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がん細胞を制御するエピジェネティクス
Implications of Epigenetic Alterations in Human Neoplasia

近藤豊 (Yutaka Kondo) 近藤豊 (Yutaka Kondo)
愛知県がんセンター研究所
分子腫瘍学部

【要約】

 Besides known genetic changes, aberrant epigenetic alterations have emerged as common hallmarks of many human cancers. Epigenetic silencing in cancer cells is regulated by multiple factors, DNA methylation, histone modifications, chromatin structure, and non-coding RNA.  It has been recognized that dysregulation of epigenetic mechanisms is found in almost all types of cancers and contributes to malignant transformation via silencing multiple tumor suppressor genes. Therefore, deciphering the epigenetic signature in each tumor type is required to better understand tumor behavior and might be of benefit for clinical diagnostics and therapy. In this essay, the current key topics including our findings in cancer epigenetics are introduced and briefly discussed.

キーワード:
エピジェネティクス、がん、DNA メチル化、ヒストン修飾、がん幹細胞

 

1.はじめに

 分子生物学の進歩に伴い、生体内での分子相互作用に基づく生命現象や、その調節異常に起因する様々な疾患発症のメカニズムが明らかになりつつある。細胞の働きを調節するタンパク質の発現には、遺伝子の転写・翻訳が関わっており(ジェネティクス)、遺伝子の転写・翻訳の調節にはエピジェネティクスが寄与している。さらにエピジェネティクスは、タンパク質により制御されていることから、生命機能に関わるジェネティクス−エピジェネティクス−タンパク質の統合的調節機構は、生命現象の中心的役割を担っていると考える。
 エピジェネティクスは、細胞の発生・分化・老化、リプログラミングなど多彩な生物学的現象に関わっている。細胞のリプログラミングに関わることから再生医療・生殖医療分野に欠かせない概念であり、またエピジェネティクスの異常は、統合失調症や生活習慣病、そして、とりわけがんの発症に深く関与すると考えられている。
 現在、日本人の 3 人に 1 人はがんで死亡するとされており、働き盛りの年代におけるがん死は社会的問題にもなっている。一般に固形腫瘍は組織多様性を示すことが多く、腫瘍内に高い転移能・浸潤能を持った細胞集団が存在する場合がしばしば見られる。医療の進歩によりがんに対する治療成績が向上しつつあるが、浸潤・再発・転移をきたすがんは、依然として有効な治療法が限られ克服すべき課題である。
 最近の研究から、がん細胞にはジェネティックな遺伝子異常に加えて、様々なエピジェネティック異常が蓄積していることが明らかになってきた。エピジェネティック異常はがんの発生早期の段階から発育進展にいたるまで、その特性に大きく影響を与えている。エピジェネティックな異常の影響は、広範に遺伝子制御異常に及ぶと考えられており、がんにおけるエピジェネティック異常の解明は、がん医療を考えていく上で喫緊の課題である。エピジェネティック機構には、安定した修飾である DNA メチル化、可逆性を保持しているヒストン修飾、さらにはクロマチン構造変化や、非翻訳 RNA などの複数のエピジェネティクス機構が多彩なクロストークを介して遺伝子発現を調整している(図1)。
 最近 DNA メチル化やヒストン修飾異常を標的とした治療が臨床の場に取り入れ始めており、がん細胞におけるエピジェネティクス制御機構を理解することは、がんの発生・進展に関わる制御機構の解明につながり、有効な診断・治療標的としての展望が期待できる。

図1 エピジェネティクス修飾とヒストン修飾

 

