモニウム塩間の三元錯体生成反応を用いた水相内での金属イオンの高感度で選択性に優れた吸光光度法151641-45が数多く登場した。一般に、陽イオン性界面活性剤と有機試薬を併用すると、呈色錯体の安定化に伴う吸収帯の長波長シフトや、高次錯体生成に伴う吸収強度の増大などの効果が出現する場合が多く、極めて分析化学的に有利となるので、現在も金属イオン定量の主流になっている。筆者らも陽イオン性界面活性剤(あるいは他の界面活性剤との併用による混合ミセル中)を併用して多くの金属、非金属の吸光光度法を開発した。以下に、 色素別に分類し、( )内に見かけの(有効)モル吸光係数(dm3 mol-1 cm-1)とその分析法での主な特徴などを示した。また、 ↓ を付してあるものは、競合的錯生成反応による吸光度の減少を利用した方法である。
 金属イオンの定量として、 OCPF を用いて、鉄(V)(1.7 × 105 リン酸塩緩衝液46, 1.2 × 105 サポニン共存下47, 1.2 × 105 メンブランフィルター捕集法48)あるいは総鉄イオン49(1.3 × 105, 種々の緩衝液中での OCPF と鉄の組成比/ ESR 測定)、アルミニウム(V)(1.3 × 105 リン酸塩緩衝液46, 2.1 × 105 混合ミセル中50)、スズ(W)51(8.2 × 104 )、銅(U)52(1.6 × 105 )、モリブデン(Y)53(1.3 × 105 )、ウラン(Y)54(9.4 × 104 , OCPF の酸解離指数)、パラジウム(U)55(1.0 × 105 低濃度陽イオン性界面活性剤共存下)、クロム(Y)56(1.6 × 105 )、マンガン(U)57(1.4 × 105 )、チタン(W)(1.9 × 105 非イオン性界面活性剤共存下58, 3.1 × 105 過酸化水素共存下59, 2.2 ×105 , 強酸性下での OCPF の酸解離平衡/ OCPF と Ti の反応速度定数/安定度定数/反応機構 60)、ハフニウム(W)61(1.2 × 105, F-共存下)、ゲルマニウム(W)62(1.7 × 105 )、インジウム(V)63(1.3 × 105 )、スカンジウム(V)64(1.0 × 105 )、バナジウム65(8.7 × 104 アスコルビン酸共存下)、ガリウム(V)66(1.5 × 105 混合ミセル中)、コバルト(U)67( ↓ 4.2 × 108, H2O2 共存下/混合ミセル中)、ビスマス(V)68(9.0 × 104 )、亜鉛(U)69(9.2 × 104 キトサン共存下)、ニッケル(U)70(9.0 × 104 混合ミセル中)、ロジウム(V)71(7.3 × 105 三次微分法)、タンタル(X)72(1.0 × 105 )、タンタル(X)およびニオブ(X)73(2.2 × 105, 2.0 × 105 混合ミセル中/分離定量)、ガドリニウム(V)74(1.2 × 105 混合ミセル中)の分析法を開発した。
 SPF を用いて、パラジウム(U)75(1.2 × 105 )、ゲルマニウム(W)76(1.7 × 105, 有機ゲルマニウムも定量)、VF を用いて、アンチモン(X)77(5.0 × 104 )、コバルト(U)78(1.3 × 105, シアノコバラミンも定量)、MCPF を用いて、アルミニウム(V)79(1.7 × 105, 汚染の改善と再現性検討)、SF を用いて、ジルコニウム(W)80(1.7 × 105 F- 共 存 下)、OBPF を用いて、銅(U)81(3.6 × 105 )を定量した。
 非金属の定量として、OCPF と銅(U)を用いる CN-( ↓ )52、SF とジルコニウム(W)を用いる F- 80(2.1 × 105 )、OCPF と鉄(V)を用いるリン酸イオン82(2.5 × 105 )、SPF とチタン(W)を用いる H2O2 83( ↓ 1.9 × 105 , EDTA 共存下)、OCPF とチタン(W)を用いる H2O284( ↓ 2.3 × 105 , EDTA 共存下/尿酸及びグルコースも定量)。      

