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「蛍光生物学」の最前線 7-2

骨組織・骨髄内の生体 2 光子励起イメージング
石井 優
大阪大学免疫学フロンティア研究センター・細胞動態学

 

はじめに

 硬い石灰質に囲まれた骨組織の内部は、従来から生きたままでの観察が極めて困難であると考えられていた。実際にこれまで骨や骨髄の研究では、固定して摘出した骨を、カルシウムキレート剤に 1 週間ほど漬け込んで脱灰して薄切したり、未脱灰の骨組織を硬質の剃刀で切片にしたりして観察していた。この従来法でも、骨内の細胞・組織の「形態」や「分子発現」(免疫染色による)を解析することはできたが、決定的な情報が欠落していた。それは細胞の「動き」である。細胞の「動き」を観察するためには、生きた細胞を、生きた組織の中で観察する必要がある。さらに、骨髄腔のように血管床を介した豊富な循環血流を保ったままで、そこで流入・流出する細胞の動きを捉えることが重要な組織では、「摘出して生かした骨組織」ではなく、「生きた個体の中の骨組織」を観察する必要がある。著者の研究室では最近、2 光子励起顕微鏡を駆使してマウスを生かしたままで骨組織内を観察するイメージング法を立ち上げた。この方法を用いると、骨組織のリモデリングに関わる破骨細胞や骨芽細胞、骨髄内で分化・成熟を遂げる単球・顆粒球・リンパ球、その他の間葉系細胞や血液幹細胞などの生きた動きを、リアルタイムで観察することが可能となった。本稿では、これを用いて明らかにした破骨細胞動態に関する著者の最近の研究成果の紹介に加え、この方法論の実際や、その免疫学・生命科学研究における今後の応用と発展性について概説したい。

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2.生体(=intravital) 2 光子励起イメージングの長所


 免疫・血液系は、特に細胞の動態が重要なシステムである。好中球やマクロファージなどの抗原提示細胞や細胞性免疫を担うリンパ球が、感染局所や全身をくまなく遊走し、リンパ組織間内の微小環境で会合し、互いに信号を伝達することにより、免疫機能が維持されている。これら細胞遊走は時空間的に精緻にコントロールされており、各細胞が適切な場所に適切な時間に存在しなければ、機能を十分に発揮できない。これら免疫系における統率された細胞遊走システムは、神経系での固定した軸索システム(“hard-wired”)と比較して、“soft-wired”と形容される。このようなシステムの解析のため、2 光子励起顕微鏡を用いて、実験動物を生かしたままで顕微鏡に乗せて、注目する組織を観察する“intravital two-photon microscopy (生体 2 光子励起イメージング)”の手法が、2002 年頃より海外の複数の研究者によって開発された 1, 2)。この方法論では、注目する組織のみならず、個体自体が生きており、全身の血流や代謝が保たれた状態で観察できるため、極めて情報量が多い。

 著者は、特に骨組織・骨髄腔内の “intravital” imaging に取り組んだ 3, 4)。この方法では、骨髄腔内を流れる豊富な血流が保たれているため、骨組織に定着している細胞の動きのみならず、血管から骨髄内へ細胞が流入したり、逆に血中へ還流していく様子を観察することができる。さらには、薬剤を尾静脈などから全身投与すると血流を通して速やかに観察部位に到達させることができる。このような長所から、著者は骨の tissue explant imaging では intravital imaging を行っているが、そもそも骨のように血流が豊富な組織は、取り出した状態で生かして観察することはかなり難しい。

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3.骨組織・骨髄内の生体イメージングの実際

 骨基質に含まれるリン酸カルシウム結晶は、励起光を容易に散乱させるため、二光子励起に用いる近赤外線レーザーを用いても深部まで到達させることは難しい。現在の近赤外線レーザーでは軟部組織であれば表面から 800〜 1000 μm まで到達が可能であるが、骨組織の場合は、150〜 200 μm が限界である。このため我々は、骨基質が薄くて骨表面から骨髄腔まで 80〜 120 μm で到達できる、マウスの頭頂骨をイメージングに用いた(図 1)。


