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蛍光シリカナノ粒子の可能性

株式会社同仁化学研究所 上野右一郎

 近年、蛍光ナノ粒子を用いた生化学における研究、特に細胞染色やタンパク質標識が盛んに行われるようになってきた。量子ドット(Quantum Dots: QDs)が代表的な粒子であり、強い蛍光、高い光安定性(フォトブリーチングが遅い)、幅広い蛍光波長特性、単一波長励起による多波長蛍光が可能、というように多くの利点を持っている。しかしながら量子ドットの核は、毒性元素であるセレン、カドミウム、鉛などで構成されており、その安全性は未だ十分には確立されていない。

 有機色素はナノ粒子に比べて非常に小さく、タンパク質への標識なども容易である。ほとんどの有機色素化合物は、有機溶媒中では比較的高い量子収率(fluorescent quantum yield)を持つが、水溶液中でのそれは減少する傾向が強い。これは有機色素化合物が水溶液中では、分子間会合を起こし蛍光が抑えられるためであり、スルホン酸やカルボン酸のような水溶性置換基を導入しても完全に会合を抑える事は難しい。また励起状態ではエネルギーが高いため、非常に反応性に富んだ状態になっており、分子構造が変化して消光を起こしやすい。量子ドットのような強い蛍光や高い光安定性を持ち、なおかつ水溶性の色素であれば、DMSOなどの有機溶媒を使う事もなく生体内で使用でき、また環境にもやさしいというメリットもある。

 上記に関連してここ数年、注目されているのがシリカ(二酸化ケイ素)ナノ粒子である。1968年、Stöberらはシリカ前駆体の重合反応を利用したコロイド分散状のシリカナノ粒子の合成を報告した1)。近年、Cornell University のWiesnerらは、Stöber法を改良してtetramethylrhodamine isothiocyanate(TRITC)を、そのシリカナノ粒子の中に導入する事で蛍光シリカナノ粒子を合成した。蛍光シリカナノ粒子は遊離のTRITCよりも約10倍明るく、また遊離のTRITC及びfluoresceinとのフォトブリーチング比較実験により、光安定性が非常に高い事が証明された2)。分かり易く言えば、蛍光シリカナノ粒子は、有機蛍光色素が二酸化ケイ素によってコーティングされたナノ粒子であり、また使用したい有機色素が反応性置換基を持っていれば、それを活性化させて反応する事で、ほとんどの場合、目的のシリカナノ粒子を合成する事が可能である。

今回のトピックでは、シリカナノ粒子の一般的な合成法とその光物理学的性質、そしてmultiplexingへの応用としてDyomics社(ドイツ)の4つの水溶性色素の蛍光性質を、シリカナノ粒子と遊離の色素で比較した研究を紹介する3)

 Multiplexingとは、一つの励起波長を用いて、多数の異なる蛍光色を同時に得る事である。ほとんどの有機色素は、蛍光を発するためにそれぞれに固有の励起波長を必要とし、その都度励起フィルターを交換する必要がある。それに比べて量子ドットは、紫外線吸収の幅が大きく、例えば3つの量子ドットを用いた場合、それらの紫外線吸収が互いに重なり合い、一つの波長で励起する事で多重色蛍光を同時に得る事が可能である。Dyomics社の4つの色素は、coumarinを基本構造にして非常によく設計されており、置換基を変えたり、芳香族環を増やすことで一つの励起波長(514 or 488nm)で、同時に4つの異なる蛍光を得る事を可能にした。Wiesnerらはこの性質に着目し、これらの4つの色素(DY485, DY510, DY480, DY521)をシリカナノ粒子の中に導入し、その蛍光特性を調べた。

Scheme1 蛍光シリカナノ粒子の合成ルート

 蛍光シリカナノ粒子の合成をScheme 1に示す。DMSOもしくはDMFに溶解したマレイミドで活性化された色素(1)は、窒素雰囲気下、3-mercaptopropyltrimethoxysilane(2)と反応し、蛍光シリカ前駆体(3)を形成する。次にシリカ前駆体の3つのメトキシ基は、エタノール、水、アンモニアの混合溶媒中で加水分解されシリケート(4)を生成し、最後にtetraethylorthosilicate(TEOS)と縮合させる事で、蛍光シリカナノ粒子を形成する。TEOSの濃度や滴下速度、反応時間を調節する事で、形成するシリカナノ粒子の粒径をコントロールする事ができる。マレイミド(1)の構造中のRはFig.1に示されたDyomics社の4つの色素を表す。