2.DNA メチル化異常

 ヒトの遺伝子を詳しく観察すると、限局的に CpG に富む 500−2000 bp の領域があり、この領域の CpG のシトシンはメチル化修飾されていない(CpG アイランド)。ヒトのハウスキーピング遺伝子(細胞が生存するために必須なたんぱく質をコードする遺伝子群)の約 60% は CpG アイランドをプロモーター領域に有すると考えられている。1990 年代に入り、がん抑制遺伝子である Rb 遺伝子の CpG アイランドの DNA メチル化と遺伝子発現抑制との関連が発見された 1)。その後相次いで DNA メチル化と遺伝子発現抑制との相関が、がん抑制遺伝子である p16 遺伝子や VHL 遺伝子などで報告され、現在では、DNA メチル化は遺伝子不活化機構の中で欠失・変異に次ぐ第 3 のメカニズムとして認識されつつある 2)。 腫瘍と DNA メチル化異常の関連は、古くはメチル化シトシンの含有量の検討より、腫瘍では一般に DNA は低メチル化状態にあることがわかっていた。腫瘍の低メチル化はゲノム内の反復配列の低メチル化に起因すると考えられている。すなわちがん細胞における DNA メチル化は、ゲノム全体の低メチル化状態と特定の遺伝子の CpG アイランドにおける高メチル化が特徴であり、正常細胞とは異なった状態となっている。
 がん細胞では、DNA メチル化によってしばしば複数の遺伝子が同時に抑制されている。DNA メチル化の頻度は遺伝子ごとに異なり、加齢とともに DNA メチル化レベルが上昇する遺伝子や、がん特異的に DNA メチル化する遺伝子があることがわかっている。がん細胞の由来臓器によってもターゲットとなる遺伝子は異なる 3,4)
こうしてみると DNA メチル化異常は、一見ランダムな事象のように思えるが、実際はランダムではなく選択性があることがわかっている。また最近の網羅的解析により、発がん過程に関連しない遺伝子の CpG アイランドが高頻度にメチル化していることが見出されていることから、必ずしも増殖に有利なように遺伝子がメチル化するわけではないこともわかってきた 5)
 DNA メチル化標的遺伝子のうち、E-cadherin(CDH1)や Tissue inhibitor of metalloproteinase-3(TIMP-3)遺伝子等のがんの浸潤・転移を抑制する遺伝子がサイレンシングされると、がんは高転移能・高浸潤能をもつがんになる。また O6-methylguanine DNA methyltransferase(MGMT)遺伝子がメチル化すると、遺伝子修復に異常が起こる 6)。さらに大腸がん、脳腫瘍(グリオーマ)、乳がんの一部の症例で DNA メチル化が高頻度に蓄積し(CIMP : CpG island methylator phenotype)、特異な臨床像を示すことが報告されており、DNA メチル化異常は、がんの病態に影響していると考えられる 7-9)。したがって、がん細胞に特徴的な DNA メチル化異常の検出、さらにがんの性質に影響を与える特徴的なエピジェネティクスプロファイルを明らかにすることは、がんの個性に応じた治療方針決定にもつながると考える。

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3.DNA メチル化異常の診断への応用

 がんの診断マーカーとしての DNA メチル化異常の検出はいくつかの利点がある。例えば、@ DNA メチル化は安定した修飾であり、DNA 自身も RNA やタンパクに比べると非常に安定しているため検体として用いやすい、A MethyLight やパイロシークエンス法などの精度の高い比較的簡便なアッセイ法がある、B がんに特異的に DNA メチル化する遺伝子が存在する、などが挙げられる 10)。上述のように一部のがんでは、DNA メチル化異常が、がんの病態と関連しているため、DNA メチル化異常の検出を、がんの診断・治療に応用する試みが行われている。
 MGMT 遺伝子のメチル化は、グリオブラストーマに対するアルカリ化剤(Temozolomide)治療への感受性を評価するために有用である 11)。喫煙者の喀痰中の p16、MGMT のメチル化検出は、非小細胞性肺がんと臨床的に診断される約 3 年前から既に検出できると報告されており、早期診断マーカーとしての DNA メチル化の有用性が示された 12)。最近、私たちの研究室では網羅的解析から、がんの中でも、特にこれまであまり解析がされていなかった腫瘍に焦点を絞り、存在・病態診断に応用できるマーカーの同定を試みている。悪性胸膜中皮腫はアスベストの暴露後に発症する予後が極めて悪い疾患である。悪性胸膜中皮腫と肺腺がんの網羅的なメチル化解析を行い、中皮腫特異的にメチル化している遺伝子を見出した(図2)。これらのマーカーを用いた胸水などの臨床検体への応用が期待できる 13)。消化管間質腫瘍(Gastrointestinal stromal tumor, GIST)は、KIT 遺伝子や PDGFRα 遺伝子の変異を早期から高頻度に認める。しばしば高悪性度の GIST に進展するが、その予測分子マーカーはほとんどわかっていない。高悪性度 GIST と低悪性度 GIST の網羅的 DNA メチル化解析を行い、両者を区別するマーカーを同定した。またその過程で胃に発生する GIST と小腸に発生する GIST は、異なった DNA メチル化プロファイルを呈しそれぞれ独立した疾患であると考えた 14)図2)。
 大腸がんでは、CIMP(上述)の存在が 1990 年代後半より提唱されてきたが、最近 DNA メチル化の網羅的解析により、脳腫瘍(グリオブラストーマ)、乳がんでその存在が証明され、特徴的な臨床像を呈することがわかってきた 7,9,8)(表1)。これまでの研究から、さらに別のがん種でも CIMP が存在する可能性が高いと考えられる。その証明には、まず DNA メチル化の網羅的解析によりメチル化が高度蓄積した CIMP 症例を同定し、それらの CIMP 症例を効率的に選別可能なメチル化マーカーを用いて、CIMP 症例の特徴的な臨床病理学的背景を明らかにすることが必要である。さらに臨床像を明らかにすることで、それらのがんの個性に合わせた治療法を将来選択することが期待される。