 また、骨組織・骨髄内細胞のイメージングに関しては、その蛍光標識の方法にも難点があった。 2 光子励起イメージングを含めて、あらゆる蛍光イメージングでは、見たい対象物を蛍光標識する必要があるが、リンパ球のイメージングなどの intravital imaging では、あるマウスから細胞を取り出して ex vivo (生体外)で蛍光ラベル(細胞透過性の蛍光色素が各種存在する)して、これを別のマウスに adoptive transfer すると、リンパ節内に蛍光ラベルしたリンパ球が多数観察される。しかし、同様の手法は骨髄系の細胞に関しては、うまくいかないことが多い(理由としては、細胞に起因するもの(体外へ出すと脱分化しやすい、など)や、骨髄腔に関連したもの(骨髄腔は細胞が詰まっており、移入した細胞が入る余分なスペースがない、など)。このため、我々は可視化したい細胞に特異的に蛍光分子を発現させたトランスジェニックマウスを用いて実験を行った。例えば、単球系細胞のイメージングには、CSF1R (M-CSF/CSF-1 の受容体)や CX3CR1(CX3CL1/fractalkine の受容体)のプロモーター下に EGFP を発現するマウス、顆粒球系のイメージングには、Lysozyme M プロモーター下 EGFP 発現トランスジェニックマウスなどを用いている。これらの問題点としては、蛍光分子の発現が、完全に細胞系統特異的とはなっていないこと(例えば Lysozyme M-EGFP transgenic であれば、EGFP の発現は顆粒球以外にも、一部マクロファージや NK 細胞などにも見られる)や、作製にコストと時間がかかることである。一方で長所としては、adoptive transfer とは違って、元々その組織・臓器にいた状態(in situ)での細胞を観察できるので、よりインタクトな細胞現象を観察できる点である。

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4.生体骨組織イメージングによる破骨細胞やその前駆細胞の動態解析

 破骨細胞は単球系血液細胞から分化・成熟する多核巨細胞であり、古い骨を壊して吸収する特殊な能力を有する。破骨細胞は、骨を新生する骨芽細胞と協調して機能し、骨組織のホメオスターシスを維持しているが、加齢や炎症により破骨細胞の機能が亢進するとバランスが骨吸収側に傾き、骨粗鬆症の発症につながる。また関節リウマチでは、関節炎局所に活性化破骨細胞が多数誘導され、骨破壊に関与していることが知られている。
 これまでの研究成果により、破骨細胞は骨髄ストロマ細胞や骨芽細胞などによって産生される M-CSF (macrophage colony stimulating factor)や RANKL (receptor activator of NF-κB ligand)からの刺激によって分化・成熟にすること、RANKL 刺激は NF-κB や NF-AT などの転写因子群を介して破骨細胞の分化を誘導すること、などの重要な知見が確立している。その一方で、長らく解決されていなかった重要な謎があった。それは「破骨細胞(及びその前駆細胞)はどうやって骨表面に到達するのか」である。
 ――「どのような分子機構が破骨細胞の遊走を調節しているのか」「一旦骨表面に達した破骨前駆細胞はすべて最終分化するのか(再び戻っていくことはあるのか)」など、破骨細胞およびその前駆細胞の生きた骨組織内での動態については、全く明らかにされてこなかった。
 著者らはこれらの謎に迫るべく、まず初めに種々のケモカインや脂質メディエーターについて、破骨細胞を動かし得るかどうか in vitro の実験系でスクリーニングを行った。その結果、血中に豊富に存在する脂質メディエーター・スフィンゴシン 1 リン酸(S1P)などのいくつか興味深い分子が、破骨細胞前駆細胞の遊走能を in vitro で刺激し得ることが分かった。しかしながら、この次の段階として、「これらの候補分子が実際に in vitro で破骨細胞やその前駆細胞を動かすのかどうか」を解決する必要があった。このため、2 光子励起顕微鏡を用いて生きた骨組織内部での破骨細胞およびその前駆細胞の動態を解析し、この観察系において S1P 刺激を加えて、その効果について検討した 4-6)
 骨組織にある破骨細胞前駆細胞を含む単球系細胞(CSF1R -EGFP+ 細胞、また CX3CR1 -EGFP+ 細胞など)は、定常状態では骨組織および骨表面付近に留まり、ほとんど動きが認められなかったが、S1P 受容体に対する強力なアゴニストである SEW 2871 を経静脈的に投与すると急速に動きが大きくなり(約 30 分ほどで動きが最大になる)、多くの細胞が血管へと移行していく様子が観察された(図 2 ;参考文献 4 の supplementary videos や、著者の研究室のオリジナル HP 〈http://bioimaging.ifrec.osaka-u.ac.jp/〉 を参照)。これにより、 in vitro の骨組織内でも、破骨細胞前駆細胞は確かに S1P 受容体刺激に反応して遊走能が亢進することが実証された。

