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低近赤外蛍光標識抗体による担癌モデルマウスの in vivo イメージング

株式会社島津製作所 基盤技術研究所 軸屋 博之

1. はじめに

  “生きている状態”で、生体内の生理機能を確認したいという研究者の要求に応えるために、「分子イメージング」と呼ばれる技術が発展してきた。これは生体内のターゲットに観察マーカ(プローブ)を結合・集積させることで微小な病変を発見したり、生体機能や代謝を高感度に検出させたりする手法として期待が高まっている。小動物を対象とした in vivo 観察手法の中でも光を用いたイメージングは MRI・PET・CT のような特殊な設備や環境が不要であり、測定時間も短く高スループットに化合物の体内動態や治療効果などを“手軽に”観察することが出来るため、医薬品開発などに有効なツールとして今後益々の発展が期待される。

 

2. Clairvivo OPT の紹介

 島津製作所では、小動物用分子イメージング装置群を開発しており“Clairvivoシリーズ” として PET・CT・光イメージ(OPT)を販売している。
 “Clairvivo”とは「千里眼、内部を透視すること、深い洞察力」を意味する「Clairvoyance」と「生きたままの観察」を意味する「in vivo」を組み合わせた造語であり、実験小動物を解剖することなく、同一個体の経時的な生体変化・機能を画像化できる。
 “Clairvivo OPT”(Fig. 1)は、a)多面ミラー方式の採用により、一回の測定でマウスなどを5方向から観察し、生体内部からの微弱蛍光を捉えること b)励起光源として半導体レーザや発光ダイオードを採用することにより、バックグラウンドを抑えながら、高輝度励起ができること c)高検出効率のCCDカメラを採用することにより、長時間積算観察が可能になること等の特徴を有している。
 光を使用する in vivo イメージングを行う場合、可視光を含む 600 nm 以下の波長域では、ヘモグロビン等の吸収により光が透過せず内部の情報を得ることは出来ない。また波長 1400 nm 以上の光を使用すると、今度は水の吸収により光が透過されない。その為、光を使用する場合はおよそ 650 〜 900 nm の近赤外の波長域(所謂「生体の窓」といわれている波長域)を使用することが重要である。島津製作所の Clairvivo OPT はこの「生体の窓」からの観察に強いという特徴を持つ装置である。さらに、5面観察により、測定時にマウスの体勢を変更する手間を掛けずに全方向の観察が可能となる他、体勢の入れ替えに伴うマウス内部の臓器位置の移動を考慮する必要がなく、各臓器の位置関係がはっきりして安定して撮影することが出来るという利点も持っている。

Fig.1 小動物invivo光イメージング装置(ClairvivoOPT)

 

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3. 近赤外光の優位性

 光を利用して in vivo 観察を行う場合、バックグラウンドとなる生体由来の自家蛍光を出来る限り抑えて、画像のS/N比を高くする必要がある。自家蛍光の要因の1つとして、食餌に含まれる植物成分に由来するものが知られており、植物成分を含まない低蛍光バックグラウンド飼料を利用することにより影響を抑えることが出来る。自家蛍光の他の要因としては、元々生体に含まれる成分によるものがあるが、これに由来する蛍光強度は測定する波長により影響が異なっている。4点の励起波長で観察したヌードマウスの自家蛍光の様子を Fig. 2 に示す。左上は励起 635 nm 蛍光 670 ± 15 nm 、右上は励起 658 nm 蛍光 710 ± 20 nm、左下は励起 690 nm 蛍光 810 ± 45 nm、右下は励起 785 nm 蛍光 845 ± 27.5 nm で観察したもので、強度を揃えて表示したものである。この結果から、観察される自家蛍光は、励起波長 785 nm での強度を「1」とすると 690 nm でおよそ12倍、658 nm で 25倍、635 nm ではおよそ 65 倍の自家蛍光が観察される。この結果より、波長の長い蛍光色素を使用することで、自家蛍光の影響を少なくすることが可能となる。特に、インドシアニングリーン(ICG ; 励起 ; 774 nm 蛍光 ; 805 nm)は、現在知られている蛍光色素の中で、特に長波長領域の蛍光特性を持っており、in vivo 観察に非常に適していると言える。

