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エイズからみた感染症研究の最前線


その7 HIVに対するヒトCTL免疫応答
熊本大学 エイズ学研究センターウイルス制御分野 上野 貴将


1.HIVに対するCTLのはたらき

 HIVはヒトに感染すると激しく増殖するが、やがてウイルス量の上昇は抑えられる。HIV感染に対して、 ヒト免疫系はインターフェロンやナチュラルキラー細胞等による自然免疫系に続いて獲得免疫系を誘導する。 急性感染期には中和抗体はほとんど認められないが、細胞傷害性T細胞(CTL)応答とともにウイルス量が減少するため、 CTL応答がHIV封じ込めに重要であると考えられている(Fig. 1)。しかしながら、ヒト免疫系ではHIVを完全に排除することはできず、 多くの感染者では慢性持続感染が成立して病態が進行する(Fig. 1)。CTLがどのようにHIVを抑制するか、 HIVはどのようにCTLを中心とする免疫応答から逃避するかを理解することは、重要な課題であるばかりでなく、 今後のワクチン開発に必須であり、世界中で盛んに研究されている。

Fig. 1
Fig. 1

HIV感染経路とCTL応答

 CTLは、HLAクラス1分子に提示されたHIV由来ペプチドを認識して、HIV感染細胞を攻撃する(Fig. 2)。HLAクラス1はヒトゲノムで最も多型性の著しい遺伝子で、HLAクラス1分子のペプチド結合部位に多くの多型変異が集中している。この部位の構造はCTLに提示する抗原ペプチドの種類を決めるため(たとえばHLA-B*35というHLAクラス1分子は、2番目がプロリンでC末端がチロシンの9から11個のアミノ酸で構成されるペプチドを好む)、CTL応答の抗原特異性は各個人がどのHLAクラス1アリルを持つかで規定されている(これをHLA拘束性と呼ぶ)。HIV感染に対するCTLの攻撃手段としては、ターゲット細胞を直接的に殺傷する、抗ウイルス性サイトカインを放出する、CTL自身が成熟し増殖することである(Fig. 2)。これまでの研究から、すべてのCTLが等しく抗ウイルス機能を有するのではなく、ある特定のCTL集団がHIV感染制御に有効であることが分かってきた1-4)


Fig. 2
Fig. 2

HIV抗原の提示とCTL応答
1細胞内で発現したHIV由来蛋白質は、ユビキチン化された後、プロテアソームでペプチドに分解される。2ペプチドは、トランスポーター(TAP)を介して粗面小胞体(ER)内に輸送され、アミノペプチダーゼにより8〜11merの長さにまでトリミングされる。その後、HLAクラス1分子と結合してペプチド-HLA複合体(pHLA)を形成し、ゴルジ体を経由して細胞表面に輸送される。3細胞表面に提示されたpHLAは、T細胞レセプター(TCR)を介して、細胞傷害性T細胞(CTL)に認識される。CTLは、4パーフォリン、グランザイムを放出し、HIV感染細胞を殺傷する。5MIP-1α、MIP-1β、RANTESなどのケモカインならびにIFN-γ、TNF-αなどのサイトカインを産生し、HIVの細胞内への侵入阻止ならびにHIVの増殖を抑制する。6IL-2を産生し増殖する。


2.HLA遺伝子多型とHIV

 HIV感染症の病態には個体差がある。同じウイルスに感染したとしても、ヒトによって病態の良し悪しが大きく異なることが知られている。HIVに感染しても病態が長期に渡って進行しない感染者(Long-Term Non Progressor; LTNP)や、HIV複製を低レベルに抑え込み続ける感染者(Elite Controller; EC)が、総HIV感染者の約0.3から1%程度認められている2)。こうしたケースでは、感染したウイルスに何らかの欠損があったという場合も稀に報告されているが、ほとんどは宿主のさまざまな遺伝学的要因(あるいはそれらの複雑な相互作用)に因ると考えられている。こうした検体を用いて、HIV感染症に防御的に働くヒト遺伝子をハプロタイプレベルで包括的に明らかにしようとする試みがアメリカ、ヨーロッパ、アフリカで大規模に進められている2,5)

