浜松医科大学光量子医学研究センター
櫻 井 孝 司
(Takashi Sakurai)
(浜松医科大学・21世紀COEプログラム「メディカルホトニクス」の活動として掲載)
ライブセルイメージングの第一歩は「細胞に光をあてること」で ある。前回はイメージングでよく用いられる光の基礎知識を紹介 した。今回は光の取り扱いの基礎として、球面レンズによるピン ト合わせを中心に解説する。顕微鏡システムを使用する際、我々 は1)光源の調整、2)細胞への光照射、3)像の検出を行う。実 はどの操作もレンズを介したものであり、「光のあて方」だけでな く「光のとらえ方」もレンズによって制御されているわけである。 レンズの選択によって像の明るさ・分解能・倍率がおおまかに決 まり、調整によって画質やS/N比が改善できる。
2.1 ピントと焦点のちがい
ピントの語源をご存知だろうか?オランダ語で照準を合わせる という意の“brandpunt”の外来語とされる。ピントとは観測者 によって狙いが定められた2次元平面のある地点や領域を表し、1 点ではない。これに対して、焦点(focus)とは光などが集中する ある1点を指す。日常ではほぼ同意語として扱われがちな2つの 言葉であるが、厳密には異なる意をもつ。カメラ撮影のとき、我々 は被写体をファインダー中央域に表示されている枠内に収めなが らレンズ繰出し(焦点調整)を行う。こうした観測者の主観に依 る照準合わせの動作こそピント合わせであり、狙いが外れると像 が不鮮明になる(暈ける)。
ビデオ顕微鏡システムと光学的な基本構造が類似したものの中 で、我々の日常生活で使用しているものとしてデジタルカメラ、 DVD記録再生機やコピー機などがあり、主な働きはやはりレンズ によって制御されている。もっとも身近なレンズは我々自身の眼 球における角膜(corneal)や水晶体(lens)である。これらを併 せると約17ミリの焦点距離をもつレンズとなっており、瞳 (pupil)から入射した無限光が網膜(retina)で結像される。毛様体により 水晶体の曲率を変えることで焦点距離が調節でき、我々はある範 囲の地点に存在する物体にピントを合わせることができる。網膜に映った 範囲を視覚として知覚できるわけであるから、網膜と CCDカメラは光学的には同じ働きを担っているといえる。
レンズは13世紀にロジャーベーコンが発明したとされる。ベー コンが磨いた凸レンズがレンズマメ(ラテン語でlens、ドイツ語 でliese)と類似していたことからそう呼ばれたらしいが、現在で は光を曲げる光学素子全体を指す。レンズには、1)光を集める、 2)像を換えるの2大機能があり、いずれも屈折の法則が基本原理 である。光が屈折率差のある媒質間(n1→n 2)を進行するとき、媒質の境界(界面)で光の進行方向が変わり、その変化は媒質への 入射角度(θ)に依存し、以下@からCの4法則となる(Fig. 1)。
@ θ=0;界面に垂直に入った光は直進する。
A 0<θ<θ c; 入射角度(θ 1)と、屈折により曲げられる角度( θ 2)の関係はスネルの法則(snell's low)、(1)式となる。
n1・sin θ 1=n2・sin θ 2 (1)
B θ=θ c; n1>n2の場合で考えると、 θ 1よりもθ 2のほうが早く増加し、先に90度に達する。 θ 2=90のときの角度を臨界角θ c(critical angle)といい、屈折光が界面に平行に伝播するようになる。 θ cは(2)式から求まる。
sin θ c=n2/n1 (2)
C θ >θ c;θ cを超えた角度で入射すると屈折光は存在せず、反射光のみとなり、これを全反射(total internal reflection)とよぶ。光ファイバー(光導波路)は全反射が利用されている。
4.1 焦点
レンズの左側から光軸に平行な光が入射すると、レンズ厚みと 収差を無視すれば、光束(D)の光は前側焦点(front focus, Ff)に収束する(Fig. 2)。一方、レンズの右側から平行光が入った場合に、 光が集まる位置を前側焦点に対して後側焦点(back focus, Fb)という。光の進行方向には可逆性があるので、行きと反対方 向の進行も成立する。たとえば後側焦点の位置に点光源をおけば、 レンズからは平行光が出射されることになる。
