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電気化学的手法によるDNA/薬剤相互作用解析
Analysis of DNA/Drug interaction using electrochemical technique

佐藤 しのぶ
九州工業大学大学院工学研究院
物質工学研究系応用化学部門
准教授
竹中 繁織
九州工業大学大学院工学研究院
物質工学研究系応用化学部門
教授

 

Abstract
 Electrochemistry provides a simple and rapid analytical technique for the tiny amount of specific molecule. DNA-immobilized electrode is not only important to detect target DNA with their complementarity, but also to analyze the interaction of drug with DNA using electrochemical technique.  Here, we explain the characterization method of surface area on the gold electrode and the estimation method of the amount of the DNA-immobilized electrode using Hexaammineruthenium (III) is demonstrated with chronocoulometric technique and in addition we show the way to analyze the interaction of drug with DNA on the electrode in the case of ferrocenylnaphthalene diimide which is suitable for DNA hybridization indicator.  In this method, we will know how many drug bound to one DNA strand with how much in strength.

1. はじめに

  DNA をターゲットとする新たな薬剤を開発するためには、様々な DNA 配列のみならず、種々の DNA 高次構造に対し薬剤がどのような機構で作用するのかを解析することが重要である 1) 。ここでは、電気化学的な手法を利用した DNA と薬剤の相互作用解析について述べる。電気化学的手法では、 DNA と薬剤の相互作用に基づいた電極表面への酸化還元反応の変化を直接的または間接的に利用して解析する。この手法は、 DNA に結合したときに吸収や蛍光スペクトル特性に変化を示さないような分子に適している。
 DNA の核酸塩基は高電位(1.5 V vs. Ag/AgCl)側で酸化還元反応が観察される 2) 。しかし、一般に 2 本鎖 DNA では核酸塩基同士が水素結合により溶媒である電解液から隔離されているため、酸化され難い。一方、 1 本鎖 DNA では塩基自身が電解液にさらされているため、酸化還元反応は 2 本 鎖状態よりも起こりやすくなる。生体内で 1 本鎖領域は DNA ダメージによって引き起こされることもあり、これを電気化学的に検出することもできる 3) 。ただし、核酸塩基の酸化還元電位は高いため、測定可能な電極を選択することが重要である。これまでに電子サイクロトロン共鳴(Electroncy clotron resonance, ECR)スパッタリング法によって調製されたナノカーボンフィルム電極によって、エピジェネティックな DNA 変異であるメチル化シトシンとシトシンの電気化学的な識別も達成されている 4)
 しかしながら、低電位下では DNA は電気化学的に不活性とみなせるので電気化学的に活性な薬剤との相互作用解析を行うことができる。これまでに報告されている電気化学的に活性であり、 DNA に結合する小分子の構造例を図 1 に示す 5) , 11) 。これらは DNA/薬剤相互作用センサーの指示薬として用いられる。 2 本鎖 DNA の溝に結合する Hoechest 33258 5) 、アニオン性インターカレータである AQMS 6) 、カチオン性インターカレータであるフェロセン化ナフタレンジイミド(FND) 7) 、メチレンブルー(MB) 8) の他に、ビスインターカレータ 9) やポリマーが付加したインターカレータ 10) 、 DNA のリン酸アニオンと結合するヘキサアンミンルテニウム(V)(Ru(NH363+11) なども報告されている。

 

