はじめに
解糖系およびミトコンドリアで産生されるATPは、細胞が生きていくためのエネルギー源として重要です。一方、細胞外に放出されたATPは、損傷を受けた細胞や死にかけている細胞から放出されるダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns; DAMPs)の1つとしても知られており、神経伝達や細胞増殖、炎症、免疫反応における重要な細胞間情報伝達物質として働きます。例えば、ヒト肺繊維芽細胞では、酸化ストレスにより放出されたATPを介して細胞老化が誘導されることが報告されています。また、ATPは細胞死の初期に放出される分子であることから、ネクロプトーシスやパイロトーシスといった細胞死の詳細なメカニズム解明においても注目されています。 Extracellular ATP Assay Kit-Luminescenceは、細胞培養上清中のATPを検出できるキットです。96ウェルマイクロプレートに対応しているため、多検体測定が可能です。 |
![]() |
図1 Extracellular ATP Assay Kit-Luminescenceの測定原理 |
キット内容
Enzyme Solution | 20 µl×1 |
Substrate | ×1 |
eATP Assay Buffer | 11 ml×1 |
保存条件
0–5 °Cで保存して下さい。
必要なもの(キット以外)
- 無血清培地
- マイクロプレートリーダー(発光測定に対応しているもの)
- 96穴白色マイクロプレート
- 20–200 µlのマルチチャンネルピペット
- 100–1000 µl、20–200 µl、2–20 µlマイクロピペット
- コニカルチューブ
使用上のご注意
- キットの中の試薬は、室温に戻してからご使用下さい。
- 輸送中の振動等により、内容物がチューブ壁面やキャップ裏面に付着している場合がありますので、内容物を底面に落とした後に開封して下さい。
- 正確な測定値を得るために、1つの測定試料につき複数(n=3以上)のウェルをご使用下さい。
- 本キットにはガラス製容器およびアルミ製シールキャップを使用しております。取扱いに際しては、保護手袋を着用して下さい。
- 培地交換の操作を行うと、それが刺激となり放出されたATPが検出されます。そのため、培地交換後は必ず3時間のインキュベートを行って下さい(図2参照)。
- 測定サンプルとなる細胞培養上清を96穴白色マイクロプレートに移す際は、シングルピペットをご使用下さい。
- 細胞外ATP測定における注意点については図3を参照して下さい。
![]() |
||||
図2 培地交換による影響 | ||||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|||
![]() |
![]() |
|||
![]() |
||||
図3 細胞外ATP測定における注意点 |
溶液調製
Working solutionの調製
- Substrate のバイアル瓶にeATP Assay Bufferを1 ml加える。
※Substrateのバイアル瓶は減圧になっております。開封する際に中身が飛び出る可能性がありますので、ゆっくりゴム栓を開けて下さい。 - eATP Assay Bufferを加えたバイアル瓶にゴム栓をして転倒混和し全てeATP Assay Bufferの容器に戻す。
- Enzyme Solution 20 µlをeATP Assay Bufferの容器に加え転倒混和する。
※Enzyme Solutionの内容物がチューブ壁面やキャップ裏面に付着している場合がありますので、使用前に振り落としてからご使用下さい。
※Working solution調製後は冷凍保存(-20 °C)して下さい(1ヶ月間安定)。
操作
図4を参照し、実験系に応じていずれかの操作方法を選択して下さい。
![]() |
図4 細胞外ATP測定の実験操作選択ガイド |
実験操作①-薬剤処理による時間変化を追わない場合-
<付着細胞>
![]() |
図5 付着細胞を用いた実験操作 |
- 細胞をプレートに播種し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で一晩培養する。
※細胞数目安:
96穴マイクロプレートの場合 2-5×104 cells/well
24穴プレートの場合 1.5-4×105 cells/well - 培地を除去する。
- 無血清培地を添加し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で3時間培養する。
※培地添加量:
96穴マイクロプレートの場合 50または100 µl/well
24穴プレートの場合 250 µl/well
※培地に血清を含む場合、細胞から放出されたATPが分解しやすくなるため、無血清培地の使用を推奨します。
血清を含む培地のご使用については製品webページを参照して下さい。 - 操作3)で添加した培地量と同体積の薬剤含有無血清培地を添加し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で培養する。
- 細胞培養上清を96穴白色マイクロプレートに移す。
※96穴白色マイクロプレートに移す液量については表1を参照して下さい。
※シングルピペットをご使用下さい。
表1 培地添加量および細胞培養上清回収量96穴マイクロプレート 24穴プレート 無血清培地添加量
[操作3)]50 µl/well 100 µl/well 250 µl/well 薬剤含有無血清培地添加量
[操作4)]50 µl/well 100 µl/well 250 µl/well 細胞培養上清回収量
[操作5)]50 µl/well 50または100 µl/well 50または100 µl/well - Working solution 100 µlを各ウェルに入れる。
※気泡は発光値に影響しますので、電動ピペットをご使用の際は気泡が生じにくいリバースピペットモードのご使用をお勧めします。
※Working solution添加後、プレートシェーカー等で2分間振盪することをお勧めします。光によって発光シグナルが不安定になりますので、
光が差し込む場所で振盪する際は、アルミホイル等で遮光して下さい。 - Working solutionを添加したプレートを25 °Cに設定したプレートリーダーの中に入れ、10分間インキュベートする。
