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凝集を利用した新規蛍光プローブによる生体由来リン酸化合物の turn-on 検出

株式会社同仁化学研究所 大山 誠

 蛍光色素による分析は、光学顕微鏡と画像処理システムの発展により、操作が非常に容易で感度が高く、空間解析能力が高いことから、生物学的に重要な化学物質の分析に利用されてきた。従来の蛍光プローブは基本的に認識部位と蛍光性を示す 2 つの部位からなり、認識部位での標的物質との非共有結合性分子間相互作用により標的物質は蛍光を発するようになる。しかしながら、多くの蛍光物質は、近接することにより自己消光する。それが結果的に低い S/N(シグナル/ノイズ)比となり、高感度分析においては不都合となる。また、従来の蛍光プローブにおいては、類似した構造の識別も困難である。

 本トピックスでは、最近、新海らによって報告された、上記の欠点を克服した蛍光プローブを紹介する。新海らは、凝集誘起発光性(Aggregation-Induced Emission; AIE)分子に着目し、テトラフェニルエテン(Tetraphenylethene; TPE)を基本骨格とする新規蛍光プローブ(TPE-4G)を開発した。まず、細胞内での重要なエネルギー源であり、細胞内シグナル伝達においても重要な役割を担っているアデノシン三リン酸(ATP)を標的物質とした。TPE-4G は、ATP のリン酸基と相互作用させるためのグアニジニウム基をスペーサーを介して発光部位である TPE に連結した構造をしている(Fig. 1)。

 TPE-4G が ATP 選択的に、S 字型の非線形蛍光応答(λex = 335 nm, λem = 463 nm)を示すことを確認し、その蛍光応答は最大で約 90 倍の変化を示した。後に述べるが、この応答には閾値が存在する。この閾値の存在により、標的物質である ATP を高い S/N 比で turn-on 検出できることを示した 1) (Fig. 2)。「turn-on 検出」とは、電気のスイッチを入れるように、ある濃度域以上で急激にシグナルが得られる状態を表現したものである。

  さらに、TPE-4G による生体由来リン酸化合物の識別は、ATP だけではなく、NAD 類の補因子においては NADPH とのみ非線形な蛍光応答が観測され、最大 14 倍の変化を示した 2) (Fig. 3) 。 NADH の場合も蛍光強度の増加が見られるが、これは NADH 由来の蛍光であり、その証拠に直線的な増加をしている。

 これは、NADPH と ATP に共通するリン酸基の 4 つの陰イオンと TPE-4G のグアニジニウム基の 4 つの陽イオンの一致が分子の凝集を促進させると考えられる。動的光散乱法(Dynamic light scattering; DLS)を用いた測定を行ったところ、ATP では直径約 674 nm、NADPH では直径約 580 nm の粒子が観測された。光散乱強度が最も著しく変化したのは、NADPH の濃度が約 7.5 μM の時であった。これは、蛍光応答で得られた結果と一致している。その他のリン酸化合物との測定では散乱強度の大きな変化は確認されなかった。さらに ATP または NADPH と TPE-4G の混合物では蛍光顕微鏡においても、1 μm 程度の粒子が観測されている。このことからも、蛍光の非線形応答時には、凝集体が存在していることが示唆される。

 以上のように、紹介した新規蛍光プローブは ATP や NADPH と共同的に凝集体を形成し、高い S/N 比で S 字型の非線形蛍光応答を示し、他の類似した構造体から標的物質のみを turn-on 検出することができる。 TPE-4G は従来の蛍光プローブでは成しえなかった標的物質の高感度な識別と直接的な検出ができる新規蛍光プローブである。今後、発光部位、スペーサー、認識部位などを標的物質にあわせてデザインすることで、様々な生体内の標的物質を turn-on 検出することができる蛍光プローブの開発が期待される。

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参考文献

1) T. Noguchi, T. Shiraki, A. Dawn, Y. Tsuchiya, L. T. N. Lien, T. Yamamoto and S. Shinkai, Chem. Commun., 2012, 48, 8090.

2) T. Noguchi, A. Dawn, D. Yoshihara, Y. Tsuchiya, T. Yamamoto and S. Shinkai, Macromol. Rapid Commun., 2013, 34(9), 779.