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血中アスコルビン酸の簡便迅速な検出:蛍光ニトロキシドの利用

 アスコルビン酸は生体内で還元剤として働き、また、様々な機能を備えた重要な物質で、生体内におけるコラーゲン合成過程にも関与している。コラーゲンプロペプチド上のリジンおよびプロリンの酵素によるヒドロキシル化はコラーゲンの αペプチドの架橋を促進し三重らせん構造を形成する。この反応は補酵素としてアスコルビン酸を要求する。このように、アスコルビン酸はコラーゲン合成過程で重要な役割を果たし、アスコルビン酸摂取量の不足はリジンとプロリンのヒドロキシル化量の減少をもたらす。それがコラーゲンの三重らせん構造の不完全化などを引き起こし、組織間をつなぐコラーゲンや象牙質、骨の間充組織の生成や保持の障害となり壊血病を発症することになる。また、アスコルビン酸は生体内の最も重要な抗酸化剤の 1 つで、スーパーオキシドアニオンや様々なラジカルを消去することができる。アスコルビン酸はフリーラジカルを直接除去することに加え、グルタチオンとともに、新陳代謝の産物である過酸化水素を取り除くグルタチオン-アスコルビン酸回路を担っている。他にもカルニチン生合成経路やノルエピネフリン生合成経路、ペプチドホルモンのアミド化およびチロシン新陳代謝経路において酵素の電子供与体となる。このように、アスコルビン酸は生体内で多くの重要な役割を担っており、前述の壊血病や炎症のような様々な病態と関連している。従って、アスコルビン酸の迅速で簡便な検出は疾病診断のための有用な手法となる。

 本稿では、蛍光性基を持つニトロキシドプローブ(以下、蛍光ニトロキシドプローブ)を利用したアスコルビン酸の迅速で簡便な検出法について紹介する。アスコルビン酸の定量にはヨウ素溶液などを用いた酸化還元滴定法やクロマトグラフィー法のような様々な分析法が用いられてきた。それらの方法はそれぞれに長所と短所を持っている。例えば、2,6-dichloroindophenol (以下、DCIP)の還元を用いた方法は、DCIP がアスコルビン酸と速やかに反応するため、定量によく利用される。しかし、DCIP 法は遠心分離や溶媒抽出など操作が煩雑であることと、DCIP はアスコルビン酸だけでなく、グルタチオンとも反応するため、DCIP の還元を用いた方法ではアスコルビン酸と深く関与しているグルタチオンがアスコルビン酸定量において誤差を引き起こす可能性がある。また、高速液体クロマトグラフィー(以下、HPLC)を用いた測定方法は高い選択性を持っているが、分析にはホモシステイン還元や 2,4-Dinitrophenyl hydrazine(以下、DNPH)を用いた DNPH 誘導体化などによるサンプルの前処理が必要であることと、結果を分析するのに時間がかかることが課題である。
 そこで、山田らはアスコルビン酸を特異的かつ迅速、簡便に検出することを目的として、蛍光ニトロキシドプローブを用いてアスコルビン酸定量のための新しい手法の開発を行っている 1)。蛍光団とニトロキシドのカップリングは電子交換相互作用や光誘起電子移動によって分子内消光を引き起こす。しかし、アスコルビン酸と反応し、ニトロキシドラジカルが還元されて、不対電子が減少すると、カップリング体の蛍光強度は回復する( Fig. 1)。

 ニトロキシドはニトロキシルラジカル体、還元されたヒドロキシルアミン体、酸化されたオキソアンモニウムカチオン体をとる。オキソアンモニウムカチオン体はヒドロキシルラジカル、あるいはスーパーオキシドとニトロキシルラジカルが反応して生成され、また NADH によってヒドロキシルアミンに還元される。また、ニトロキシルラジカル体も、アスコルビン酸やミトコンドリアの電子伝達系中の酵素の複合体TおよびUによって対応するヒドロキシルアミンに直接還元される。これらの反応に基づくニトロキシドの還元は酸化還元状態を評価するための有用な指標となる。しかしながら、ニトロキシドを用いた診断用製品を開発するためには、反応種への特異性が重要となる。
 過去に山田らは 2,6 位がピぺリジンで置換されたニトロキシドがアスコルビン酸や脂質由来ラジカルとの反応性を持つことを報告している 2, 3)。また、アスコルビン酸とニトロキシドの間の酸化還元電位の差から計算されたギブズエネルギーはニトロキシドの還元率と直線関係を示した 4)。これらの結果は 2,6 位がピぺリジンで置換されたニトロキシドの構造がアスコルビン酸との反応特異性に寄与していることを示唆している。そこで、山田らは、2,6 位がピぺリジンで置換されたニトロキシドの化学的性質を利用して発展させ、新規に 3 つの誘導体を合成した 1)Fig. 2)。

 これらの誘導体は蛍光量子収率の低さを除き、ナフチルアミンと同様の光化学的性質を示した(Table 1)。

 それらの誘導体のうち、Table 2 に示すように、Naph-DiPy nitroxide がアスコルビン酸に対して高い反応性を持つことが分かった。

 以下、Naph-DiPy nitroxide を用いたデータを紹介する。
 Naph-DiPy nitroxide はアスコルビン酸と混合した時、アスコルビン酸によってラジカルが消去されるため ESR シグナルが減衰し、また、蛍光強度はアスコルビン酸の濃度依存的に上昇しプラトーに達する(Fig. 3)。