 興味深いことに、CTL応答を拘束するHLAクラス1遺伝子の多型性がHIV制御に大きく影響する。HLAクラス1HLA-A, B, Cという3つの多型性アリルで構成されるため、一人当たり最大6種類のHLAクラス1分子がCTLに抗原を提示する。多数のHIV感染者のHLAクラス1アリルと病態を調べたところ、同一のアリルを両染色体上に持つ(homozygote) 感染者では、異なるアリルを持つ (heterozygote) 感染者に比べて、病態の進行が有意に早いことが報告された6)。各HLAクラス1分子が異なった抗原ペプチドをCTLに提示することを考えると、heterozygoteの方がCTLがより広くHIV抗原に応答できるため、HIV制御に有効になると考えられている。さらに、個々のアリルについて調べると、HLA-B*57HLA-B*27アリルを持つ感染者では病態進行が遅いが、反対にHLA-B*53アリルを持つ感染者では進行が早かった(Fig. 3)。このことは、HLA-B*57やB*27分子が拘束するCTLの中には、HIV封じ込めに優れた活性を示すものが多く含まれていることを示唆している。

 ここで一点、注意しておきたい。HLA-B*57B*27アリルと病態進行に統計学的に有意な相関が認められることは、こうしたアリルを持つヒトではHIVに感染しても病態が安定することを保証していない。HLA-B*57アリルを持っていてもLTNPやECになる感染者はごくごく一部である。他の遺伝的あるいは環境要因が関与していると考えられる。一方、日本人にはどちらのアリルも極めて少ない。血友病HIV感染者のLTNPではHLA-B*51アリル頻度が有意に高いとする報告もあるが、最近の感染者においてもこの傾向が認められるか不明である。日本人を対象としたより包括的な解析が待たれる。

Fig. 3
Fig. 3

エイズ病態進行とHLAアリル
文献6のデータを基に図を改変した。HLA-A2アリルを持つ感染者を規準として、他のHLAクラス1アリルを持つ感染者の病態進行を相対的に比較した。Relative Hazardが高いほど病態が進行するリスクが大きいことを示す。これらのうち、HLA-B*27, B*57, B*53は日本人では極めて頻度の低いアリルである。


3.CTL淘汰圧とHIV進化

 これまで述べてきたようにCTLは非常に強く生体内でHIVを抑制する。それでは、CTLは強い淘汰圧としてHIVの進化に広く影響するのだろうか?CTLが認識する抗原は、その人が持つHLAクラス1アリルに依存する。もしCTL逃避変異が多くのHIV感染者で広範に起きるとすれば、同じHLAクラス1分子を持つ感染者に共通したHIV変異パターンが見出されるはずである。我々は50人以上の日本人HIV感染者から分離したウイルスを用いてHIV変異とHLA-B*35アリルの有無を調べたところ、HLA-B*35を持つ人ではHLA-B*35拘束性CTL抗原の内部に変異が認められ、この変異によって実際にCTL応答から逃避することを報告した7)。さらにオーストラリア、カナダおよび南アフリカなどの大規模コホート(HIV感染者をそれぞれ400人以上集めている)で、感染者のHLAクラス1アリルとHIV変異の関係が集団遺伝学的アプローチで解析された。その結果、多くのHIV変異が感染者のHLAクラス1アリルと相関することが明らかになった8,9)。たとえば、nef遺伝子はHIVの中でも変異性の高い領域として知られているが、驚くことにNefの全アミノ酸の約半分に相当する84ヶ所がHIV感染者のHLAクラス1遺伝子型と相関する変異であった8)。こうしたことから、HLAクラス1拘束性のCTL免疫応答は、HIVに対して非常に強い淘汰圧として働いていることが示された。

