ナノ粒子を用いた神経細胞へのタンパク質導入
株式会社 同仁化学研究所 大内雄也
遺伝子導入法は、細胞内に目的のタンパク質を導入する技術と
して医学、薬学、生物学など多く分野において今や必要不可欠な
技術としてその地位を確立しつつある。しかし、導入効率の低さ
や毒性、ウィルスを用いた際の安全性など、遺伝子導入法には依
然として多くの問題が残されている。近年、遺伝子導入法に代わ
る技術として直接タンパク質を導入する方法が注目されている。
2009年4月には癌化の危険性が少ないタンパク質導入法を用い
たiPS細胞の作成法が発表され、その有用性に期待が寄せられて
いる。
今回のトピックでは、神経細胞へのタンパク質導入に関する研
究を取り上げたい。神経細胞はアルツハイマー病やパーキンソン
病など多くの神経疾患に関与しており、長年多くの研究者によっ
て機能解明や治療法などが検討されてきている。神経細胞へのタ
ンパク質導入は、神経研究に新たな実験方法を提案すると共に神
経疾患の治療法への応用が期待される。
Polybutylcyanoarylate(PBCA)ナノ粒子は脳や中枢神経系への
ドラッグキャリアーとして機能することが報告されている。この
ナノ粒子は低比重リポタンパク質(LDL)レセプターを介して血
液脳関門を通過し、脳や神経に薬物を運搬すると考えられてい
る。しかしながら、このナノ粒子が神経細胞内に薬物を運搬する
という報告はない。Hasadsriらは、PBCAナノ粒子を用いた神
経細胞へのタンパク質導入を試みると共にPBCAナノ粒子の神
経細胞内への薬物送達の可能性を示している。神経細胞表面にはLDLレセプターが多く存在するため、LDLレセプターを介した
タンパク質導入が期待できたのである。
まずPBCAナノ粒子によるタンパク質導入を確認するため、β-ガラクトシダーゼ(β-gal)の神経細胞への導入検討を行っ
た(β-gal基質を用いれば、発色あるいは蛍光によってβ-galがタンパク質機能を保持したまま細胞内に取り込まれたかどう
かを確認することができる)。その結果、PBCAナノ粒子によっ
てβ-galがその機能を保持したまま神経細胞内に特異的に導入
されることが確認された。また導入するタンパク質としてsmall
GTPaseの一つであるRhoGを用いた場合、RhoGが導入された神経細胞において神経突起伸長および分化が観察された。これ
はPBCAナノ粒子を用いたタンパク質導入によって神経細胞機
能の制御が可能であることを示している。さらに蛍光標識した抗
synuclein抗体を導入することで神経細胞内synucleinの検出に
も成功している。
PBCAナノ粒子のタンパク質導入のメカニズムは、未だ不明な
点が多いが、その取り込みがエネルギー依存的であり、抗LDLレセプター抗体によって阻害されることから、その取り込み機序
は、Haradsriらが予想した通りLDLレセプターを介したエンド
サイトーシスによるものであることが示唆されている。エンドサ
イトーシスに取り込まれたPBCAナノ粒子は、エンドリソソー
ム内のエステラーゼにより加水分解を受け、いわゆる“プロトン
スポンジ効果”によりエンドリソソームから放出されると推察さ
れている。その後、導入されたタンパク質とPBCAナノ粒子は
分離し、PBCAナノ粒子は細胞内ですみやかに分解される。これ
は細胞内に導入されたβ-galの半減期が122分間であったのに
対し、PBCAナノ粒子は27分間であったことからも裏付けられ
ている。
PBCAナノ粒子を用いた神経細胞へのタンパク質導入は、遺伝
子導入法やTATタンパク質(ペプチド)等を用いたタンパク質
導入法よりも効果的で毒性が低いことが示されている。また導入
するタンパク質に手を加えることなく、PBCAナノ粒子と混合し
て神経細胞に添加するだけでタンパク質の導入が可能なことから
簡便で汎用性の高い手法だと言える。本手法は神経学の新たな研
究ステージ、神経疾患の新たな治療法の可能性を示唆するものと
考えられる。
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参考文献
1) Linda Hasadri, Jorg Kreuter, Hiroaki Hattori, Tdao Iwasaki and Julia M.
George, J. Biol. Chem., 2009, 284, 6972-6981.
2) Karine Andrieux and Patrick Couvreur, Wiley Interdisciplinary Reviews:
Nanomedicine and Nanobiotechnology, 2009, 1 , 463-474.
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