 DNA と薬剤の電気化学的な相互作用解析は、いくつかの総説でも紹介されているが、ここでは DNA 固定化電極を用いた薬剤解析を紹介する。

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2.DNA 固定化電極

 DNA を電極上に固定化する方法はいくつか報告されている。GCE 電極を 2.5% K2Cr2O7、10% HNO3 溶液に浸し、1.5 V で 15 秒酸化すると、GCE 電極表面にカルボン酸が生成する。この後、N- ヒドロキシコハク酸、水溶性カルボジイミドによって活性化されたカルボン酸は 1 本鎖 DNA のグアニンやシトシンのアミノ基と反応し、これによって DNA を GCE 電極上に固定化することができる 12-15) 。しかしながら、この方法では 2 本鎖 DNA は固定化されにくい。 2 本鎖 DNA は金電極にチオール化オリゴヌクレオチドを作用させることで、Au-S 結合により固定化することができる。この固定化は温和な条件で行われる。15 塩基(mer)の 2 本鎖オリゴヌクレオチドは 2.46×1013 molecules/cm2 の密度で固定化される 8) 。 2 本鎖 DNA の直径は 20Å であり、これより DNA の被覆率は 55% と計算される。この固定化密度は、n- アルカンチオールの自己組織化膜(SAM)の典型的な固定化密度である 5×1014 molecules/cm2 よりは 1 桁小さくなるが、これにもかかわらず、DNA は電極表面全面に固定化されている。 MB はこの方法で固定化された DNA の表面末端(電極表面から遠い方)にのみ、結合することが報告されている。すなわち、電極近傍の DNA は込みあっており、MB は電極近傍の DNA までアクセスすることができない。このように固定化された 2 本鎖 DNA と薬剤との相互作用解析は偶発的に Langmuir 型結合等温式で分析することができる 8)
 金表面へのチオール化 DNA の固定化はこれまでに詳細に検討されている 16) 。固定化されたオリゴヌクレオチドのランダムコイル性は固定化密度に支配される。 24 mer よりも短いオリゴヌクレオチドは、 DNA が伸びた構造をしていると予想され、それゆえ高い密度で固定化される。対照的に、長いオリゴヌクレオチドはランダムコイルを形成していると予想され、それゆえ密度はかなり低くなる。短いオリゴヌクレオチドは、オリゴヌクレオチド濃度や固定化時間を減らすことで、固定化密度を低くすることができる。 2 本鎖 DNA 固定化電極を調製するために、相補的な短いオリゴヌクレオチドを完璧にハイブリダイゼーションするには、1012 molecules/cm2 の固定化密度が適している 11), 17) 。このような固定化密度では、むき出しの金表面が残っているが、図 2 に示すように、非特異的な吸着を防ぐために、6- メルカプトヘキサノール(MCH)や 2- メルカプトエタノール(MCE)による SAM 形成によりむき出しの表面は覆われる 18) , 19) 。 MCH による SAM とともに形成された DNA 固定化電極は、75℃ でも安定であることが報告されている 18) 。この DNA 固定化電極に、相補的な DNA を作用させると電極上で 2 重らせんが形成される。

 DNA の固定化量は、10 mM Tris-HCl(pH 7.4)溶液および 50μMRu(NH36Cl3、10 mM Tris-HCl(pH 7.4)溶液でクロノクーロメトリー(CC)によって、測定することができる 11)。式(1)にコットレルの式を示す。式(2)に DNA の固定化量を算出する式を示す。

 各パラメータは、以下の通りである。 n: 酸化還元に関係する電子数,F: ファラデー定数(C/equiv),A: 電極の表面積(cm2),D: 拡散係数(cm2/s),C: 電気化学活性物質のバルク濃度(mol/cm2),Qdl : 容量性電流(C),Г0: 酸化還元物質の量(mol/cm2), ГDNAss : プローブ DNA の固定化密度(molecules/cm2),z: 酸化還元物質の荷電, m: プローブ DNA の塩基数,NA: アボガドロ数(molecules/mol)。
 10 mM Tris-HCl(pH 7.4)溶液(Ru(NH36 3+ 非存在下)でのクロノクーロメトリー測定における 0 秒での y 切片は電気二重層容量である Qdlを示す。 nFA Γ0 は 50 μM Ru(NH36Cl3、 10 mM Tris-HCl(pH 7.4)溶液でのクロノクーロメトリー測定における 0 秒でのy 切片から Qdl を引いたものである。 2 本鎖 DNA の固定化量 ΓDNAds は相補鎖をハイブリダイゼーションした後の CC 測定の結果から得られ、これより、ハイブリダイゼーション効率は以下のように計算できる。

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3.DNA 固定化電極のキャラクタリぜーション

 ここからは、具体例を示しながら概説していく。
 金ディスク電極(ビー・エー・エス、直径 1.6 mm 、理論表面積 0.020 cm2 )は 6μm ダイヤモンドスラリーで 30 分 研磨し、電極を超純水で洗浄し、5 分 超音波洗浄する。 1μm ダイヤモンドスラリー、0.05μm アルミナスラリーでも同様にそれぞれ 30 分 物理研磨する。物理研磨後、超純水で洗浄(1 min×3 回超音波照射)を行う。続いて、電解研磨を行う 20) 。電解研磨はまず、0.5 M NaOH 溶液でサイクリックボルタンメトリー(CV)測定を、掃引速度 2 V/sec、サンプル間隔 0.01 V、-0.35 〜 -1.35 V vs. Ag/AgCl の条件下で、1000-2000 segments (CV でボルタモグラムが一定になるまで)行う。電極を超純水でよく洗浄する。続いて、0.5 M H2SO4 溶液にて、Multi potential step モードで 2 V で 5 s の酸化、-0.35 V で 10 s の還元を行う。同じ溶液で引き続き CV 測定を、掃引速度 4 V/sec、サンプル間隔 0.01 V、-0.35 〜 1.5 vs. Ag/AgCl で 40 segments 行う。電極を超純水で洗浄する。真の表面積を算出するために、電極を 0.05 M H2SO4 溶液に浸し、次の条件で CV 測定を行う。掃引速度 0.1 V/sec、サンプル間隔 0.001 V、-0.35 〜 1.5 vs. Ag/AgCl で 4 segments。 4 segment 目の 0.9 V vs. Ag/AgCl のピーク面積(酸素の脱離ピーク)を算出する。ポリクリスタルの金電極の場合、酸素が脱離するときに 390±10μC cm-2 の応答を示す 21) ため、これにより真の表面積を算出する。図 3 の斜線部分で算出された面積は、1.56×10-5 C であり、真の表面積は、1.56×10-5 C/390×10-6 C/cm2 = 0.040 cm2 となる。理論表面積(Φ 1.6 mm ): 0.020 cm2 であるため、電極表面のラフネスファクターは、2.0 と計算される。

