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ミトコンドリア内グルタチオン選択的近赤外蛍光プローブ

株式会社同仁化学研究所 山本 純史

 ミトコンドリアは真核生物の細胞小器官で、炭水化物や脂肪を酸素によって分解して生体に必要なエネルギー形態である ATP を作りだす極めて重要な役割を担っている。同時に、アポトーシスを誘発する活性酸素種(ROS)をも生成する。したがって、ミトコンドリアの酸化的損傷は細胞死を引き起こし、多くの神経変性疾患や病変につながる。このような酸化ストレスから細胞を保護するために、ミトコンドリアは多くの抗酸化機能を備え持っている。その内の一つがミトコンドリア内グルタチオン(GSH)プールである。その意味で、ミトコンドリア内の GSH の検出、可視化は生理的な機能を解明する上で極めて重要である。

 ミトコンドリア内 GSH を標的にした近赤外(NIR)領域の蛍光プローブはこれまであまり報告されていない。近赤外領域蛍光は細胞内の自家蛍光に妨害されないので、非侵襲イメージングには理想的である。これまでに開発された数少ないミトコンドリア内 GSH 検出用蛍光プローブは、システイン(Cys)やホモシステイン(Hcy)と優先して反応するため、 GSH を選択的に検出することがほとんどできていなかった。初めてミトコンドリア内 GSH 検出用蛍光プローブの合成に成功したのは Yang らである。彼らの報告したプローブは BODIPY を基本構造としたもので 556 nm に蛍光極大を持ち、 Cys や Hcy と反応すると蛍光極大波長が 564 nm にシフトし、 GSH と反応すると 588 nm にシフトするという特性を持っていた 1) 。彼らはそのほかにも幾つかミトコンドリア内の GSH 検出用蛍光プローブを作製したが、彼らのプローブはミトコンドリア標的化能力に難点があった 2)
 本稿では、最近 Lim らが開発した新たな GSH 選択性蛍光プローブについて紹介したい 3) 。 Lim らが、設計・開発した蛍光試薬(MitoGP)は、ミトコンドリア標的化部位として正電荷をもつヘプタメチン部分と GSH によって活性化を受けるニトロアゾアリールエーテル部分から成っている。 MitoGP と GSH の反応生成物の蛍光は、近赤外領域にあるので、細胞や生体レベルのイメージングには好都合である。なお、ヘプタメチン部分に、種々の置換基を導入することによって吸収・蛍光の波長特性を変えることができ(図 1)、ブチルエステルのカルボキシル体(3)やアミド体 3) は、 MitoGP と異なる分光学的波長特性と細胞内分布をもっている。

  Lim らは、 MitoGP の GSH に対する選択性を調べるために、HEPES 緩衝液(0.10 mol/l,pH 7.4)中で Cys と Hcy を含む種々のアミノ酸と MitoGP とを反応させた。 Cys と Hcy 以外のアミノ酸は MitoGP と反応せず蛍光を示さなかったが、 GSH を加えると MitoGP は 810 nm に大きな蛍光増大を示した。 Cys、Hcy は弱いながら蛍光を生じたが、蛍光極大波長は 747 nm に短波長シフトしていた。 Cys、Hcy 以外のアミノ酸では、 GSH による MitoGP の蛍光増強を阻害しないのに対して、 Cys、Hcy はそれを阻害した。 Lim らは、Cys または Hcy のチオール基が MitoGP に置換反応でチオエーテル結合した後、アミノ基が硫黄原子と分子内置換して、より安定なC-N 結合をつくるためであると考察している(図 2)。

  Lim らは、このことをモデル化合物(メルカプトエチルアミン、メルカプトエタノール)と MitoGP の反応で確認している。メルカプトエチルアミンと MitoGP の最終産物の蛍光極大波長はメルカプトエタノールと MitoGP の最終産物のそれよりも短波長である。さらに MitoGP に GSH を加えて蛍光変化の滴定実験を行い、滴定曲線から、反応は 1:1 で進み、GSH の検出限界は 26 nmol/l であることが分かった。
 種々の分光学的(紫外可視吸収、蛍光、NMR)な考察から、 Lim らは MitoGP と GSH の水溶液中の反応を概説している。
MitoGP そのものは、インドシアニン部からニトロアゾ部への光誘起電子移動(Photoinduced Electron Transfer, PeT)および、可溶性の凝集体(ベシクル、ミセル)を形成するため、蛍光を示さない。最初の GSH のチオールの MitoGP へのマイケル付加反応(1, 6 共役付加反応)に続いて、ニトロアゾ部の脱離が起こり、蛍光性物質が生成する。 MitoGP のブチルエステル部を他の官能基に変えることによって、細胞内局在性や吸収スペクトル、チオール置換体の蛍光スペクトルの波長特性を変えることも可能である。
 次に、 HeLa 細胞を MitoGP 処理し共焦点レーザー顕微鏡で観察すると、ミトコンドリアに選択的に蛍光画像が見られた。この画像は、ミトコンドリア特異性の蛍光プローブ(ローダミン 123)による画像と重なり、MitoGP のミトコンドリア選択性が確認できた。さらに、MitoGP 処理前に、GSH スカベンジャー(3- ヒドロキシペンテン酸、3- オキソペンテン酸)で前処理すると、蛍光が大幅に減少し、GSH 増強剤(α-リポ酸)で前処理すると、蛍光が増強され、MitoGP が GSH 検出に有効であり、GSH 濃度にも敏感であることが分かった。したがって、MitoGP による細胞イメージングでは、ミトコンドリア内の GSH に特異的であることが明らかになった。
 今回、 Lim らは Cys や Hcy よりも選択的にミトコンドリア内 GSH を検出する新規 off-on 近赤外蛍光プローブの設計、開発に成功した。このプローブはミトコンドリア内 GSH を直接細胞イメージングによって観察し、かつその変動をも見ることができる。その性能は他の市販製品よりも優れていると Lim らはコメントしている。今後このプローブがミトコンドリア内 GSH 関連疾患の治療薬開発等の場で活躍することを期待したい。

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参考文献

1) L. -Y. Nui, Y. -S. Guan, Y-Z. Chen, L. -Z. Wu, C. -H. Tung and Q. -Z. Yang, J. Am. Chem. Soc., 2012, 134, 18928.

2) Y. Guo, X. Yang, L. Hakuna, A. Barve, J. O. Escobedo, M. Lowry and R. M. Strongin, Sensors, 2012, 12, 5940.

3) S. -Y. Lim, K. -H. Hong, D. I. Kim, H. Kwon and H. -J. Kim, J. Am. Chem. Soc., 2014, 136, 7018-7025.