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Photopharmacology : 光異性体による薬効制御

株式会社同仁化学研究所 田中 智也


 最近、光異性体を薬剤開発や細胞内シグナル伝達の解明に利用する Photopharmacology が注目されている 1)。光異性体の代表的な化合物としては、アゾベンゼンが挙げられる。アゾベンゼンは特定の波長を照射することでトランス型、シス型に可逆的に変換する。この光による構造変化は化合物の性質にも影響する。つまり、既存の化合物にアゾベンゼンの様な光で可逆的に構造が変化するフォトスイッチ基を導入することで、化合物の性質を時空間的に制御(on/off)可能になる。例えば、既存の薬剤にフォトスイッチ基を導入することで、薬剤としての効果を光という外部要因のみで簡単に制御することが可能となり、副作用や毒性の少ない薬剤開発が期待できる。この様な性質を持った化合物はフォトクロミック化合物(分子)と呼ばれ、本トピックスではこのフォトクロミック化合物(分子)の Photopharmacology としての応用例を紹介する。
 最新の報告として Schönberger らの設計した、μ‐オピオイド受容体(MOR)のフォトクロミックリガンドが挙げられる 2)。オピオイドとはオピオイド受容体(OR)と親和性を持つ化合物の総称であり、OR は G タンパク質共役型受容体(GPCRs)に分類され、少なくともδ、μ、κ、NOP の 4 種類が存在する。中でも MOR はモルヒネや内因性の低分子ペプチドと結合し、G タンパク質共役型内向整流性カリウムイオンチャネル(GIRK チャネル)の開口を促すことで、鎮痛作用に関連しており、薬剤の重要なターゲットとされている。
 まず初めに、Schönberger らはオピオイドの一つである、フェンタニル(Fentanyl)を基本骨格とする Photofentanyl-1(PF1)と Photofentanyl-2(PF2)を合成した。フェンタニルは単純な構造であることに加え、フォトスイッチが導入可能なアリル基を 2 つ有している(Fig. 1A)。 PF1 及び PF2 は暗色下と波長 420〜 480 nm ではトランス型、波長 360 nm ではシス型に可逆的に構造変化する特性を持つ(Fig. 1B)。

 次に、Schönberger らは MOR と GIRK チャネルを発現させた HEK293t 細胞を用いて、 PF2 がリガンドとしての機能を有していることを、カリウムイオンの流出に伴う電流値の変化量から確認した。その結果、trans-PF2 (暗色下と波長 420 〜 480 nm)は MOR のアゴニストとして作用し、MOR が活性化されており、一方、cis-PF2 (波長 360 nm )は、 MOR が不活性状態となっていることが示唆された。 trans-PF2 の MOR 活性化率は内因性の低分子ペプチドであるエンケフェリンと比較して、80% であったことから、trans-PF2 はオピオイドとしての機能を十分に有していた。ただし、PF1 は上記のような、生物学的活性を示さなかったことから、フォトスイッチ基の導入部位も活性を制御する上で重要な要素になると言える。
 この他にも Velema らは抗菌作用のあるキノロン骨格にアゾベンゼンを導入することで、キノロンの抗菌作用を光で制御することに成功している(Fig. 2A3)。また、Polosukhina らは盲目マウスに AAQ(Acrylamide azobenzene quaternary ammonium)を眼内注射することで、瞳孔の光反射と光回避行動の復元に成功している(Fig. 2B4)

 もちろん、フォトスイッチ基はアゾベンゼンだけに限らない。 Chen らは光照射により閉環・開環状態をとる 1,2-Dithienylethene 骨格を利用したアセチルコリンエステラーゼ(AChE)の阻害剤を開発した(Fig. 35)。この化合物は 1,2-Dithienylethene 骨格の両端に、AChE 阻害活性を持つタクリンを導入することで、AChE 阻害活性を制御している。

 今回挙げた報告例の共通点は既存の化合物にフォトスイッチ基を導入することで、その化合物の性質を光で制御できるところである。フォトスイッチ基の種類や導入部位には検討の必要があるが、この手法は既存の酵素阻害剤やリガンドといった生理活性を持つ多くの化合物に幅広く応用されることが期待できる。Photopharmacology のコンセプトは薬剤の開発だけでなく、生命現象の解明を行う上で、有用なツールとなるだろう。

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参考文献

1)  W. A. Velema, W. Szymanski and B. L. Feringa, J. Am. Chem. Soc., 2014, 136, 2178.

2)  M. Schönberger and D. Trauner, Angew. Chem. Int. Ed., 2014, 53, 3264.

3)  W. A. Velema, J. P. van der Berg, M. J. Hansen, W. Szymanski, A. J. M. Driessen and B. L. Feringa, Nat. Chem., 2013, 5, 924.

4)  A. Polosukhina, J. Litt, I. Tochitsky, J. Nemargut, Y. Sychev, I. De Kouchkovsky, T. Huang, K. Borges, D. Trauner, R. N. Van Gelder and R. H. Krameremail, Neuron., 2012, 75(2), 271.

5)  X. Chen, S. Wehle, N. Kuzmanovic, B. Merget, U. Holzgrabe, B. König, C. A. Sotriffer and M. Decker, ACS Chem. Neurosci., 2014, in press.