4-3.有機化合物の吸光光度分析

 生体成分や医薬品などの有機化合物の吸光光度法 85-89としては、有機試薬との共有結合で生成する呈色体を利用する方法、被分析物質の酸化還元能を利用する方法、被分析物質の錯生成能を利用する方法など3が従来より利用されているが、錯生成能を利用する吸光光度法には、単に金属イオンあるいは有機試薬などの錯生成剤との反応により生成する二元錯体の吸光度測定による方法が用いられていた。生体成分や医薬品などの有機化合物は、生理活性を示すものが多く、その分子骨格中には、O、N、S などを持つので、その非共有電子対を使って金属イオンと配位結合をつくることができるので、有機試薬、金属イオン及び有機化合物の三者 間での三元錯体が生成すると考えられるが、三元錯体生成反応を利用した有機化合物の分析法、すなわち有機試薬(錯生成剤)と金属イオンを併用した定量法としては、原子吸光光度法 90が知られているのみで、生成する三元錯体の吸光度測定による方法は報告されていなかった。また、前述したように、錯生成能を有する有機化合物と有機試薬の金属イオンとの競合的錯生成反応の結果である吸光度の減少を利用する方法も非常に有効であると考えられる。
 本三元錯体生成反応あるいは競合的錯生成反応がおこり得るか否かは、使用する錯生成剤あるいは被分析物質中の錯生成基の性質、並びに使用する金属イオンの特性、すなわち、配位基の塩基性、金属イオンの電荷、イオン半径、配位数、電子配置、生成する錯体の大きさと構造など、種々の重要な因子の総合的な効果により左右される 190-94ので、どのような反応が起こるかを予測して反応系を設計することは困難な場合が多いが、被分析物質の構造、錯生成能、HSAB 則 9596、Irving-Williams 序列 97、Mellor-Malley 序列 98などを考慮して金属イオンを選択し、有機試薬との組み合わせにより、かなりの程度の反応の予測も可能であると考えられる。また、錯生成剤として用いる有機試薬は、必然的に金属イオンに対し高感度を示すものが有利と考えられるので、フルオロン型キサンテン系色素を中心に検討した。以下に、開発した医薬品、生体成分の吸光光度分析について、色素別に、色素と金属イオンの組み合わせを記載し、( )内に見かけの(有効)モル吸光係数(dm3 mol-1 cm-1)とその分析法での主な特徴などを示した。また、↓ を付してあるものは、競合的錯生成反応による吸光度の減少を利用した方法である。
 OCPF とウラン(Y)を用いて、チアミン 99(4.9 × 104 )、 パパベリン 100(4.7 × 104 )、レセルピン 101(6.8 × 104 )、ネオマシン及びトブラマイシン 102(1.3 × 105, 1.2 × 105 )、ゲンタマイシン 103(4.2 × 105 メンブランフィルター捕集法)、OCPF とパラジウム(U)を用いるセファレキシン及びアンピシリン 104(↓ 2.4 × 105, 2.9 × 105 )、チ オ 尿 素 105( ↓ 3.6 × 105 )、ク レ ア チ ニ ン 106( ↓ 2.3 × 105 )、5- ヨードウラシル 107( ↓ 1.1 × 105 )、イソニアジド 108(↓ 6.2 × 105, 低濃度陽イオン性界面活性剤共存下)、グルコサミン 109( ↓ 8.4 × 105, アミノ糖類)、尿酸 110( ↓ 6.5 × 105 )、ファモチジン 111(↓ 6.3 × 105, グアニジノ基含有薬物)、クロルプロマジン112)(2.2 × 104 )、OCPF とマンガン(U)を用いるストレプトマイシン113(2.4 × 105 )、マレイン酸クロルフェニラミン114(6.5 × 104, F- 共存下)、塩化セチルピリジニウム 115(3.8 × 104, 長鎖第四級アンモニウム塩)、クロルヘキシジン 116)(5.9 × 104, 疎水性相互作用/熱力学的パラメーター)、スペルミン 117(1.4 × 105, アセチルスペルミンも定量/ FIA も検討)、OCPF とジルコニウム(W)を用いる塩化ツボクラリン 118(3.0 × 104, F-共存下)、ミノサイクリン 119(5.5 × 104, F-共存下)、ベルベリン 120(4.2 × 104, F-共存下)、OCPF と銅(U)を用いるスペルミン121(7.0 × 105 )、インスリン 122(8.2 × 104 )、OCPF とセリウム(W)を用いるスルピリン 123(↓ 1.2 × 105 )、OCPF と鉄(V)を用いるアデノシン三リン酸 124(1.1 × 106, 有機リン化合物)、クエン酸 125(3.2 × 105, 種々の食品中)、ナリジクス酸 126(1.2 × 105, ピリドンカルボン酸)、ヘパリン 127(4.6 × 106, ムコ多糖類)を定量した。
 SPF とウラン(Y)を用いるヒト血清アルブミン 128以下 HSA, 1.6 × 106, HSA とγ-グロブリンの呈色差が小)、SPF とチタン(W)を用いる HSA129(3.4 × 106, 結合パラメーター/熱力学的パラメーター)、総タンパク質130 5.2 × 106 HSA)、塩化リゾチーム131(8.3 × 105 )、SPF と鉄(V)を用いるグリチルリチン 132(8.3 × 105 )、SPF とニオブ(X) / ビスマス(V)を用いる HSA 133(5.2 × 106 )、SPF とモリブデン(Y)を用いるクロルプロマジン 134(4.6 × 104 )、SPF と銅(U)を用いるキニーネ 135(2.0 × 105, サーモクロミズム)、SPF とニオブ(X)を用いる HSA136(1.7 × 106, 目視法も検討)、SPF とガリウム(V)を用いるクロルプロマジン137(1.2 × 105 )、SPF とマンガン(U)を用いるポリリジン 138(4.2 × 106, 塩基性ポリアミノ酸)、 DBr.CPF とアルミニウム(V)を用いる β - フェニルピリビン酸 139(8.4 × 104, ケト酸・ヒドロキシ酸)、PF と鉄(V)を用いるノルエピネフリン 140(1.7 × 105, カテコールアミン)の定量法を開発した。
 TCl.CPF とマンガン(U)を用いるプロタミン 141(3.6 × 105, 塩基性タンパク質)、PCPF とチタン(W)を用いる EDTA 142( ↓ 2.5 × 105 H2O2 共存下, アミノポリカルボン酸類)、PCPF とチタン(W)を用いるミノサイクリン 143(1.2 × 105 )、PCPF と鉄(V)を用いるアスコルビン酸 144(2.1 × 106, 陽イオン性界面活性剤の cmc /呈色反応機構)、TF.CPF とマンガン(U)を用いるヒストン(9.0 × 105 DNA結合タンパク質 145, 9.2 × 106 メンブランフィルター捕集法/色彩色差法146) などの医薬品、生体成分の定量法を開発した。

