ケミストからみたポストゲノム9

〜ペプチドアレイ〜

九州大学工学研究院応用化学部門

片 山 佳 樹

 


1.はじめに

 前回までに様々なプロテインアレイに関してご紹介した。タンパク質は多彩な環境でそれぞれ特異性を持って働く機能性分子であり、かつ、多対多で相互作用する分子である。したがって、プロテインアレイの実現は非常に困難を伴い、また、実現できたとしても、正確な発現量、あるいは機能の解析はさらに難しい問題である。アレイのように多検体を一度に取り扱える技術としては、たとえばビーズ上に分子を合成してライブラリーを作成するコンビナトリアルケミストリーがある1)。この場合、one bead onecompound法を用いれば、アレイに比べさらに多くの分子ライブラリーをスクリーニングできるが、得られた特定ビーズ上の分子が何であるかは分からないため、特定のビーズがセレクトできた後、ビーズ上の分子を同定しなければならない。これに対し、アレイでは、初めから各場所に固定された分子は何かまで分かっているので、多検体を用いるスクリーニング法としてはより、魅力的である。コンビナトリアルケミストリーを含め、この様な固定化された多検体を用いるアプローチは、本来小分子のためのものである。したがって、タンパク機能などの解析においても、より安定に取り扱える小分子をアレイ化する方が現実的であろう。この考えに立つと、タンパクの断片であるペプチドを用いるアレイは、非常に興味深いものである。ただし、短いペプチドにそのままタンパクの機能を持たせることは不可能であるから、ペプチドアレイの用途は、プロテインアレイとはまた別のものとなる。今回は、ペプチドアレイの現状と用途について解説する。

2.ペプチドの固定化

 ペプチドを基板上に固定化するには、(1)ペプチドを同一の形態で(特異的に)固定化する、(2)各ペプチドの固定化環境は同一にする、(3)目的の反応を阻害しない、(4)周囲に非特異吸着を起こさない、などが必要である。各種のペプチド固定化法をFig.1に示した。ガラス表面に種々の反応性基を導入することになるが、その際、まずガラス表面をピラニア溶液などで洗浄しておき、アミノプロピルトリエトキシシランで処理して表面にアミノ基を導入し、これを基に各種の固定化のための修飾を施していくのが最も一般的である。初期の固定化法では、ガラス上などに活性エステルやエポキシドを修飾しておいて、アミノ基を介してペプチドを固定化するもの(Fig.1(a))があるが、この場合、ペプチド配列にリシンなどの塩基性アミノ酸が存在すると、ペプチドの固定化位置が特定できなくなってしまう。MacBeathらは、マレイミドでガラス表面を修飾し、ペプチド末端にシステインを配して、マイケル付加反応によりペプチドを固定化する方法を報告している(Fig.1 (b))2)。この場合、ペプチド内に他のシステインがない限り位置選択的に固定化できる。その他には、シクロペンタジエンをペプチドに導入し、基板表面に修飾したキノンとの間でディールスアルダー反応を起こさせてペプチドを結合する方法がある(Fig.1 (c)) 3)。この場合、反応はシクロペンタジエン部位でのみ起こるので位置選択的である。ただし、本来のペプチドには存在しないシクロペンタジエニル環を用いるため、その影響が懸念される。その他に、ビオチン標識ペプチドをアビジン表面に固定する方法もある4)。一般的ではないが、ビオチン−アビジン相互作用は極めて強力であるので、スポットした瞬間に固定化でき、長いインキュベート時間が必要ない。

 アミノ基を用いる位置選択的固定化法としては、種々の方法で基板表面にホルミル基を導入し、オキシアミノ基を末端に結合したペプチドをシッフ塩基により結合する方法もある(Fig.1(d)) 5)。基板表面をホルミル化するには、前述のアミノプロピルトリエトキシシランで表面をアミノ基修飾しておき、Fmoc-Ser(tBu)をペプチド結合で導入し、トリフルオロ酢酸などで脱t-ブチル化後、過ヨウ素酸酸化するか、アセタール型に保護したグリオキシル酸を導入して酸加水分解で脱保護する。ただし、シッフ塩基による結合は条件によっては不安定である。そこで同じくホルミル基を用い、ペプチドにリンカーを介してシステインをカルボキシル基で結合し、アミノ基とスルフヒドリル基を残しておいて、ホルミル基との間でチアゾリン環を形成して固定化する手法が開発されている(Fig.1 (e)) 5,6)。ただし、固定化する際に立体的にかさばったチアゾリル基による固定化は、ペプチドの配向を限定してしまうことも考えられる。そこで、基板側をベンジルチオエステルで修飾しておき、同様に末端システインを持つペプチドあるいはペプチド誘導体と反応する手法が考案されている(Fig.1(f)) 4)。この場合、まず、システインのチオールがエステル交換で結合し、その 後、システインのアミノ基側が再攻撃してペプチド結合する。これにより、ペプチド配列中に塩基性アミノ酸残基があっても、末端のシステインのアミノ基が選択的に基板に固定化されることになる。

