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DT Diaphorase 特異的なグルコース定量蛍光色素の開発

株式会社同仁化学研究所  後藤 奈月

 蛍光色素は、生物化学の基礎研究、新薬開発、臨床診断といった分野で有力なツールとして注目されてきた。これまで用途に応じた種々の蛍光色素が数多く開発されているが、今回は DT- ジアホラーゼ(以下 DTD)特異的な蛍光色素に着目し、その特徴を紹介する。
 DTD はフラビンタンパク質のホモ二量体であり、ほぼすべての種の動物細胞組織に広範囲に存在している。この酵素は NADPH または NADH を電子供与体として様々なキノン物質やキノンエポキシド、芳香族ニトロ化合物等の二電子還元を触媒している。この求電子的なキノンに対する酸化還元活性は結果として解毒作用を示すため、DTD は一般的に防御酵素として認知されている。なお、以前は NADH は DPNH (Diphosphopyridine nucleotide)、NADPH は TPNH (Triphosphopyridine nucleotide)と呼ばれており、それらを還元する酵素としてそれぞれの頭文字 D、T を取り DT- ジアホラーゼと命名されている。
 一方で、DTD はレドックス応答性の色素と脱水素酵素を組み合わせた酵素反応系に利用することで、疾病の診断や研究に幅広く用いられている。血糖測定においても、酵素反応系はグルコースを選択的に認識するという点で優れており、近年、酸化還元応答性の蛍光試薬と酵素を用いたグルコース測定法が活発に開発されている。使用される酵素としては、グルコースオキシダーゼやグルコースデヒドロゲナーゼ等がある。
 グルコースオキシダーゼを利用した測定法は、グルコースを酸化する際に酸素を電子受容体として利用し、酸素を過酸化水素に還元することによって反応が開始される。産生された過酸化水素は、ペルオキシダーゼを触媒として蛍光色素の酸化反応を引き起こす。この酸化反応による色素の蛍光変化は、産生される過酸化水素量、すなわちグルコース量に依存するため、蛍光変化によってグルコースを定量することができる。しかし、この検出系は尿素やビリルビン等の夾雑物に影響されやすいといった欠点がある。
 対照的に、レサズリン、遷移元素のオスミウムやルテニウムの金属錯体は、脱水素酵素であるグルコースデヒドロゲナーゼから直接電子を受け取るため酸素非依存的に反応が進行する。レサズリンは、グルコース存在下、DTD 、NAD+、グルコースデヒドロゲナーゼによって蛍光性のレゾルフィンに変換される。しかしながら、還元反応が進行すると無蛍光物質となる、また無蛍光のレサズリンの吸収波長と蛍光性のレゾルフィンの蛍光波長が重なり、感度が低下するといった問題がある。一方、遷移元素を用いた測定系では、サンプル中の酸素量によって蛍光強度が低下するという問題があり、いずれも十分な測定系とは言えない。
 そこで本稿では、Sheng-Tung Huang らの開発したグルコースを高感度に定量するための新規の蛍光性色素を紹介したい 1)Fig. 1)。


 化合物 1 は、ローダミン 110 の 3’と 6’部位にキノンを結合させることにより、ローダミン 110 の蛍光を抑えているため無蛍光である。DTD 、 NADH 存在下では、DTD を触媒として NADH より電子を受け取り、キノン部位に選択的に還元反応が起こる。その際に生成する化合物 2 のフェノール部位は非常に反応性が高いため、速やかに分子内でラクトン化反応を起こし化合物 3 とローダミン 110 を産生する 2)。解離したローダミン 110 は本来高い量子収率を有しており、解離と同時に蛍光が検出される仕組みである。
 実際のグルコース定量においても、グルコース濃度に依存した蛍光強度の増加が確認されている(Fig. 2)。

 グルコースデヒドロゲナーゼの働きにより、まずグルコースがグルコノラクトンに酸化され、それと同時に系内に存在する NAD+ が還元されて NADH を生じる。 NADH は電子供与体として働き、DTD を触媒として化合物1を還元することによって蛍光物質であるローダミン 110 を産生する。グルコース 1 分子の酸化により生じた電子が結果として 1 分子のローダミン 110 を産出するため、ローダミン 110 の蛍光強度からサンプル中のグルコースを定量することが可能となる。本化合物を用いたグルコース定量法はμM 濃度の測定も可能であり、感度はレサズリンとグルコースオキシダーゼを用いた系 3)に匹敵する。
 前述のように、化合物 1 を利用した測定系は、反応にグルコースオキシダーゼを介さないことから測定系中の尿素やビリルビン等の夾雑物の影響を受けない、遷移元素を用いないためサンプルに含まれている酸素の影響を受けず蛍光収率が低下しない、ローダミン 110 を色素に用いていることからレサズリンのように励起波長と蛍光波長が重ならないため検出感度が高いといった利点がある。以上より、より正確なグルコースの定量が可能である。Sheng-Tung Huang らは化合物1に続いて DTD を触媒としクマリン誘導体を骨格とした蛍光検出試薬(Fig. 3)についても報告している 4)。この色素は、化合物 1 よりも長波長蛍光、大きなストークスシフトという特徴を有している他、反応部位の立体障害が小さいため、反応性が高い。そのため、この蛍光色素を用いることによってグルコース検出のさらなる高感度化を達成している。

 今回紹介したこれらの化合物は、Trimethyl Lock lactonization という反応機構によって DTD 依存的に反応し、蛍光を発するという新規の蛍光色素であり、この色素を用いることによって一般的なグルコース検出法の問題点を克服することが可能である。また、グルコースデヒドロゲナーゼではなく他の酵素を利用することによって、さまざまな検出系への応用が期待できる。

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参考文献


1) S. T. Huang and Y. L. Lin, “New latent fluorophore for DT diaphorase”, Org. Lett., 2006, 8(2), 265.

2) S. S. Chandran, K. A. Dickson and R. T. Raines, “Latent fluorophore based on the trimethyl lock”, J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 1652.

3) H. Maeda, S. Matsu-ura, Y. Yamauchi and H. Ohmori, “Resazurin as an electron acceptor in glucose oxidase-catalyzed oxidation of glucose”, Chem. Pharm. Bull., 2001, 49(5), 622.

4) S. T. Huang, Y. X. Peng and K. L. Wang, “Synthesis of a new long wavelength latent fluorimetric indicator for analytes determination in the DT-Diaphorase coupling dehydrogenase assay system”, Biosens Bioelectron, 2008, 23(12), 1973.

 

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