 

5.その他の吸光光度分析と蛍光光度分析への利用

 その他、フルオロン型キサンテン系色素以外の色素を利用した吸光光度分析について、特筆すべきものを列挙する。
 キレート試薬としての 4,5,6- トリヒドロキシキサンテン-3-オン型キサンテン系色素として、 PR とモリブデン(Y)を用いる HSA 147-149(1.4 × 106,現在の臨床現場での尿タンパク質定量法の標準法として確立)、NO2- 150(↓ 1.0 × 105,分析化学若手初論文賞)、キレート試薬としてのトリフェニルメタン系色素のピロカテコールバイオレットとスズ(W)を用いる HSA 151(3.0 × 106 )、ク ロムアズロール B とベリリウム(U)を用いる HSA 152(3.8 × 106,FIA も検討)、キシレノールオレンジとジルコニウム(W)を用いる HSA 153(↓ 8.4 × 107, HSA に極めて特異的)を定量した。
 イオン会合試薬としてのフルオレセイン誘導体のエオシンと銀(T)を用いるアデニン(1.1 × 105 アデニンに特異的154, 3.0 × 105 メンブランフィルター捕集法 155,色彩色差法も検討/イオン会合錯体/熱力学的パラメーター/走査型電子顕微鏡写真)、エオシンとアデニンを用いる銀(T)156(1.1 × 105,三次微分法も検討/イオン会合錯体/熱力学的パラメーター)、エオシンと銀(T)及びアデニンを用いるメルカプトプリン 157( ↓ 3.5 × 105, 生理活性チオール類)、エオシンとガリウム(V)を用いるミノサイクリン158(8.6 × 104, 1.6 × 107 メンブランフィルター捕集法/色彩色差法も検討/イオン会合錯体/熱力学的パラメーター)、フロキシンとチアミンを用いるパラジウム(U)159(1.0 × 105, メンブランフィルター捕集法/走査型電子顕微鏡写真)の定量法などである。
 最後に、フルオロン型キサンテン系色素は蛍光を有するので、本試薬を利用して金属イオンを蛍光光度分析した。文献の記載は割愛するが、定量した金属イオンは、スズ(W)、バナジウム、ウラン(Y)、タングステン(Y)、鉄(V)、ジルコニウム(W)、ガリウム(V)、アルミニウム(V)などでいずれもフルオロン型キサンテン系色素が有している蛍光の消光を利用した方法である。
 その他キサンテン系色素関連化合物の蛍光面への利用として、フルオレセインヒドラジド 160やローダミン B ヒドラジド(RBH) 161を用いる活性酸素種の蛍光光度分析、フルオレセインとローダミンの構造的ハイブリッドの蛍光イメージングプローブ Rhodol 化合物(RD)の創出 162、色素分子の凝集により蛍光が増大するアミノベンゾピロキサンテン系色素などを創出 163した。更に、フルオレセイン合成反応過程を利用したアルデヒド類の蛍光光度分析 164、フルオレセイン分解物の 2,4- ジヒドロキシベンゾイル安息香酸(2,4-DBA)を利用 165したレゾルシノール類の蛍光光度分析などの分析法も開発している(図 9)。