レンズの位置(主点)から焦点までの距離を焦点距離といいfで 表す。球面レンズの場合、fの値はスネルの法則に従い、レンズの 屈折率(n)と曲率(r)から決まることになり(3)式の関係となる。
1/f = (n−1)・(1/r1−1/r2)・・・・・・(3)
fの逆数は屈折力(パワー)と呼ばれる。nの値が大きく、rが小 さいほどパワーの大きなレンズとなるが、一方で光が焦点に集ま りにくくなり、この現象を収差(aberration)という。収差はレ ンズの性質に依存するものと、光の波長によるものがある。前者 は球面収差やザイデルの5収差と呼ばれ、後者は色収差と呼ばれ る。
明るいレンズとは、広い範囲から光を束ね、且つ近くに集める ことができるものである。従って、レンズの明るさとは、光束の 直径(D)や焦点距離(f)で決まり、(4)式で表されるようなFナンバーが指標となる。
F = f/D (4)
さらに、レンズと物体間における媒質の屈折率も含めた明るさ の指標として、開口数(numerical aperture, NA)があり、(5)式で表される(Fig. 3)。
NA = n・sin θ ・・・・・・・・・(5)
現在製作されている対物レンズ(objective lens)のNA値はカップルする媒体で分類され、ドライ用(NA<1)、水用(0.3<NA <1.33)、標準オイル用(0.5<NA<1.5)、特殊オイル用(1.1 <NA<1.65)の4種となっている。
レンズによる集光は無限小の1点ではなく、ある有限の大きさ がある。この大きさをエアリーディスク(Airy disc)と呼び、その半径( ε )は(6)式で表され、レーリーリミットと呼ばれる。
ε = 0.61・λ/NA (6)
λ=500 nm、NA=1.45のとき e は約200 nmとなる故に、この付近の数値が光学顕微鏡におけるXY平面の分解能限界値と なっている。焦点面の厚さは焦点深度(focal depth)といい、λ/(NA)2に比例する。焦点深度は光軸(Z)方向の分解能ともいえ、 その限界値はXY方向よりも大きくなる。
Fig. 4上においてレンズからaだけ離れた距離にある物体がレンズの反対側の距離bで像を形成する場合、(7)式の関係(合成 焦点距離の法則)が成り立つ。
1/a+1/b=1/f (7)
また高さYの物体が入射角(または画角) θ で入射した光が焦点面で像高Y'になるとき(Fig. 4中)、(8)式となる。
Y'=f・ tan θ・・・・・・・・・・・(8)
このYとY'の絶対値の比こそが倍率(maginification, M)であり、相似関係から(9)式となり、倍率とは要するにaとbの比率 のことである。
M = Y/Y' =a/b・・・・ ・・・・(9)
無限遠系(infinity correction system, ICS)光学顕微鏡における倍率は対物レンズと結像レンズの焦点距離の比となっている(Fig. 4下)。結像レンズの焦点距離はニコン製が200ミリ、オリンパス 製では180ミリに設定されている。そこで例えばオリンパス製 100倍対物レンズ(対物焦点距離は約1.8ミリ)をニコン製顕微 鏡にとりつけると111倍となる(ただし空間分解能は不変)。さら に像の明るさは(NA)2/(M)2に比例しており、現行では60倍 (NA=1.45)の対物レンズが最も明るいレンズの部類といえる。
これまでレンズの形状が球面であることを前提にしてきたが、 レンズはおおまかにわけて次の4つに分類できる
@ 球面レンズ:一般のレンズ、表面の曲率と硝材の屈折率で パワーがきまる。
A 非球面レンズ:球形以外の曲面(放物面・多項式)ででき ていて、円筒型、樽型、フレネル型などがある。
B 屈折率分布レンズ:レンズ内部に屈折率勾配をつけて光を 曲げる。GRIN(セルフォック)、円柱レンズなどがある。
C 回折レンズ:レンズ表面に微細パターンを記録して、ホロ グラムやフォトリソグラフィなどで用いられる。
5.1 種類と選択
