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遺伝子発現の正確性を保証する mRNA 品質管理機構
mRNA quality control systems to ensure the accuracy in gene expression

稲田 利文
東北大学大学院薬学研究科

要旨

 The quality of mRNA is recognized by ribosome to express genetic information precisely, and aberrant translation termination triggers specific mRNA decay systems.  An aberrant mRNA lacking a termination codon(nonstop mRNA) is produced mainly by polyadenylation within an ORF but is rapidly degraded by a quality control system designated as non-stop decay(NSD). We have demonstrated that the synthesis of polylysine by translation of the poly(A) sequence leads to translation arrest, and the level of the product of nonstop mRNA is reduced 100-fold by rapid mRNA degradation, translation repression and protein destabilization by the proteasome. NSD releases a ribosome stalled at the 3’end of mRNA and stimulates the exosome to rapidly degrade the transcript. We found that Dom34:Hbs1 stimulates the decay of endogenous nonstop mRNAs from the 3’end by the exosome, and is required for the complete degradation of decay intermediates of nonstop mRNA.
 No-go decay(NGD) detects a ribosome blocked in translational elongation, and the mRNA is then endonucleolytically cleaved in the vicinity of the stalled site. The resulting mRNAs, with free 3' or 5' termin(5'- NGD intermediate and 3'-NGD intermediate), are further degraded by the exosome or Xrn1 exoribonuclease respectively. We also found that Dom34:Hbs1 complex dissociates the subunits of a ribosome that is stalled at the 3' ends of a 5'-NGD intermediate and stimulates its degradation by Exosome.
We propose that Dom34:Hbs1 stimulates degradation of nonstop mRNAs and 5'-NGD intermediates by dissociating ribosomes that are stalled at the 3’end of the mRNAs, which makes the released mRNA more vulnerable to nucleolytic attack, and that Dom34:Hbs1 plays crucial roles in both NSD and NGD.

キーワード mRNA 品質管理、異常 mRNA 分解、翻訳、リボソーム、プロテアソーム、ナンセンス変異

 

1.はじめに

 遺伝子産物の多様性を獲得することは、個体を形成する多種多様な細胞機能を獲得するために極めて重要な分子基盤である。限られた数の遺伝子からその数十倍もの遺伝子産物を生み出す最も重要な制御機構の 1 つは選択的スプライシングであり、1 つの前駆体 mRNA から多くの成熟型 mRNA を産生する機構である。一方で、選択的スプライシングの過程においては、高頻度でエラーが起こる結果、異常 mRNA が合成される。この様な異常 mRNA は、細胞の保持する品質管理機構によって認識され排除される。従って、通常の条件下で発現している mRNA は、様々な mRNA 品質管理機構による「認証」を受けたものであると考えることができる。 mRNA 段階での多様性獲得機構は mRNA 品質管理機構を前提として成立しており、遺伝子発現制御の理解には mRNA 品質管理の分子機構の理解が不可欠である。
 近年、真核生物における mRNA 品質管理機構の研究が進展し、新たな制御機構が発見されてきた 1)。現在までに、真核生物における mRNA 品質管理機構として、@本来の位置より上流に終止コドンを持つ mRNA を特異的に認識するナンセンス変異依存分解系(NMD)、A終止コドンを持たないノンストップ mRNA を特異的に認識するノンストップ依存分解系(NSD)、B翻訳伸長反応が阻害される配列を持った mRNA を特異的に認識する翻訳伸長阻害依存分解系(NGD)等が知られている 1)。これらの品質管理機構に必須な因子の多くは細胞増殖に必須であり、遺伝子破壊マウス(ノックアウトマウス)は多くの因子について胎生致死となる。また、生殖細胞の分化や維持や神経活動に重要な mRNA 品質管理因子も知られており、標的 mRNA の同定を進めることによって、品質管理因子による発現制御の生理的意義がより明確になることが期待される。
 筆者らは、mRNA の分解促進に加えて、翻訳抑制と異常タンパク質の分解が異常 mRNA 由来の異常タンパク質の発現抑制に重要であることを明らかにしてきた 2-6 )。この異常タンパク質の分解は異常 mRNA 由来の異常タンパク質の発現抑制機構として重要であるのみならず、翻訳に共役した新生ポリペプチド鎖のユビキチン化という点でも新しい分子機構である。本稿では、筆者らの研究成果を中心に、mRNA 品質管理の分子機構解析の現状について紹介する。

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2. 原核生物におけるノンストップ mRNA 品質管理機構 − tmRNA によるトランス翻訳−