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5.生体イメージングによる成熟破骨細胞の動態解明

 成熟破骨細胞を可視化するために、まず我々は、成熟破骨細胞に発現する H+ ポンプに注目した。成熟破骨細胞は骨基質に接着すると、骨吸収面がインテグリンによって強くシールされる。破骨細胞の骨吸収面には、骨を吸収するために H+ を放出するための H+ ポンプ(V-type H+ ATPase)が発現している。 V-type H+ ATPase には様々なサブユニットがあり、破骨細胞では特に a3 subunit が特異的に発現している。我々は、V-type H+ ATPase a3 subunit の locus に a3 subunit と GFP の融合蛋白質(a3-GFP)を knock-in したマウス(a3-GFP マウス)を用いてこの骨組織内を二光子励起顕微鏡で観察することにより、骨表面上での生きた成熟破骨細胞の動態の可視化に成功した(図 3a)。このマウスでは、 GFP 標識された成熟破骨細胞の動態だけでなく、 H+ ポンプの破骨細胞内局在を観察することが可能である。その結果、骨表面で骨吸収を行っている成熟破骨細胞には、「@動きの乏しい細胞」と、「Aアメーバー状によく動いている細胞」の少なくとも 2 種類が存在することが明らかとなった。動きの乏しい細胞の方では、 GFP (H+ ポンプ)が膜に沿って発現しているように見える(図 3b、矢印)。つまり、今まさに酸を出して骨吸収をしていると考えられる。一方、アメーバー状によく動いている細胞の方では、 GFP (H+ ポンプ)が細胞質に存在し、膜上には発現していないように見える(図 3c、アステリスク)。つまり、現時点で酸を出しておらず骨吸収には関わっていないと考えられる。

6.生体 2 光子骨イメージングの機能解析のための新規ツールの開発

(1) 破骨細胞の「形態変化」の画像解析ソフトの開発

 成熟破骨細胞は、図 3 のように複雑な形をしており、多種多様な形態変化を見せる。これまでの画像解析ソフトでは、リンパ球や単球といった球体に近い血液系細胞の速度や移動距離は簡単に解析することができたが、成熟破骨細胞のように複雑な形態変化を示す細胞に関しては、形態の変化量を数値化して評価することはできなかった。そこで、現在我々は、成熟破骨細胞の形態変化を画像解析するソフトを開発し、「形態変化がなく骨吸収を行っている破骨細胞」と、「形態変化が大きく骨吸収に関わっていない破骨細胞」との区別を行っている。

