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モノクローナル抗体の迅速・簡便なペルオキシダーゼ標識

独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
動物衛生研究所  広田 次郎、清水 眞也

著者紹介
顔写真
氏名 広田 次郎 (Jiro Hirota)
年齢 28 歳
所属 独立行政法人農業・生物系特定
産業技術研究機構
動物衛生研究所 免疫研究部
免疫病理研究室 非常勤研究員
連絡先 〒305-0856 茨城県つくば市観音台3-1-5
TEL: 0298-38-7833, FAX: 0298-38-7833
E-mail:jhirota@affrc.go.jp
学位 修士(農学)
研究テーマ 1)アルボウイルスの新規血清診断法の開発
2)モノクローナル抗体作製とその応用
顔写真
氏名 清水 眞也(Shinya Shimizu)
年齢 51 歳
所属 独立行政法人農業・生物系特定
産業技術研究機構
動物衛生研究所免疫研究部
免疫病理研究室、主任研究官
連絡先 〒305-0856 茨城県つくば市観音台3-1-5
TEL: 0298-38-7833, FAX: 0298-38-7833
E-mail:shimizux@affrc.go.jp
学位 博士(農学)
研究テーマ 1)疾病の次世代診断法の開発
2)IgEモノクロ−ナル抗体の開発
3)モノクロ−ナル抗体作製とその応用

 イムノアッセイは、抗原-抗体反応を利用した高感度で特異性の高い方法であり、様々な物質を検出、定量するために欠くことのできない分析法として、幅広い分野で多用されている。この中でも特に酵素標識抗体を用いる酵素抗体法は、ラジオイムノアッセイと同程度の感度を有し、取扱いの危険性もないことから、検出系として広く用いられている。今日ではイムノアッセイに用いる、標識されたモノクローナル抗体やポリクローナル抗体が多数販売され、種々の解析に用いられている。抗体に標識する手法は表1に示したような方法が開発されてきたが、実験室レベルにおいては標識二次抗体の使用が一般的であり、一次抗体への標識は行われてこなかった。この理由として、1抗体に酵素や蛍光物質を標識する技術は高度で熟練が必要である、2酵素などを標識する過程で抗体の特異性が著しく減少、あるいは失活することがある、3mgオーダーの抗体が必要である、4二次抗体に用いる多種類の標識抗体が市販されている、等をあげることができる。特に2の標識過程における抗体の失活についてはモノクローナル抗体において顕著であり、このため、モノクローナル抗体への直接標識は通常行われていない。

 一次抗体への直接標識により、実験手順の簡略化、多重染色や競合試験が可能となり、また、二次抗体による影響を排除することができるため、抗体への簡易な標識法はメリットが大きく、要求性の高い技術である。

 (株)同仁化学研究所のPeroxidase Labeling Kit -SH(以下-SH キット)およびPeroxidase Labeling Kit - NH2(以下-NH2キット)は1標識に必要な抗体量が50〜200μgである、2精製および濃縮にFiltration Tubeを用いるのでゲルろ過や透析の必要がない、3標識に要する時間は三時間程度と短い、4標識条件が比較的穏和であり抗体が失活しにくい、という特徴を持っているキットである。

 今回、モノクローナル抗体を-SHキット、-NH2キット、グルタールアルデヒド二段階法、および過ヨウ素酸改良法でペルオキシダーゼ(POD)標識し、ELISAにて酵素標識抗体の活性を比較し、各手法の有効性を検討した。

材料および方法

抗体:ブルータングウイルス抗原に対するモノクロ−ナル抗体 (8A3B.6, IgG2a)を腹水より精製したものを用いた。

酵素標識:POD標識は、グルタールアルデヒド二段階法、過ヨウ素酸改良法、(株)同仁化学研究所製 Peroxidase Labeling Kit-SHおよびPeroxidase Labeling Kit - NH2により行った。標識手順はグルタールアルデヒド二段階法5)、過ヨウ素酸改良法7)は文献に従い、-SH キット、-NH2キットは添付マニュアルに従った。

酵素標識抗体の活性比較:各POD標識抗体はタンパク質濃度をあわせて、ELISAを行うことで比較した。タンパク質濃度は280 nm における吸光度(A280)により算出し、各々10μg/ml、5μg/ml、2.5μg/ml、1.25μg/ml、0.625μg/ml、0.313μg/ml、0.156μg/mlの濃度に希釈し、用いた。