 また、0〜 30μM のアスコルビン酸溶液添加時の蛍光強度には ESR シグナル強度および HPLC シグナルエリアと相関がそれぞれ見られた(Fig. 4)。

  以上のように、Naph-DiPy nitroxide はアスコルビン酸と反応して濃度依存的に蛍光強度が増加する。また、ESR 及び蛍光測定の結果には相関性があり、いずれの機器分析にも用いることができる。蛍光及び ESR の二つの指標で測定できることは、Naph-DiPy nitroxide がアスコルビン酸の定量に非常に有用であると考えられる。
 しかしながら、生体内には様々な還元剤や酸化剤が存在しており、アスコルビン酸の定量に用いるためには、アスコルビン酸と特異的に反応することが求められる。そこで、生体内の主な還元物質との反応性を確認した結果、Naph-DiPy nitroxide はアスコルビン酸とのみ反応して蛍光性となり、グルタチオンなどの還元物質による蛍光変化は見られなかった。また、Reactive Oxygen Species(以下、ROS)との反応性を確認した結果、スーパーオキシド、ヒドロキシラジカル等による蛍光変化は見られなかった。
 以上のことから、Naph-DiPy nitroxide が生体内の物質の影響を受けず、アスコルビン酸と特異的に反応することが示唆される。
 次に、蛍光ニトロキシドプローブの実用性の確認のために、Osteogenic Disorder Shionogi (以下、ODS)ラットのプラズマ中のアスコルビン酸の定量に Naph-DiPy nitroxide を使用した。まず、ニトロキシドの還元は生体内のグルタチオン-アスコルビン酸酸化還元系のデヒドロアスコルビン酸の還元によって増強される可能性がある。そのため、Nicotinamide Adenine Dinucleotide Phosphate (NADP)、Nicotinamide Adenine Dinucleotide Phosphate Hydrogen (NADPH)、グルタチオンあるいは Diethylenetriamine -N, N, N', N'', N''- pentaacetic acid (DTPA)添加の影響を確認したが、これらの物質は蛍光強度に影響しなかった。
 ODS ラットを 2 つのグループに分け、アスコルビン酸溶液または水(アスコルビン酸欠乏食)をそれぞれ 2 週間与え、それらのラットのプラズマの中でアスコルビン酸を測定した。アスコルビン酸溶液を飲ませた ODS ラットのプラズマ中のアスコルビン酸の濃度はずっと一定であったが、アスコルビン酸欠乏食を与えた ODS ラットのプラズマの中のアスコルビン酸のレベルは日を追って著しく減少した(Fig. 5)。ODS ラットは L- アスコルビン酸生合成に変異を持つため、L- アスコルビン酸を合成できない。よって、アスコルビン酸欠乏食を与えられた時、組織およびプラズマ中のアスコルビン酸量は減少する。この測定結果はその状況を支持するものである。

また、Naph-DiPy nitroxide を使用した蛍光測定法と HPLC 測定でのプラズマ中のアスコルビン酸レベル間には相関性があった(Fig. 6)。

  以上のことから、Naph-DiPy nitroxide を用いることで、生体内のアスコルビン酸を特異的に定量できることが示唆された。Naph-DiPy nitroxide を使用したアスコルビン酸検出は生体内の様々な物質に影響を受けず、アスコルビン酸を特異的に検出でき、酸化還元法や HPLC 法で必要となるような煩雑な前処理の必要がない。また、サンプル中のアスコルビン酸と直接反応させて検出するため、簡便かつ迅速である。
 アスコルビン酸の還元力は酸化ストレス下で減少するため、ニトロキシドの還元の変化は病態を評価する指標となる 5)。一般的に血液中のアスコルビン酸濃度は 23 〜 85μM 程度であるため、検出感度としても Naph-DiPy nitroxide は適していると考える。近年では、ガンの治療方法として「高濃度ビタミン C 療法」が注目を集めている。その際には病変部の血液中のアスコルビン酸濃度を通常の 1000 倍程度、22〜 23mM に高める必要があるため、血液中のアスコルビン酸濃度をモニタリングすることは非常に重要である。よって、アスコルビン酸を特異的に迅速かつ簡便に定量することができる Naph-DiPy nitroxide は、生理学および病態におけるアスコルビン酸の役割を理解するための有用なバイオプローブとなることが期待される。また、蛍光波長の長波長側への改良など、さらなる発展の可能性を多く秘めている。

参考文献

1)  Y. Matsuoka, M. Yamato, T. Yamasaki, F. Mito, and K. Yamada, Free Radic. Biol. Med., 2012, 53, 2112-2118.

2)  Y. Kinoshita, K. Yamada, T. Yamasaki, H. Sadasue, K. Sakai, and H. Utsumi, Free Radic. Res., 2009, 43, 565-571.

3)  T. Yamasaki, Y. Ito, F. Mito, K. Kitagawa, Y. Matsuoka, M. Yamato, and K. Yamada, J. Org. Chem., 2001, 76, 4144-4148.

4)  T. Yamasaki, F. Mito, Y. Ito, S. Pandian, Y. Kinoshita, K. Nakano, R. Murugesan, K. Sakai, H. Utsumi and K. Yamada, J. Org. Chem., 2011, 76, 435-440.

5)  M. Yamato, T. Shiba, K. Yamada, T. Watanabe, and H. Utsumi, J. Cereb. Blood Flow Metab., 2009, 29, 1655-1664

Fig. 3, 4, 5, 6
Reprinted from Free Radical Biology and Medicine, 53, Y. Matsuoka, et al., “Rapid and convenient detection of ascorbic acid using a fluorescent nitroxide switch”, 2112, Copyright(2012), with permission from Elsevier.

 

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