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コラム

留学体験記−経験を挑戦へ−

株式会社同仁化学研究所
岩下 秀文

 私は 1 年程会社を離れ熊本大学・発生医学研究所・粂昭苑教授の研究室にお世話になった。粂先生は世界的に有名な発生学の研究者で胚性幹細胞または多能性幹細胞(ES/iPS 細胞)を膵臓や肝臓といった組織へ分化誘導する技術の第一人者であり、日本を代表する女性研究者でもある。発生医学研究所は熊本大学医学部附属病院の向かいに位置し、世界的に著名な先生方が日々研究をされている。粂先生の研究室はその 2 階にあり、研究員・大学院生・学部生の総勢 26 名が日々研究を行っている。私もその一員に加わり幅広い研究に携わらせて頂いた。この貴重な 1 年について簡単に触れたい。
 粂先生の研究室は、糖尿病患者の治療に向け ES/iPS 細胞を用いた膵臓の作製を目標に研究している。ES/iPS 細胞から膵臓への分化は正常発生に従えば三胚葉のうち内胚葉を経由し分化する(Fig. 1)。白木助教らはマウス ES 細胞を支持細胞(M15 細胞)と共培養することで効率よく内胚葉へ分化させ、続いて膵臓の前駆細胞へ分化することに成功した 1)。さらに M15 細胞との共培養条件を改変することで、同じ内胚葉由来の肝臓も作製できた 2)。興味深いことに、この支持細胞を用いる技術は、添加する液性因子を変更することで、三胚葉それぞれへの分化誘導にも応用できる 3)。最新の報告では支持細胞を用いることなく、疑似基底膜上でヒト ES 細胞を培養することで膵臓および肝臓へ分化誘導する方法も確立している 4)。分化対象細胞がマウスからヒト、支持細胞無しの培養条件に移行していることからも世界に先駆けた研究が展開されているといえるだろう。

 再生医療を実現化するためには克服すべき様々な問題点がある。例えば人への移植、治療を目指す上では xeno-free (動物種由来の因子などを排除した環境)な培養系が望ましく、今後この分野の大きな課題でもある。また、膵臓や肝臓といった細胞を作製するには、培養に 1 ヶ月ほどかかり、かつ高額である。さらに、実際に治療に使用するためには大量の分化細胞が必要であり、効率的な分化誘導は必要不可欠となる。熊本大学では 2012 年 4 月より臓器再建研究センターを設立し、粂研究室や発生医学研究所の技術を移植へ応用する計画が進んでいる。ぜひ粂研究室から新たな技術が確立され、世界を先導した研究が報告されることを期待したい。また、先生方の研究成果の再生医療への応用が加速していくためにも、我々試薬会社ができることを模索し協力したい。
 当社においても粂先生の研究室で習得した技術、知見をもとに再生医療分野に向けた試薬・キット開発を進めている。最終的な細胞を獲得するための効率的な分化誘導技術や分化細胞の確認方法は注目点だと感じる。多くの試薬会社より再生医療分野での試薬等が販売されている。競合が多い中、研究者が求めているものをいち早く感知し形にしていかなければならない。粂先生をはじめお世話になった研究室の方々へ恩返しができるように今後も日々情報を集めながら社会に貢献できる試薬開発を行っていきたい。

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参考文献

1) N. Shiraki, T. Yoshida, K. Araki, A. Umezawa, Y. Higuchi, H. Goto, K. Kume and S. Kume, “Guided differentiation of embryonic stem cells into Pdx1-expressing regional-specific definitive endoderm”, Stem. Cells., 2008, 26, 874.

2) N. Shiraki, K. Umeda, N. Sakashita, M. Takeya, K. Kume and S. Kume, “Differentiation of mouse and human embryonic stem cells into hepatic lineages”, Genes Cells., 2008, 13, 731.

3) N. Shiraki, Y. Higuchi, S. Harada, K. Umeda, T. Isagawa, H. Aburatani, K. Kume and S. Kume, “Differentiation and characterization of embryonic stem cells into three germlayers”, Biochem. Biophys. Res. Commun., 2009, 381, 694.

4) N. Shiraki, T. Yamazoe, Z. Qin, K. Ohgomori, K. Mochitate, K. Kume and S. Kume, “Efficient differentiation of embryonic stem cells into hepatic cells in vitro using a feeder-free basement membrane substratum”, PLoS One., 2011, 6(8) e24228.