iPS 細胞 (人工多能性幹細胞) の樹立によって再生医療分野は大きな進展を見せている。iPS 細胞は、体細胞に特定の転写因子を導入することで得られる幹細胞であるが、初期化、増殖、分化、成熟といった過程においてエピジェネティックな制御が大きく関与していることは言うまでもない。そのため、エピジェネティクスは幹細胞の再生医療への応用だけでなく、疾病の診断や治療、薬剤開発、また生命現象の解明といった観点からも避けて通ることはできない。
エピジェネティクスとは、塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現変化のことであり、主に DNA のメチル化やヒストン修飾 (アセチル化、メチル化、リン酸化など) がその中心を担っている。最近、このようなエピジェネティック変化を人工的な化合物によって制御する試みが活発になっており、今回のトピックではピロール-イミダゾールポリアミド (PIP) を用いたエピジェネティクス制御について紹介したい。
この化合物はピロール (P) とイミダゾール (I) を、アミド結合を介して連結したポリマー物質であり、ピロールとイミダゾールの組み合わせを変えることで塩基配列特異的に結合することができる。C-G 結合は P/I、G-C 結合は I/P 、A-T と T-A 結合は P/P の組み合わせであり、例えば GCTA (相補鎖 CGAT) の場合であれば IPPP (相補鎖に対して PIPP) となる (図 1)。この化合物はハイブリダイゼーションとは異なり、二本鎖 DNA のマイナーグルーブに結合するため、変性操作を行うことなく目的の塩基配列に結合できる点で有用性が高い。
ヒストンアセチル化は、最も重要なエピジェネティクス機構の一つであり、生体内ではヒストンアセチル基転移酵素 (HAT) によって触媒され、クロマチン構造の弛緩により遺伝子発現が活性状態となる。一方で、ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) によってアセチル基が脱離すると、遺伝子発現は抑制される。 Sugiyama らの研究グループは、HDAC 阻害剤である SAHA (スベロイルアニリドヒドロキサム酸)を PIP に結合させることで、特定遺伝子近傍のヒストンアセチル化状態を維持し、遺伝子発現を活性化する方法を報告している (図 2)1)。
また Kanai らはアセチル化を触媒する部位 (DMAP-SH) を付与することで特定部位のヒストンアセチル化を促進する手法を提案している (図 3)2)。この手法は、基質を変えることでさまざまな修飾 (例えば、ビオチン化やユビキチン化など) を行える点で興味深い。
DNA メチル化はその結合タンパク質を介した強固なクロマチンを形成することで遺伝子発現を負に制御しており、最も重要なエピジェネティックな DNA 修飾である。Kaneda らの研究グループは PIP を用いた特定配列の DNA メチル化阻害による遺伝子発現の活性化に (図 4)3)、また Sugiyama らはメチル化ではないが、DNA のアルキル化を介して遺伝子発現を抑制することに成功している 4)。
エピジェネティクスは様々な生命現象の根源にあり、厳密に制御されている。そのため、人工的にエピジェネティクスを変化させるためには選択的に特定遺伝子にアプローチすることが重要である。PIP はその条件をクリアする有用なツールであり、再生医療分野を含むさまざまな領域での応用が期待できる。
1) G. N. Pandian, J. Taniguchi, S. Junetha, S. Sato, L. Han, A. Saha, C. AnandhaKumar, T. Bando, H. Nagase, T. Vaijayanthi, R. D. Taylor and H. Sugiyama, “Distinct DNA-based epigenetic switches trigger transcriptional activation of silent genes in human dermal fibroblasts”, Sci. Rep., 2014, 4, 3843.
2) Y. Amamoto, et al., “Synthetic posttranslational modifications: Chemical catalyst-driven regioselective histone acylation of native chromatin”, J. Am. Chem. Soc., 2017, 139, 7568.
3) K. Shinohara, et al., “Inhibition of DNA methylation at the MLH1 promoter region using pyrrole-imidazole polyamide”, ACS Omega, 2016, 1, 1164.
4) G. Kashiwazaki, et al., “Alkylation of a human telomere sequence by heterotrimeric chlorambucil PI polyamide conjugates”, Bioorg. Med. Chem., 2010, 18, 2887.