DOJIN NEWS
 トップページ > ホスフィンを利用した新しいニトロキシル(HNO)検出用蛍光プローブ
topic

ホスフィンを利用した新しいニトロキシル(HNO)検出用蛍光プローブ

株式会社同仁化学研究所 立中 佑希

 哺乳動物系における一酸化窒素(NO)の生合成は、1980 年代後半に発見され、反応性窒素種(RNS)の生物学的役割への関心が高まり研究が活発に行われている 1) 。 NO は、免疫系による心臓血管循環系におけるシグナル伝達、中枢神経系における神経伝達、及び異物の拒絶反応といった生理学的および病理学的プロセス媒介において重要な役割を果たすことで知られている。また、他の RNS としてパーオキシナイトライト(ONOO)は、さまざまな疾患および生体分子のニトロ化の調節に関与し、三酸化二窒素(N2O3)、亜硝酸塩(NO2)及び二酸化窒素(NO2)は DNA のアルキル化に関与していると考えられている 2)
 近年、新しい RNS としてニトロキシル(HNO)が注目されている。HNO とは、 NO の一電子還元体に相当するプロトン化された誘導体であり、生物学的・薬理学的効果を有し、重要な作用を示すと考えられている。例えば、HNO は、タンパク質チオールと直接反応してアルデヒドデヒドロゲナーゼの阻害を引き起こし、カルシトニン遺伝子関連ペプチドのアップレギュレーションによって血管弛緩を誘発する。また、最近の生化学的研究では、HNO はヘム酵素によって触媒されるヒドロキシルアミンが二電子酸化することにより生成され、その生合成には硫化水素(H2S)が関与していることも分かってきている(Fig. 1)。特に、心血管系に対して NO とは異なる独自の作用を示すことから、心不全治療への利用が期待されており、HNO は NO と異なる作用機序を有する新たな生理活性物質として関心が高まってきている 3) 。しかし、HNO は非常に不安定であるため、生体内で HNO を選択的に検出する方法が確立されておらず、研究が進んでいるとは言えないのが現状である。

 これまで、HNO を特異的に検出する蛍光プローブとして、 BODIPY 骨格に銅錯体を組み込んだプローブであるCu(U)-BOT1 4) や Coumarin 骨格の Cu(U)-COT1 5) が報告されている(Fig. 2)。これらのプローブの HNO 検出メカニズムは、銅一価から銅二価への還元に基づいている。一重項励起状態からのキレート化された状態では、光誘起電子移動(photo-induced electron transfer; PET)効果によって消光しているが、HNO によって銅二価の還元が起こると PET 効果が解消され、蛍光が回復する。しかしながら、これら銅の還元によるメカニズムでは、細胞内に存在するグルタチオンやアスコルビン酸の影響を容易に受けてしまうため、選択性が低いという問題があった。また、高エネルギー照射による細胞損傷や、細胞の自家蛍光を最小限にするために、長波長領域の蛍光(近赤外蛍光)をもつプローブ Cu(U)-DHX1 6) も開発されているが、同じく銅錯体の還元に基づいているため選択性が低く、特に硫化水素による還元の影響を受けてしまうという課題がある。

 そこで本稿では、上記の課題を克服した新規の HNO 蛍光プローブを紹介したい 7)
 中川らは、選択性の課題を解決するために、HNO とホスフィンとの反応に焦点を当て、分子設計を行っている。HNO はトリアリールホスフィンと反応し、ホスフィンオキシド及びアザ-イリドを生成することが知られている。HNO のホスフィン誘導体との反応速度は 9×105 M−1s−1 と十分速いため、HNO 検出部分としてトリフェニルホスフィンを採用し、蛍光団には優れた光物理的特性、高い蛍光量子収率、良好な膜透過性・溶解性を有しているロドールを用いている。これらを鑑みて、アミノ基がアシル化ロドールから成り、エステルリンカーを介してトリフェニルホスフィンを結合した新規 HNO 蛍光プローブ P-Rhod を設計している。 P-Rhod は、HNO と反応するとアザ-イリドを生成し、カルボニル炭素の分子内求核攻撃によって Phosphonyl-benzamide を脱離し、蛍光キサンテン形(オープン型)ロドールを生成する(Fig. 3)。ロドールは 491 nm に吸収極大(ε = 2.95 × 104 M−1cm−1)、526 nm に最大蛍光波長(緑)を示すが、ロドールがエステル化された P-Rhod では 491 nm の吸収は非常に弱く(ε = 9.58 M−1cm−1)、全く蛍光を生じない。これは、ローダミンのアミノ基およびヒドロキシル基のアシル化によって、キサンテンが分子内でラクトン環を形成しているためである(クローズ型)。また、 P-Rhod が効果的に機能する H 領域は、pH が 5.0 〜 10.0 の範囲であり、生理的環境下で十分測定可能である。
 実際に緩衝溶液中で P-Rhod に HNO 発生剤である Angeli's salt を添加すると、濃度依存的な蛍光強度の増大が確認されている。また、課題となる選択性に関して検討した結果、 RNS のドナー、様々な酸化剤(ONOO 、 NO2 、 NO3 、H2O2、ClO、および塩化鉄)、生物学的還元剤(GSH、セレノメチオニン、アスコルビン酸、ヒドロキシルアミン)、硫化水素ドナー(Na2S)の全てにおいて P-Rhod の大きな蛍光変化は観察されていない。これは、 P-Rhod が HNO に対して非常に高い特異性を持っていることを示している。
 さらに、 P-Rhod を取り込ませたヒト肺胞基底上皮腺癌細胞(A549 細胞)に Angeli’s salt を添加した結果、細胞質で明瞭な蛍光増大が観測されている。一方、HNO 発生剤を添加しない場合、あるいは NO ドナーや酸化剤を添加した場合では、細胞内の蛍光増加は観察されていない。この結果は、 P-Rhod が生細胞内の HNO を選択的に可視化できることを示唆するものである。

 今回紹介した P-Rhod は、他の ROS 及び RNS に対して優れた選択性を持ち、高感度に HNO を検出できる優れた蛍光プローブである。また、金属を含んでおらず生体適合性が高い点や様々な生物学的還元による影響も受けない点から、本プローブは生体内における HNO の役割の解明に大いに貢献できるものと期待される。

▲ページのトップへ

 

参考文献

1) J. M. Fukuto, M. D. Bartberger, A. S. Dutton, N. Paolocci, D. A. Wink and K. N. Houk, Chem. Res. Toxicol., 2005, 18, 790.

2) P. C. Dedon and S. R. Tannenbaum, Arch. Biochem. Biophys., 2004, 423, 12.

3) M. Eberhardt, et al., Nat. Commun., 2014, 5, 4381.

4) J. Rosenthal and S. J. Lippard, J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 5536.

5) Y. Zhou, K. Liu, J-Y. Li, Y. Fang, T-C. Zhao and C. Yao., J. Am. Chem. Soc., 2011, 13(6), 1290.

6) A. T. Wrobel, T. C. Johnstone, A. D. Liang, S. J. Lippard and P. Rivera-Fuentes, J. Am. Chem. Soc., 2014, 136(12), 4697.

7) K. Kawai, N. Ieda, K. Aizawa, T. Suzuki, N. Miyata and H. Nakagawa, J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 12690.