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活性イオウによる心筋早期老化制御

Regulation of Cardiac Early Senescence by Reactive Sulfide Specie

西村 明幸
自然科学研究機構生理学研究所
(生命創成探究センター)
心循環シグナル研究部門
特任助教
西田 基宏
自然科学研究機構生理学研究所
(生命創成探究センター)
心循環シグナル研究部門
教授

Abstract
 Aging is the immortal risk factors for most human diseases, and characterized by a progressive loss of the ability of the organism to cope with stressors and to repair tissue damage. Transfiguration of a reduction/oxidation (redox) balance regulated by enzymes for production, elimination and metabolism of electrophilic substances (electrophiles) is believed as one of key mechanisms underlying cardiovascular early senescence. Electrophilic signaling is mainly regulated by endogenous electrophiles that are generated from reactive oxygen species, nitric oxide, and the derivative reactive species of nitric oxide during stress responses, as well as by exogenous electrophiles including compounds in foods and environmental pollutants. We found that an endogenous electrophile, 8-nitroguanosine 3’ ,5’ -cyclic monophosphate (8-nitro-cGMP), induces H-Ras-mediated cardiac early senescence through covalent modification (S-guanylation) of H-Ras. Reactive sulfide species (RSS) such as cysteine persulfides and polysulfides that are endogenously produced in cells are likely to be involved in 8-nitro-cGMP metabolism, while accumulation of RSS is also revealed to induce cardiomyocyte injury through mitochondrial hyperfission. In this review, we introduce recent understanding on the mechanism of cell senescence caused by redox imbalance in rodent heart, including suggestions for a new therapeutic strategy for cardiovascular disease.

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1.はじめに

 超高齢化が進む現代社会において、老化はあらゆる疾患の主要なリスク因子であり、細胞・組織の老化をいち早く診断し、進行を遅らせる革新的な医療技術を開発することが健康長寿社会の実現に必要だと考えられている。心臓においても、心筋梗塞後におこる心筋細胞の早期老化が心機能の低下(心不全)や不整脈の発生、ひいては突然死の原因になることが示唆されている。一般的に、@がん遺伝子産物の恒常的活性化、A核酸損傷、B酸化ストレスの 3 つが全ての細胞老化に共通する仲介要因と考えられている。我々は活性酸素によるヌクレオチド損傷の結果として細胞内で形成される親電子物質 8-nitroguanosine 3’, 5’ -cyclic monophosphate (8-nitro-cGMP) が慢性心不全モデルマウスの心臓で多く蓄積することに注目し、 8-nitro-cGMP によるがん遺伝子産物 H-Ras の親電子修飾 (S-グアニル化) を介した H-Ras の恒常的活性化が心筋細胞の早期老化を誘導することを最初に報告した 1。一方、8-nitro-cGMP の代謝系として注目したのが硫化水素アニオン(H2S/HS)である。 H2S/HSは親電子物質の標的となるシステイン(Cys)の SH(S)基と化学構造的に類似しており、NaHS 処置により 8-nitro-cGMP を介した心筋細胞老化が抑制されたことから、H2S/HSが親電子物質の代謝・解毒に関わる内因性求核物質だと予想された。しかし、試験管レベルで 8-nitro-cGMP は NaHS や Cys-SH 基と直接反応しなかったことから、 NaHS がより求核性の高い内因性物質を生成する基質として働く可能性が示された。その後、Cys-SH 基にイオウが複数付加した Cys パースルフィド(CysSSH)や Cys ポリスルフィド (CysSS(n)H) が親電子物質と直接反応し、その代謝・解毒に働く求核分子実体 (活性イオウ) であることが明らかにされた 2。こうした知見の積み重ねから、心臓での活性イオウ蓄積が心不全治療の新たな戦略になると期待した。ところが、心筋梗塞後の早期老化心筋細胞では活性イオウが多く蓄積していることが明らかとなり、親電子物質のみならず、活性イオウの蓄積もまた心筋老化誘導に関わる可能性が見えてきた。本稿では、親電子/求核バランスの破綻により生じる心筋細胞老化の分子機構とその病態生理的意義について、イオウ代謝制御の視点から概説する。