※プレートリーダーで温度設定ができない場合は、遮光し25 °Cのインキュベーターもしくは25 °C付近の室温で10分間インキュベートして下さい。
※上記インキュベートは発光シグナルを安定させるために必要です。 - 発光量(RLU)を測定する。
<浮遊細胞>
![]() |
図6 浮遊細胞を用いた実験操作 |
- コニカルチューブに無血清培地で回収した細胞懸濁液を準備する。
※培地に血清を含む場合、細胞から放出されたATPが分解しやすくなるため、無血清培地の使用を推奨します。
血清を含む培地のご使用については製品webページを参照して下さい。 - 細胞をプレートに播種し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で3時間培養する。
※細胞数目安:
96穴マイクロプレートの場合 1-2×105 cells/well (50または100 µl/well)
24穴プレートの場合 1-2×106 cells/well (250 µl/well) - 操作2)で播種した細胞懸濁液の量と同体積の薬剤含有無血清培地を添加し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で培養する。
- 細胞培養上清を96穴白色マイクロプレートに移す。
※96穴白色マイクロプレートに移す液量については表2を参照して下さい。
※シングルピペットをご使用下さい。
表2 培地添加量および細胞培養上清回収量96穴マイクロプレート 24穴プレート 細胞懸濁液量
[操作2)]50 µl/well 100 µl/well 250 µl/well 薬剤含有無血清培地添加量
[操作3)]50 µl/well 100 µl/well 250 µl/well 細胞培養上清回収量
[操作4)]50 µl/well 50または100 µl/well 50または100 µl/well - Working solution 100 µlを各ウェルに入れる。
※気泡は発光値に影響しますので、電動ピペットをご使用の際は気泡が生じにくいリバースピペットモードのご使用をお勧めします。
※Working solution添加後、プレートシェーカー等で2分間振盪することをお勧めします。光によって発光シグナルが不安定になりますので、
光が差し込む場所で振盪する際は、アルミホイル等で遮光して下さい。 - Working solutionを添加したプレートを25 °Cに設定したプレートリーダーの中に入れ、10分間インキュベートする。
※プレートリーダーで温度設定ができない場合は、遮光し25 °Cのインキュベーターもしくは25 °C付近の室温で10分間インキュベートして下さい。
※上記インキュベートは発光シグナルを安定させるために必要です。 - 発光量(RLU)を測定する。
実験操作②-薬剤処理による時間変化を追う場合-
<付着細胞>
![]() |
図7 付着細胞を用いた実験操作 |
- 細胞をプレートに播種し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で一晩培養する。
※細胞数目安:
96穴マイクロプレートの場合 2-5×104 cells/well
24穴プレートの場合 1.5-4×105 cells/well - 培地を除去する。
- 無血清培地を添加し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で3時間培養する。
※培地添加量:
96穴マイクロプレートの場合 50または100 µl/well
24穴プレートの場合 250 µl/well
※培地に血清を含む場合、細胞から放出されたATPが分解しやすくなるため、無血清培地の使用を推奨します。
血清を含む培地のご使用については製品webページを参照して下さい。 - 操作3)で添加した培地量と同体積の薬剤含有無血清培地を薬剤処理x時間のウェルに添加する。
- 操作3)で添加した培地量と同体積の無血清培地のみをコントロールのウェルに添加する。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)でA時間培養する。
- 操作3)で添加した培地量と同体積の薬剤含有無血清培地を薬剤処理y時間のウェルに添加する。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)でB時間培養する。
- 操作3)で添加した培地量と同体積の薬剤含有無血清培地を薬剤処理z時間のウェルに添加する。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)でC時間培養する。
- 細胞培養上清を96穴白色マイクロプレートに移す。
※96穴白色マイクロプレートに移す液量については表3を参照して下さい。
※シングルピペットをご使用下さい。
表3 培地添加量および細胞培養上清回収量96穴マイクロプレート 24穴プレート 無血清培地添加量
[操作3), 5)]50 µl/well 100 µl/well 250 µl/well 薬剤含有無血清培地添加量
[操作4), 7), 9)]50 µl/well 100 µl/well 250 µl/well 細胞培養上清回収量
[操作11)]50 µl/well 50または100 µl/well 50または100 µl/well - Working solution 100 µlを各ウェルに入れる。
※気泡は発光値に影響しますので、電動ピペットをご使用の際は気泡が生じにくいリバースピペットモードのご使用をお勧めします。
※Working solution添加後、プレートシェーカー等で2分間振盪することをお勧めします。光によって発光シグナルが不安定になりますので、
光が差し込む場所で振盪する際は、アルミホイル等で遮光して下さい。 - Working solutionを添加したプレートを25 °Cに設定したプレートリーダーの中に入れ、10分間インキュベートする。
※プレートリーダーで温度設定ができない場合は、遮光し25 °Cのインキュベーターもしくは25 °C付近の室温で10分間インキュベートして下さい。
※上記インキュベートは発光シグナルを安定させるために必要です。 - 発光量(RLU)を測定する。
<浮遊細胞>
![]() |
図8 浮遊細胞を用いた実験操作 |
- コニカルチューブに無血清培地で回収した細胞懸濁液を準備する。
※培地に血清を含む場合、細胞から放出されたATPが分解しやすくなるため、無血清培地の使用を推奨します。
