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細胞内鉄(U)イオン選択的検出蛍光プローブ

株式会社同仁化学研究所 立中 佑希

 鉄は生体内で最も多く存在する遷移金属種であり、高い酸化還元活性及び電気化学的性質を有し、酸素輸送、電子伝達、酵素反応といった生理的に重要な役割を果たしている。一方、細胞内において鉄の濃度異常が生じた場合、このレドックス活性は容易に細胞死や細胞損傷を引き起こすことが分かってきている。通常、細胞内で鉄はフェリチンをはじめとするタンパク質に貯蔵され、毒性を出さないよう綿密に制御されているが、過剰になると自由鉄と呼ばれる不安定な鉄が増加し毒性を発揮してしまう。近年、このタンパク質非結合型の自由鉄としての存在が注目されており、アルツハイマー病やパーキンソン病といった疾患と関与することが示唆されている 1), 2。自由鉄は生細胞内において、細胞内還元的環境、水溶性、トランスポーター等の存在から、鉄(V)イオンよりも鉄(U)イオンの挙動が重要であると考えられている。特に、鉄(U)イオンは細胞内の活性酸素種 ROS(reactive oxygen species)の産生にも深く関わっており、鉄(U)イオンの触媒作用で引き起こされるフェントン反応によって生成したヒドロキシラジカルは、その強い酸化力から脂質過酸化や DNA 傷害を引き起こすことが分かってきている。生細胞内の自由鉄は、酸化還元状態の異なる鉄(U)イオンと鉄(V)イオンが混在し検出することが困難であり、その機能解明が待ち望まれている。そこで、本稿では永澤、平山らによって報告された自由鉄の主成分である鉄(U)イオンを選択的に検出する蛍光プローブである RhoNox-1 を紹介する 3
 RhoNox-1 は、ローダミン B を基本骨格に、2 つのうちの 1 つの第 3 級アミンが N-オキシド化した構造を有している。N- オキシド化した状態ではほとんど蛍光を発しないが、N- オキシドが鉄(U)イオンにより特異的に還元されることで、蛍光体を生成する turn-on 型の蛍光プローブである(図 1)。

 RhoNox-1 に鉄(U)イオンを添加すると、575 nm をピークに蛍光強度が増大し、約 30 倍の蛍光応答を示した。選択性に関しても、鉄(V)イオンをはじめとする他の金属種にはほとんど蛍光変化を示さなかった。これまで、鉄(U)イオンを検知する蛍光プローブとしては消光型の鉄イオン検出プローブしかツールがなく、感度や選択性に課題があったが、RhoNox-1 は高感度、高選択的に鉄(U)イオンを検出できることが報告されている。
 実際に、RhoNox-1 を用いて HepG2 細胞内の鉄(U)イオンのライブセルイメージングを試みた結果、RhoNox-1 を添加した無刺激の細胞内では僅かな蛍光しか観察されないが、外部から鉄(U)イオンを添加すると細胞内に強い蛍光が観察されることを確認している。また、鉄(U)イオンのキレート剤であるビピリジル処理によって明らかに蛍光シグナルが減少することから、生細胞中においてもこのプローブが鉄(U)イオンと効率的かつ選択的に反応し、鉄(U)イオンの検出をモニタリングできることを示唆するものである。さらに、MCF-7 細胞中の RhoNox-1 によって検出された鉄(U)イオンのシグナルが、ゴルジ体に分布していることを確認しており、ゴルジ体内の鉄(U)イオンの検出が可能である。現在、小社では FeS クラスターやヘム合成の場として知られるミトコンドリア内の鉄(U)イオンと選択的に反応する蛍光プローブ Mito-FerroGreen を製品化予定である。
 鉄(U)イオンの動態制御機構や生理的意義について未解明な部分が多く、生細胞中の鉄(U)イオンの検出は極めて重要である。永澤、平山らは、さらなる感度や応答性を向上したプローブを開発しており、生理学及び病理学的プロセスの解明、生命科学の発展が期待される。

[関連製品]

品名 容量 メーカーコード
RhoNox-1の改良版。高感度な細胞内鉄を検出
FerroOrange 1 tube F374
3 tubes
ミトコンドリア内の鉄を検出
Mito-FerroGreen 50 μg x 2 M489

[参考文献]

1) S. Ayton, N. G. Faux and A. I. Bush, “Ferritin levels in the cerebrospinal fluid predict Alzheimer's disease outcomes and are regulated by APOE” , Nat. Commun., 2015, 6, 6760.

2) R. B. Mounsey and P. Teismann, “Chelators in the treatment of iron accumulation in Parkinson's disease”, Int. J. Cell Biol., 2012, 2012, 983245.

3) T. Hirayama, K. Okuda and H. Nagasawa, “A highly selective turn-on fluorescent probe for iron(II)to visualize labile iron in living cells”, Chem. Sci., 2013, 4, 1250.

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