Fig.2 自家蛍光の励起波長依存性(低蛍光飼料給餌1週間後)

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4. ICGによる生体観察

 近年、癌をはじめとする難治性疾患の発症や悪化に関わる分子が次々と同定されている。このような中、これらの分子を標的とした分子標的医薬に大きな期待が寄せられており、特に抗体医薬に関する研究が活発に行われている。そこで、生体内における抗体の標的指向性を検証するために、同仁化学研究所製キット「ICG Labeling Kit - NH2」と島津製作所製「Clairvivo OPT」を用いた蛍光標識抗体による in vivo イメージングを試みた。
 ICGはもともと肝機能検査のための色素負荷試験にも用いられているシアニン色素であり、安全性が高い色素である。このICGを抗体のアミノ基に標識するための同仁化学研究所製キット(ICG Labeling Kit - NH2)を用いて移植皮下癌の検出をおこなった。
方法: HeLa 細胞をヌードマウスの右腋皮下に移植した。4週後、尾静脈注射によりICGラベル化抗体(抗インテグリン抗体)50μgを投与し、投与後 1、24、48、72、96 時間後において Clairvivo OPT により測定した。
結果: ICG Labeling Kit - NH2により標識精製した抗体を SDS-PAGE にて分離後、Clairvivo OPT で測定したところ、効率良く標識されていることが確認できた。 この抗体をマウスに投与したところ、24時間までは集積しなかった抗体が体外へ排出される様子が強く観察されたが、48時間になると、これらのバックグラウンドがほぼ無くなり、ICG標識抗体が皮下移植した腫瘍細胞に集積している様子が観察された(Fig. 3)。これらの結果により、 in vivo イメージングにおいて ICG と抗体を用いた本手法が有効であることが示された。
 従来までは、研究者が ICG を購入して条件を試行錯誤しながら、対象抗体に標識を行う必要があった。そのため、抗体を使用した研究を“手軽に”おこなうことが出来なかったが、この新しい「ICG Labeling Kit - NH2」を使用することにより、研究者が高スループットに化合物の体内動態や治療効果などを観察することが出来るようになった。
 「Clairvivo OPT」と「ICG Labeling Kit - NH2」を使用することで、創薬分野における体内分布観察や癌転移メカニズム解明などの研究開発の一助になることを期待する。

Fig.3 ICG標識抗体による担癌モデルマウスの5方向同時観察結果

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参考文献


1) M. Ogawa, C.A.S. Regino, J. Seidel, M.V. Green, W. Xi, M. Williams, N. Kosaka, P.L. Choyke and H. Kobayashi, Dual-Modality Molecular Imaging Using Antibodies Labeled with Activatable Fluorescence and a Radionuclide for Specific and Quantitative Targeted Cancer Detection, Bioconjugate Chem., 2009, 20(11), 2177.

2) M. Ogawa, N. Kosaka, P.L. Choyke and H. Kobayashi, In vivo Molecular Imaging of Cancer with a Quenching Near-Infrared Fluorescent Probe Using Conjuates of Monoclonal Antibodies and Indocyanine Green, Cancer Res., 2009, 69(4), 1268.

3) N. Kosaka, M. Ogawa, P.L. Choyke, and H. Kobayashi, Clinical implications of near-infrared fluorescence imaging in cancer, Future Oncology, 2009, 5(9), 1501.

4) B.J. Tromberg, N. Shah, R. Lanning, A. Cerussi, J. Espinoza, T. Pham, L. Svaasandand J. Butler, Non-invasive in vivo characterization of breast tumors using photon migration spectroscopy, Neoplasia, 2000, 2, 26.

5) 伏木洋司,早川芳弘,精製飼料D10001飼育による生体の自家蛍光軽減効果の In vivo 蛍光イメージングにおける有用性,日薬理誌, 2009, 134, 13-16.

著者プロフィール
名前 軸屋 博之 Jikuya Hiroyuki (52歳)
所属
株式会社島津製作所 基盤技術研究所
京都府京都市中京区西ノ京桑原町1
TEL:075(823)1590  FAX:075(823)2604
E-mail:jikuya@shimadzu.co.jp
URL:http://www.shimadzu.co.jp

 

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