 終止コドンの位置が異常である mRNA として、最も極端なケースは終止コドン自体を含まないノンストップ mRNA である。この異常なノンストップ mRNA の品質管理機構は、原核生物である大腸菌で最初に発見された 7)。 Sauer 博士らは、ヒト Interleukin-6(IL6)タンパク質を大腸菌で過剰生産させ精製を行った。その結果、大部分は全長のサイズのタンパク質であったが、わずかに短いタンパク質も精製された。これらの短いタンパク質を解析したところ、カルボキシル末端が欠失し、かつ IL6 の遺伝子にコードされていない 11 アミノ酸残基が付加されていた。この 11 アミノ酸残基をコードする領域を探索した結果、 ssrA とよばれる tRNA としての活性をもつ遺伝子内に存在していた。 2 つの異なる mRNA 由来のアミノ酸配列が 1 つのポリペプチド鎖中に存在することから、終止コドンを持たない mRNA から ssrA へとリボソームが乗り移るトランス翻訳という現象が明らかとなった。その後の解析の結果、以下の様なトランス翻訳の分子機構が明らかになり、 tRNA と mRNA の両方の機能を持つ分子として ssrA 遺伝子産物は tmRNA と命名された。

@ 終止コドンを持たない mRNA の末端で、リボソームが停滞する。
A mRNA が存在していない停滞したリボソームの A サイトに、アラニンをチャージした tmRNA と SmpB の複合体が結合する。
B ペプチド鎖転移反応がおこり、リボソームは tmRNA 内の ORF を翻訳する。
C tmRNA 内の ORF の終止コドンで翻訳が終結する。
D ノンストップ mRNA 由来の異常タンパク質のカルボキシル末端には、tmRNA にコードされたアラニン-アラニンの配列が存在する。その結果、この配列を認識するプロテアーゼにより異常タンパク質は迅速に分解される。

 大腸菌でヒト IL6 タンパク質を過剰生産させるための IL6 mRNA の一部が 3’末端からエキソヌクレアーゼによって分解される結果、終止コドンを持たない異常ノンストップ mRNA となり、このノンストップ mRNA を翻訳したリボソームが mRNA の 3’末端で停滞したと考えられる。トランス翻訳の分子機構と tmRNA の機能については、他に優れた日本語の総説もあるので、参照されたい。筆者は、名古屋大学理学研究科在職中に饗場弘二教授の元で tmRNA の研究を行っていたが、1998 年から UC バークレー校に留学し、Sachs 博士の研究室で翻訳開始の分子機構の研究を行った。 3 年後の帰国時に、新たな研究テーマを開始する機会に恵まれた。 2001 年当時、NMD 以外の mRNA 品質管理機構は全く不明であったため、真核生物におけるノンストップ mRNA の品質管理機構を研究テーマとした。

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3. ノンストップ mRNA 品質管理とポリ(A)鎖の新しい機能の発見

