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キノンメチドシグナル増幅システム(QMSA)

同仁化学研究所 田中 敬子

 癌の研究や診断において、存在量の少ないマーカーの検出が極めて重要とされている。癌マーカーの検出には抗体を用いた一般的な免疫法が用いられているが、感度が不足しており実用的とは言い難い。そのため、高感度な癌マーカー検出法の開発が必要不可欠とされている。
 CARD(catalyzed reporter deposition)は、酵素を用いたシグナル増幅システムであり、 HRP(Horseradish Peroxidase)とチラミド基質を用いた TSA(Tyramide signal amplification)法が一般的に用いられている。この方法では、チラミド基質が過酸化水素存在下で HRP と反応すると、反応性に富むラジカル中間体に変換され、近傍に存在するタンパク質中の電子リッチなアミノ酸残基(チロシンやトリプトファン)と共有結合する。このラジカル中間体は非常に寿命が短いため、 HRP 近傍にシグナルを増幅させることが可能となる。チラミド基質として蛍光色素やビオチン誘導体を用いれば、直接的な蛍光検出やアビジン-酵素複合体を利用した種々の測定法に適用することが可能である。
 本稿では、 Polaske らが開発した ALP(Alkaline phosphatase)を用いた新しいシグナル増幅システム QMSA (Quinone methide signal amplification)について紹介する。本システムは、基質が ALP との反応によってキノンメチド(QMs)と呼ばれる反応性のシグナル分子を産生する機構に基づいている。基質が ALP と反応すると、リン酸基の加水分解に伴い、フッ素が脱離してキノンメチドを形成する。このキノンメチドは近傍のアミノ基やチオール基などの求核性の高い官能基と結合し、蓄積される。基質として蛍光色素やビオチン誘導体を用いれば、 TSA 法と同様に増幅シグナルとして検出することができる(図 1 )。
 Polaske らは本手法を開発するにあたり、二種類のレポーター分子(キノンメチド前駆体 1, 2 )を用いて条件の最適化を試みている(図 2 ) 。ジフルオロ型のキノンメチド前駆体 1 はジェミナルなフッ素原子を有しているため、脱リン酸化効率とキノンメチド反応率が低下する。そのため、標的部位以外への好ましくない拡散が生じ、本手法の基質としては適していないことが確認されている。一方で、モノフルオロ型のキノンメチド前駆体 2 は、最適な pH 条件において標的部位における明瞭なシグナル増幅が得られることが確認され、この基質を用いた本手法の有用性が示されている。
 TSA 法に加え、 ALP を用いた新しい手法 QMSA を用いる利点として、多重染色への適用が可能となる点が挙げられる。 Polaske らは、 TSA 法にテトラメチルローダミン基質、 QMSA 法に Cy5 基質を用いて、組織内の細胞膜と核の共染色を試みている。細胞膜の染色には E-cadherin 、また核の染色には Ki67 を抗原タンパク質として、それぞれに対し TSA 法と QMSA 法を適用した結果、明瞭な蛍光二重染色画像が得られており、多重染色への適用も可能であることが確認されている。
 今回の結果は、 HRP 以外の酵素を用いた高感度検出システムへの応用を示すものであり、多様な臨床診断や研究への展開が期待できるものと考えられる。

 

 

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参考文献

N. W. Polaske, B. D. Kelly, J. Ashworth-Sharpe and C. Bieniarz, “Quinone Methide Signal Amplification: Covalent Reporter Labeling of Cancer Epitopes using Alkaline Phosphatase Substrates”, Bioconjugate Chem., 2016, 27, 660.