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三脚型Cu(II)BODIPY®錯体を用いた溶液中でのニトロキシルの直接的および特異的検出

株式会社同仁化学研究所 岩下 秀文

 活性酸素種(reactive oxygen species;ROS)は、DNA損傷を誘発する代表的な化学種であることが多くの研究者により明らかにされてきている。一方で、二酸化窒素(nitrogen dioxide;NO2)、三酸化二窒素(dinitrogen trioxide;N2O3)、過酸化窒素(peroxynitrite;ONOO-)などの活性窒素種(reactive nitrogen species; RNS)によるDNA損傷も注目されてきているが、その詳細はいまだ研究段階である。活性窒素種の中で、もっとも広く研究されているのが一酸化窒素(nitric oxide; NO)で、神経化学において重要な役割をもった内在性因子であることが明らかにされ、さらに様々な重要な研究結果が報告されてきた。しかしながら、一電子還元体であるニトロキシル(nitroxyl; HNO, NO-)は、DNAの損傷、細胞内グルタチオンの減少を引き起こすなど、注目されてきているものの、それほど研究が進んでいるとは言えないのが現状である1)。 本稿では、HNO, NO-を特異的に検出するCu(II)錯体蛍光プローブを紹介したい2)

 蛍光法を用いたHNO, NO-の検出に要求される重要な性質は(1)それ以外のRNSとの選択性がない、または低いこと、(2)生体試料との適合性、(3)水溶性、(4)膜透過性である。さらに、高エネルギー照射による細胞の損傷や、細胞の自家蛍光を最小限にするために、長波長領域の蛍光色素が望ましい。

 以下に、Rosenthalらの報告2) に基づいてニトロキシルに特異的な蛍光プローブについて解説する。 BODIPY®-Triazole1(BOT1)は、細胞イメージングに適した光学的性質をもつBODIPY®を発光検出部位にもち、トリアゾールを介して三脚型ジピコリルアミンを有する構造である。 BOT1は三級窒素を中心に2つの2-ピリジルメチルによって金属を配位することができる。 さらに、この構造は蛍光発色団とキレート部位が比較的近い距離に位置するため、光誘起電子移動(photo-induced electron transfer; PET)効果により蛍光が消光される性質を有する。 BOT1は、Scheme 1に示すクリック反応(click reaction)を利用した経路によって合成されている。

Scheme 1  BODIPYR-Triazole 1(BOT1)の合成
Fig. 1(A)BOT 1(上)、CuII[BOT1](下)、CuII[BOT1]にAngeli’s saltを添加した際(中)の蛍光スペクトル。(B)CuII[BOT1]の様々なRNSとROSとの蛍光応答性

 Fig.1に示すように、BOT1は518nmに吸収極大(ε =30 900±960M-1cm-1)、526nmに最大蛍光波長(緑)を示し、量子収率は0.12である。BOT1にCu2+イオンをキレートさせたCuII[BOT1] は、BODIPY®の一重項励起状態から結合Cu2+イオンへのPET効果により蛍光強度の減少が観測されている(Fig.1(A), 青)。

 CuII[BOT1]に、1000当量のシステインを添加すると、その蛍光強度はCu2+イオンを配位していないBOT1の蛍光強度に回復した。 また、緩衝溶液中でCuII[BOT1]にHNO発生剤であるAngeli’s saltを添加すると、約4.3倍の蛍光強度の増大が確認された。 一般に、Angeli’s saltはHNOを発生させるのと同時にNO2-を副次的に生成させることが知られている。Rosenthalらは、この現象がNO2-による蛍光の増大でないことを、NaNO2を用いた実験により実証し、CuII[BOT1]がHNOのみと反応することを明らかにした。 この反応は、HNOとCuII型スーパーオキシド・ジスムターゼ(SODCuII)が反応して、SODCuIに還元される反応に似ていると考えられる。 さらに、CuII[BOT1]の蛍光応答性は、NO、NO3-、ONOO-、H2O2、OCl-などの活性窒素種、活性酸素種との反応から、HNOに対して高い特異性を示すことが分かった(Fig.1(B))。

 Rosenthalらは細胞中でのCuII[BOT1]の性能も評価している。 HeLa細胞に1μmol/l CuII[BOT1]を添加し、一時間インキュベートした。 これに、200 μmol/l Angeli’s salt を添加すると10分毎に細胞内で赤色蛍光の増大が観測された。 一方、Angeli’s saltを添加しない場合、またはNO供与体であるdiethylamine NONOateを添加した場合では、細胞内での蛍光強度は増大しなかった。

 以上のように、可視励起・発光プロファイルを有するCuII[BOT1]は、上記のHNO検出に要求される(1)(4)の性質を満たし、生体試料中でのHNOを検出する初めてのすぐれた蛍光プローブであることが判明した。 その際立った特徴は、あらゆる活性窒素の中でHNO特異的に反応性を示すことである。 この蛍光プローブの研究を原点に、HNOの生理学、病理学分野でのさらなる研究の発展に注目したい。

※BODIPYはLife Technologies社の登録商標です。

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参考文献

1)D. A. Wink, M. Feelisch, J. Fukuto, D. Chistodoulou, D. Jourd’heuil, M.B. Grisham, Y. Vodovotz, J. A. Cook, M. Krishna, W. G.DeGraff, et al., Arch. Biochem. Biophys . 1998, 351 , 66 74.

2)J. Rosenthal, S. J. Lippard, J. Am. Chem. Soc ., 2010, 132 , 5536-5537.

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