 ノンストップ mRNA は、正常細胞でも ORF 途中でのポリ(A)鎖の付加により産生され、 mRNA 全体の数% を占める。一方、欠失または挿入変異により終止コドンより下流まで ORF が継続した場合でも、3’非翻訳領域には全てのフレームで終止コドンが高頻度に存在する。従って、ノンストップのレポーター遺伝子へと改変可能な遺伝子は限定されており、出芽酵母の遺伝学で一般的に用いられる遺伝子中では HIS3 遺伝子がその条件を満たしていた。筆者は、2001 年に真核生物におけるノンストップ mRNA の品質管理機構の解析を開始し、 HIS3 遺伝子を用いてノンストップ mRNA のレポーター遺伝子を作製した。 mRNA とタンパク質の両方について発現定量を行い、 mRNA 段階での抑制は 5 分の 1 程度であり、タンパク質レベルでは発現は 100 分の 1 にまで抑制される結果を得た。この結果は、 mRNA の分解のみでなく、タンパク質合成もしくは異常タンパク質の分解の段階で制御が、品質管理に重要であることを示唆していた。
 筆者がノンストップ mRNA 品質管理の分子機構の研究を開始して 1 年後の 2002 年に、Parker 博士らが出芽酵母と培養細胞においてノンストップ mRNA 3’末端から迅速に分解されることを見いだし、この mRNA 品質管理機構を Non Stop Decay(NSD)と名付けた 8)。Parker博士らも、筆者同様遺伝子(HIS3 )を用いてノンストップのレポーター遺伝子を作製していたが、迅速な mRNA 分解のみで異常タンパク質の発現が抑制されることを提唱した。ノンストップ mRNA の迅速な分解には、 mRNA の3’末端で停滞したリボソームが mRNA から解離することが必須である。Parker 博士らは、3’末端で停滞したリボソームが Ski7 によってノンストップ mRNA から解離し、3’→ 5’方向のエキソヌクレアーゼであるエキソソーム(RNA 分解複合体)によって迅速に分解されるモデルを提唱した。しかしながら、Ski7 の機能を証明する実験結果は現在まで報告されておらず、3’末端で停滞したリボソームが解離される分子機構は筆者らがノンストップ mRNA 分解における Dom34:Hbs1 複合体の機能を明らかにするまで不明であった(後述)。また Parker 博士らは、タンパク質段階での制御機構については全く解析していなかった。その後筆者らは、タンパク質段階での制御機構について詳細な解析を行い、ノンストップ mRNA の品質管理機構におけるポリ(A)鎖の新たな機能を見いだした。ポリ(A)鎖は真核生物の普遍的な修飾であり、翻訳開始促進と mRNA 安定化に極めて重要な機能を持っているが、正常な mRNA では決して翻訳されない。一方、ノンストップ mRNA では終止コドンが存在しないため 3’末端まで翻訳が進行しポリ(A)鎖が翻訳される。その結果、@合成中のポリリジンとリボソームとの相互作用による翻訳伸長阻害(翻訳アレスト)、Aプロテアソームによる異常タンパク質の迅速な分解が起こることを見いだした 2, 3)。 この結果は、ポリ(A)鎖の翻訳自体が、多段階での発現抑制機構を作動させ、品質管理機構において必須な役割を果たすことを初めて明確に示している。真核生物の mRNA の普遍的な修飾であるポリ(A)鎖が、翻訳開始と mRNA 安定性制御に加えて mRNA 品質管理機構にも重要な役割を果たすことが、筆者らの研究により初めて明らかとなった。

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4. mRNA 品質管理機構における Dom34: Hbs1 複合体の機能

  様々な生物種において、特異的なアミノ酸配列を持ったタンパク質が合成された場合に、タンパク質合成反応(翻訳伸長反応)が阻害される。Parker 博士らは、出芽酵母において、mRNA の高次構造(ステムーループ)によって翻訳伸長反応が阻害された場合、mRNA が分子内で切断されることを 2006 年に報告し、 NGD (No-Go-Decay)と名付けた 9)。これは、本来停止することのないリボソームが mRNA 上で立ち往生することを細胞が異常と認識する結果、mRNA が迅速に分解される品質管理機構と考えることができる。Parker 博士らは、翻訳終結因子 eRF1:eRF3 複合体と相同性を示す Dom34:Hbs1 複合体が NGD に関与することを見いだした。その後、試験管内で再構成された翻訳反応系を用いて、 Dom34:Hbs1 複合体の活性が Green 博士 らによって解析された。その結果、 Dom34:Hbs1 複合体が翻訳伸長複合体の A サイトに結合し、@リボソームサブユニット解離と、Aリボソームからのペプチジル tRNA の解離を起こすことが示された 10)。これらの結果から、mRNA 上で立ち往生したリボソームに Dom34:Hbs1 複合体が結合し、リボソームの解離を引き起こし、その後に未知の mRNA 分解酵素によって分子内切断が起こるモデルが考えられていた。
 筆者らはノンストップ mRNA の 3’末端で停止したリボソームに対して Dom34:Hbs1 複合体が結合し、各サブユニットへと解離させる可能性を示唆する結果を得た。この活性を検証する為に、自己切断活性を持つハンマーヘッドリボザイムを用いて効率よくノンストップ mRNA を細胞内で発現させる系を構築し、Dom34:Hbs1 複合体が mRNA の 3’末端で停滞したリボソームを解離させるかを検討した。その結果、@ノンストップ mRNA 由来のタンパク質の合成には Dom34:Hbs1 複合体が必要である 11, 12)、A Dom34:Hbs1 複合体非存在下の細胞では、ノンストップ mRNA の末端で停滞したリボソームがペプチジル tRNA を含む状態で存在する 12)、ことが明らかとなった。この結果から、 Dom34:Hbs1 複合体が、終止コドン非依存の翻訳終結反応に必須であることが in vivo で初めて証明された(図 1)。同様の結果が、酵母とヒトの試験管内翻訳反応系を用いた生化学的解析においても証明されている 13, 14)。 Dom34 は tRNA と極めて類似した構造を保持し 11)、GTP 結合因子 Hbs1 との複合体としてリボソームの A サイトに結合し、終止コドン非依存にリボソームを mRNA から解離させることが明らかとなった。