ELISA:96wellプレート (MAXISORP, Nunc)に不活化ブルータングウイルス抗原を37℃で60分吸着させ、次いで20%のBlockAce(大日本住友製薬梶jで37℃で60分ブロッキングした。このプレートに各標識抗体の希釈系列を分注し、37℃で60分反応させた。反応終了後POD基質液(ABTS,Sigma)を分注し、37℃で30分インキュベートを行い、プレートリーダーにて405nmでの吸光度を測定した。なお、プレートの洗浄は各工程ごとに行っ た。

結果および考察

 -SH、-NH2キットおよび過ヨウ素酸改良法による各POD標識モノクロ−ナル抗体の吸光度をに示した。なお、グルタールアルデヒド二段階法によりPOD標識したモノクロ−ナル抗体は、抗原への反応性が全く確認されなかったため、には表示していない。

 に示されるように、-SH キットによる標識抗体では、低い抗体濃度でも高いOD値を示した。0.625μg/ml以上のタンパク質濃度では測定限界以上に達したため、検出限界以上のOD値は2.0として示した。この結果は、-SH キットに用いられているマレイミド法が、ヒンジ部への特異的な標識であり、また方法上self-couplingが少なく、pH中性域での温和な反応であるために、抗体およびPODの活性がほとんど損なわれなかったためであると考えられた。

 次に、-NH2キットによる標識抗体では、同じタンパク質濃度でのOD値が-SHキットによる標識抗体と比べ、約1/2であった。この理由として、-SHキットでは法の関係上、IgG(分子量150,000)は還元型IgG(分子量75,000)となり、この還元型IgG分子にPODが標識される。これに対し、-NH2キットではIgG分子にそのままPODが標識される。このためタンパク質量あたりのPOD分子数は、-SHキットで作成したものの方が-NH2キットで作製したものの2倍近くとなるためであることが考えられた。また-NH2法では、-SH法とは異なり抗体の特定部位に酵素がラベルされるわけではない。このため、抗原認識部位にも標識され、OD値が若干低下することも考えられた。

 過ヨウ素酸改良法で標識した抗体では、-SH キットや-NH2キットと比べて著しくOD値が低かった。酵素活性自体は失活していなかったので、この現象は操作の過程でモノクローナル抗体の抗原への結合能が大きく低下したためであると考えられた。ポリクローナル抗体では、グルタールアルデヒド二段階法や過ヨウ素酸改良法により酵素標識した場合でも、抗体の活性は充分使用可能な範囲であることが多い。しかし、抗原を認識する部位が単一であるモノクローナル抗体では、pHの影響などで抗体の活性が著しく低下、あるいは失活することが知られている。今回用いたモノクロ−ナル抗体においても、グルタールアルデヒド二段階法で標識した抗体は抗原との結合性をほぼ失い、過ヨウ素酸改良法においても抗原との結合性は著しく低下していた。モノクロ−ナル抗体の種類により失活の程度は異なると考えられるが、モノクローナル抗体への標識にグルタールアルデヒド二段階法や過ヨウ素酸改良法は適当ではないと考えられる。

 -SHキットおよび-NH2キットは、モノクローナル抗体の抗原への結合性が失活することなく、迅速・簡易に標識することができることから、利用価値の高い優れたキットであった。また、このキットで標識した抗体は、付属の保存液に溶解した状態で、4℃にて4ヶ月間保存しても活性がほとんど変化しないため、保存も容易であった。なお、ここには示していないが、FITC標識キットでも今回と同様の手順で、抗原結合能の低下もなく簡便・迅速に蛍光標識可能であった。