 販売されているチオール化 DNA はトリチル基もしくは HO(CH26S によって保護されている。保護基はジチオスレイトールなどによって脱保護する(販売元の指示に従って、脱保護する)。ジチオスレイトールは、ゲルろ過カートリッジ等ですべて除去する(ジチオスレイトールが残存している場合、DNA の固定化効率に影響を及ぼすので、注意が必要である)。ただし、 HO(CH26S によって保護されているジスルフィドオリゴヌクレオチドの場合、さらに MCH によってマスキング操作を行う場合は、脱保護せずにそのまま用いることもできる 22)。ここでは、脱保護せずに、ジスルフィドオリゴヌクレオチド(HO(CH26SS(CH26 -5’-ATG ATC GCG GGC GTC GGC GTG TTT -3’)を用いる。 前述したとおりの前処理を行った電極表面の水分をエアブロアで除いて、直ちに、0.1μM ジスルフィドオリゴヌクレオチド、0.1 M NaCl 混合液に電極を浸し、37℃ で 16 h インキュベートする。その後、電極を超純水で洗浄し、水分をエアブロアで除き、1 mM MCH に浸し、45℃ で 1 h インキュベートする。超純水で洗浄後、10 mM Tris-HCl(pH 7.4)溶液で CC 測定を行う 11) 。続いて、電極を超純水で洗浄し、50 μM Ru(NH36Cl3、10 mM Tris-HCl(pH 7.4)溶液で CC 測定を行う。この結果を図 4 に示す。 DNA の固定化密度は、式(1)より、ΓDNA ss = 1.2×1012 molecules/cm2 と算出される。測定後、電極を超純水で洗浄し、0.4μM の相補的なオリゴヌクレオチドを含む 2×SSC (30 mM クエン酸ナトリウム(pH 7.4)、0.3 M NaCl)に浸し、15℃ で 2 h インキュベートする。インキュベート後、電極は水洗せずに、エアブロアで溶液を除き、50 μM Ru(NH36Cl3、10 mM Tris-HCl(pH 7.4)溶液で CC 測定を行う。ハイブリダイゼーション後の DNA の固定化密度は、2.5×1012 molecules/cm2 と算出された。あらかじめ固定化されている DNA 量は 1.2×1012 molecules/cm2 であるため、ほぼ定量的にハイブリダイゼーションしていることが分かる。

 

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4.DNA固定化電極と薬剤との相互作用解析

 前節と同様に調製した DNA 固定化電極と 2 本鎖 DNA に縫込み型でインターカレートするフェロセン化ナフタレンジイミド(FND) 17) , 23) との相互作用解析を行う。
 50μM FND 、0.10 M AcOK-AcOH(pH 5.5)、0.10 M KCl 溶液でハイブリダイゼーション前後での DNA 固定化電極の CV 測定を行うと、図 5 のようなボルタモグラムが得られる。 2 本鎖 DNA の密度は、 2 本鎖 DNA をあらかじめ調製して固定化した場合に比べ、10 分の 1 程度であるが、 FND 由来の電流応答はハイブリダイゼーション後、大きく増大している。 FND は 1 本鎖 DNA に対しては静電的に結合するだけであり、 2 重らせんが形成されると、 1 塩基おきに結合するため、電極近傍に FND が濃縮され、電流が増大する。 1 本鎖 DNA 固定化(ssDNA)電極の酸化電位と還元電位はそれぞれ 0.416、0.432 V であり、 2 本鎖 DNA (dsDNA )固定化電極ではそれぞれ 0.396、0.403 V である。 ssDNA 固定化電極と dsDNA 固定化電極の酸化還元電位の差である ΔEp はそれぞれ 16、7 mV である。 ΔEp は酸化還元種が電極上に固定化されていると 0 であり、1 電子反応の酸化還元種が拡散する場合は 58 mV である 24)。 dsDNA 固定化電極では ΔEp は 0 V に近く、ほぼ固定化されている状態である。 ssDNA 固定化電極ではΔEp は 16mV であり、溶液中に拡散している FND の応答と DNA 上に吸着している FND の応答が混在していることが分かる。 FND との結合定数解析のため、MCH 修飾電極と dsDNA 固定化電極に対して、電解液に FND を添加した時の CV 測定を行う。前節と同様に dsDNA 固定化電極を調製する。電解液として 0.10 M AcOK-AcOH(pH 5.5), 0.10 M KCl 溶液を 500μL 準備する。測定温度は 15℃ とし(dsDNA が解離しないように、低い温度で行う)、電解液 500μL に、250μM FND 、0.10 M AcOK-AcOH(pH 5.5)、0.10 M KCl を添加した時の CV 測定(掃引速度を 1000 mV/sec)を行う。