対物レンズは測定対象に接して光を照射または検出することに 用いられ、数枚〜10数枚のレンズから構成されている。レンズ枚 数は光学性能や用途に依存し、数十種類以上ある。主な性能はFig. 5に示してある通りで、倍率(M)、開口数(NA)、作動距離(working distance, WD)、収差補正(aberration correction)等がある。用途に応じた特殊タイプとして、偏光(polarized contrast)、位相差(phase contrast, Ph)、微分干渉(differential interference contrast, DIC)、暗視野(dark field)などがある。 補正環付タイプでは、カバーガラス厚や温度変化により発生する収差の補正 ができる。
透過率や色補正の情報はレンズ本体には簡単にしか表示されて いないので、厳密な実験を行うときはチェックをおすすめする。例 えば紫外領域を用いる場合、我々は専用の対物レンズ(ニコン製 でFluor、オリンパス製でF1)を選択するわけだが、実験で用い る波長帯域の透過率が何%であるのか確認したほうがいい。また、 色のピントと呼ばれる色収差情報についても、メーカーに問い合 わせればかなりのレベルまで教えてもらえる。近年開発された新 型プランアポ対物レンズ(ニコン製VC(CFI Plan Apo)、オリンパス製UPLSAPO)は色収差が大幅に改善され、可視光(400 〜700 nm)の帯域では焦点深度以内の誤差となっている。新型対物レンズは近赤外領域においても十分考慮のうえ設計されてい るので、例えば多光子励起法でも手軽に適用できる。
二つの内のどちらか一つの点から発した光が他の一つの点に結 像する二つの点を共役点(conjugate point)、または光学的共役関係といい、例えば物体と像の関係である(Fig. 6 green)。励起光の光量や照射範囲の調整を適切に行うためには、共役点を確認し てほしい。顕微鏡の観察面(対物レンズ焦点面)と概ね共役関係 という位置が存在する。それは視野絞り位置、光検出面や網膜で ある。共焦点顕微鏡においてピンホール位置は観察面と共役関係 となっており、全ての共役点で光を集中させてピントが合うよう に設計されている。
対物レンズの後焦点面はアイポイントと共役であることから瞳 とよばれている。瞳面における光束幅、光入射位置、位相板など の調整においてベルトランレンズ(bertrand lens)はたいへん有用である*(Fig. 7)。落射照明のような観察面に光を一様に照明するときは光源と瞳が共役関係となるようにすればよい。例えばラ ンプ光源ならアーク像が瞳面に映るようにし、レーザー光源なら 瞳面でビームが絞りこまれれば良い(Fig. 6 blue、Fig. 7a)。共焦点顕微鏡のように観察面でスポット照明を行うときは、瞳面に は平行光を入射させる。
*ベルトランレンズ使用上の注意:ベルトランレンズは照明系の調 整に大変有用なものであるが、レーザー光など強い光を誤って直 視してしまうと最悪で失明することがあるので、フィルター付 ゴーグルやCCDカメラを用いるなど慎重に操作いただきたい。
今回はライブセルイメージング研究において必須と思われるレ ンズの基礎や対物レンズの知識について大部分を連載1で紹介し た幾何光学の成書を参考にして解説した。話を簡単にするために、 レンズは厚みを無視した薄肉の球面で、全ての光が焦点に集まる (収差がない)という前提とした。ピント合わせとは観測者による レンズ制御であり、レンズによる光の集め方で空間分解能や倍率 (像の変換)や明るさが規定されていることが理解できたと思う。 お手元にある顕微鏡の照明系や結像系の調整や改良を行って、よ り良い細胞像を得ることに役立てていただけると幸いである。さ て、顕微鏡像を改善する場合に最も大切なことはS/N比を高める ことであろう。次回は画像のS/N比やコントラストを上げるため の光学技術や最新顕微鏡について紹介する。
謝辞
本稿執筆において(株)ニコンの松為久美子氏およびオリンパス (株)の田中隆明氏の助言を得た。
対物レンズ情報
ニコン CFI60シリーズ
http://www.nikon-instruments.jp/jpn/page/products/list19.aspx
オリンパス UIS 2シリーズ
http://microscope.olympus.com/uis2/jp/