表1. 抗体の酵素標識法

標識法名 手順 特徴 問題点
グルタールアルデヒド一段階法1) 酵素とタンパク質の混合液にグルタールアルデヒドを加え、室温で1〜2時間放置することで標識する。 手法が簡便である。 タンパク質が重合して巨大分子となり、抗体活性が著しく損なわれることがある。
グルタールアルデヒド二段階法5) 酵素を過剰のグルタールアルデヒドで処理した後、ゲルろ過によって未反応のグルタールアルデヒドを除去する。次にこのグルタールアルデヒドと結合した酵素とタンパク質を反応させて標識する。 グルタールアルデヒド一段階法と比較して標識抗体の重合が起こりにくい。 酵素を過剰グルタールアルデヒドで処理するため、ペルオキシダーゼでは活性が30〜50%減少することがある。2,3,4)
過ヨウ素酸法7) ペルオキシダーゼのアミノ基をすべて1-fluoro-2,4-dinitrobenzene(FDNP)によりブロックする。次いでこのDNP化されたペルオキシダーゼの糖の部分を過ヨウ素酸で酸化し、酸素分子に結合したアルデヒド基を作り出す。ペルオキシダーゼのアルデヒド基と抗体のアミノ基を反応させ、シッフ塩基を形成して標識する。 効率的にペルオキシダーゼを標識することができる。 標識物がself-couplingにより重合しやすくなることがある。また、すべてのアミノ基をブロックしても活性が失われない酵素以外には適応できない。
過ヨウ素酸改良法8,9) 過ヨウ素酸法での、FDNPの使用を止め、pHを4〜5に保った状態でペルオキシダーゼと過ヨウ素酸ソーダを反応させる。 過ヨウ素酸法では、その35%がself-couplingによってdimerとなるのに対し、過ヨウ素酸改良法ではdimerは5%程度に抑えることができる9) アミノ基をブロックしても活性が失われない酵素以外には適応できない。
マレイミド法6) 酵素等を-hydroxysuccinimideester(-succinimidyl4-(-maleimidomethyl)cyclohexane-1-carboxylate)等で処理し、マレイミド基を導入する。次いでこの酵素と還元したタンパク質とを反応させる。 pH中性域の温和な条件で反応が進行する。マレイミド基やチオール基はタンパク質のアミノ基や水酸基等とはほとんど反応しないため、self-couplingを起こさない。タンパク質にチオール基が無い場合には、アミノ基が存在していれば、これを利用してチオール基を導入することができるため、多くのタンパク質に標識が可能である。 詳細な条件検討が必要である。

参考文献

1) S. Avrameas,“Coupling of enzymes to protein with glutaraldehyde. Use of the conjugate for the detection of antigen and antibodies”,Immunochemistry, 1969,6, 43.

2) D. M. Boorsma and G. L. Kalsbeek,“A comparative study of

horseradish peroxidase conjugates prepared with one-step and two-step method”, J. Histochem.Cytochem., 1975, 23, 200

3) D. M. Boorsma and J. G. Streefkerk,“Peroxidase-conjugate chromatography. Isolation of conjugate prepared with glutaraldehyde or periodate using polyacrylamide-agarose gel”,J. Histochem. Cytochem., 1976,24, 481.

4) D. M. Boorsma, J. G. Streefkerk and N. Kors,“Preoxidase and fluorescein isothiocyanate as antibody marker. A quantitative comparison of two peroxidase conjugates prepared with glutaraldehyde or periodate and a fluorescein conjugate”, J. Histochem. Cytochem., 1976, 24, 1017.

5) E. Engvall and P. Perlmann,“Enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA). Quantitative assay of immunoglobulin G”, Immunochemistry, 1971, 8, 871.

6) K. Kato, Y. Hamaguchi, H. Fukui and E. Ishikawa,“Enzyme-linked immunoassay I. Novel method of synthesis of the insulin-β-D-galactosidase conjugate and its applicable for insulin assay”, J. Biochem., 1975, 78, 235.

7) P. K. Nakane and A. Kawaoi,“Peroxidase-labelled antibody. New method of conjugation”, J. Histochem. Cytochem., 1974, 22, 1084.

8) P. K. Nakane,“Preparation and standardization of enzyme-labelled conjugates.”, PP.81, in :R. M. Nakamura, W. R. Dito and E. S. Tucker, V(eds.) :Immunoassey in the Clinical Laboratory, Alan R. Liss Inc., New York, 1979.

9) M. B. Wilson and P.K. Nakane,“Resent developments in the periodate method of conjugating horseradish peroxidase(HRPO) to antibodies”. pp.215, In : W.Knapp, K. Holuber and G. Wick(eds.) :

Immunofluorescence and related staining techniques, Elsevier/North-Holland Biomedical Press, Amsterdam, 1978.

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標識用キットシリーズ(Dojindo Labeling Kits)

・簡単、迅速なラベル化キット

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免疫組織染色・ELISA・ウエスタンブロット用
品名 容量 本体価格(¥) メーカーコード
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品名 容量 本体価格(¥) メーカーコード
Alkaline Phosphatase Labeling Kit - NH2 3 samples 21,000 LK12
Alkaline Phosphatase Labeling Kit - SH 3 samples 21,000 LK13

 Alkaline Phosphataseはペルオキシダーゼと並び酵素免疫測定に汎用されている酵素です。化学発光を利用した検出法は感度に優れており、特にブロッティングや組織染色に広く利用されています。

品名 容量 本体価格(¥) メーカーコード
Biotin Labeling Kit - NH2 3 samples 12,000 LK03
Biotin Labeling Kit - SH 3 samples 12,000 LK10

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品名 容量 本体価格(¥) メーカーコード
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品名 容量 本体価格(¥) メーカーコード
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