 以上のような基板上へのペプチドの固定とは別に、セルロース膜上にアレイ状に好みの配列のペプチドを合成していく手法もある7_9)。これは、SPOT合成と呼ばれ、DNAチップにおけるAffymetrix社のアプローチのようなものである。この手法は、上述のアプローチに比べると得られるライブラリーの集積度は小さ いが、それでも1つのメンブレン上に数百から数千種類のペプチドを提示できる。ただし、その他の部分には化学修飾していないので、この部分の非特異吸着を抑えるために、ブロッキングがより重要である。

3.非特異吸着を抑えるブロッキング

 ペプチドを固定化しても、その他の部分に反応溶液中の成分が非特異吸着すると使用に耐えなくなるから、ペプチドを固定化した部分以外は、何らかの形でこれを抑制する方法が必要である。その場合、別にブロッキング剤を用いる方法とペプチドを固定化しない部分を別の分子で修飾する方法がある。前者の場合、ブロッ キング剤としてBSAが最も一般的である。ELISAの様に検出時に酵素反応を用いて検出シグナルを増幅する場合は、この方法でほぼ目的を達することができる場合もある。しかし、蛍光標識による検出などでは、ブロッキング剤のみで非特異吸着を抑えて満足できる結果を得ることは困難である。この様な目的で用いられる代表的な分子はPEG誘導体である。例えば、ポリエチレングリコールをペプチド固定化部分以外に化学修飾したり、オリゴエチレングリコール部分を有する分子でSAM(自己集積膜)を形成したりする手法が報告されている。オキシエチレン鎖は、タンパクなどの生体成分の吸着を防ぐには最も優れた構造の一つである。ただし、長いPEGを用いると、その後ペプチドをスポットした場合に、スポットが広がってしまうことが報告されている5)

4.ペプチドアレイの使用例

4-1.エピトープアレイ(Fig.2

 ペプチドはタンパクの断片であり、ペプチドアレイは種々のタンパクの各部分を提示していると見ることができる。これを用いると、ある抗体が認識するエピトープを探索したり、特定のタンパクに結合する抗体をスクリーニングすると同時にそれが認識するエピトープ配列を明らかにしたりできる。この様な目的では、ペプチドアレイに結合するのは抗体であるから、酵素標識2次抗体を用いてELISA様の検出が利用できる。用いられるアレイは、SPOT合成によるものが普通である。エピトープ探索の例では、セルロースメンブレン表面をエピブロモヒドリンと両末端アミノ化テトラエチレングリコールでアミノ化して、その上に15merペプチドを5520種類合成した例がある10)。これを用い、HIVのp24に対する抗体など、いくつかの抗体のエピトープやミモトープを予想している。検出は、POD標識2次抗体を用い化学発光による。種々のタンパクの部分配列ペプチドをアレイ化して、特定のエピトープに結合する抗体を探索する例としては、ボルナウイルスのタンパクに対する抗体を探索したものがある11)

4-2.プロテインキナーゼ基質アレイ(Fig.3

 ペプチドが機能を発揮する例としては、酵素基質ペプチドがある。一般に種々の細胞内シグナル酵素は、標的となる基質タンパクの特定部分の配列を認識して反応するから、その部分のペプチド配列を抜き出しても、ある程度の反応性と特異性を得ることができる。そこで、種々のペプチドをアレイ化すれば、特定の酵素の基質をスクリーニングできる。