 FND 濃度に対して、酸化ピーク面積をプロットしたものを図 6 に示す。 MCH 固定化電極に FND を添加すると、 FND の拡散電流が観察される。この電流は、濃度依存的に増加する。dsDNA 固定化電極では、 FND が dsDNA に吸着する成分と溶液中に拡散する成分がともに観察される。そのため、dsDNA 固定化電極での応答から MCH 固定化電極での応答を差し引くと、dsDNA に吸着した FND 成分のみで解析することができる。図 6 より FND と DNA との相互作用は 2 段階の結合様式のように見える。電極上には 24 mer の dsDNA が固定化されている。第 1 段階目までの電荷量は 3.05×10-6  C/cm2 である。これより、 FND の吸着量を計算する。 FND には 2 つのフェロセンがついていることより、3.05×10-6/(2×96,500)= 1.58×10-11 mol/cm2 の FND が吸着している。dsDNA の固定化密度は 1.66×10-12 mol/cm2 であり、これらより FND の結合量は 10 個(= 1.58×10-11/1.66×10-12 )となる。この挙動はインターカレータが最近接排他説によって DNA に結合することと一致している 25) 。さらに 4 分子の FND が DNA に結合しているのが 2 段階目であり、これは DNA 末端への FND 結合だと予想している。

 色素同士の相互作用(協同性)がないときには、Langmuir の結合等温式(3)から以下の式が導かれるため、第 1 段階目のみ Langmuir の結合等温式でフィッティングを行うことができる 26)

 ここで、RU/Rmax =[結合した色素のモル数]/[固定化された DNA のモル数]、n = 結合個数、K = 結合定数、L = フリーな FND 濃度≒添加した FND 濃度で計算することができる。フィッティングの結果を図 7 に示す。この結果、K = 2 .5×105 M-1n = 11 が算出された。これは、分光学的な手法で得られた結合パラメータとほぼ同等の値であった 23)

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5.おわりに

 ここでは DNA 固定化電極を用いた DNA と DNA 結合性電気化学活性分子との相互作用解析について解説した。薬剤が電気化学活性であるならば、電気化学的手法により DNA に結合するかどうか CV 測定を行うことで判別することができる。この解析は、少量の DNA (pg オーダー)や薬剤で解析することができる。本手法は、ここで例として述べた 2 本鎖 DNA のみならず、1 本鎖 DNA や 4 本鎖 DNA 等の特殊高次構造と薬剤との相互作用も同様に行うことができる。電気学的薬剤との競合法などによって電気化学的に不活性な薬剤へも展開できると期待され、今後薬剤開発へと利用できるものと期待される。

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著者プロフィール
氏名 佐藤 しのぶ (Shinobu SATO)
所属 九州工業大学
連絡先 〒804-8550 福岡県北九州市戸畑区仙水町 1-1
TEL: 093-884-3322、FAX: 093-884-3322
E-mail: shinobu@che.kyutech.ac.jp
出身学校 九州大学工学府化学システム工学専攻
学位 博士(工学)
現在の研究テーマ 電気化学的バイオセンサの開発
 
氏名 竹中 繁織 (Shigeori TAKENAKA)
所属 九州工業大学
連絡先 〒804-8550 福岡県北九州市戸畑区仙水町 1-1
TEL: 093-884-3322、FAX: 093-884-3322
E-mail: shige@che.kyutech.ac.jp
出身学校 九州大学総合理工学研究科
学位 博士(工学)
現在の研究テーマ 生体分子のバイオセンシング技術の開発

 

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