 ノンストップ mRNA の 3’末端で停滞したリボソームが mRNA から解離する反応は、エキソソームによるノンストップ mRNA の分解に必須である。筆者らは、 Dom34:Hbs1 複合体非存在下でのノンストップ mRNA の安定性を検証し、 Dom34:Hbs1 複合体がノンストップ mRNA の迅速な分解に必須であることを証明した。NGD においても、翻訳伸長阻害に依存した mRNA の分子内切断の結果生じる 2 つの分解中間体のうち、5’- NGD 中間体はキャップ構造を持ち、終止コドンを持たないノンストップ mRNA である。筆者らは、5’側の分解中間体 (5’- NGD 中間体)が Dom34:Hbs1 複合体依存に分解されることを見いだした 12)。 Dom34:Hbs1 複合体は、翻訳活性を失った異常リボソーマル RNA の迅速な分解機構(NRD)にも関与する品質管理因子である。これらの結果から、 Dom34:Hbs1 複合体が、「停滞したリボソーム」という共通した異常翻訳を認識し、3 つの品質管理機構 (NGD/NRD/NSD)を作動させる普遍的な品質管理因子であることが明らかになった。

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5. ノンストップ mRNA 品質管理の分子機構

 ノンストップ mRNA ではポリ(A)鎖が翻訳される結果、翻訳伸長阻害と異常タンパク質のプロテアソームによる分解が起こることを筆者らは明らかにした。また、Dom34:Hbs1 複合体によって末端で停滞したリボソームが解離されることで、エキソソームによるノンストップ mRNA の分解が促進されることを見いだした。これらの結果を統合すると、以下の様なノンストップ mRNA 品質管理の新規分子機構が考えられる (図 2)。

@ 終止コドンが存在しないため、ポリ(A)鎖までリボソームが翻訳を継続する結果ポリリジンが合成され、翻訳伸長反応が阻害される 2, 3)。リボソームトンネルとポリリジンとの静電的相互作用の結果、リボソームの活性または構造が変化して翻訳伸長反応が阻害されると予想される。
A 最終的に mRNA の末端でリボソームが停止する。
B mRNA の末端で停止したリボソームの A サイトには mRNA (コドン)が存在しないため、eRF1:eRF3 複合体やアミノアシル tRNA は結合しない。その結果として、Dom34:Hbs1複合体が結合し、リボソームを mRNA から解離させる 12)
C mRNA の 3’末端が解放され、エキソソームが 3’末端から効率よくノンストップ mRNA を分解する 8, 12)。ノンストップ mRNA のポリ(A)鎖はリボソームによって翻訳されるため、ポリ(A)結合タンパク質(PABP)がポリ(A)鎖から解離している。その結果、5’末端からも Xrn1 によって効率よく分解される 2)
D 異常タンパク質もユビキチン化されプロテアソームによって分解される 3, 15)