 その様な対象酵素としては、まず細胞内情報伝達で最も重要な役割を果たすプロテインキナーゼがある。実際に、たとえば非受容体型チロシンキナーゼであるSrc(p60)の基質ペプチドやプロテインナーゼAの基質ペプチドをガラス基板に固定化しても、精製酵素を用いて確かにリン酸化が起こること、これを蛍光標識した抗リン酸化抗体で検出できることが示された5)。ただし、ペプチドを基板からある程度離し、さらに基質ペプチドが自由に運動できるように、基板とペプチドの間をつなぐリンカーが不可欠である。これがないと、リン酸化反応は起こらないという5)。また、Srcの基質ペプチドをアレイ化しておき、各ペプチドのスポットに、ATPとc-Srcおよび様々な濃度の種々の阻害剤候補分子を含む溶液をそれぞれ乗せていって、リン酸化反応を32P−ATPによる32Pの取り込みか、蛍光標識した抗リン酸化チロシン抗体で検出して、どの程度リン酸化が抑制されるかを評価することができる3)。この様にしてアレイを用いると、多くの候補分子を一連の濃度で一度に検定でき、4時間、37℃のインキュベートで直接阻害能であるKi値を求めることができる。ところが、アレイを用いて求めた値は、溶液で求めたIC50値と比べ、50倍程度効果が優れている結果となる。これは、溶液での実験では基質濃度が高いため、阻害剤との酵素への結合が競合することが原因である。したがって、直接Ki値を求めることはできないが、基板では、基質は表面に固定化されたものだけであり、溶液中にほとんど基質がないときの阻害剤の酵素への結合を見ることができる。例えば、基質と完全に非競合の阻害剤PP1では、溶液中で求めた値(IC50値:150nM、Ki値:15nM)と、アレイで求めた値(Ki値:39nM)はほぼ一致する。この様に、基質アレイは、過剰の基質なしに阻害剤の効果が検定できる利点を有する。しかも、用いる酵素と阻害剤も溶液での実験に比べ格段に少量でよい。

 Yaoらは、前述のチアゾリン環を介するペプチドのシステイン末端での固定化により得られるチップの反応を検討している6)。これによると、プロテインキナーゼAとp60(c-Src)の基質をCGG(システイン−グリシン−グリシン)配列をリンカーとして表面に固定化し、BSAで残りの部分をブロックして、精製酵素でのリン酸化反応を蛍光標識(FITC)抗リン酸化抗体で検出するのに成功している。リン酸化基質と未リン酸化基質を各種混合比でスポットすることで、リン酸化の程度が定量できることも示している。

4-3.プロテアーゼ阻害剤アレイ

 プロテアーゼは、プロテインキナーゼと並んで細胞内外での生理作用や多くの病態で重要な酵素活性である。ただし、前述のプロテアーゼでは、どの基質配列でも共通のリン酸基が付加するから、その後抗体などでの検出が可能であるが、プロテアーゼでは、特定の配列が切断されるから、これを共通の普遍的な手法で検出することは容易ではなく、特別なアプローチが必要である。そこで、切断ではなく、標的プロテアーゼの阻害剤をスクリーニングする目的のアレイが報告されている。この場合、標的プロテアーゼの阻害剤は、標的プロテアーゼに選択的に結合するから、これを検出する際の手がかりにするものである。

 例えば、Hilpertらは、ブタすい臓のエラスターゼに対する阻害ペプチドの配列最適化を目的として、セルロースメンブレン上に

種々のペプチドをSPOT合成したものを用いている(Fig.4(a)) 12)。阻害ペプチドとしては、仔牛キモトリプシン、ヒトリンパ球エラスターゼ、スブチリシンなど、多くのセリンプロテアーゼを阻害することが知られているオボムコイドインヒビターの第3ドメインを用いている。すなわち、阻害ペプチド、PACTLEYRCに対し、各々のアミノ酸を一箇所ずつすべてのアミノ酸に置換していったあらゆる組み合わせのペプチドをSPOT合成によりアレイ化し、これをPOD標識した標的エラスターゼで処理して、これが結合したスポットを化学発光により検出するという戦略である。これにより、阻害効果にどの位置のアミノ酸が重要であるかが一度に明らかになり、内在性のペプチド配列を元に、配列の最適化が可能となる。用いる基板がセルロースメンブレンであるから、標的プロテアーゼが結合した配列については、メンブレンのそのスポット部分をパンチアウトしてマイクロタイタープレートのウェルに切り出し、発色基質を入れて阻害効果を検定してKi値を測定することも可能である。