Fig.1 Dyomics 社のcoumarin をベースにした4 つの水溶性蛍光色素

 論文中ではDY510 を例に挙げ、動的光散乱(Dynamic Light Scattering, DLS)により、形成されたナノ粒子の一つの粒径を測定した結果、約7〜8 nmであった。また走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope, SEM)では、ナノ粒子が10nm以下の均一の球状をしている事が示された。これらのデータは、シリカナノ粒子がいかに均一なサイズで合成できるかを表しており、これは生物物質の標識時に大きな利点となる。DY485, DY480, DY521についてもDY510 とほぼ同様の結果が得られ、その粒径は7〜11nmであった。

 得られたシリカナノ粒子(DY510) と遊離のDY510の紫外線吸収強度を一致させ、それら両方の蛍光強度を測定したところ、シリカナノ粒子(DY510)の蛍光は、その遊離色素よりも約10倍明るかった(DY485:12倍、DY480:11倍、DY521:6.5倍)。色素を周りの環境(分子間会合、溶媒、酸素など)から保護し、そしてシリカコーティングにより得られたその分子の強硬さは、このように小さな粒子サイズにもかかわらず、遊離状態の色素よりも明るさを顕著に増加させた。脱イオン水中で遊離状態の色素DY485, DY510, DY480, DY521とそれらのシリカナノ粒子の蛍光は、識別された4つの色、黄色(DY485)、オレンジ色(DY510)、朱色(DY480)、赤色(DY521)となり、シリカナノ粒子の蛍光の方が視覚的にも、そのフリー色素よりも明るかった。

 ナノ粒子における研究で最も重要な事の一つは、それらの水溶液中や緩衝溶液中でのコロイド安定性である。純水中では、シリカナノ粒子はシリカ上の有効負電荷により静電的に安定化される(二酸化ケイ素の等電点はpH2〜3)。また緩衝溶液中では、その高い塩濃度のために、粒子が凝集する傾向がある。それを防ぐためにpolyethylene glycol(PEG)などでシリカナノ粒子の表面を修飾し、互いに反発させる事でその凝集を防ぐ手法も報告されている。

 細胞染色において一つの光源で多重色を同時に発生させる事で、多くの情報を一度に得る事ができる。ここで紹介した4つの蛍光シリカナノ粒子は、実際に目で確認できるほど色が識別されており、multiplexingへ応用できる可能性を秘めている。また、これらの蛍光シリカナノ粒子は、有機蛍光色素よりも非常に明るく、高い光安定性と水溶性、および高安全性を兼ね備えたナノ粒子であり、量子ドットに変わる粒子として、これからの生化学への応用が期待される。シリカナノ粒子に導入される有機色素は、水溶性である必要がなく、使用できる色素の幅が広がるという事も大きな利点である。例えば水溶性近赤外色素のような合成では、精製過程が非常に困難であり、非水溶性の色素を合成する方が容易である。それをシリカナノ粒子に導入する事で、これまでとは違った新しいアプローチで水溶性の近赤外色素をより効率よく合成する事ができる。現在、蛍光シリカナノ粒子の研究は多くの科学者によって行われており、その顕著な多くの性質のために、遊離の有機色素の使用ではできなかったような事にも応用できると考えられる。

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参考文献

1) W. Stöber, A. Fink, J. Colloid Interface Sci . 1968, 26 , 62.
2) H. Ow, D. R. Larson, M. Srivastava, B. A. Baird, W. W. Webb, U. Wiesner, Nano Lett . 2005, 5 , 113.
3)E. Herz, A. Burns, D. Bonner, U. Wiesner, Macromol. Rapid Commun . 2009, 30 , 1907.

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