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2.心筋早期老化のレドックス制御

 培養細胞には「ヘイフリック限界 3」と呼ばれる分裂回数の制限があり、細胞老化とは、狭義には細胞分裂 (増殖)できなくなった状態が不可逆的に起こっている状態を指す。この原因として、染色体の末端保護に働くと考えられているテロメアの短縮やそれに伴う DNA 損傷、ミトコンドリア局在型スーパーオキシドジスムターゼ (SOD2) の発現低下による酸化ストレス増加、がん遺伝子産物の活性化などが指摘されている。がん細胞ではテロメア合成酵素 (テロメラーゼ) が活性化状態にあるためテロメアが安定化し、老化が起こりにくいとされている。個体の老化と細胞老化との関連については議論が続くものの、加齢に伴って増える老化細胞が体内に比較的長く存在し続けること、老化細胞から炎症性サイトカインなどが分泌されることから、加齢により蓄積される老化細胞が組織や個体の機能低下を引き起こす誘因となると考えられている。
 細胞老化を検出する最も簡便な評価法として、老化関連 β ガラクトシダーゼ (SA-β-gal) 染色が知られている。 SA-β-gal 染色は様々なストレスによりリソソームベータガラクトシダーゼの発現が数倍程度増加することで陽性反応を示すため、必ずしも細胞老化に特異的というわけではないものの、形態変化 (細胞の平坦化やヘテロクロマチン構造(SAHF)) や p53、 Rb タンパク質などの発現増加といった詳細な解析を行う前段階評価として広く受け入れられている。我々はストレス誘発性の慢性心不全モデルマウスの心臓組織において、 SA-β-gal 陽性の正常心筋細胞数が有意に増加していることを見出した (図 1)。この老化心筋組織では活性酸素 (reactive oxygen species: ROS) や活性窒素種 (reactive nitrogen species: RNS) と細胞内グアニンヌクレオチドとの反応により生成する 8-nitro-cGMP が多く生成されており、我々は 8-nitro-cGMP によるがん遺伝子産物 H-Ras の酸化的機能修飾が心筋早期老化を誘導する原因となることを明らかにした。この知見は、ストレス曝露された組織における親電子物質の蓄積が細胞早期老化を誘導する一要因となることを強く示唆している。

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3.活性イオウの生成・代謝とレドックスシグナル制御

 含硫アミノ酸であるシステイン (Cys) は、タンパク質を構成するアミノ酸の中でも特に求核性が高く、環境中や生体内で生成される親電子物質の良い標的となる。ヒトゲノムには約 214,000 個もの Cys がコードされており、そのうち 10-20% 程度がレドックス活性の高い Cys (生理的 pH の状態でプロトンが解離したチオール基) をもつと考えられている 4。環境中に存在する多くの化学物質は、 ROS や RNS および ROS/RNS 由来の内因性親電子物質と同様、分子内に存在するレドックスアクティブな Cys をもつタンパク質 (センサータンパク質) を標的とし、これと化学的に共有結合することで、センサータンパク質の構造や機能 (例えば酵素活性など) を変化させ、下流のシグナル伝達経路に影響を与える 5, 6。 ROS や RNS によるタンパク質の翻訳後修飾が可逆的なのに対し、親電子物質はタンパク質と安定した共有 (C-S) 結合を形成することで、不可逆的な翻訳後修飾を起こす。タンパク質修飾の可逆性が下流へのシグナル伝達の持続性を制御することを考えると、こうした環境内外の親電子物質の複合曝露により誘発されるタンパク質の不可逆的な機能修飾が、疾患発症リスクを高める原因となることが想定される。
 親電子物質の代謝・消去を担う内因性求核物質として注目されてきたのが RSS である。猛毒ガスとして知られる硫化水素 (H2S) は求核性の高いイオウ原子を含んでおり、血管拡張作用や心拍数低下(人工冬眠誘導)、海馬の記憶増強など多彩な薬理作用を示す 7。最近では、H2S が食事制限によるストレス抵抗性獲得や延命効果 8、虚血後の血管内皮細胞増殖因子産生を介した末梢血管新生 9、およびサーチュイン脱アシル化酵素 (SIRT1) を介した末梢血管の流動性やずり応力抵抗性の維持にも関わっており、内皮細胞における H2S の産生低下が血管老化の原因となることが報告されている 10。このような経緯から、H2S が一酸化窒素や一酸化炭素に続く第三のガス状シグナル仲介分子だとする荒っぽい考え方も出てきた。しかし、H2S が老化を制御する分子メカニズムは正直よくわかっていない。H2S の酸解離定数 (pKa) は 6.76 と低く、生理的 pH (7.4付近) の溶液中では H2S の 80% が硫化水素アニオン (HS) の状態で存在する。ところが、 HS は試験管内で 8-nitro-cGMP などの弱い親電子物質とは直接反応せず、遷移金属を触媒として共存させた場合のみ HS の求核置換代謝物 (8-SH-cGMP) を生成する。細胞内 8-nitro-cGMP の消去にも 24 時間前から NaHS を処置する必要があることから、H2S/HS は細胞内でより求核性の高い RSS 実体を作るための「基質」として働く可能性が考えられる。加えて、H2S/HS 生成酵素だと信じられてきたシスタチオニン β シンターゼ (CBS) やシスタチオニン γ リアーゼ (CSE) がシスチンを基質に Cys パースルフィド (Cys-SSH) を生成することが明らかにされ、CysSSH を含むタンパク質ポリスルフィドが親電子物質の直接的な代謝・消去を担う RSS であることが示された 2。実際、 RSS と選択的に反応する monobromobimane を用いたアダクトーム解析から、マウス心臓に CysSSH やグルタチオンパースルフィド (GSSH) が数 μ M レベル存在することも明らかになってきた。ところが、げっ歯類の心臓には CBS や CSE タンパク質がほとんど発現していないことがわかり、別の RSS 生成経路(酵素)が存在する可能性が見えてきた。我々は赤池・熊谷グループらと連携し、哺乳類の細胞内ミトコンドリアに局在する cysteinyl-tRNA synthetase (CARS2) が RSS の主たる生成酵素であることを見出した 11。CARS2 は心臓だけでなく組織普遍的に発現しており、CysSH を基質として CysSSH を生成する主要酵素であることがわかってきた(図 2)。