血清を含む培地のご使用については製品webページを参照して下さい。 - 細胞をプレートに播種し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で3時間培養する。
※細胞数目安:
96穴マイクロプレートの場合 1-2×105 cells/well (50または100 µl/well)
24穴プレートの場合 1-2×106 cells/well (250 µl/well) - 操作2)で播種した細胞懸濁液の量と同体積の薬剤含有無血清培地を薬剤処理x時間のウェルに添加する。
- 操作2)で播種した細胞懸濁液の量と同体積の無血清培地のみをコントロールのウェルに添加する。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)でA時間培養する。
- 操作2)で播種した細胞懸濁液の量と同体積の薬剤含有無血清培地を薬剤処理y時間のウェルに添加する。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)でB時間培養する。
- 操作2)で播種した細胞懸濁液の量と同体積の薬剤含有無血清培地を薬剤処理z時間のウェルに添加する。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)でC時間培養する。
- 細胞培養上清を96穴白色マイクロプレートに移す。
※96穴白色マイクロプレートに移す液量については表4を参照して下さい。
※シングルピペットをご使用下さい。
表4 培地添加量および細胞培養上清回収量96穴マイクロプレート 24穴プレート 細胞懸濁液量
[操作2)]50 µl/well 100 µl/well 250 µl/well 薬剤含有無血清培地添加量
[操作3), 4), 6), 8)]50 µl/well 100 µl/well 250 µl/well 細胞培養上清回収量
[操作10)]50 µl/well 50または100 µl/well 50または100 µl/well - Working solution 100 µlを各ウェルに入れる。
※気泡は発光値に影響しますので、電動ピペットをご使用の際は気泡が生じにくいリバースピペットモードのご使用をお勧めします。
※Working solution添加後、プレートシェーカー等で2分間振盪することをお勧めします。光によって発光シグナルが不安定になりますので、
光が差し込む場所で振盪する際は、アルミホイル等で遮光して下さい。 - Working solutionを添加したプレートを25 °Cに設定したプレートリーダーの中に入れ、10分間インキュベートする。
※プレートリーダーで温度設定ができない場合は、遮光し25 °Cのインキュベーターもしくは25 °C付近の室温で10分間インキュベートして下さい。
※上記インキュベートは発光シグナルを安定させるために必要です。 - 発光量(RLU)を測定する。
実験例
Staurosporineおよびdoxorubicinで処理したJurkat細胞の細胞外ATPの評価
- コニカルチューブにJurkat細胞(1×106 cells/ml、1% penicillin-streptomycinを含む無血清RPMI培地)を回収し、細胞懸濁液を準備した。
- 操作1)のJurkat細胞(1×105 cells/well)を96穴マイクロプレートに播種し、インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で3時間培養した。
- RPMI培地(serum-free)で調製した1 µmol/l staurosporineまたは5 µmol/l doxorubicin 100 µlを24時間処理のウェルに添加した。
- RPMI培地(serum-free)のみ100 µlをコントロールのウェルに添加した。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で17時間静置した。
- RPMI培地(serum-free)で調製した1 µmol/l staurosporineまたは5 µmol/l doxorubicin 100 µlを7時間処理のウェルに添加した。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で2時間静置した。
- RPMI培地(serum-free)で調製した1 µmol/l staurosporineまたは5 µmol/l doxorubicin 100 µlを5時間処理のウェルに添加した。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で2時間静置した。
- RPMI培地(serum-free)で調製した1 µmol/l staurosporineまたは5 µmol/l doxorubicin 100 µlを3時間処理のウェルに添加した。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で1.5時間静置した。
- RPMI培地(serum-free)で調製した1 µmol/l staurosporineまたは5 µmol/l doxorubicin 100 µlを1.5時間処理のウェルに添加した。
- インキュベーター(37 °C、5%CO2存在下)で1.5時間静置した。
- シングルピペットを使用し、細胞培養上清50 µlを96穴白色マイクロプレートに移した。
- 調製したWorking solution 100 µlを各ウェルに加えた。
- プレートをプレートリーダーで2分間振盪した。
- Working solutionを添加したプレートを25 °Cに設定したプレートリーダーの中に入れ、10分間インキュベートした。
- 発光量(RLU)を測定した。
![]() |
図9 プレートレイアウトおよび薬剤処理の流れ |
![]() |
図10 Staurosporineまたはdoxorubicinで処理したJurkat細胞のATP放出の挙動 |
Staurosporineで処理した場合とdoxorubicinで処理した場合ではATP放出の挙動が異なることを確認した。 |
よくある質問/参考文献
E299: Extracellular ATP Assay Kit-Luminescence
Revised Feb., 18, 2025