(2) pH 応答性蛍光プローブの開発

 成熟破骨細胞は、H+ ポンプを介して酸を出し、骨表面を酸性化することによって骨吸収を行っている。最近、この pH の低下に応答して蛍光が ON になる「pH 応答性蛍光プローブ」を開発し、生体内における成熟破骨細胞の「骨吸収」の可視化に成功した 7)。現在我々は、この pH 応答性蛍光プローブを用いて、成熟破骨細胞が、実際に生体内で骨吸収を行っているところを観察し、「骨吸収をしていない破骨細胞」と、「今まさに骨吸収している破骨細胞」の区別を行っている。これまでの生体イメージング研究の多くは、生体内での細胞の動き(動く速さ)や細胞間相互作用(細胞同士の接触時間)を観察するにすぎなかったが、蛍光プローブという新たなツールを組み合わせることにより、生体内での細胞の「機能」をイメージングすることができるようになった。

7.おわりに:骨組織の生体 2 光子励起イメージングの今後の応用と課題

 骨組織・骨髄腔には、多種多彩な種類の細胞現象が営まれている。破骨細胞や骨芽細胞・骨細胞による骨代謝制御の場であるばかりでなく、B リンパ球を始めとして種々の血液系細胞の発生・機能分化にとって極めて重要な部位である。また、メモリー B/T リンパ球などにより保持される長期免疫記憶の座所である。骨髄腔内での各種細胞の挙動・位置決めとその分化制御がなされる特殊な環境(ニッチ)の同定・解析は、現在、免疫学のみならず生命科学全般において極めて大きな研究課題と言える。一方では、癌の骨転移では、本来存在しないはずの細胞(癌細胞)が骨組織に到達し、しかも極めて巧妙に彼らにとっての「特別な場所」を見出して生き延びており、骨髄腔には内在・外来性に関わらず、多種多様な細胞がそれぞれのニッチを見つけて暮らしていることが分かる。こういった、骨髄腔内での各細胞の挙動・位置決めとその分化制御がなされる特殊な環境の同定・機能解析のためには、骨組織の生体 2 光子励起イメージングは極めて強力な研究ツールとなることが強く期待される。
 その一方で、本方法論に関して今後のさらなる技術革新が望まれるものとして、以下の点が挙げられる。
 @頭頂骨以外の骨組織のイメージング:現時点では、十分な解像度で可視化できる骨組織は、骨梁が薄くレーザー光を透過させやすい頭頂骨に限られている。基本的には、どこの部分の骨であっても、骨代謝や骨髄細胞の動態などには変化がないと考えられるが、それらを実証するためには、やはり長管骨など一般に広く研究に用いられている骨組織をライブイメージングにより解析する必要があり、今後の技術改良が望まれる。
 A長時間のライブイメージング系の開発:ガス麻酔下でマウスを生かしたままで、骨組織を手術的に露出してイメージングに当たっている現法では、連続した観察時間は 4 〜 5 時間程度が限界である。細胞の動きや細胞間の接触時間などをイメージングするのであれば、この観察時間で十分であるが、それより長い時間のかかる現象 (e.g. 細胞の分化など)をイメージングするためには別の測定系を構築する必要がある(マウスの長期間にわたり麻酔管理するか、手術野を閉じて経日的観察を可能にする、など)。このような技術革新も今後進められていくことが期待される。

 

著者プロフィール
氏名 石井 優(Masaru ISHII)
所属 大阪大学免疫学フロンティア研究センター・細胞動態学・教授
連絡先 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘 3-1
TEL : 06-6879-4267 FAX : 06-6879-8296
E-mail mishii@ifrec.osaka-u.ac.jp
略歴 1998     大阪大学医学部医学科卒業
2000-2005 大阪大学大学院医学系研究科 助手
2006-2008 米国国立衛生研究所 客員研究員
2009-2011 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 准教授
2011-    現職
2011-    科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業(CREST) 研究代表者
現在のテーマ 骨・免疫・がんをテーマとした、生体内での細胞動態を制御する基本原理の解明,この目的のための新しいイメージング技術の開発


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