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ケージド化合物と二波長・二光子励起法を用いた神経細胞の受容体応答の観察

株式会社同仁化学研究所 田中 由香

 近年、様々な手法を用いた神経細胞の機能研究が盛んに行われている。その一つが二光子励起顕微鏡による神経細胞の動態の研究である。この装置の開発により、これまで観察が不可能であった細胞内部のダイナミックな変化を捉えることが可能となった。二光子励起は、一光子励起の約2倍の波長の光で2つの光子が同時に分子に吸収され一光子励起とほぼ同じ励起状態になる。二光子励起を起こすには非常に高い光子密度が必要であり、この現象を起こすためにはフェムト秒レーザーが用いられる。フェムト秒レーザー光は非常に短い時間(約100フェムト秒)で極端に強いレーザー強度をもつパルスレーザーである。これをレンズで集光すると焦点では光子密度が非常に高くなり、通常起こりえない二光子吸収と励起が起きる(Fig.1)。焦点以外では光子密度が低いため二光子励起は起こらない。また、二光子励起は近赤外の光を用いることで組織のより深部まで観察することができ、厚みのある組織標本内の観察が可能である。本稿では、二光子励起顕微鏡とケージド化合物を用いてニューロン膜電位の観察に成功した研究を紹介する1)

Fig. 1 一光子励起と二光子励起の原理

 二光子励起顕微鏡の利点の1つは、生体組織におけるケージド化合物の局部的な放出と蛍光イメージングができる点である。特に神経細胞では710-730nmの光で分解し、興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸を生じるニトロインドールケージドグルタミン酸類が二光子励起の実験に広く用いられている。脳切片における二光子励起に良く用いられるのは4-methoxy-7-nitroindolinylglutamate(MNI-Glu)である(Fig.2-(a))。Kantevariと松崎らはグルタミン酸の放出源としてMNI-Gluよりも低濃度でかつ弱いレーザー強度で使用できる4-carboxymethoxy-5,7-dinitroindolinylglutamate(CDNI-Glu)を使用した(Fig.2-(b))。また、抑制性神経伝達物質であるγ-aminobutyric acid(GABA)の放出源として、長波長で光分解する7-(dicarboxymethyl)-aminocoumarin-caged GABA(N-DCAC-GABA)を新たに開発した(Fig.2-(c))。N-DCAC-GABAは、380nm付近に極大吸収をもち、CDNI-Gluのλmax(280-330nm付近)には吸収を持たない。このため、両者をそれぞれの波長で別々に光分解することが出来る。N-DCAC-GABAは生理的緩衝液中での安定性が高く(pH7.4,23-25℃で2ヶ月安定)、効率よく光分解され、GABAを放出する。

Fig.2 PK15(plasma kallikrein inhibitore)

 彼らはCDNI-GluとN-DCAC-GABAの光分解を利用して、ラットの海馬CA1ニューロンにおける活動電位の制御とCA1錐体細胞におけるグルタミン酸レセプター(AMPA)とGABAレセプターの二波長、二光子励起によるマッピングを試みた。CA1錐体細胞の或る部位では720nmの光照射でグルタミン酸が放出されるとAMPAの素早い応答が観察された。また別の部位では830nmの光照射によりGABAが放出されAMPAレセプターの応答はなく、GABA-レセプターのゆっくりした応答が観察された。これにより、CA1錐体細胞内のAMPAとGABAレセプターの位置をマッピングすることが出来た。このようなマッピング実験を行うには、従来のチタン−サファイアレーザーでは二波長を切り替えるスピードが遅すぎるため二光子励起顕微鏡には不向きであった。このため、彼らは新たに3つのチタン−サファイアレーザーをもつ二光子励起顕微鏡を開発し、二波長変換とイメージングを行えるようにした。この結果、生きた脳切片においてCDNI-GluとN-DCAC-GABAをそれぞれの波長で光分解させ、グルタミン酸とGABAの放出の制御により、神経伝達のON/OFFの制御が可能となり、神経細胞中のレセプターのマッピングを行うことができた。

 このように二波長、二光子励起は生体組織深部での細胞内光分解を直接的に制御できる有用な手法である。互いに対となるような神経伝達物質の放出を幅広い波長で行うことが出来れば、今後神経伝達に関する興味深い情報を得ることが期待できる。

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参考文献

1)Srinivas Kantevari, M. Matsuzaki, Y. Kanamoto, H. Kasai, Graham C R Ellis-Davies, Nature Methods , 2010, 7 , 123

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