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漢方診療・再発見


5  漢方医学教育の難しさ
宇宿 功市郎
熊本大学医学部附属病院
医療情報経営企画部

1.はじめに

 昨年の本稿では、日本での漢方診療の変遷、近年の医学教育の変化と漢方医学教育、今後の漢方への取り組み方、漢方診療の経 済効果についての概説を行い、漢方医学/医療が今後必要となること、どういう役割を果たすことが出来るかを簡単に述べさせて いただきました。今回は昨今の状況も踏まえて、漢方医学教育の際に考えておくべきことをまとめておきたく思います。

2.昨年起きたこと、感じたこと

 さて、昨年の事業仕分けでは、漢方製剤をめぐり医療保険での取り扱いを継続するか否かで大きな議論となりました。幸いにも 漢方関連や東洋医学関連の各学会、各団体の署名活動等が実り、今回は保険収載から外れないことになりました。このことは大変 良かったと思っていますが、この議論は医療費削減の検討の中で毎回出てくるもので、今後もどうなるかわかりませんし、漢方製 剤や、鍼灸をはじめとする東洋医学、漢方医学に対する理解が少ないことの反映なのかと、やや釈然としないものがあります。医 療費全体の中からすると漢方製剤使用に係る医療費は決して高いものではないのですが(平たく言うと安い)、また費用対効果が 良いことや、時に副作用もあることからしますと今後とも医療保険で取り扱えるようになっていたほうが患者さんにとっては良い というのが、私の素直な気持ちです。先にも書きましたが、保険診療に漢方薬を含めるか否かの議論がこのように起きることは、 やはり東洋医学、漢方、鍼灸などに多くの方の理解が少ないことが一因と考えておりますし、また医学部で教育を行う中で、どう にかこの状況を変えていきたいと考えているところです。

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3.漢方医学教育の際に忘れてならない点

 本年も昨年とほぼ同様のカリキュラムで医学科4年生(表1)に漢方医学教育を行うのですが、日々考えているのは、如何に分 かりやすくそして腑に落ちるように、かつ将来漢方薬処方を求められた際の基盤を作るためには何を伝えればいいかということで す。90分9回の講義、週半日の漢方外来見学でこのことを実現できるかは甚だ疑問ではあるのですが、出来ないとばかり言って もおれませんし、何か工夫をしなければと悩んでいるわけです。

表1 平成22年度/熊本大学医学部『漢方医学』講義

 ここでちょっと脱線して、診断と治療ということ、更には研究(基礎研究、臨床研究)、学問そして教育というもの、医師という 仕事、その医療の中での役割(これまでとこれから)を今一度考えてみたいと思います。と言いますか、学部や大学院での教育の中でいつも疑問に感じ、どのように工夫をすれば、学生が腑に落ちる講義や実習ができるか、悩んでいるのが実情なのです。この冊子を読まれる方の大半は基礎研究、開発研究を現場でなさっており、日々のことからすれば、別の機会にとも思われることかもしれませんが、ちょっと骨休みのつもりでお付き合いいただければと思います。

 よく言われることですが、後輩を育てる、後進を指導する点では、「教育」が最も大切です。ただ、それと同じくらい重要なのは「研究」と、これをささえている「学問」と考えていいのではと思っています。もちろん、このように簡単には片付けられないものと思いますが、ただ、教育と研究は車の両輪ということは論を待たないと思います。では教育、研究と学問、これに加えて、日常業務をはじめとする仕事というものの関係はどうなっているのでしょうか。私なりには、わからないこと、困ったことがあり、この問題をあらかじめ体得した解決策で処理することが仕事であると考えており、あらかじめわかっている解決策がない場合に、それまでの知識・知恵や、知られていない工夫をして解決することが、事例をもとにした研究と思っています。そして学問とは、これら事例研究を積み重ねていく過程で、個々の事例研究の中にある共通点を見出して、後輩や多くの人々に、疑問や解決策がわからないものへの取り組み方を「まとめたもの」と言えると感じています。つまり、仕事→研究→学問→教育の流れになっているのではと思っているのです。医学の現実的応用が医療であり、医学教育をおこなうことで医師という仕事を行う人材を養成しているわけであり、医師は日常の診療という仕事の中から診断診療技術向上、治療成績向上の研究を行っているものと考えられます。そういう意味では、医学教育は、医療のアマチュアである学生を一定の期間で医師というプロフェッショナルもしくはその入口にたたせないといけないのですから、これは大変な仕事と言えます。 また漢方医学、現代医学、臨床医学、基礎医学、臨床研究、基礎研究のどれもが重要なのですが、やはり学生には医師という現実に即した学問から教育し、送り出さないといけないのではと考えています。

 以上の点を考えてみますと、医学部教育、漢方(医学)教育で、様々な問題点が見えてきますし、どこがポイントなのかも見えて きます。更には、問題点の解決策に行きつくこともあるのではと思っています。