 HIVは変異性が高いウイルスであるが、ウイルス蛋白質の機能や構造、あるいはウイルス複製にとって必須な領域はよく保存されている。このような保存性の高い機能性領域に逃避変異を獲得することは容易ではないだろう。Nefは多数の宿主因子と相互作用して生体内でのHIVの複製を増強させる病原性因子であるが、その一方CTLが頻繁に標的とすることでも知られている。我々は、Nefの最も重要な機能性領域で保存性の高いPxxPモチーフをターゲットとするCTL応答を解析した。その結果、HIVはCTL逃避変異体を選択するが、同時にその変異はNefのウイルス複製増強作用を減弱化させることを見出した10)。また、興味深いことにHIV感染制御と関連するHLA-B*57やHLA-B*27に拘束性のCTLでは、カプシドを構成する蛋白質(p24 Gag)に対して非常に強い応答を示す。CTL応答によって変異体が選択されるが、CTLから逃避しても変異ウイルスの複製が十分に回復しないことが報告された11,12)。CTLがターゲットした領域は、カプシドの複合体構造形成やサイクロフィリンAとの結合などウイルス複製に極めて重要であった12)。さらに、この変異ウイルスが他の宿主に伝染すると、次の宿主がHLA-B*57を持たないときには変異は速やかに野生型に復帰することが分かった9,11)。これらの観察結果は、HIVに対するCTL応答の中には、HIV複製上きわめて重要な役割を担う領域を標的としており、そうしたCTLはHIVに対して非常に強い淘汰圧として働いていることを示している。

 このようにHIVは確かに極めて高い変異性を利用してCTLから逃避するが、CTLが標的とする領域を適切に選択することができれば、ウイルス複製を機能的に制御することが可能となるかもしれない。HIVが自身の骨身を削ってでも逃げなければならないほど強いCTL応答を誘導し、その活性を長期にわたって維持できる合理的な免疫誘導法(ワクチン)の開発が待たれる。

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参考文献

1) A. J. McMichael and Rowland-Jones SL: Cellular immune responses to HIV. Nature , 2001, 410, 980.

2) S.G. Deeks and B. D. Walker, Human immunodeficiency virus controllers: mechanisms of durable virus control in the absence of antiretroviral therapy. Immunity , 2007, 27, 406.

3) P. K. Kiepiela, et al., CD8+ T-cell responses to different HIV proteins have discordant associations with viral load., Nat. Med., 2007, 13, 46.

4) T. Ueno, et al., Functionally impaired HIV-specific CD8 T cells show high affinity TCR-ligand interactions, J. Immunol., 2004, 173, 5451.

5) J. Fellay, et al., A whole genome association study of major determinants for host control of HIV-1, Science, 2007, 317, 944.

6) S. J. O’Brien, et al., HLA and AIDS: a cautionary tale, Trends Mol. Med., 2001, 7, 379.

7) T. Ueno, et al., Altering effects of antigenic variations in HIV-1 on antiviral effectiveness of HIV-specific CTLs, J. Immunol., 2007, 178, 5513.

8) Z. Brumme, et al., Evidence of differential HLA class I-mediated viral evolution in functional and accessory/regulatory genes of HIV-1, PLoS Pathog., 2007, 3, e94.

9) P. J. R. Goulder, D. I. Watkins, HIV and SIV CTL escape: implications for vaccine design, Nat. Rev. Immunol., 2004, 4, 630.

10) T. Ueno, et al., CTL-mediated selective pressure influences dynamic evolution and pathogenic functions of HIV-1 Nef, J. Immunol., 2008, 180, 1107.

11) A. J. Leslie, et al., HIV evolution: CTL escape mutation and reversion after transmission, Nat . Med., 2004, 10, 282.

12) M. A. Brockman, et al., Escape and compensation from early HLA-B57-mediated cytotoxic T-lymphocyte pressure on human immunodeficiency virus type 1 Gag alter capsid interactions with cyclophilin A, J. Virol., 2007, 81, 12608.

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著者プロフィール
上野 貴将氏 写真 氏名:上野 貴将(うえの たかまさ)
所属:熊本大学 エイズ学研究センター ウイルス制御分野
住所:〒860-0811 熊本県熊本市本荘2-2-1
連絡先:TEL:096-373-6530 FAX:096-373-6532
e-mail: uenotaka@kumamoto-u.ac.jp

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