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27th フォーラム・イン・ドージン開催後記

「低酸素応答の光と影〜エリスロポエチン純化から 40 年〜」

 第 27 回フォーラム・イン・ドージンが 10 月 28 日、震災で被害をうけ一部修復中の熊本市内のホテルキャッスルを会場に開催された。当日は、あいにくの雨にもかかわらず非常に多くの参加者が集まり、活発な質疑応答がみられた。今年のテーマは、「低酸素応答の光と影〜エリスロポエチン純化から 40 年〜」である。副題のエリスロポエチン純化とは、バイオ医薬品として最も普及しているエリスロポエチンを、2.5 トンの尿から精製・単離し、臨床応用への道を開いたのが、40 年前に熊本で行われたのを記念してのことである。当時の熊本大学・血液内科の宮家、河北の二人の医師によってなされた研究は、透析医療のありかたも一変させ、現在、多くの人がその恩恵に浴している。フォーラム当日は河北先生(熊本第一病院理事長)が、長年の苦労のすえに 10 mg の純品をやっと得ることができ、それを誰も信用しなかったことなどを紹介された。会場には宮家先生もお見えになり、世界に誇れる研究が熊本の地で行われたことを実感でき、復興まっただ中にある熊本にとっては大きな励みにもなった。

 続いて講演された山本雅之先生(東北大学医学部)は、そのエリスロポエチンが腎臓のどこで産生され、どのように働くのか、分子生物学的なアプローチによって解明されている。低酸素応答は HIF で制御されるが、血中酸素濃度の変化を感知してエリスロポエチンが産生される部分は、完全には明らかになっていないようである。続く名古屋大学の藤田祐一先生の講演では、シアノバクテリアが酸素に脆弱なニトロゲナーゼによる窒素固定と、二酸化炭素を固定し酸素を発生する光合成とを同時に行っている、いわゆる“酸素パラドックス”について話された。このパラドックスを克服すべく、植物は幾つかの巧みな戦略をとっている。因みに、熊本原産のスイゼンジノリもシアノバクテリアの仲間であることを初めて知った。午前中のセッションでは一般市民の方の来場もあり、あらかじめ用意した席だけでは足りなくなるほどだった。

 午後のセッションは三浦恭子先生(北海道大学)のハダカデバネズミの話である。ハダカデバネズミは長寿モデルの動物として、今ではすっかり有名になっている。250 頭飼育されているらしく、今後さらに面白い発見が期待できそうだ。今回の演者のなかでは最も遠方から来られたが、意外にも熊本との縁は最も深い方だった。熊本大学の魏(ウェイ)范研先生は、tRNA のチオメチル化修飾とその破綻によっておこる疾病の話で、チオメチル化修飾が Fe-S クラスターを介して低酸素の影響をうけ、タンパク質翻訳の精度が向上するという興味深い内容だった。さらに、この修飾に GysSSH が関与していることが、小社との共同研究で明らかにされている。
 エリスロポエチンが低酸素応答の光の部分だとすると、がん細胞の放射線抵抗性や浸潤・転移の亢進は影の部分かも知れない。最後のセッションでは、原田浩先生(京都大学)が HIF-1 依存的ながんの悪性化のメカニズムについて最近の研究成果を報告された。特に、IDH3 や UCHL1 が強く関わっていることが分かり、転移の抑制や予後の診断への応用が期待されている。フォーラム最後の演者である東大循環器内科の武田憲彦先生は、臨床の立場から低酸素による心筋組織の線維化などについて話された。
 そもそも、生体は酸素分子を利用して大きなエネルギーを産みだすが、エネルギー産生以外にも、HIF のように酸素分子を固定するような反応は非常に多い。気体である酸素分子を基質としてプロリン残基を水酸化する反応は、DNA やヒストンの脱メチル化反応を司る TET や KDM もまったく同様で、低酸素や酸化ストレスの影響をうけている。今回のフォーラムではそのような生体と酸素の関わりについて、光と影の両面から議論する貴重な機会となった。4 月には熊本地震があり、今回のフォーラム開催も危ぶまれたが、関係者の熱意によって開催にこぎつけることができた。復興のひとつの証になれば幸いである。

(佐々本一美)

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