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4.活性イオウによるミトコンドリア品質管理制御

 細胞老化のもう一つの原因として、ミトコンドリア品質管理異常が指摘されている 12。 CARS2 欠損 HEK293T 細胞株を用いて形態機能を解析した結果、野生型細胞株と比べて CARS2 欠損細胞ではミトコンドリア面積および数の減少と、それに伴う膜電位や酸素消費速度の低下が観察された 11。ミトコンドリアの品質管理は分裂と融合のサイクルによって制御されており、分裂・融合ともにレドックス感受性をもつ GTP 結合タンパク質 (G タンパク質) により厳密に活性調節されている。ミトコンドリア分裂はダイナミン様 G タンパク質 dynamin-related protein1 (Drp1) によって的確に制御されており、ヒトおよびマウスの Drp1 タンパク質は NO により C 末端の Cys-644 残基を介して 2 量体化することで活性化されることが報告されている 13。我々はラット Drp1 タンパク質を用いて、ヒト・マウス Drp1 の Cys-644 に相当する Cys-624 の SH 基がポリイオウ化されていることを明らかにした。CARS2 欠損細胞では Drp1 のポリイオウ化レベルが著しく低下していた。CARS2 欠損細胞に野生型 CARS2 を発現させるとミトコンドリア分裂と Drp1 活性化が顕著に抑制され、これに伴って膜電位や酸素消費速度の低下も回復した。 CARS2 の tRNA 合成酵素活性だけを阻害した変異体 (CD) を発現させても同様の回復効果が認められたのに対し、 CARS2 のパースルフィド生成活性に必要な pyridoxal phosphate (PLP) 結合部位のリジンを置換した変異体 (KA) を発現させてもミトコンドリア分裂抑制効果は認められなかった。以上の結果より、ミトコンドリア品質管理を制御する Drp1 が活性イオウにより活性調節されていることが明らかとなった (図 2)。これまで G タンパク質の活性は、 GTP/GDP exchange factor (GEF) と GTPase activaing protein (GAP) のバランスでのみ厳密に制御されるものと信じられてきた。本知見は、 G タンパク質 Drp1 の活性が Cys のポリイオウ化レベルによって調節されるという全く新しい概念を提唱するものである。一方、ミトコンドリア融合促進 G タンパク質である Mfn1, Mfn2, Opa1 では顕著なポリイオウ化シグナルが観察されず、 CARS2 欠損細胞との違いも認められなかった。タンパク質によって定常状態のポリイオウ化レベルが異なることを考えると、Mfn1, Mfn2, Opa1 などのタンパク質 Cys ポリイオウ鎖は、翻訳後速やかに脱イオウ化されている可能性が考えられる。

