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第 29 回フォーラム・イン・ドージン開催後記

「細胞と個体の老化生物学−科学は不老長寿に迫れるか−」

 小春日和となった 11 月 22 日、熊本ホテルキャッスルで第 29 回フォーラム・イン・ドージンが開かれた。当社代表の挨拶に続いて代表世話人の一人である熊本大学の富澤一仁先生から、熊本県の健康寿命と平均寿命の差が長いことや健康指標が全国平均を下回ることを示すデータと大学における老化研究の取組が紹介された後、午前の部がスタートした。
 神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センターの鍋島陽一先生は、冒頭、不透明な未来に対する為政者や市民、科学者の役割を問いかけ、科学者においては老化の仕組みを明らかにしたいという欲求が健康長寿社会の実現に寄与するとし、発生から始まっている老化のプロセス全体を理解する必要性について触れられた。その後、 α-Klotho 変異マウスの発見から老化研究の進展、薬剤による抗老化の可能性、歴史上の偉人たちの老化に関する格言にまで話が及んだ。東京大学医科学研究所の中西真先生は、老化研究は緒に就いたばかりであること、生物ごとに多様な老化があり、がんは老年病の一種で共通の要因はあるが生物ごとに違いがあること、微小慢性炎症は老化の原因であるという考えに基づく老化や疾病発症制御の可能性、細胞老化の二面性、代謝阻害により老化細胞を除去できる可能性が示された。熊本大学発生医学研究所の中尾光善先生は、加齢と老化について、ゲノム、エピゲノム因子の観点から細胞老化の分子機構について紹介された。その中でエピゲノムの記憶はメチル化であることと、ミトコンドリア由来の代謝物がエピゲノムを選択的に調節すること、老化細胞のミトコンドリアは増大しており、無理な状態でエネルギー代謝を行っていることなどが紹介された。
 午後の部は、広島大学大学院医歯薬保健学研究科の田原栄俊先生のご講演から始まった。先生が立ち上げられたミルテルの起業理由と社会実装へ向けた取組紹介の後、テロメア G テール長が細胞老化や酸化ストレス性疾患において短縮すること、また、エクソソームなどの細胞外小胞の加齢性疾患への関与や、老化を誘導するマイクロ RNA ががん抑制に重要な役割を果たしていることが示された。大阪市立大学大学院医学研究科の大谷直子先生は、老化細胞の SASP(細胞老化に伴う炎症性サイトカインを分泌する現象)が発がんに関与している可能性があること、肥満による肝がん発症機構における腸内細菌代謝物の関与、老化細胞の SASP 制御の重要性に触れられた。長崎大学大学院医歯薬総合研究科の下川功先生のご講演では、カロリー制限 (CR) による抗老化機構の研究から、保存された寿命コントロールシグナルが存在すること、 CR による抗老化機構はミトコンドリアの機能制御として理解することができること、低体温、低インシュリン濃度、高 DHEAS 濃度は長寿命化に関連することなどが示された。熊本大学大学院先導機構/大学院生命科学研究部の三浦恭子先生は、ハダカデバネズミの生育環境や特性を紹介され、がん抑制遺伝子が高発現していること、がん遺伝子が変異により失活していること、グルコース消費量が少ないこと、ミトコンドリアレベルで活性が低く酸素消費量が少ないことなど、厳しい環境において、あの手この手で代謝を抑制していることが示された。
 世話人の山本哲郎先生による閉会の挨拶では、「さて、科学は不老長寿に迫ることができたでしょうか?」の問いかけの後、「以前、老人性の記憶障害・認知機能障害は自然現象のようなもので病気とは考えられていなかったが、病気として認知されるようになった。老化と思われていたことが病気へと分離されていく。老化現象の一つが病気として認知され、その治療ができない場合どうケアしていくのかに社会的関心が高まっている。老化研究が進展していくことで分かっていくのではないか。」と締めくくられた。 
 フォーラム後のミキサーにも多くの方々にご参加いただいた。鍋島先生によるご挨拶と乾杯のご発声の後、フォーラム演者と参加者との間で活発な意見交換が行われた。鍋島先生のご講演の中で「私の霊は長く人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。彼の歳は 120 年であろう。」という聖書の一節が紹介された。それに従うように長寿者の記録は 120 年程度であるが、その歳まで生きる人はほとんどおらず、健康のまま長寿を全うする人も多くはない。人が子育ての年齢を過ぎてなお長く生き続けることや老化や死を考えると、個人としては哲学や倫理、宗教が頭をめぐるが、種にとって重要で意味のあることであろう。今回のフォーラムが、健康長寿社会になっていくためのきっかけの一つとなることを期待したい。

(志賀匡宣)

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