図2 DNA メチル化網羅的解析によるヒトがん診断マーカーの開発
表1 主なDNA メチル化高集積腫瘍(CIMP)の特徴

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4.がんの可塑性に関わるエピジェネティクス

 一方、がん形成に寄与するエピジェネティック異常は、DNA メチル化のみならず、ヒストン修飾による遺伝子の不活化も重要な役割を果たしている(図1)。抑制系のヒストン修飾としてヒストン H3 リシン(K)9 のメチル化は DNA メチル化と共存することが多く、強固な遺伝子不活化機構として働く 15)。別の抑制性ヒストン修飾である H3K27 トリメチル化(H3K27me3)は DNA メチル化に非依存的に遺伝子を不活化可能であり 16)、さらに一部の遺伝子では DNA メチル化に先行する修飾でもあることがわかってきた。がん細胞ではこうした複数のエピジェネティクス機構がネットワークを形成し、がんの発生・進展に関わっていると推測される(図3)。
 最近、胚性幹細胞(ES 細胞)を用いた研究から、その分化制御にはポリコームタンパクを介した H3K27me3 修飾が深く関与していることが分かってきた。がんが元来モノクローナルな増殖細胞を起源とすると考えると、がん細胞においても組織多様性を獲得していく過程で、ポリコームタンパクをはじめとするエピジェネティクス機構が、その分化を制御している可能性が予測される。がん組織内には自己複製能と多分化能を持つ幹細胞様がん細胞(がん幹細胞)が存在すると考えられている 17,18)。私たちの研究室では、固形腫瘍が組織多様性を示す背景に、がん幹細胞の存在と、可塑性のあるエピジェネティックな制御機構が関与していると考え、脳腫瘍幹細胞(Gliomastem cell, GSC)を樹立して、その腫瘍細胞分化に関わるエピジェネティクス機構の解明を試みている。GSC の分化誘導にはポリコームタンパクのひとつである EZH2 (H3K27 メチル化酵素)をはじめとするエピジェネティクス機構が、その分化を制御している可能性が予測されるデータを得ている。様々な腫瘍でがん幹細胞の存在が考えられているが、このがん幹細胞の維持にも ES 細胞と同様にポリコームタンパクによる可塑性のある遺伝子制御が重要な働きをしていると推測される。がん細胞は増殖、浸潤、転移していくなかで周囲の環境からの影響を受けながらその環境に適応していくが、その際にも H3K27me3 修飾を中心としたエピジェネティクス制御機構が関与していると考える。この機構により、がん細胞は可塑性を保ち、高い転移能、浸潤能、治療抵抗性といったがん組織の不均一性や多様性の形成につながると考える。さらに H3K27me3 修飾という可塑性のある変化は、やがて DNA メチル化という安定した変化に置き換わるのかもしれない(図319)