 これに対し、Winssingerらは、PNAタグを利用している(Fig.4(b)) 13)。すなわち、阻害ペプチドにそれぞれ別の配列を有するPNAのタグを連結して、溶液中でプロテアーゼと反応して、プロテアーゼが結合しなかったものは,限外ろ過して除き、残ったものをAffymetrix社のGenFlexタグアレイに結合して同定する。GenFlexタグアレイは、SNPタイピングのところでご紹介したように、あらかじめ決められた種々の配列のオリゴヌクレオチドを並べたアレイで、各スポットに相補的な配列を有するDNAやPNAタグを有する分子がハイブリダイゼーションにより決められた場所に結合する。各ペプチドには、予め既知のPNAタグを連結しているから、ろ過されずに残った(すなわちプロテアーゼが結合した)ペプチドがアレイのどの部分に結合したかが検出できれば、どの配列のペプチドが標的プロテアーゼに結合したかが分かる仕組みである。PNAタグの末端に蛍光標識しておき、タグアレイ上のどこに蛍光が検出されるかを直接検出する。彼らはこれを用い、システインプロテアーゼの活性部位のシステインにマイケル付加により共有結合して阻害するペプチドアクリル酸型阻害ペプチドが実際に検出できることを示している。アポトーシス実行シグナルであるカスパーゼファミリーとリソソーム内プロテアーゼであるカテプシンファミリーを阻害するペプチドアクリル酸を設計し、細胞溶解液で処理したところ、カテプシン阻害剤の方は常に検出できるが、カスパーゼ阻害剤は、Jurkat細胞溶解液で、グランザイムを加えたときにだけ検出されている。グランザイムは、細胞障害性リンパ球が放出するセリンプロテアーゼで、標的細胞にアポトーシスを引き起こすため、カスパーゼが活性化され検出されたと考えられる。すなわち、活性プロテアーゼのみに結合することが分かる。

4-4.加水分解酵素基質アレイ(Fig.5)

 前述のプロテアーゼアレイでは、基質をアレイ化した場合、切断されたものを検出する手段がないため、切断されず酵素が結合したままになる阻害剤のスクリーニング用アレイを目的としていたが、基質切断を検出するシステムに関しても、最近報告がある。このシステムでは、基質が切断されると蛍光が増大するように分子を設計している。いずれも、基板上に蛍光分子としてアミノクマリンを固定化しておき、アミノ基に種々の基質を結合し、この結合が標的酵素に切断されることにより、アミノクマリンが生成して蛍光を発する仕組みである。このシステムを利用して、プロテアーゼ、ホスファターゼ、エステラーゼ、エポキシドヒドロラーゼの検出システムを開発している14)。溶液中で用いる加水分解酵素の蛍光基質としては同様の分子が知られているが、これを基板上に固定化するというアイデアである。エステラーゼやエポキシドヒドロラーゼでは、酵素反応後、1,2−ジヒドロキシブチル基が生成するように設計してあり、その後、これを過ヨウ素酸酸化してホルミルエチル基に変換して、自発的β脱離してアミノクマリンが生成するというステップを用いる。アルカリホスファターゼ、トリプシン、アセチルコリンエステラーゼ、エポキシドヒドロラーゼを用いたモデル系で、基板上での検出が可能なことが示されている。彼らは、このアレイにより、内在性のリガンドや阻害剤のスクリーニングができると主張している。
お知らせ

5.おわりに

 以上、ペプチドアレイに関してご紹介した。ここでは触れなかったが、この他にも、細胞接着をアッセイするものも報告されている5)。ペプチドは、基質や阻害剤、抗体エピトープのほかにも、サイトカインやホルモンなど、種々の生理活性ペプチドも知られており、これらに対する利用も可能であると考えられる。ペプチドは、安定に取り扱える生体分子としては、最も生体機能をミミックできるものであり、コンビナトリアルケミストリーのアプローチが適用できる分子であることから、アレイにすることによるメリットが最も大きい対象であるといえる。今後、ペプチドアレイを用いて、基質や阻害剤、リガンドの探索や抗体のスクリーニング、生理活性ペプチドの探索や配列最適化などの分野で大きな力を発揮することが期待される。我々も現在、細胞シグナル酵素の基質を用いるアレイの開発を手がけている。特に、酵素活性の変化は、遺伝子の発現を伴わない翻訳後修飾レベルで起こるものが多く、遺伝子発現差解析では、これらを直接調べることは不可能なだけに、今後、ペプチドアレイの重要性は大きいと考えられる。

 次回は、本シリーズの最終回として、最近目覚しい質量分析を用いたプロテオミクス的手法に関してご紹介する。


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