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5.還元ストレスと心筋老化

 好気性生物は様々な ROS/RNS 消去酵素システムや低分子の抗酸化物質を備えている。例えば、親電子物質により Keap1/Nrf2 システムが活性化されると、ヘムオキシナーゼ-1 (HO-1) やグルタチオン S-トランスフェラーゼ (GST)、チオレドキシン (Trx) /Trx 還元酵素 (TR) 、グルタチオン (GSH) や GSH 還元酵素 (GR) といった還元物質の発現が誘導される。しかし、慢性的な親電子物質曝露によって還元物質の発現誘導が続くと、今度は逆に還元型 GSH や NADPH 量が増加し、還元ストレスが誘発される。 Rajasekaran らは、ヒト αB クリスタリン変異発現マウスが酸化的還元ストレスを誘発し、タンパク質凝集型の心筋症を呈することを実証することで、還元ストレスという概念を提唱した 14。 Keap1/Nrf2 システムは環境ストレスに対する生体防御システムとして非常に重要な役割を果たしており、 Nrf2 欠損マウスが酸化ストレスに対して脆弱性を示すことが報告されている 15。しかしその一方で、 Nrf2 の持続的活性化が還元ストレスを誘発し、結果的に ROS 生成も増加し、心筋症を呈することも報告されている 16。 Nrf2 の活性化は HO-1 の発現を増加するが、 HO-1 は酸素を使ってヘムの分解を促進する酵素であり、結果としてビリベルジン、一酸化炭素、遊離 Fe2+ を生成する。Fe2+ 供給は鉄欠乏の慢性心不全患者に対して有効と考えられていたが、最近では逆にミトコンドリアの遊離 Fe2+ 量を減らすことが心臓の治療に有効であることも臨床研究から明らかにされており 17、HO-1 による遊離 Fe2+ 量の増加がミトコンドリア鉄過負荷を介して還元ストレス誘発性心機能障害を誘発している可能性も考えられる。
 我々は最近、心筋梗塞後のマウス心臓において、特に梗塞周辺領域において活性イオウ (sulfane sulfar) が蓄積しており、これに伴って心筋早期老化が誘導されていることを見出している。 SA- β-gal 陽性心筋細胞ではミトコンドリアが過剰に分裂しているものの、Drp1 の GTP 結合活性は増加しておらず、むしろ Drp1 タンパク質が多量体化 (凝集体) を形成してることがわかってきた。 Drp1 多量体化は還元剤処置により消失することから、 Cys ジスルフィド (またはポリスルフィド) 重合を介した反応であると考えられる。心筋細胞の Drp1 多量体化を模倣するためには、低酸素ストレスだけでなく、 RSS 蓄積も必要であることがわかってきた。RSS の還元反応 (脱イオウ化) は Trx や GSH 系を介して起こることが報告されている 18。これらの知見をまとめると、還元ストレスとは (低酸素ストレスなどの曝露により) Trx/TR 系や GSH/GR 系で代謝還元できなくなった RSS が蓄積した状態を意味するのかもしれない(図 3)。

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6.終わりに

 超高齢化社会が始まりつつある現代において、環境リスクの定量技術開発や健康長寿のための医療技術開発は必要不可欠であり、活性イオウ研究がこの問題を解決する新しい学問分野となることは間違いない。 RSS あるいは環境親電子物質と RSS との反応代謝物が、ヒトの細胞・組織老化や加齢性疾患リスクを予測する新たな指標となる可能性が示されてきた。また、タンパク質中に含まれる RSS が、タンパク質自身の品質も管理することで、その酵素活性や下流エフェクター分子との相互作用を制御しうることもわかってきた。 RSS とその生成・代謝系の発見は東北大・赤池孝章教授をはじめとした日本人研究者の貢献が大きく、今後わが国を中心に益々発展していく研究分野になるだろう。

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著者プロフィール
氏名 西村 明幸 (Akiyuki Nishimura)
所属 自然科学研究機構生理学研究所
(生命創成探究センター)
心循環シグナル研究部門
総合研究大学院大学・生理科学専攻
連絡先 〒444-8787 愛知県岡崎市明大寺町東山 5-1
Tel&Fax : 0564-59-5563
E-mail : aki@nips.ac.jp
現在の研究テーマ G 蛋白質、レドックスシグナル
氏名 西田 基宏 (Motohiro Nishida)
所属 自然科学研究機構生理学研究所
(生命創成探究センター)
心循環シグナル研究部門
九州大学大学院薬学研究院・創薬育薬研究施設統括室
総合研究大学院大学・生理科学専攻
連絡先 〒444-8787 愛知県岡崎市明大寺町東山 5-1
Tel&Fax : 0564-59-5560
E-mail : nishida@nips.ac.jp
現在の研究テーマ 環境レセプトーム、心循環ダイナミズム
    
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