 

6.おわりに

 今回、筆者の研究室の主要テーマである「キサンテン系色素の利用研究」のうち、キレート試薬としての優れた特徴を有しているフルオロン型キサンテン系色素の合成と金属イオン、無機物、生体成分、医薬品などの吸光光度分析への応用について記載した。特に、筆者が考案したミセル界面下、有機試薬と金属イオンの両者を用いる生体成分、医薬品の分析法、すなわち三元錯体利用法(場合により四元錯体の生成も考えられる)は、定量感度においてε が 105 以上、ときには 106 〜107 に及ぶ極めて高感度を示すものもみられるが、この ε が非常に大きくなる理由の一つは、高分子の被分析物質に対する金属−色素錯体の結合サイト数が極めて大きいことに起因すると考えられる。このことを踏まえると、高感度化を達成するためには、単に呈色化学種の吸収断面積だけでなく、呈色化学種のかさ、すなわち体積も十分考慮することが必要であることが示唆される。また、錯生成能を有する被分析物質とキレート試薬の金属イオンに対する競合的錯生成反応の結果としての呈色化学種の退色、すなわち吸光度の減少を利用する分析法も、金属イオンとキレート試薬が高次錯体を生成する反応系においては、有効モル吸光係数(ε)が著しく大になり、極めて有効であると考えられる。
 今後、色素の構造的知見だけでなく、金属−色素錯体、被分析物質−金属−色素三元錯体などの結晶構造からの構造的考察、キサンテン系色素の構造と蛍光性の関連性、ミセル界面下での金属イオンやキサンテン系色素の挙動や反応性の解明など、解決しなければならない課題も多い。また、キサンテン系色素は、基本的にはヘテロ原子の酸素、窒素を含む共役系有機化合物なので、π 電子の取り扱いに優れている分子軌道法による電子スペクトル、エネルギー準位、電子密度分布などの情報に基づき、金属錯体の結合の本質、反応性の問題などを解明することが必要である。
 本稿で紹介した研究は、故森 逸男大阪薬科大学名誉教授のご支援とご助言のもと、大阪薬科大学薬品分析学教室、第二分析化学教室、臨床化学研究室のスタッフおよび学生の皆さんの協力のもとに行われたものである。この場をお借りして心よりお礼申し上げます。
 キサンテン系色素は古くから、種々の面でフルオレセイン誘導体だけでなくローダミン誘導体も度々検討されているが、まだまだ多くの研究課題を残している古くて新しい機能性豊かな魅力ある有機試薬であり、今後さらに「キサンテン系色素の利用研究」が進展していくことを期待したい。

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著者プロフィール
氏名 藤田 芳一 (Yoshikazu Fujita)
所属 大阪薬科大学、大阪信愛女学院、サエラ薬局、
グラムール美容専門学校
連絡先 〒532-0004 大阪府大阪市淀川区西宮原 2-3-35-1511
TEL & FAX : 06-6391-3343
E-mail : fujiyoshikazu5@gmail.com
出身学校 大阪薬科大学
学位 薬学博士
専門分野 分析化学、臨床化学
現在の研究テーマ 病態関連物質の分析法の開発とキャラクタリゼーション

 

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