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4.漢方診療の流れを知る

 では、医学部教育のなかで、漢方医学を学生に伝える意義は何であり、そしてそれはどのように行われるべきなのでしょうか。
 私自身の神経内科医の経験からしますと、漢方製剤を使用した方がよいと感じることがあるのも事実ですし、そうでない場合があるのも事実ですので、どのように使われているか、どう使うべきかを学生に伝える意義はあると考えています。

 問題は、どう伝えるかなのです。学生や後輩に聞いてみますと、取りかかりにくい、言葉がわかりにくいという意見もありますが、中には途中から分からなくなるという声も聞くことがあります。これはどうしてかと考えましたところ、漢方診療への取り組み方で少しばかり視点が異なった教育が行われており、これが少なからず混乱をきたしているのではと考えるに至っています。本当はもっと分かり易く教えるべきところで、漢方診療の優位なところを示そうとして、却って理解しづらくしていることがあるのではということなのです。

 現在日本国内では、漢方診療に関しては大きく分けて4つの流れがあるように感じています。1つは、腹診を重視し、それを中心に患者の証を考えて、その証と治療を一体として考える「方証相対」の流れ(日本漢方と呼ばれることが多い)、2つめは漢方独特の臓器の病態生理に基づいた疾病の捉え方とそれに対する処方を考える「弁証論治」の流れ(中医学と呼ばれることが多い)、3つめは現代医学の病名に対して漢方薬を用いるまたは漢方製剤の効果を大規模試験で証明しようとする流れ、4つめは生薬の構成成分から効能を明らかにしようとする流れです。多くの臨床医の先生方は3つめの流れで診療に取り入れられていると思いますし、それで十分な場合もありますし、なかには不十分なことがあり、やはり1の流れや2の流れに取り組む必要が出てくることが多いようです。表2は、医学教育コアカリキュラムに出てくるE.診療の基本、1症候・病態からのアプローチですが、このなかに出てこないけれども日常臨床で大変多く聞く患者さんの訴えがあります。表2の症候・病態からのアプローチではどうしても各臓器の問題として捉えて、その原因を探ろうとしますが、それでは対応できない訴えです。この代表が、「冷え」と「ほてり」です。この2つの症候は漢方診療が得意とするところの一つです。漢方では「冷え」は体の中の「気」が不足して元気がなく、寒さを感じたり、かぜをひきやすくなっている状態と考え(気虚)、これに対応する生薬の人参や黄耆を使い、「ほてり」は「津液(体内の血液以外の水分を指す)」が不足して手足が熱く感じると解釈し、津液不足を補う生薬、地黄、五味子などを使います。この考え方は気血津液弁証に則ったもので、このためには、「気」「血」「津液」への理解が欠かせないわけです。「血」が不足する状態は血虚といい、筋肉のつり、眼の疲れ、髪がやせる、などの症状がみられ、当帰、芍薬、地黄などの生薬が使われます。もちろん不足があれば、余ったり、流れが滞ったりして症状が出現することもあり、「気」「血」「津液」の各々に気滞、血瘀、瘀血、水滞、湿、痰などの病態が知られています。このように臓器別にだけで捉えようとすると無理がある症候に漢方は役に立つことがあるわけであり、この面からの患者へのアプローチが、いわゆる全人的アプローチとして求められているものと考えています。

表2

 つまり学生には、余りにも大きな漢方医学という世界の中で道に迷わないように、何を自分が学んでいて、そしてどの位置にいるか、何のために学んでいるかが理解できるように教育を行いたい、そのための方法を考えないといけなと考えているというわけです。大きな枠組みを理解してもらい、そして具体的に役に立つ知識をまず学んでもらい、次いでその背景にある漢方独特の臓器感、処方の流れを伝えたいと考えて、講義を組み立てているところです。

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5.漢方診療の流れを知る

 今回は、漢方診療、漢方製剤使用への理解がまだ不足していることを昨年の事業仕分けで実感し、今後も漢方医学教育を効果的に行うかを日々考えている中での雑文になりました。この連載をきっかけとして、漢方というものを再考していただければと感じています。

 大学の医学教育担当者が行うべきことは、疾病に侵され困っている人々に効果的に解決策を提示することができる人材を養成することであり、これが最も大切な任務であるわけです。そのためには、如何に分かりやすく現場の医学医療を伝え、そして将来にわたって医師という仕事を自らブラッシュアップできる人材を送り出すことが肝要と考えています。医療現場の現状を伝え、一緒に解決できる人材が育ってくれることを祈っているというところです。

筆者プロフィール
宇宿 功市郎 顔写真
氏名 宇宿 功市郎
所属 熊本大学医学部附属病院
医療情報経営企画部 教授
連絡先 〒860-0811 熊本市本荘1-1-1
E-mail space-usk@fc.kuh.kumamoto-u.ac.jp

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