図3 エピジェネティクス制御とがん細胞分化

5.エピジェネティクス治療に向けて

 上述のようにがん細胞のエピジェネティック異常は多彩にがんの生物学的特性に関わっている。エピジェネティクス治療の目標は、エピジェネティック異常により脱制御されている遺伝子機能を正常状態に戻すことにある。DNA メチル化により発現抑制されたがん抑制遺伝子は、DNA 脱メチル化剤治療により再活性化を目指すことが可能である。臨床で用いられている脱メチル化剤には 5-azacytidine、5-aza-2’-deoxycytidine があり、両者ともヌクレオチドのアナログとして DNA 合成の際に取り込まれ、DNA メチル化酵素をトラップすることでその活性を抑える 20)。日本でも骨髄異形成症候群の治療に取り入れられており、奏効率は 20-30% と報告されている。特に DNA 脱メチル化剤による治療反応性が良い症例群では、治療後の脱メチル化レベルの変化がより顕著である 21)。現在 DNA 脱メチル化剤は、骨髄異形成症候群のみではなく急性骨髄性白血病などの血液腫瘍に対しても治験が進められている 22)
 ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤のうち臨床応用にされている薬剤は、バルプロン酸、suberoylanilide hydroxamic acid (SAHA)などで、血液腫瘍を中心にこれらの薬剤を用いた治療が行われている。HDAC 阻害剤は p21 の発現を誘導することや、p53 を活性化することで、細胞周期を停止させたり、アポトーシスを誘導することにより抗腫瘍効果を示すと考えられている。また不活化された遺伝子のアセチル化を誘導することで複数の遺 伝子の再活性化にもつながる。
 HDAC 阻害剤とその他の分子標的治療薬との併用も試みられている。急性前骨髄球性白血病(APL)は、ビタミン A 製剤であるオールトランスレチノイン酸(ATRA)による分化誘導療法が有効な場合が多いが、時に ATRA 治療抵抗性の APL も存在する。そのような APL に対して HDAC 阻害剤と ATRA の併用によって分化が誘導された報告がある 23)。一般に EGFR (上皮成長因子受容体)に変異がある非小細胞性肺がんはチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)に感受性が高い。TKI に耐性を示すようになった EGFR 変異型肺がん細胞株に対して、HDAC 阻害剤と TKI の併用投与を行った結果、TKI 感受性が回復し増殖抑制効果が見られるようになった 24)
 ヒストンメチル化酵素阻害剤の臨床応用も進みつつある。3-deazaneplanocin A (DZNep)はもともと抗ウイルス剤として開発されたが、EZH2 を含む PRC2 を阻害することで H3K27 トリメチル化を抑え、がん細胞をアポトーシスに導くことができると報告された 25)。Suva らは脳腫瘍のがん幹細胞において DZNep は形態の変化をおこし、増殖抑制をもたらすことを報告している 26)。米国では Epizyme 社と GlaxoSmithKline 社が EZH2 阻害剤を同定し、臨床応用への展開を急速に進めている。
 近年のがん治療では発がんに関わる固有の分子を標的とする分子標的薬が開発され、すぐれた効果を示している。エピジェネティクスを標的とした治療薬も臨床応用され、一部の腫瘍に対して有効であることがわかり、がん治療戦略の新しい選択肢となりつつある。一方でがんのエピジェネティクス治療にはいくつかの問題が残されている。例えば脱メチル化剤やヒストンアセチル化酵素阻害剤といったエピジェネティクス治療薬は、修飾酵素の阻害が直接の作用であり、他の分子標的薬と同様に作用機序が明確であるが、その下流の標的には不明な点が多い。また多彩なエピジェネティクス機構に対して治療薬の種類が限られており、新たな治療薬の開発が切望されている。今後、真の分子標的薬としてのエピジェネティクス治療を展開していく上で、特異性をどのようにあげていくか、またどの症例に対してエピジェネティクス治療を行っていくかは重要な課題である。より有効な治療法を選択する上で、個々のがんのエピジェネティック異常についての研究の展開が期待される。

筆者紹介
名前 近藤 豊 (Yutaka Kondo) 45 歳
所属 愛知県がんセンター研究所 分子腫瘍学部
連絡先 〒464-8681  愛知県名古屋市千種区鹿子殿1-1
TEL: 052-762-6111(7073)  FAX: 052-764-2993
略歴  1990年名古屋市立大学医学部卒(MD)、卒後 6 年ほど臨床医をしていましたが、思い立って大学院に進学し 2000 年 PhD 取得。
 現在の研究テーマは、がんエピジェネティクス、エピジェネティクスを標的とした診断・治療法の開発。趣味は読書、音楽鑑賞。植物を育てること。肉を焼いて食べること。植えた草木が、ある時期に芽吹き開花するのを目にすると自然の力強さに感動します。

 

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