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低分子蛍光色素によるミトコンドリア - リソソーム間相互作用の観察

株式会社同仁化学研究所 田尻 智巳

 真核生物の細胞内には、膜構造を持つ細胞小器官(オルガネラ)が存在している。オルガネラは、それぞれの役割を担いながら他のオルガネラと相互作用して、細胞内の様々な機能を維持している。その一例として、正常な細胞では、マイトファジーと呼ばれる不良ミトコンドリア消去機構が維持されており、不良ミトコンドリアが二重の膜構造により周囲から隔離され、リソソームとの融合により消化される。ミトコンドリアの恒常性の破綻は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、がん、老化の原因となる。このように、ミトコンドリアの品質と恒常性の維持が疾患や老化と密接に関わっていることから、ミトコンドリアの動的プロセス(分裂、融合、オルガネラ間相互作用)を研究するためのプローブは生物学的研究において重要である。
 本稿では、Sánchez らが開発した、ミトコンドリア - リソソーム間相互作用を観察できる低分子蛍光色素 “MitoBlue” について紹介したい 1)

 MitoBlue は、蛍光ビスアミジン骨格を有するカチオン性の色素である(図 1)。この色素は既存のミトコンドリア染色色素 Rhodamine123 とは異なり、膜電位に依存することなくミトコンドリアを染色し、細胞固定後もミトコンドリアに保持されるという特徴がある。また、ミトコンドリア膜タンパク質マーカーの Tom20 抗体や、ミトコンドリアマトリックスマーカーの PDH 抗体との共染色を行うと、MitoBlue のシグナルは PDH と共局在することから、MitoBlue はミトコンドリアマトリックスを染色する色素となっている。興味深いことに、MitoBlue で細胞を長時間染色し続けると、小胞状に染色される様子が観察され、Rhodamine123 とは異なる染色パターンとなる。これは、MitoBlue とリソソーム染色試薬である LysoTracker を共染色させた結果、MitoBlue と LysoTracker の局在が一致してくることから、MitoBlue がミトコンドリアからリソソームに移動することが示唆された。そこで、MitoBlue を既存のミトコンドリア染色色素 MitoTracker Deep Red(MTDR)とリソソームマーカーの Lamp1 抗体で共染色し、時間変化を確認したところ、染色直後の MitoBlue は MitoTracker Deep Red と局在が一致していたが、30 分後には Lamp1 のシグナルと重なり始めることから、MitoBlue は時間依存的にミトコンドリアからリソソームに移動することが観察された(図 2)。

 MitoBlue がミトコンドリアからリソソームへ移動するメカニズムを解明するため、mRFP-GFP-LC3 を発現 A541 細胞を用いて解析を行った。MitoBlue で染色した細胞をオートファジー誘導剤であるラパマイシンで処理すると、LC3 のシグナルと MitoBlue のシグナルが一部共局在することが分かった。このことから、MitoBlue はオートファジーを介してミトコンドリアからリソソームに移動することが示唆された。また、MitoBlue で染色した細胞を、ミトコンドリア電子伝達系を阻害し、ミトコンドリア小胞(MDVs)の形成を誘導する Antimycin A で処理すると、MitoBlue のシグナルはリソソームの局在と一致した。このことから、MitoBlue はミトコンドリア小胞によってもリソソームに移動することが確認された。
 上記のように、MitoBlue は時間依存的にミトコンドリア小胞やオートファジー、マイトファジーを介してリソソームに移動する(図 3)。これにより、ミトコンドリア - リソソーム間相互作用だけでなく、ミトコンドリアの動的プロセスを観察することに成功している。

 イメージングで使用されるプローブの多くは、目的のオルガネラのみをターゲットとして染色するため、動的プロセスを直接分析することは難しい。しかし、MitoBlue はミトコンドリアの状態に依存することなくミトコンドリアを染色し、その後のミトコンドリアの動的プロセスを追跡することが可能である。このようなミトコンドリアとリソソーム間の相互作用をモニタリングできる化合物により、これまで実態の明らかとなっていないオルガネラ間相互作用を今後解明することが期待される。

[参考文献]

  • 1) M. I. Sánchez et al., Sci. Rep., 2020, 10, 3528.

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