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6.異常 mRNA に起因する遺伝性疾患と治療の現状

 遺伝子疾患の原因変異は、近年のヒトゲノム研究により数多く同定されている。しかしながら、ほとんどの遺伝病について未だ治療法は確立されてない。異常 mRNA に由来する異常タンパク質は、細胞の正常な機能を阻害する可能性があり、品質管理機構で発現が抑制されると考えられる。例えば、ヒトの遺伝病の主要な原因変異であるナンセンス変異は、異常な位置での翻訳終結を引き起こす。ナンセンス変異を持つ異常 mRNA は NMD によって認識され、迅速に分解される。最近筆者らは、ナンセンス変異を持つ異常 mRNA から合成される異常タンパク質のプロテアソームによる分解が、 NMD 因子によって促進される機構を発見した 5)。この機構も、異常 mRNA に由来する異常タンパク質の発現を抑制する品質管理機構の1つである。
 嚢胞性線維症の患者の 10%、およびデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者の 13 % は、ナンセンス変異が原因で発症する 16)。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは小児期のうちに発症する致死的な遺伝性疾患であり、筋ジストロフィー症の中で最も頻度が高い。日本と欧米で約 3 万人の患者がいるとされ、男児の 3500 人につき 1 人の割合で発症する。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの大部分は、X 染色体に存在するジストロフィン遺伝子に変異を持つために筋肉のジストロフィンが正しく合成されず、筋細胞が異常となる。嚢胞性線維症の原因遺伝子は、塩素イオンチャンネルをコードする CFTR (cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)である。 CFTR の機能欠損によって、上皮細胞にある塩素イオンチャンネルの機能欠損やナトリウムイオンの再吸収の低下がおこり発症する。これらの疾患の治療法として、@遺伝子を操作することなく活性を持つ正常タンパク質を合成させるリードスルー剤と、Aナンセンス変異を持つエキソンを除く様なスプライシング反応を促進し、正常タンパク質より短いが活性を持ったタンパク質を合成させるエキソンスキップ法の開発が進められている。
 ナンセンス変異を持った異常 mRNA から正常なタンパク質を合成させる最も単純でかつ根本的な方法は、ナンセンス変異での翻訳終結を阻害して翻訳を継続させ(終止コドンの読み飛ばし:リードスルー)、かつ正常な終止コドンでの翻訳終結は阻害しない低分子化合物を同定することである。ゲンタマイシン等のアミノグリコシド系薬剤がリードスルー活性を示すことは知られている。しかしながら、@有効濃度の維持が困難、A腎毒性や聴毒性などの副作用がある、等の理由から実際の治療にはほとんど使われていない。米国の PTC Pharmaceutical 社(現 PTC Therapeutics 社)は、リードスルー活性を持つ低分子化合物 Ataluren の同定に成功した 16)。Ataluren は、デュシェンヌ型筋ジストロフィー疾患モデルマウスを用いた予備実験で@特異性が高い、A副作用がほとんどない、B腹腔注射のみでなく経口投与でも十分効果が得られることが示された。昨年度までに、ナンセンス変異に起因する筋ジストロフィー(デュシェンヌ型筋ジストロフィー)と嚢胞性線維症について Phase 2 試験が完了している。
 デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者の多くは一部のエキソンの欠失変異を保持している。エキソン 50 の欠失変異の場合、タンパク質合成の読み枠が変化し異常な位置で翻訳が終了するため、活性を持ったタンパク質は合成されない。しかしながら、ジストロフィン遺伝子は 79 のエキソンから構成される非常に大きな遺伝子であり、ジストロフィンタンパク質は繰り返しの構造を持っており、一部を欠失しても依存として機能を保持できる。従って、エキソン 51 を 含むスプライシング反応を阻害して短い成熟型 mRNA が合成されても、正常な終止コドンまで翻訳が行われた場合には、活性を持ったジストロフィンが合成される。この様に、アンチセンス・オリゴヌクレオチド等を用いて目的のエキソンを含むスプラシング反応を阻害して、活性を持ったタンパク質を合成させる方法は、エキソンスキップ法と呼ばれる。活性のあるジストロフィンの合成が可能となる患者を対象にした治療薬の臨床試験が行われており、その結果が期待される。

7.今後の展望

 異常 mRNA 由来の異常タンパク質の発現抑制に、mRNA の分解促進に加えて、翻訳抑制と異常タンパク質の分解が重要であることを明らかにしてきたが、その分子機構の一端が解明されつつある。特に、異常タンパク質の分解に関与する E3 ユビキチンライゲースの特異性や、翻訳に共役したユビキチン化の反応については、今後数年で飛躍的に解明が進むと予想される。ペプチジル tRNA である翻訳アレスト産物のペプチド鎖解離反応を担う因子や NGD を担うエンドヌクレアーゼの同定など、解決すべき問題は山積している。年々競争が激化しているが、今後も独自の視点で本質に迫る研究を目指して努力したい。

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著者プロフィール
氏名 稲田 利文
現職 東北大学大学院薬学研究科 教授
学位 平成 4 年 3 月 博士 (理学)
生年月日 1964. 11. 6 生
出生地 鹿児島県奄美大島
略歴 1992 年東京大学理学系大学院生物化学専攻博士課程終了。
同年名古屋大学理学部分子生物学科情報高分子学講座助手。
98 年 4月より 01 年 3 月まで、カリフォルニア大学バークレー校留学(日本学術振興会海外特別研究員)。 2002 年 7 月名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 助教授。
2005 年 10 月〜 2009 年 3 月まで戦略的創造研究推進事業 (さきがけ)「代謝と機能制御」研究者兼任。 2010 年 10 月より現職
研究テーマと抱負 mRNA 品質管理の分子機構を解明し、遺伝子発現の全体像の理解と遺伝病治療薬の開発につなげたい。
ホームページ http://www.pharm.tohoku.ac.jp/~idenshi/idenshi-j.shtml

 

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